第15話:聖女様の元へ向かおう


 キラキラ。 真っ黒な空の色。 キラキラ。

 黒色の髪が風に流され、火に照らされて、満天の夜空のようだ。


 黒い瞳に吸い込まれて、周りの喧騒が消えていくように感じられなくなる。 他の物が何一つ見えなくなった。

 まるで夜空を見上げ、夜空しか見えなくなるように。 私の眼は彼しか見えなくなっていた。


 風に吹かれた髪。 火が照らす。

 まるで夜空を見上げているようだ。 いや、その通りなのだろう。 そこには夜空が広がっていた。


 何も特別な出会いではない。 見物人が勇敢な人を見ていただけのこと。

 手が届くほど、遠くにいる。


 焼けた家、人の悲鳴。 私は脚が竦んでいた。 助けられるかもしれないけれど、我が身可愛さが勝った。


 目の前に通り去った黒い髪。 ああ、手が届きそうなほど。 けれど、あまりに遠い。

 手が届くほどに、遠い。


 彼と劇的な出会いを果たしたのは、救われた少女だろう。 けれど、だけど、それでも、私にとっては劇的な出会いだったことは間違いなく。


 その日、私は、夜空に恋をした。



 貧相な自分を知る。 弱い自分を確かめる。 だから立つと決める。

 毒の混入を恐れて、口に含めるものは能力で作れる水だけだ。 助けを呼んだと聞いたけれど、巻き込むつもりもない。 失礼なことをして離れてもらうのが一番だろう。


 信じる神があまりに身近すぎ、聖女であることにすら疑問を覚えるようになってきた。 さして信仰心もないだろう。


 アオイ様に感じているのは親愛ばかりだ。


 アオイ様には隠しているが、私は近いうちに死ぬだろう。 次の瞬間にでも。


 食事も一週間はマトモに摂れていない。 こんな状態で暗殺されればひとたまりもない。

 ベランダに出て、夜空を見上げる。

 後ろで扉が開いた。

 私は死ぬ。


 最後に夜空を名一杯に見てやろうと目を開く。 私の目に映るのは、それだけでいい。 欲に塗れた人間など見たくもない。


「ーーッ! ピンチの女の子を助けて惚れられるパターンのやつドーンッス!!」


 馬鹿な言葉とぐっちゃぐちゃな水飛沫。 欲に塗れた人間が見えて、私は生き残った。



◇◇◇◇◇


 物の価値も分からない愚物だったみたいで、面倒くさがられながらも「捨てる手間が省けた」と言われながら鎖を返された。 確かに汚い鎖に見えるだろうが、国宝クラスの代物だというのに、全く。 それを忘れていた俺も俺だが。


 おっちゃんが用意してくれた荷物を説明と共に受け取り、言われた分より色を付けて渡す。


「多いよ?」

「どうせ変に安くしたりしてるッスよね。 あと、さーちゃんの手作りご飯代ッス」

「サリナは帰ってこなかったから、私の手作りだよ」

「ガッデム!」

「がっでむ」

『別に誰のでも同じだろうに……』


 女の子の手料理じゃないのは残念だけど、せっかくの食べ物なのでありがたく戴く。


「レイヴくんは、年若いようだけど、なんで旅をしているんだい?」

「んー、まぁ……目的があるわけじゃないッスよ。 強いていうなら旅自体がッスね。あ、短期的な目的なら、頼まれごとのためにってところッスね」

「頼まれごとか……王都に行くんだよね?」

「そうッスよ。 ひとつことが済んだら劇場で観劇とかもしてみたいッスね」

「いいねえ劇場、私も若い頃よくしたよ」

「へーそうなんスか」

「そうそう、踊り子がちょっとずつ脱いでいくのが良かったな。 一気に全部裸になられるのより、ちょっとずつなのがこう、ね?」

「それ、ストリップショーッス。俺が思ってるのは健全なやつッス。 リロに引かれてしまうのでやめてほしいッス」

「羞恥に顔を赤らめながら身を捩り脱いでいく姿はもう……」

「無視ッスか」


 とりあえず、そう行った物を見にいくにはリロを何処かに置いておく必要があるので、難しいだろう。

 おっちゃんの話を無視しながら机に座り、荷物の中身をもう一度確認しておく、乾燥した日持ちのする保存食が多く、これからの食生活が不安である。


「リロ、お菓子はいるッスよね?」

「かあ」

「それも買わないとッスねー」

「そして私は宵闇の騎士と呼ばれるようになり、幼いサリナと共に旅に出たんだ」


 ストリップショーのくだりから何が起こったというのだ。

 話を聞いていそうなケミルに目を向ける。


『うっ、まさか……レイノーラが……くっ、涙の流せない人形の目で良かった』

「誰ッスかそれ」

「そして私は太陽の魔術師との一騎打ちを行った」

「かあ、ついに因縁の……」

「あんな一瞬の聞き逃しで因縁のライバルとの因縁が成立し終わったんスか!?」

『悲しいな。 愛し合う二人の争いは……』

「愛まで育んでる!?」






「うぅ……いい話ッス。 俺、王都に行ったら絶対ストリップショーを観に行くッス!」

「かあ、私も、観に行く」

『ふん、人間の催しなど……まぁ、悪くないか』


 三人で涙を流しながら、ボロボロと煮崩れした野菜のスープを書き込む。

 レイノーラが大好きだった、下手で、味の薄い野菜のスープを。


「それで、私もついでに頼みたいんだけど。 王都にいるレイノーラに手紙を届けてほしいんだ」

「勿論ッスよ!」


 鞄の底に手紙を入れる。 幸い、レイノーラの容姿や何処にいるかは先程の話でだいたい分かる。

 尊敬する宵闇の騎士ダークネス・ナイトから頼まれごとをするのは、非常に喜ばしいことである。


『全く、こんなところで彼の宵闇の騎士ダークネス・ナイトに出会えてしまうとはな』

「かあ、人生ってすごいね。 宵闇より顕し翼カラスだけど」


 立ち上がって鞄を二つ背負う。 背後から突然襲われることがないように、後ろに目が向くようにケミルを鞄の上に乗せて紐で括る。 リロは頭の上の定位置だ。


「じゃあおっちゃん、行ってくるッスよ」

「うん。 気をつけてね。 というか夜だけど……」

「次の街まで歩いて、そっから乗り合い馬車に乗るんで朝には寝れるんスよ。 逆に朝に出たら夕方に着くんで、そこで一泊することになるッスから、丸一日差が出来ちゃうッス」

「……生き急いでるね。 はいこれ、言われてた物。 それと……闇を往く者への餞別アイクラヤルルー。 一応、夜目を効くようにする闇の神様の能力だよ。 明るく見えるから、多少は眠気覚ましにもなるかなって。 一日ぐらいしか効果はないけどね」

「……ありがとッス。 お礼、しにくるッス」

「うん。 じゃあ、今度は一緒に食べようか。 ……頑張ってな」

「はいっ! ッス!」


 威勢良く返事をしてから、外に飛び出る。 俺たちの戦いはまだこれからだっ!

 とはいえ、疲れもあるので走り出すことはせずに普通に歩く。 昼間のように明るく見える目で、用意してもらっていたコンパスと地図を見ながら街を歩く。


 締める寸前の門を抜けて、人が見当たらなくなった草原で、リロを手の上に乗せる。


「あ、リロ。 人の姿になってもらっていいッス?」

「いいけど、どうしたの?」


 真っ白い服をきた少女の姿になったリロの首に、先程受け取った物を掛ける。


「これ、この前の……」

「ん、欲しそうだったから、一応買っといただけッスよ。

指輪だけど、指のサイズに合わないから、ネックレスもどきにしてもらったッス」

「かあ、うれしい」

「……王都に着いたらちゃんとサイズの合ってるの買ってやるッスから、今はそれで我慢してくれッス」

「かあ、ううん。 うれしい。 だいすき」


 リロの頭を撫でると、彼女は俺の腹に顔を押し付けるようにした。 白い髪から少しだけ見えた耳が真っ赤になっていて、非常に愛らしい。 翼こそ生えている、カラスの姿が本来のものだ、けれど……俺には人間の少女にしか見えなかった。


 多分、それは間違っているのだろう。


「レイヴくん……?」

「どうしたッス?」

「ん、黙ってた、から」

「俺も好きッスよ」

『我も好きだぞ』

「いい雰囲気なんで黙っていて欲しかったッス」

「かあ」


 しばらく嬉しそうに指輪を通したネックレスを触りながら、笑っていたけど疲れたのか、それとも旅の進行が気になるからか、俺に手渡してから、元々持っていた方の鞄の中に入り込んだ。


「ごめんね、先に、ねます」

「いいッスよー、明日、馬車の時に見張りは頼むッスー」

『おやすみ、リロイア』


 リロが寝ると、あとは俺とケミルだけだ。 なんだかんだ言っても、ケミルとの関係は俺とリロの関係とも違う。

 あとでまた来るつもりだが、結局は偉そうなことを言ったのに諦めさせてしまったことには変わりない。


「あー、ケミル?」

『どうした』

「いや、悪いッスね、後回しにさせて」

『我は浮気性らしい。 今はレイヴといるのも楽しいさ』


 可愛い奴だ。 おっさんだけど。

 夜風に身体が冷やされるが、新しく買った服は暖かく、動いていることもあって、心地よい。


「ケミル、寒くないッス?」

『我は人形だ』


 感覚がないのか。 暑かったり寒かったりしても大丈夫なのか……あまり羨ましくもない。

 神は人とは違う。 神は人を想わないから。

 そんな言葉は、ケミルやリロには当てはまらない。


「ケミルは……人みたいッスね」

『人の世しか、知らぬからな』

「どんな神もそうッスよ。 人の世か、獣の世か、木の世か。 どれにしても、神は人とは違うように見える。

なんでだろうか。 昔はそういうものだと理屈もなしに納得していたが、今は……人間みたいな、ケミルやリロを見て、迷っている」

『……時間じゃないか?』

「時間?」

『ひとり、人を見送った。 そうする。 愛する人を見送ったとする。 人は絶望しながら生きるだろう』


 ケミルの低く落ち着いた声が、夜の草原に聞こえる。 風の音が聞こえて、リロの寝息を聞いて、頷いた。


『もうひとり、人を見送ったとする。 二人目だ。 絶望して、生きるだろう』


 ケミルの言葉は、俺に向けただけの物だろうか。 あるいは自分に言い聞かせているのか。

 愛する人の死を・・・・・・・知っているかのように・・・・・・・・・・ケミルは言葉を紡いでいく。


『また、ひとり、またひとり。 人は自分が死ぬまでに、何人の人を愛し、それの死を知るのだろう』

「……ああ」


 ケミルは黙りこくる。 それでも急かすように風は吹く。

 おっちゃんの能力のおかげか、ケミルの言葉のせいか、動き続けているからか、眠気はない。 だからただ歩くことを続ける。

 昨日射抜かれた腕と脚が痛む気がする。 気のせいだ。


『人は死を知るのだろう。 絶望を学ぶのだろう。 だからと言って、二人目なら学び終えたから平気なのか。 三人目なら既知だから大丈夫か。 四人目はもう慣れたものか』

「愛する人の死に、慣れるはず、ない」

『だから、人を想わなくなるのかもしれないな。 あおい我等は、だから、人の様か』


 ケミルは『フッ』と笑う。


『説教くさかったな。 だが、レイヴ。 我等を神然とさせてくれるなよ』

「……昨日の無茶は、悪かったッスよ」

『反省しているならいい』


 俺が死ねば、悲しむ奴がいる。 それは彼等の精神を傷つけて風化させていく原因となる。 いつかは死ぬ、でも、遅い方がいい。

 当たり前のことを思い出す。


「反省、してるッス。 多分、またやるッスけど」

『……』

「ごめんッスよ」

『いや、そんな貴様だからこそ、共にいたいのかもしれない』


 口説かれているのだろうか。 そう思っていたら、ケミルの説教が続いた。

 長々とした話は続き、けれど不快には思わなかった。


 なんとなく、思うことがある。


「ケミルの持ち主だった人は、優しい人だったんだろうな」

『当たり前だ』


 空が明けてきた頃、遠くに街が見えた。


 あとは乗り合い馬車に乗って、王都に着くまで寝て待つだけである。

 ふらふらしながら町に入って、丁度王都行きの馬車があったので、その中の一つに入り込む。 どうやら護衛も付いてくるらしく、安心して馬車の中で眠ることが出来る。


 同乗者に会釈をしてから、ふう、と息を吐き出せば、ケミルが俺に話しかけた。


『我が荷物の番をしてやろう。 だが、その前に挨拶はしておけよ」

「分かってるッスよ……」


 護衛らしい鎧を着たおっさんと、俺と同じくらいの旅人らしい男女。 軽く頭を下げながら自己紹介をする。


「あ、一緒に乗らせてもらうレイヴッス。 レイヴ=アーテル。 これから数日ぐらい一緒ッスけど、よろしくッスよ」

「あ、はい。 ご丁寧にどうも……俺はルカナタ=シミカルト。 こっちのはーー」

「ナハリ=コルナウスです。 一応、水の神アオイ様の信徒なので、水を出すぐらいは出来ます。 ……魂器が小さいので、大きい力は使えませんがよろしくお願いします」


 覚えにくいので、頭の中では緑色と水色と呼ぼう。 ちなみに緑は男の髪色だ。 水色ちゃんは黄色い髪をしていてミニスカートだ。

 護衛の男の方に目を向けるが、こちらを見る気配すらない。

 鞄の中を開いて、寝ているリロを二人に見せる。


「この子はリロイア=レーヴェン。 旅の相棒ッス。

今は寝てるッスけど、起きても大人しいッスし、言葉も通じるんで安心していいッスよ」

「わー、可愛いー! 触ってもいいですか!?」

「起きちゃうんでダメッス。 起きてから、リロに聞いて、逃げなかったらいいッスよ」

「リロちゃんか……可愛いですねー」

「ナハリちゃんも可愛いッスよ?」

「えへへ、そんなことないですよー」


 これでは完全にペットを元にして女の子とエロいことをしようとしている奴だ。 水色ちゃんはリロに夢中になっていて、俺と緑は水色ちゃんの水色に夢中である。


『寝ろよ』

「あ、俺さっきまでずっと夜通し歩いて眠いんで、しばらく寝るッスね。 いびきかいてたら蹴り起こしていいッスから」

「はーい、思いっきりいきますね!」

「思いっきりは勘弁ッスよー」


 結構余裕があるので、横になって目を閉じる。 薄眼を開けたら水色ちゃんのふとももが見えて眼福なのだが、いかんせん眠い。

 眠い、でもふともも……。


「ったく、ガキの子守りかよ。 んな仕事就くんじゃなかったぜ」


 おっさんの言葉に少しだけ緊張が起こる。


『レイヴ怒るなよ』


 目を開けて、首を動かしておっさんの方に目を向ける。


「せっかくなんで子守り歌とか歌ってくれないッス?」


 「ぷっ」と水色ちゃんの笑い声が聞こえ、少しだけ嫌な空気が流れていく。


「まぁ、よろしく頼むッスよ。 朝昼寝る分、夜の番の手伝いぐらいはするッスよ。 あ、あと、これ、暇つぶしようのカードッスけど遊びます?」


 商人のおっちゃんが入れてくれていたカードを見せると、おっさんの頰が一瞬だけ動く。


「そんなこと、誰がするか」


 あっ、これ好きそうだ。 険悪な雰囲気を取り除くとっかかりは見つけたが、やっぱり眠いので先に寝ることにする。 ふとももを拝んでから、目を閉じて眠りについた。

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