異世界旅行は日帰りで

会庭初春

第1話 姉の強権発動、妹は為す術もなく従うのみ。

 日帰り旅行すら苦手な私が、この『日帰り異世界ツアー』に応募して……ない。

 応募したのは姉だ。

 当選した場合の日程を見ずに、倍率の激高いそのツアーに応募した双子の姉。

 生来の引きのよさはご近所でも有名なもので。商店街の福引き、クラス替え、席替え、果ては彼氏まで。すべて、素晴らしい引き!

 ご近所さんも、ここぞというときは姉頼み。


 そんな姉が、ウケ狙いで応募した倍率356倍のツアーに見事に当選した。



「というわけで! あなたは一日、あたしを名乗って、このツアーに参加してください」

「イヤでつー」

 ベッドにゴロゴロしながら、本日発売の某アニメの公式ガイドブックをめくりながら、返事をした私の背中に、ドンッ! と衝撃が襲う。

 ぐえっというヒキガエルじみた……いや、ヒキガエル見たこともないけど、カエルが潰されたようにしわがれた声が肺から押し出された。

 恐る恐る背を振り向くと、腕を組み、私の背を片足で踏みつけている女王様じみた姉がギロリと見下ろしている。ひぃっ!

「てめぇ、今度のライブの申し込み、やってやんねぇぞ? いいのか? ン十倍の倍率、てめぇの運じゃ引けねぇだろ?」


 ――酷い取引だった。

 私が幼い頃から追いかけてきた声優さんの、初めてのライブを。そう彼女は長い声優人生で、ずっと単独ライブはしてこなかったのに! 今年はじめてライブをするという、激報に私が涙したのを知ってるくせに!!!


 そういう経緯いきさつで私の手の中に収まった、『カジ テンナ様』と書かれたチケットを握りしめる。

 うり双子な容姿のお陰で、申請の時に渡してあった天奈てんなの身分証明書の写真と見比べられても、通ってしまった。難なく通ってしまった!

 明らかに、雰囲気が違うでしょ、と詰め寄りたかった。

『天真爛漫なテンナちゃん、それに引きかえ妹のレンナちゃんは……』

 親戚が集まる度に言われる定型句。

 暗いって言えばいいジャマイカ! 言葉を濁される方が傷つくんだよ! 本当のことをずばっと言われても傷つくけどね。


 ジーンズにTシャツ、肩には愛用のリュックをひっさげた私に、添乗員のお姉さんはにこやかに「いい天気でよかったですねぇ~」なんて言いながらネームプレートを付けてくれる。

「なくさないでくださいねー。身分証明になりますから~」

 緩やかにウエーブのかかった肩までの髪を揺らしながら、ちょっと独特なイントネーションでそう注意をした彼女は、さっさと同じツアーに参加するらしい次の人にネームプレートを付けにゆく。

 小柄で小動物っぽい可愛い彼女に胸元を許しているのは、随分と長身で……イケメン爆発しろ。あっ、条件反射で呪っちゃった。いや、呪いの言葉が脊髄反射でぽろりするくらいイケメン。

 がたいが良くて、凜々しくて、絶対空手か剣道か合気道してただろっていう感じ。わかるかな? ストイックなオトコ……いや、敢えて言おう『おとこ』! だと!

 あーあ、あんなガッチリ系の男に生まれたかったなぁ。

 自分の細い腕を見て、肺の息を吐き出す。

 いくら鍛えても増えない筋肉。いくら牛乳を飲んでも伸びない身長。

 あの人は、そんな悩みなんて無いんだろうな……筋肉と身長、分けてくれないかなぁ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る