第27話○七夕


 子供が生まれて何とか普通に外出できるようになった頃の7月7日。

 私は子供と二人で七夕祭りに来ていた。


 子供が口から飲み物をこぼしたので、慌ててハンカチを出そうとするとカバンの中から何かが落ちた。

 それはカギにつけていたはずの、私の誕生日が刻まれたクマだった。


「取れちゃったんだ……」


 子どもの顔を拭きながら……ふと昔、チェーンが切れてプラスチックのキーホルダーを貰った時のことを思い出した。


(確か彼が持ってたものだったっけ? あれ? 誰かに貰ったんだっけ?)


 曖昧な記憶……きっと私のこともこうやって忘れられていくのだろう。


「そういえば今日誕生日……」


 ふと、彼に会いたくなった。


 今日は曜日的にデイサービスの手伝いをしているかもしれない。

 前を通るだけでも……


 子連れで急に職場に行くなんて有り得ない。

 どうしてもという衝動にかられたのは今日が七夕だったから。

 織姫と彦星が出会えるこの日なら、いつもは起こらない奇跡が起きるような気がした。


 帰る電車と反対方向の電車に乗り、昔よく眠い目をこすりながら改札を通った馴染みの駅で降りる。

 バスに乗り、少し冷静になって考えた。

(会えたとしても何を話したら? 嫌われ者の私が話しかけたら迷惑かけちゃうんじゃ……)


 バスが発進し、馴染みの風景が通り過ぎて行く。

 停留所で止まる時間が長いような短いような、何とも言えない感じがした。

(この次だ……)


 デイサービスを少し通り過ぎた所にある、馴染みの停留所の名前がアナウンスされると……

 思わず窓から身を隠してしまった。

(もうすぐ着く……)


 近付いてくるに連れて私の心臓はドキドキしていた。


 デイサービスを通り過ぎる瞬間……

(会いたい……)

 心の中で強く願った。


 薄目を開けながらデイの方を見ると……



 カーテンが閉まっているだけだった。

 帰りの送迎に出た後なのだろう。


(急に行って会えるわけないよね……私ってバカだなぁ)


 停留所で降り、昔みんなで一緒に桜を見た公園のベンチに座って空を見上げる。


 黄昏に向かう夏空は、今にも泣き出しそうな色をしていた。

 そう見えるのは多分、私だけ……


(奇跡なんて起こるわけないよね……私の願いって叶った試しがないし……)


「もう変なこと…………自分のことを願うのはやめよう……」


 家に帰り、星空を見上げて『七夕さま』を歌いながら、子供と一緒に笹に短冊を飾った。


『みんなの願いが叶いますように』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る