第21話:王と

 丁重に扱われていたのか、俺といるときよりも毛並みが良くなっているリロを頭の上に乗せ、ケミルを特製の制服の胸ポケットに装備する。


 近衛魔術師といった格式ばった職は性に合わない。 仕立てのいい服に袖を通し、高級そうなマントを翻す。 マントの裏地の難解な魔術紋に何かのエネルギーを送ればマントが硬化する。 他の装備も魔術の使用で効果があるらしく、爺さんの俺への愛情が見て取れるようだった。


「レイヴくん、かっこいい」

「照れるッスよ。給料もいいみたいッスから、しばらく金稼ぎがてら、近衛魔術師もやってみるッスね」


 魔術も使い道は未だ思い浮かばないが、技術は身に付けるに越したことはない。 爺さんの言葉を聞くと魔術を扱うための魔力というものが割と少ないらしく、俺が魔術を極めるのは不可能ということだそうだ。


 ティルとももう少し話したいし、シャルも口説きたいので近衛というのはいい立場である。 王城にはあまり入りたくないが、気をつけていれば気にするほどでもない。


 鏡を見る。 魔術師の証らしい膝よりも下まで垂れ下がった黒色のマント、腹に巻き付けてある鎖、腰には野太い剣が差してある。

 拳によって攻撃出来るようになっている金属製の籠手は左手だけで、それも投げ技や組み技が出来るように全てを覆っているわけではなく、金属部位は少なく掴みやすいように薄い手袋のようになっている。 右手は魔術により伸縮する包帯を巻いてある。

 右脚の腿には黒いズボンの上から予備のナイフを大小各種取り揃えて、左脚の腿には魔術用のペンや札が取り出しやすいようにあり、靴は蹴りの威力のために金属板の入った靴だ。


 それに加えてケミルとリロを入れるための大きいポケットが二つ。 それに加えて色々な道具を詰め込んだ鞄……。


 それらが俺に支給された装備である。


 ゴッテゴテだ。 全身様々な武装塗れで統一性がない。 俺自身若造であることもあって服に着られているという様相になってしまっている。


「うーん、ゴテゴテッス」

『見た目よりも機能や着心地だろう』

「それは問題ないッスね。 話したわけでもないんスけど……シャルとかから戦闘法を聞いて用意してくれたんスかね?」

「……むぅ、かあ」


 戦ったことを根に持っているのか、リロは少し不服そうである。 まぁ、不審な俺も悪かった。 あちらは可愛くて綺麗だったので悪くない。 つまり俺が悪かったのだ。


「まあ、ちょっと重いんで慣れは必要ッスかね。 まぁこの前までの装備よりかは充分上等ッス」


 これから職務などを担当者から聞く手筈になっており、そのあと連れられて挨拶回り、最後に王様に任命されて晴れて本当に近衛魔術師というわけである。


 どうにかして王様から顔を隠したいが、ティルの様子を思えば見られても平気そうである。

 それに、顔を隠していたら下手すると打ち首である。


 トントンと扉から音が聞こえる。 どうやらメイドさんが呼びに来てくれたらしい。

 俺とさほど変わらない歳で、桃色の髪をした女の子で、非常にキュートである。


「レイヴ様。 アルハムト様がお呼びです」

「アルハムト様って誰か分かんないッスよ。 えっと、どんな人ッスか? 禿げた爺さん?」

「魔術師の方ですよ」

「師匠ッスね。 把握したッス。 それよりも、メイドさんのお名前はなんですか? 」


 メイドさんは困惑したような表情をしてから、小さな声で名前を名乗る。


「レシー=アルルカネナです。 その、何か粗相をしてしまったでしょうか、申し訳ございません」

「ああ、いや違うッスよ。 可愛い女の子の名前は知りたいってだけッス」


 頭の上のリロにめっちゃ突かれながらメイドさんに話しかける。


「いや、ほんとにいいッスね。 俺って育ち悪いッスからメイドさんとかと話す機会ないんスよ。 こんなに可愛らしい人がいるって、お偉いさんはズルいッスねー」

「いえ、私なんて、そんなそんな……」

「いやいや、謙遜なんてしなくていいッスよ。 あれを呼びに来てくれたッスけど、もしかして俺専属とかなんスか?」

「いえ……申し訳ございません。 その、私では……」

「ああ、ごめんッスよ。 困らせるつもりじゃないんスよ」


 ペラペラと口を動かしていると、頭の上に影が見えて前に転がるように回避する。 杖が俺のいた場所を空振り、埃を払いながら立ち上がる。


「なんスか師匠。 今、楽しくおしゃべりしてたんスけど」

「あまりにふざけとるようだったから、とりあえず殴ろうかと、レシーちゃんは下がっていいぞ、ありがとうの」


 頭を下げて去っていくメイドさんのお尻を見ながら溜息を吐き出す。


「天国から地獄……美少女からクソジジイ……。 いいお尻ッスね」

「ああ、いい尻じゃの……」

「んで、挨拶まわりッスね?」

「挨拶まわりって……ちゃんとしておけよ。 流石に庇っていられないからな」

「いや、俺敬語とか離さないでございますですッスよ?」

「……なら無礼なことは言わないように黙っていてくれ。 魔術がどうとか言えば相手は分からないから許してくれるはずじゃ」

「便利ッスね、マイナー技術」


 まぁ確かによく分からないことをしている連中がそれらしく振舞っていたら嘘かどうかも判別つかないか。 よりそれっぽいように見せるために包帯を口元にグルグル巻きにして話せないっぽさを上げる。

 ついでにフードもかぶって謎の男感を出して城をウロつく。


 ほとんど何もすることなく、連れられて歩いて席に座ったり立ったりするだけしてまわっていくが、案外、気を使うのでしんどい。


 名前も分からないお偉いさんのところやお偉くないさんのところに挨拶してまわり、最後に人気がないのに執事が扉の横に立っている部屋の前に通される。


「流石に、ここではその変なのはやめておけ、下手したら首が飛びかねん」


 そんなヤバいところに行くのかと溜息を吐き出しながらフードと包帯を外して、武装を近くの執事に解除させられる。 ついでにリロとケミルを預けておく。

 だいたい予想がつく。 部屋に入ると……真っ黒い髪と眼をした中年の男がこちらを見て目を丸くしていた。

 この国の王、ゴングナー=アークナインテイル、それがそこにいることを目にして、爺さんを置いて数歩前に進む。


「お忙しい中失礼いたし──」


 爺さんの言葉が中年の男に止められる。


「アルハムト……このものと二人で話したい。 少し出て行け」

「えっ、あっ……いえ、それは……」

「出て行けといったのが聞こえないのか」


 凄むような声に爺さんは頭を下げて、急いで出て行く。 自身の黒髪を軽く撫でながら、男に頭を下げる。


「……何故戻ってきた」

「あんまりビビらないでほしいッスよ。 やりにくいッスから」


 椅子に座り、首を横に振る。


「別に王座を狙ったりはしてないッス。 そんなのしたらこの国が潰れるの分かっているッスから」


 心底安堵したといった様子の王を見て、ポリポリと頰を掻く。


「……すまないな」

「心労をかけて申し訳ないッス。 成り行きでこういうことになっただけで、本当に他意はないんスよ」

「……ティルを守ってくれたらしいな」

「くれたって言い方はおかしいッスよ。 グレイとドラ坊は元気ッスか?」

「ああ、少し仲は悪いが」

「……レイヴァテイン」


 俺の名前が呼ばれる。 心労を重ねたのか、あるいはただ年齢のせいかは分からないが、うすらぼんやりとした記憶にある顔よりもだいぶ老けて見える。

 懐かしいという感覚よりも、放っていた罪悪感が残る。


「立派に育ったな」

「止めるッスよ。 もう子供じゃないんスから」

「……お前には本当に辛い思いをさせた」

「いや、可愛い女の子と仲良くなったり出来たからいいッスよ」

「…………すまなかった。 本来であれば……」


 手を出して王様の言葉を止めさせる。

 「本来であればお前が王位を継ぐはずだった。」そう続くであろう言葉だが、それはただを責める言葉になるだけだ。


「レイヴァテイン=アークナインテイル。 もう名乗るつもりはないッスよ。 街のイカしたモテモテボーイのレイヴ=アーテルが、今の名前ッスから」




 この大陸の国全てを従える巨大な帝国がある。 この国、アークナインテイルもその下にある。

 その帝国の初代皇帝はあらゆる神の声を聞ける、最も神に近いものであるという言い伝えがあり……俺がそれと同じであるがため、存在が知られれば当然帝国からは恐れられる。

 それがその国の王子などであれば……このような小国、成すすべもなく潰れるだろう。


 そのような恐れから、父は幼い俺と若い母を隠した。


「……まぁ、ティルの護衛も一月もしたら辞めるッスよ。正体はバラさないッスし。 終わったら、迷宮の探索者にでもなろうッスかね」

「……申し訳ない」

「可愛い女の子紹介してくれたら許すッスよ」


 冗談めかしてそう言うと、父は力なさげに笑った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「かあ、レイヴくん」

「ん、どうしたッス?」

「……だいすき」


 嬉しいリロの言葉を聞いて、気合を入れ直す。 装備もバッチリ、可愛い妹の護衛だ。 本気を出すしかない。


「よし、今日も張り切っていくッスよ」

「かあ……ほどほどに、ね」


 俺のモテモテハーレムは、まだ始まったばかりである。




第一部完

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