第6話 同じ夢を見ていた!?

 夜の公園のベンチに女の子とふたりきり。

 しかも、ただの女の子じゃない。

 俺が高校入学以降、ずっと想いを寄せていた相手だ。


 おおっ、なんという夢のようなシチュエーション!


「ぴー……ががが……」


 まぁ、肝心の想い人は相変わらず壊れたまんまなんですけどね。

 さて、この壊れかけのFAXみたいな音を出している人をどうやって正気に戻そうか?


「あん、いやん」


 そんなことを考えている俺の耳に、突然色っぽいお姉さんの声が飛び込んできた。


「えっへっへ、なぁ、いいだろぉ」


 見ると、十メートルほど離れたベンチに座ったカップルがいちゃついている。

 年齢は共に二十代半ばあたりだろうか。ふたりとも派手な服装をしている、いかにもなカップルだった。

 

 いやー、しかしホントにいるんだな、夜の公園で発情するヤツらって。

 俺はてっきり都市伝説の類だとばかり思ってたわ。

 こんな珍百景、見逃さない手はない。

 俺はチラチラと盗み見する。

 おおっ、男が女の首元にキスしながら、右手を胸元へと入れたぞ!


「やだ。こんなところじゃダメよぉ。ほら、、見てる」


「いいじゃねーか。見せ付けてやろうぜ」


「いやよぉ。これ以上やるなら、ラブホ行こ」


 胸元に入れられた男の手をやんわりと引き抜いて立ち上がる女。

 男は名残惜しそうにしつつも素直に立ち上がり、ふたり連れ添うにして歩き去っていった。


「……はぁ、ったく、ヤル気なら最初からラブホに行けよな」

 

「ホントですよ。せっかくいいところだったのに、残されたこちらは生殺しもいいところです」


「生殺しって、今時アレぐらいじゃ……」


 愚息がぴくりとも反応しねぇぜって言葉を飲み込んで、俺は隣を見た。


「私はもっと見ていたかったですよ、ハァハァ」


 そこに、すっげぇ鼻息を荒くした姫宮さんがいた。

 なるほど、強制再起動ってこうやるのか。

 ……イメージ壊れまくりだなぁ。





「ことの発端は中学卒業と高校入学のお祝いを兼ねた中国旅行でした」


 姫宮さんの興奮が落ち着くのを待つことしばし。

 やがてぽつりと話し始めた。


「私、海外旅行って初めてで、しかも本場の天津飯をついに食べられるかと思うとワクワクしました」


「え、中国に天津飯はないだろ?」


「どうして知ってるんです!?」


「こう見えて一応中華料理屋の息子だからな。天津飯が日本オリジナルの中華料理ってことぐらい知ってるさ」


 てか、ネットでちょっと調べればそれぐらい載ってるぞ、姫宮さん。


「ううっ。かくして私の七泊八日天津飯食い倒れツアーは一日目にしてあっさり頓挫したのでした」


「一週間も天津飯を食べまくるつもりだったのかよっ!?」


 ここまでは姫宮さんに悪くてツッコミは心の中だけにしておいたけど、あまりの食いしん坊ぶりに思わず声に出してしまった。

 いかん、姫宮さんがちょっとビビってるぞ。


「ごめん。で、そのショックで『天津飯勇者』を書けなくなったんだな?」


「それもあります。でも、帰国して大陸飯店を見つけてからは立ち直りました」


「へ? だったら」


「ところが代わりに夢プロットが変になってしまったんです!」


「夢プロット? なんだそれ?」


 プロットってのは小説とかの下書きってゆーか、設計図ってゆーか、そういうもんだよな、確か。それぐらいは知ってる。

 でも、その言葉の頭に『夢』が付くのが分からない。


「新垣君、人間の脳は寝ている時に整理整頓してるって話、知ってます?」


「……寝ている時に小人さんが勝手に仕事をしてくれるってお伽噺なら知ってる」


「起きている時、脳には様々な情報が常に蓄積されていきます。それらを寝ている時に脳は整理整頓するのです」


「……」


 苦し紛れのボケが完全にスルーされた。これなら素直に知らないって答えておけば良かったぁぁぁぁぁ。


「解決法がなかなか考え付かないものの、ひと眠りしたらいいアイデアが出た、そんな経験はありませんか? これは眠った事で考えが一度整理され、より考えやすい環境が整えられたからなのです」


「は、はぁ」


 なるほど。でも、それと夢プロットやらにどう関係が?


「私も最初はこれを利用していました。ところがある日を境に私自身が夢の中で小説の主人公となり、物語を紡ぎ出すようになったのです」


 これが夢プロットです、真の天才作家のみに許されたスキルなのですえへんと胸を張る姫宮さん、あれれ普段の奥ゆかしい姿は一体どこへ?


「しかし、最近その夢プロットがおかしいのです。以前ならアローナとなった私は敵をばっさばっさと斬り倒していくのに、最近は連戦連敗。特に今朝なんかは巨大なスライムが私にのしかかってきて……はふん」


 姫宮さんが顔を真っ赤にしながら「ああ、ダメ! にゅるにゅるが私の身体を!」とイヤンイヤンする。あれ、どことなく悦んでいたりしません?


 って、それはともかく。


「夢……アローナ……連戦連敗……スライム……」


 うん、すごく思い当たる節がある。

 でも、待ってくれ。

 同じ夢をふたりが見ていて、俺が姫宮さんの邪魔をしているなんてこと、普通ありえるか?

 そりゃあ双子とか特殊な関係の持ち主同士ならあるのかもしれないが、俺と姫宮さんは単なるクラスメイト。しかも数ヶ月前に知り合ったばかりで、俺たちの間に何か特殊な繋がりは……。


「私、おそらくは大陸飯店の天津飯のせいじゃないかと思うんです」


「げっ!?」


 思わぬ姫宮さんの推測にぎくりとした。 

 親父が作り、姫宮さんも絶賛する天津飯、実は俺も子供の頃から大好物だ。

 そんなふたりだからこそ、大陸飯店の天津飯を通じて精神がシンクロし、同じ夢を見ることになったと言うのか?


 いや、ってことは、もしかして姫宮さん、夢の中で邪魔をしているのは俺だって気付いている?

 驚いて姫宮さんの顔を見ると、すごく真剣な表情で俺を見つめていた。

 

 あ、終わった。俺の恋完全終了のお知らせ。それどころか超人気作の執筆妨害として膨大な慰謝料を求められるかも。

 うわああああ、なんだかヤバい汗がどばどば出てきた。


「新垣くん」


「ひゃい!」


 半泣き状態で変な声が出た。


「私、もう『天津飯勇者』書けないかもしれないです」


「やめて! あんな大人気作品、エタらせたら一体どれだけの賠償金ががががが!」


「それもこれも大陸飯店のせいです」


「あんな店、売り払っても雀の涙だよぉぉぉ」


「だって大陸飯店の天津飯が美味しすぎて、私、もうそれしか考えられないんですよぉぉぉ」


「うわああああ、美味しすぎてごめんなさぁぁぁぁぁい……って、アレ?」


 正気に戻り、改めて姫宮さんを見る。

 姫宮さんは涙を流しながら同時に涎をたぷたぷ垂らしていた。

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