第14話 エイト、アヌスに貸し出される。

「エイトを貸して欲しい?」


 アヌスタシアは少しだけ驚いて答えた。

 シェリーは柔らかな笑顔を保ちつつも真剣な表情だ。


「はい、おとり捜査に協力して頂きたいのです」


 宿屋に尋ねて来たシェリーの話は単純だった。


 キアンや他の従業員を取り調べていたら闇カジノ店と、ある貴族の接点に関する情報を得られたというのだ。


 闇カジノは負けが込んで身売りする羽目になった女性達の中で特に美しいと思われる者達を、その貴族の指示で、そいつの隠れ家に運んでいたらしい。


 そして、その貴族は週に一度くらいの間隔で値踏みと味見に隠れ家を訪れて、気に入った女性を買い取り、本宅へと連れ帰るのだそうだ。


 本宅へと連れ去られた多くの女性達が、戻ってくる事が無いままでいるらしい。

 中で何が行われているのか……あまり考えたくない事案だ。


 貴族の隠れ家の場所は特定できているのだが、貴族という階級の特権で警備隊の捜査が出来ないでいる。

 警戒も厳重で秘密裏に潜入調査して証拠を掴むのも難しいとの事だった。


 そこで、闇カジノは摘発されたが、まだ情報は貴族の知る所では無いらしい事を利用して、シェリーは一計を案じた。


 闇カジノで負けた女性達を装って、数人の囮で内部を調査して証拠を掴む計画だそうだ。


 それも、なるべく顔を知られていそうにないメンバーで……。


 その話を聞いてカクさんが答える。


「シェリー殿、仔細は分かったが我々とて任務の途中であるので、そのような事件に関わっている暇は……」


 そこまで言った時だった。

 アヌスタシアが両肩を震わせながら呟く。


「……許せないわ」


 どうやら彼女は相当に怒っているらしい。

 スケさんが、アチャーという困った顔をする。

 カクさんはあきらめたような表情で天を仰いだ。


「お祖父様は何をしてらっしゃるの? そんな奴、とっとと捕まえて首をはねてしまえばいいのに……」

「相手は第一級の家柄、イタリーチェス家です。陛下といえど証拠も無しに処罰する事は出来ないのでしょう」


 アヌスタシアの過激な台詞に対して、シェリーは冷静に理由をいた。


「それは陛下だけでなく、アヌスタシア様も同様です」

「……そうね……分かってはいるんだけど……」


 カクさんが二人の会話に割って入るように説明する。


「イタリーチェス家と言えば、魔将軍亡き後の掃討戦で多くの功績を挙げた名門です。本家はウォータードアより更に北に領地を持つとは言え、ジアングドアに居を構える分家の力もあなどれません」

「ヘタに手を出すと、ヴァーチュリバーとイタリーチェスの内乱に発展しかねないな……」


 スケさんが物騒ぶっそうな可能性を示唆しさした。

 そしてシェリーに尋ねる。


「イタリーチェス家……分家の誰が犯人なんだ? 目星めぼしは付いているんだろ?」

「はい、シュムネ殿です」

「よりによって嫡男ちゃくなんか……確かに今までも、あまり良い噂を聞かない人物だったが……」

「ええ、父親も扱いに困っているようです」

「それでも隠すとなると、よほどおおやけになると不味まずい事をしているんだろうな」

「恐らく分家の存続すら危うくなる事件になってしまっているかと……」

「やれやれ、あまり見たくは無いな。その証拠とやらを……」

「そちらは本宅の方になると思います。しかし本宅へ本格的な捜査をする足掛かりとして……」

ずは隠れ家での証拠集めからか……」

「そこで囮としてエイト殿とセヴェン殿を、お借りしたいのです。ヴァーチュリバー軍少佐であるアシスタ殿と王室親衛隊副隊長であるコルネア殿は、恐らく相手側に顔が知られていると思われますので……」


 なるほど。

 スケさんとカクさんは、そういう肩書きなのか。

 そう言えば、スケさんは彼女の母親と同じ軍属で、カクさんの母親はアヌスタシアの母親の親衛隊だとか言っていたな。


「協力はしたいけど……で、でも……エイトを貸し出す訳には……」


 アヌスタシアが俺の方をチラチラと見ながら言った。

 俺は両手の人差し指をクロスさせてバッテンを作り、それをアヌスタシアだけに見せた。


「申し訳ないけれど出来ないわ。彼……じゃなかった、彼女は無関係な人だし……」


 シェリーは、わざとらしく驚いた顔をする。


「彼女はアヌスタシア様お付きの密偵では無かったのですか?」

「うっ……」


 アヌスタシアは言葉に詰まると汗をかき始めた。


「もし違うのであれば、エイト殿を逮捕せざるを得ないのですが?」


 シェリーはニコニコしながらアヌスタシアを通して俺を脅迫してくる。


「うう……分かったわよう……」


 アヌスタシアが少しだけ涙目で呟くように答えた。


 おいぃっ!?

 ちょっと待て、勝手に折れんな!


 ……とは思ったが仕方ない。

 アヌスタシア達との今生こんじょうの別れが、一日だけ延びてしまった。


 でも、なんでだろう?

 少しだけ、その事が嬉しい自分がいる。


「でも、それなら私も囮になるわ」


 アヌスタシアが、そんな事を言い出した。


「却下」


 スケさんが、にべもなく答えた。


「どうしてよっ!?」

「あの……姫様も流石さすがにお顔を知られていると思いますので……」


 シェリーが苦笑いしながら答えた。


「息子の方には会った事ないから大丈夫よ」

「確実では、ありませんし……」

「でもセヴェンとエイトだけでは、人数的に心許こころもとないでしょ?」

「私も参りますので大丈夫です。お任せください」


 そう言ってシェリーは胸を叩いた。


 シェリーを除く、その場にいた全員の目が丸くなる。


「いや、あんたこそ顔を知られている可能性が高いだろ?」


 スケさんが呆れたように呟いた。


「大丈夫です。変装して行きますから……」

「しかしだな……」


 口ごもるスケさんを見て、シェリーは少しだけ不機嫌な表情をした。


「どうやら信じてはいただけないようですね……証拠をお見せしますから、洗面所を貸して下さい」


 シェリーが強くそう願い出たので、アヌスタシアは渋々しぶしぶながら頷くと、セヴェンに彼女を洗面所へと案内させた。


 いやいや……。

 仮に変装が出来たとしても貴族が選ぶかどうかが問題だ。

 シェリーは顔が可愛い方だとは思うが、むしゃぶりつきたくなるような程の美人というわけでも無い。

 彼女は自分の事を美しいと自惚うぬぼれているのだろうか?

 それとも何か選ばれる為の秘策でも有るのだろうか?

 俺が言えた義理じゃ無いが、少なくとも自分の方がシェリーより可愛いという自信はある。

 男だけどな。


 そんな事を考えていると洗面所から見たこともないような美女が現れた。

 俺は、その美女に尋ねる。


「あの……貴女は誰ですか? シェリーさんは、どちらに行かれました?」

「やだなぁエイトさん、私がシェリーですよ?」


 その美女はシェリーと同じ声で、そう答えた。


 ……。


 はいいいぃぃぃーっ!?


 言われてみれば確かにシェリーの面影おもかげがある顔をしていた。

 しかし鎧から私服に着替えて眼鏡を外し化粧をほどこして、髪を後ろへたばねてわえただけで、こうも変わるものだろうか?

 ……女って怖い。


 しかし、これなら彼女の自信も納得できる。

 他の四人も同じように驚いていた。


「わ、私も変装するわ!」


 アヌスタシアが対抗意識を燃やしながら洗面所に向かおうとしたが、カクさんに後ろから羽交はがめにされ止められた。


「変装すれば良いという話ではありません! 立場をお考え下さい! 自重じちょうを願います!」


 アヌスタシアは、むーっ! と、納得いかない不機嫌な顔をしていたが渋々と引き下がる。


 その後、計画の打ち合わせをして、午前中は終わった。


「それでは、また夕方頃にお会いしましょう。その時は宜しくお願いいたします」


 シェリーは元の群青ぐんじょう色の鎧に眼鏡の姿に戻ると、一礼をして颯爽さっそうと帰って行った。

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