018.「欺瞞戦線」

 砲声が響いた。

 視界の左前方、疎らに生える落葉樹を縫うように走る、背の低い四本脚クアドリムが音を契機にさらに背を低くして加速した。とことなくトカゲに似た外観は、その見た目そのままに足音も控え目だ。向かう先には、シルフィデシデムシの亜種らしき体高5メートルばかりのバグが三体。

 こっちからの砲撃でも何とか当たる距離だけど、今回は敢えてそうしない。今与えられている役目は、相手の進行方向側にわざと射線をずらして撃つことで脚を止めること。切り込む役目は他が担っている。

 背を低くしたリムとは別にもう一機、こちらは右後方から物音など気にせず一直線に接近する。こちらは疾走に連動してなめらかに動く胴体といい、雰囲気としては猫科の動物に近い。先端の頭部まで動物を模しているが、こいつはモジュールとして内蔵できない前方索敵用のセンサーポッドにデザイン性を反映させた結果なのだそうだ。トカゲ型といい、どこかしら生き物として馴染み深い意匠を取り入れたがるのはつまるところ、『蟲ではない』ことを示したいという意識の表れなのだろう、とエミィは言っていた。個人的には、そのまんま生物的な形じゃなくデザインされているのが好感度大である。

 突然接近してきたリムに浮き足立った三体のバグは、それぞれがてんでばらばらな方向に逃げようとし、結果それぞれが接触しあって互いに足止めをするという愚を犯していた。予想以上の威嚇効果に、気を良くしたのか猫型の方が一気に接近し、胴体上方の副腕サブアームに二門マウントした大型ベアリング散弾を装填済みのマルチカーゴランチャーを発射ファイア。寄り集まった中心にばらまかれたそれに、一体が頭を砕かれ活動を止める。残り二。

 恐慌を起こしたようにその場を離れるうちの一体は、しかし進行方向にもう一機、背を低くしたまま身を隠し待ち構えていることを知らない。散弾にやられたのかぎくしゃくとした動きで近寄り、視界に大きくなる一方の的に、こちらは走行中邪魔にならないよう畳まれていたロングバレルのレールガンを伸長、危なげなく頭部を含む胴体に弾をめり込ませる。残り一。

 最後の一体は、射線の方向から外れる位置を目指して走り出していた。しかし残念ながら、それは接近した二機からは確かに逃れることは出来ても、遠くから狙うこちらからは丸見えだった。腕を構え、溜め込まれた電力を注ぎ込んで放たれる砲弾は、狙いを過たずに最後の一体を破壊する。


 三分と十二秒。


 見敵から撃破までの所要時間だ。


 ◆◆◆


『ねーちょっと簡単すぎるんですけどー。何なのあのザコ。もうちょい歯応えあるのいないのー?』


 戦場には不似合いな、脳天気な若い女の声が聞こえてくる。

 地に伏せたトカゲっぽいリム、ザルマン火蜥蜴からの音声着信だった。搭乗者はキャスティ=フォートラン、蟲狩りバグハンター歴は五年ほどの中堅。その姿は、長い銀髪に赤をメッシュで入れてフリル付きのショートパンツに丈の短いブラウスとベストでヘソ出しという、パンクなんだかゴスなのかもわからない奇妙な格好だったけど、こうして戦列を共にしてみれば腕の方に関しては確かなようだった。


『てゆーかー、前線はもっとずっと先なんでしょー? 美味しいのはみーんな正規軍へいたいさんが頂いちゃうんでしょ? これって出涸らしでしょー? ねーつまんなーい』


 ただし腕の方は確かでも、人格までまともとは限らない、ってわけだ。


『……少し黙れ。わざわざ志願してきたと言っていたが、それにしては不真面目に過ぎるぞ』


 窘めるように別の声。こちらは、ヒトツバラ開拓村で話したことも記憶に新しい、リーナス=ダスラッシュ。乗っているのは猫っぽい外見のアッシュASHというリム。噂に聞く総天然素材フルネイチャーメイドのリムは、流石と言うべきか動き方一つ取っても動物的な自然さが垣間見える。


『えー、だってさぁ。軍隊と一緒なら大規模戦に参加出来るじゃん? 弾薬もお上のお財布じゃん? って思うじゃーん?』

『なんだそれは……。まさか』

『思う存分ドンパチ出来ると思ってたのー。リーナスが行く先ならそんなのばーっかだしー』


 頭痛を堪える顔がありありと想像出来そうな、そんな深く重いため息を残してリーナスが通信終了アウト。たぶん、そのまま周辺探索でも始めるんだろう。何というか、苦労してるんだろうなぁ。

 生真面目そうな顔と服装のリーナスに、不真面目な言動及び服装のキャスティ。しかし、この二人これでも数年来のコンビだという。一方的にリーナスは一匹狼タイプだと思ってたけど、思い込みというのは当てにならないものだ。


『石頭よねー、まったく。大体、こーんなつまんないとこにうちのことほったらかしてー、一人で勝手に遊んでたのが悪いんじゃん。ねージュート君?』

「いや同意求められても困るんすけど」


 遊んでた、ってのは調査とやらのことだと思う。仕事を遊びと言われてしまっては浮かばれない。


「コンビ組んでるって言ってましたけど、いつも一緒ってわけじゃないんすね」

『そだねぇ、行く先は同じにしておいてー、必要になったら一緒に動く感じ? うちとしては一緒でもいいんだけどー、そんなことしたら頭痛が止まらなくなるーって言われて。あんないつも頭抱えてたらそのうち禿げちゃいそうだよねー。そーそー、最近オールバック止めて髪下ろしてるしー、もしかしたら本当に生え際が気になってたりとか』


 その禿げの原因を作ってるのは明らかにこの人だと思うんだ。しかしまぁ、よく喋る人だな。サダトキさんといい、頭おかしい人はよく喋るものなんだろうか。

 とにかくリーナスの心労が偲ばれる。願わくば強く生きて欲しい。


「禿げの話は可哀想だから止めときません? そうそう、ここ来る前ってどこで仕事してたんですか?」

『トキハマの前ー? ファルテナと大京ダージンをー、行ったり来たりーかな。その前はデトリンク』


 ファルテナは、大陸中央部に位置する交易中心の中核都市だ。以前は衛星都市扱いだったけど、エヒト近隣に位置していて例の消失事件から人口の流入が加速してなし崩し的に中核都市になったそうだ。そして大京とデトリンクは、それぞれその北方と西方。どこもバグの活動が割合活発な地域のはず。


「さすがは殺戮の山猫ジェノリンクスってところか……」

『そう呼ぶと嫌がるんだよー。イタいんだってー』

「え、なんで? かっこいいじゃないっすか」

『ねー、不思議ー』


 全く以て何が不満なんだか理解出来ない。少なくとも下戸ライトウェイトなんて酷い由来のあだ名に比べれば百万倍もマシってもんだと思う。


『まー、でもうちとしてはー、ジュート君のもかっこいーと思うよ』

「酒の失敗をネタにされたあだ名なんて格好良くも何ともないっすよ……」

『そっちじゃなくてー。えーっと、たしか、』

『キャス。いつまで話している』


 何か言いかけたキャスティに、しかし割り込みを掛けてきたリーナスの声が被さる。今はリーナスが周辺索敵の当番だったから、声を掛けてきたと言うことは。


『お客さんだ。そっちから五時方向、距離2kmに動体反応。数1、種別未確定アンノウン。暴れ足りないなら行ってこい』

『らーじゃ。ねー、バグだったらやっちゃっていい?』

『構わん』


 許可を与えられ、キャスティの駆るザルマンが姿勢を低くして、足音を可能な限り消しながら動き始める。回線が生きたままだったものだから、きゃっほーなんて叫ぶ声も近距離通信NSVPの有効半径から外れるまで響く。


『困ったものだな。仮にも戦場だと言うのに』

「あんまりそんな雰囲気ありませんからね。前線は今どうなってるんですか?」

『数は多いがあちらは基本的に掃討戦だからな。進捗は若干遅れているようだが、想定していた個体数よりも少なかったようだ。淡々と事を進めている。』


 軍事作戦の後方支援、と言っても、俺達に任された役割はあまり普段と変わらない。やることは、前線が行うローラー作戦の網目から漏れたバグの、遊撃的な掃除だ。


「あっちはあっちで大変ですよね、生き餌なんて」

『だが一番有効だからな。周囲を戦闘用リムが固めていれば滅多なことも起こらんだろう』

「にしたって、あの翅音を生で聴くのは正直御免被りますよ」

『いざという時にそういう仕事をするから、普段は駐屯地でぬくぬくとしていられる』


 辛辣なリーナスの返しに、しかし同情心が消えるわけでも無い。

 今回の掃討作戦、目的は本来レドハルト丘陵を主生息域としているはずが、何の間違いかトキハマ南部に進出してきたグリロイデコオロギの根絶にある。発端は、レドハルト丘陵とトキハマ南部森林地帯とを隔てるセントス山脈に面した開拓村で、ここ数週間で頻発した村民の行方不明事件。

 村から比較的距離のある農作物用の耕作地域に赴いていた一家が忽然とリムを残して姿を消したりとか、野営を行っていた輸送リムキャラバンがやはり物資とリムを残して消えたとか、話だけ聞けば怪談の類になりそうな話だけど種を明かせば簡単で、つまり人を好んで襲うバグが近くに現れたからって話だ。

 問題は、普段は比較的平和で武装しての夜警なんかが習慣化されていない、トキハマ周辺このあたりで現れたこと。通り一遍の警戒態勢くらいは敷いていただろうけど、相手はガチな交戦区域でも要注意扱いされている種類だ。平和ぼけした人達には過激なご挨拶だったことだろう。その上、複数の人間が血溜まり以外欠片も残さずとなれば、個体数は相当なものだと予想された。

 そんなわけで、リーナスに活動区域の実態調査が依頼され、その結果を基に今回の作戦が起案された、というわけだけど、本来小型で見付けづらいグリロイデコオロギを誘い出す方法というのが酷い。

 生きた人間を先行哨戒させて、引っ掛かったやつを後方からリムで潰すなんて、俺がいた時代なら即座にどこぞの人権保護団体だかが怒鳴り込んでくるに違いないだろう。


「人間以外の動物にやらせるとか出来ないんですかね」

『非効率的だな。高度に訓練した軍用犬などならば不可能では無いだろうが、ローラー作戦を行えるほどの頭数が揃うとは思えん。大体、発見時に報告が出来ないようでは作戦の意味が無い』


 ちなみに、檻に動物を入れて囮にするというのも出来ないらしい。何故かと言うと、巨大な構造物が動いているのを発見すると、やつら小賢しいことに逃げるのだそうな。


『携行火器でも十分に対処が可能な個体だ、訓練された歩兵であればさほど問題視することも無い。事実、現時点で報告された死者は一名、重傷者も五名程度。それも、指定された経路ルートを外れたなどの人為的問題ヒューマンエラー起因でしか発生していない』

 それでも人は死んでるんだよな。なんていう俺の感想こそ甘いに違いない。この時代の人たちなら、八割はこう言うに決まっているのだ。

 兵隊は、戦って死ぬのが仕事だと。

 フリーランスは常日頃から鉄火場に身を置かなければ生活が出来ないけど、本当にヤバい仕事は拒否出来ることになっている。人手不足で止む無く駆り出された俺達が今回こんなヌルい現場に配備されているのも、それを前提としたギリギリの落としどころだ。それに対して、正規軍は普段駐屯地で訓練に明け暮れる代わりに死ぬことは無く、しかしいざとなったら死ぬと分かっている仕事でもしなきゃいけない。


「……なんか、欺瞞に充ち満ちてる感じがするんですよね」

『そういう言葉が出るうちは、まだまだ青い』

「若造だってのは否定しませんけど」


 自分でもわかってる、青臭い発言だって事は。

 トキハマの中に居ればつい忘れそうになるけど、結局この世界では常日頃から死は身近だ。生き残るには欺瞞や虚飾なんて飲み込んで然るべきなんだろう。


 ◆◆◆


 キャスティが戻ってきたのは、リーナスと二人して沈黙してしまってから数分が経ってからだった。それでも、飛び出していってから十分と経っていない。きっと鼻歌交じりに仕留めてきたに違いない。


『なになにー、なんだか深刻な雰囲気ー?』

『戻ったか。戦果は?』

アルモルファムカデが一匹だけだったよー。あとー、周りにリムの部品が散乱してた』


 犠牲者ここにもあり、か。


「食われたんですかね……。あれ、でも確かアルモルファって」

『活動域はレドハルト以西だ。山越えの一部か。しかし交戦した個体数の数からして……』


 考え込むようにぶつぶつと呟くリーナスを余所に、今度の索敵当番が回ってきたキャスティのザルマンが姿勢を高くする。広範囲の索敵には、ある程度センサー類の位置が高いところにある方がいい。戦闘用リムの例に漏れずザルマンも頭部がセンサーポッドを兼ねているんだろう。


「随分懐かしく聞こえるな、アルモルファなんて」

「そうですね。まだ二ヶ月しか経っていないはずなのですが」


 音声入力を切って呟けば、エミィがそう返してくる。ゲンイチロウにその存在を明らかにしたけど、他の人にはエミィのことはまだ秘密だ。


「色々あったしな。……そういや、ゲンさん達は?」

「先に帰還した他のリムの整備を始めているそうです。サツキが随分と暇そうにしていました」

「もう帰投してる人が居るのか……。それにしても、随分と仲良くなったみたいだね」


 俺達と同じく、ゲンイチロウ率いるKHFも後方支援の整備部隊として調達されている。3機1組で計7組、総勢21機からなる大所帯の遊撃班は、この辺り複数の開拓村を拠点としていて、それぞれに整備担当を配備して数日間に及び展開される作戦に従事しているのだ。

 そして何故サツキが紛れ込んでいるのかというと、学校が長期休暇中だからと自分から手伝いを申し出たらしい。とは言ってもリムの整備なんか出来ないから、炊き出しの手伝いやらの雑事担当だ。お役所による調達では戦闘ドンパチ担当ばかり人手が集められてその手の仕事は意外と不足する傾向にあるらしく、いい小遣い稼ぎになるのだというのが本人の弁。

 ちなみにエミィは、先日ゲンイチロウを通じてサツキを紹介されてから仲良くやっているらしい。性格のベクトルが正反対であることが逆に相性の良さに繋がっているのかも知れない。


「今思えば、もう少し早く話せるようになりたかったです」


 ふと気になり、HMDのバイザーを跳ね上げて後部座席に座るエミィを見れば、何か物憂げな表情だ。


「……言ったの?」

「いえ。この仕事が終わったあとにでも、と」


 今回の作戦従事が終われば、近々俺とエミィはトキハマを離れると決めている。

 ここで出来た人間関係はとても有り難いものではあったし引き留められることも覚悟しているけど、ここに留まっていれば元々の目的が果たせなくなるから、後ろ髪を引かれようと決めたことには従う。これは、俺とエミィで話し合い決めたことだ。

 ゲンイチロウにそのことをどう切り出そうかと考えていると、リーナスからの音声が響いてきた。


『ジュート、帰投するぞ。この辺りは狩り尽くしたし、雨も降りそうだ。戦時リンクはそのまま、拠点ベースに連絡を入れておけ。交戦ログは俺宛に送付するように』


 目的が果たされた上に天気が崩れるとなれば、帰投しない理由は無い。特に雨は、リムのセンサーを酷く鈍くしてくれる。動体センサーには雨粒でノイズが乗るし、音響センサーに至っては雨音でぶ厚いカーテンが掛けられたようになってしまう。


「了解っす。陣形は?」

『俺とキャスティで先行し両翼警戒。後方警戒は任せた』


 そして音声通話が切られ、わずかな間が空いてアッシュとザルマンが動き始める。こちらも速度を合わせて前進を開始、間隔は20メートルほどの付かず離れずを維持する。

 悪天候でセンサーの解像度が低くなることを見越して、センサーのリソースは後方に集中。速射が可能なよう片腕は砲撃モードで展開し、半身で斜め後ろに射線を合わせつつ横移動。センサーのリソースを各機で分担しての三方向警戒は、リム戦闘での基本陣形だ。エミィによる操縦訓練の一回目は、これの各担当の動き方に集約して行われたものだから、俺も通り一遍は出来るようになっている。


「エミィ、ミツフサの基地局に繋いで」

「リンクは確立しています。音声入れます」


 軍用通信帯特有の、がちがちに暗号化されて軽くノイズが乗った音声チャネルが開かれる。相変わらずの仕事の早さ、と言いたいところだけど今回に限って言えばサツキと話でもしていたんだろう。軍用通信で何をやっているのかと怒られそうなもんだけど、前線と違って後方支援では拠点ベースとの通信なんて定時報告と帰還報告くらいしか無い。チャネルは複数用意されているから、このくらいはお目こぼしされているのが実情だ。


「サツキ、聞こえる?」

『お? ジュート、もうお仕事終わり?』


 予想通りスピーカーから流れるのはサツキの声だ。雑用が無い時は通信の取り次ぎもしていると言っていたし、若い女子が受け手となれば他の蟲狩りバグハンターからのウケもいい。


「担当区域は予定通り完了、これより帰投。今日は夕食なに?」

『露天でバーベキュー、ってつもりだったんだけど、生憎雨降ってきそうだからね。材料余らすのも勿体無いし、グリルプレートかな?』

「残念だけど仕方ないね。帰投は俺達で最後?」

『ぽいね。兄ちゃん達はさっきから帰ってきた人たちの対応でかけずり回ってるよ。あ、でもさっき、避難警戒センサーに異常があったからって三機くらい出てったかな』


 帰りがずいぶんと早い気がするけど、どうやら辺りのバグ掃除は予想以上に早く推移しているらしい。狩る相手がいなければ、仕事だって早く終わるのが道理だ。

 避難警戒ラインの件は少しだけ引っかかったけど、常駐する正規軍に加えて今はトキハマから引っ張り出されてきた腕利きが二桁もいるんだし、まあ心配はいらないだろう。


『エミィはちゃーんとお手伝い出来てた?』

「……ですから、私はユートよりも操作は堪能だと言ったではないですか」

『いいからいいからー。オトコノコのお仕事邪魔しちゃダメだよ?』


 どうやらサツキには、エミィがアンダイナスを乗り回している所なんて全く想像が付いていないらしく、こうして俺の付属品のようにエミィを扱うのが常だ。これで大砲を扱わせたら俺よりも余程上手い、なんて言っても信じないに違いない。


「……もう、いいです。それより、今日はユートにアルコールは飲ませないでください。今朝もなかなか起きてこなくて大変だったんですから」

『はいはいかしこまり、っても兄ちゃん達が飲ませたらあたし責任取れないよ?』

「飲ませたら撃ちます、と言付けておいてください」


 いや何でも砲撃一発で済ませるのやめましょうよエミィさん。

 発言の物々しさに背筋を凍らせる俺に対して、サツキは冗談としか聞こえていないらしく、安請け合いの返事をする。騙されてはいけない。この電脳少女、撃つと言ったら割とマジで撃つ。


『あ、降ってきたみたい』


 聞こえた声で外の景色に気を払ってみれば、空は鈍色に染まりつつある。戦闘中は雲が六割で残りが青空ってくらいだったのが、今は晴れ間が進路とは逆方向に追い払われ、見渡す方向は一面の曇天。雨雲はつまり、サツキのいるミツフサ開拓村の方角から流れてきている。


『結構雨足強いね。早めに帰ってきなよ、ご飯用意して待ってるから』

「了解。あと30分もしないで戻ると思う」

「サツキも気を付けて。遠出中ですから、雨に濡れて風邪を引いたら大変です」

『はいはーい』


 ◆◆◆ ◆◆◆


 戦場に駆り出されたとは言え、俺の周囲は平穏なものだった。親しい人と言葉を交わし、今日の食事に気を回し、これが普段から命に気を付けなければいけない世界と言われてもとても信じられない。

 信じられないだろう。このすぐ近くに、そんな危険が当たり前のように存在しているだなんて。

 この日を境に、ミツフサ開拓村という名が、地図から消え去ることになるなんて。

 俺が、これから数時間の間に見た全ての光景を、一生涯忘れられないようになるなんて。

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