第4話 どすけべスライム

 いくら絶望に打ちひしがれていても、夜になれば眠くなる。

 そして眠れば例の夢が俺を待っている。


 ただ、その日の夢はいつもと少し様子が違っていた。


  


「わはは。勇者よ、いい格好だな」


「くっ! は、放せ! ベトベトして気持ちが悪いっ!」


「いーや、放さん。このスライムキング様がお前の体をじっくり隅々まで調べつくしてやろう」


 角持ちの巨大スライムとなった俺が女勇者にのしかかり、そのゼリー状の体で浸蝕していく。


「わはは。俺様の体で鎧を溶かしつくし、お前を生まれたままの姿にしてくれるわ」


「や、やめろ。やめろぉぉぉぉ」




 目が覚めたら体の一部がかちんこちんこに固まって、天高くそそり立っておられた。

 朝の男の生理現象だ。夢は関係ない、と言うことにしておいて欲しい。

 て言うか、好きな女の子に嫌われたその日に、彼女と同じ顔をした女勇者にこんなことをする夢を見るとかサイテーすぎるだろ、俺。


「はぁ……」


 朝から重い溜息が出た。



「もう、いつまで落ち込んでるのさ」


 その日の放課後。

 昨日の姫宮さんに嫌われたショックと、今朝の情けない夢のせいで一日中どんより模様で過ごした俺に、田村が元気付けるように話しかけてきた。


「何があったか知らないけど、こういう時はゲームでもして忘れるのが一番。てことでゲーセンに行こう!」


 さぁ、今日も敵をヘッドショットで皆殺しだと息巻く田村。

 こいつ、虫も殺せないようなあどけない顔付きをしているくせに、FPSが大好きなんだよなぁ。


「あー、悪い。今日は店を手伝えっておふくろから言われてるんだ」


「えー、最近バイトしてなかったのに」


「なんでもバイトの大学生が旅行に行ってるらしくて人手が足りないんだってさ」


 本当ならオシャレなカフェとかでバイトしたかった。

 が、それを両親に伝えると「学生は勉強が仕事。バイトなんて許さないよ。それに他店よそで働くぐらいならうちを手伝いな」とおふくろに一喝されてしまったのだ。

 と言うわけで、人が足りない時のヘルプ要員として都合よく扱われるようになってしまったガッデム。


「そうかぁ、じゃあ仕方ないね。でも、そんな調子でバイトなんて大丈夫なの?」


 田村の問い掛けに軽く手を振って応えると、へろへろと立ち上がる。

 まだ時間に余裕はあるけど、遅刻すると身内でも容赦なく罰金を取るからな、うちの店。


「ホント大丈夫かなぁ。賢人といい、姫宮さんといい、心配だよ」


「姫宮さん?」


 ドキっとするも、その名前が出てきたら聞き捨てならない。


「姫宮さんがどうかしたのか?」


「うん。なんかね、今日は様子が変だったんだ。ぼーとしていると思ったら、急に顔を赤らめたりしてさ」


「……」


 田村の言葉に驚いた。

 俺もいっぱしの姫宮さんウォッチャー。彼女の動向にはいつも注目している。

 ただ、昨日のこともあって、さすがに昨日と今日は姫宮さんを見るのが憚れた。

 だから田村の言った変化に気づくことが出来なかったのだけれど……。


「姫宮さんのことをそこまで……まさか田村、お前も」


「僕、人間観察が趣味だからね。まぁ、そうじゃなくてもあの完璧超人の姫宮さんがあれだけいつもと様子が違っていたら、普通は気が付くさ。……それこそ姫宮さんと何かあって、とても彼女の方を見ることが出来ないってことでもない限りね」


「そ、そう」


「ところで賢人、さっきの『』ってのは一体」


「あ、そろそろ行かないと遅刻しちまう。じゃあな、田村!」


 慌てて教室を飛び出した。

 背後で田村のニヤニヤとした視線を感じたけれど、無視だ、無視!





「遅いよ、賢人。出勤は五分前までにって言ってるでしょ!」

 

 両親が経営している中華料理屋に着いたのは、バイトの時間三分前だった。


「遅刻じゃないからいいじゃねーかよ。三分もあれば支度できるし」


「甘いよ。四十秒で支度しな」


 ……おふくろ、あんたはどこぞの空賊の女親分か?


 ここでグズグズ言っても聞く耳持たないのはこれまでの長い付き合いで知っているので、ちょっぱやで着替えた。

 

「おう、賢人。この天津飯をあちらのお姫様に運んでくんな」


 そしてホールに出ようとすると、キッチンから出来立てほやほやの天津飯を手にした親父が早速俺を扱き使ってくる。


「分かった……って、お姫様?」


「あれ、お前、まだ会ったことなかったか? ここ二ヶ月、ほとんど毎日通いつめてくれて、俺の作る天津飯を注文してくれる女の子がいるんだよ」


 これがまた偉くべっぴんさんでなぁ、誰が言い出したか「お姫様」って呼び名がホントぴったりなんだわと親父が鼻の下を伸ばす。


「へぇ、こんな店にそんな奇特な子がいるんだ」


 自慢じゃないが、うちは何の変哲もないごく普通の中華料理屋だ。

 まぁ確かに親父が作る天津飯は絶品だけど、かと言って通いつめる程のものでもない。


「ふーん。じゃあそのお姫様とやらの顔をご拝見させていただきますかね」


 俺はトレンチに天津飯を乗せて、指定された席へ目指す。

 窓際のふたりがけのテーブル席で、こちらに背を向けてちょこんと座っている女の子。

 顔は見えないけれど、奇麗な黒髪からも美人のオーラが漂ってくる。

 なるほど、これは期待出来そうだ。


「お待たせいたしました。天津飯でございます」


 深々と一礼すると、左側から失礼してお姫様の前に天津版を置く。


「あ、ありがとうございましゅ」


 お姫様が感極まったような声をあげた。

 そして若干じゅるりと唾を飲み込むような音も。

 あはは、これは相当にうちの天津飯にぞっこんなようで。一体どんな子なんだろうとチラリ顔を覗きこんでみると――。


「ひ、ひ、姫宮さんっ!?」


「うわーい、天津飯、天津飯……って、ええっ!? 新垣君!?」


 そこにはあの姫宮さんが涎を垂らさんばかりにしていた。

 いや、もとい。

 垂れた涎がぽとりと姫宮さんの膝元に広げたノートに落ち、そこに書かれた「キングスライム。どすけべ」の文字をじんわりと滲ませていった。

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