017.「有害事案」

 真剣な思考なんて頭のどこかにすっ飛ばし、見てはいけないものを見てしまったということだけは明らかものだから、とりあえず後ずさりしてこう言ってみた。


「何アレ」

「何ってアレがトキハマの領主嫡男だよ」

「いいの!? それでいいの、アレでいいの!?」

「断っておくがな、アレはアレだけだ。親父殿は気さくでかつ思慮深い名君だしよ、奥方もそりゃあいい人だ」

「今はよくても次がアレだと心配になるんだけど!」


 指示語過多な会話だった。

 そんな俺とゲンイチロウの首に、腕が回される。細いがそれなりに鍛えてる感じもあるそれが、優雅な所作で。


「さっきからアレ扱いは酷くないかなぁ、ゲン?」

「うお、いつの間に沸いて出た!?」


 変態アレだった。

 慌てて飛びすさるゲンイチロウに合わせて、こっちも距離を取る。とりあえず近距離にいたら危険だと思った。


「親友に対してその反応はあんまりじゃないかなあ?」

「だあれが親友だこの腐れ縁!」


 ゲンイチロウが叫ぶのを横目に、俺は男の姿をよく見てみる。

 身長は俺とゲンイチロウの中間くらい、線の細い体を覆う服はよく見れば高そうだけど、いかにも高貴な出という風には感じない。軽く分け目を付けた髪に、軽薄そうな表情を浮かべ、でも何だか目は笑っていない感じがする。

 不思議な雰囲気の人だな、というのが第一印象だ。


「そうだね、何しろ高校時代ミドルスクールから十年の付き合いなら縁も腐るよ。それなのにさ」


 苦渋に満ちた、という如何にも作った表情を顔に貼り付けてから、わざとらしく髪を掻き上げつつ顔を手で覆い、


「ああ、それなのにこんな面白そうなもの見つけておいて一言も無しだなんて」


 そこまで言って、男は芝居がかった動きでゲンイチロウを指差す。


「酷いやつだよ君は!」

「鬱陶しいからその動きやめろ! つーか、やっぱお前帰れ!」


 同感である。ついでに俺も帰ってしまいたいところだ。

 不思議な雰囲気とかオブラートに包んだ言い方したけど、つまるところただ変な人ってだけだった。


「そうつれないことを言わないで欲しいね? さて、君がジュート君か。初めまして、IMC対策管理局、成績管理部次長のイサ・サダトキという。以後お見知りおきを」


 急にまじめな顔をして、男……サダトキは手を差し出してきた。変わり身が早い。

 IMC対策管理局とは、蟲狩りバグハンター管理局の正式名称だ。バグという名称は本来俗称であって、法的な公文書では正しくはIncent-type Machine Clusterと呼称する。その成績管理部となれば、俺が今まで活動してきたその履歴を全て知る立場にいるということだ。

 手を取り握り返す。この世界、お辞儀よりも握手が挨拶の基本というのは、存外気楽なものだと思う。急な緊張に晒されている今は、特に。


「……どうも。それで、成績管理部の人が何の?」


 若干挨拶に腰が引けてしまったのは、この際仕方ないと許してほしい。まあ、相手がアレだし。


「随分と警戒されているようだね? まあ、別に取って食ったりはしないよ。あ、でももし食べられちゃっても構わないなら言ってくれ。性的嗜好はノーマルだが最近バイでもいいかなと思っているんだ、なあゲン?」

「死んでくれ」


 腰が引けた理由を勘違いしていろんな意味でスレスレな発言をするサダトキに、しかし振られたゲンイチロウはにべもない。気持ちはわかる。これ以外どんな返し方をしたらいいか俺もわからない。


「表向きの用としてはだね、最近えらく調子のいいルーキーがいるというから、一度顔を見ておこうというところさ。昔馴染みの家を贔屓にしているというのも渡りに船というやつでね」


「はあ。恐縮っす」


 表向きは。では、その裏にまだ用件があるってことだろう。

 本題はここからだ。


「さて、それじゃあ楽しく四人でお話し合いといこうか」


 身を翻して、格納庫の中に戻っていくサダトキ。追いかけるゲンイチロウが聞き返す。


「四人? まだ誰か呼ぶってのか」

「いやいや、その必要はないよ。もうここには揃ってる。ねえ、ジュート君?」


 言われた意味は明白だ。この人はいったいどこまで知っていて、何を話そうというのだろう。


「そこにいるんだろう? 電脳人バイナル


 アンダイナスの操縦席の方を指差しながら、首だけ俺を振り返って、悪戯に引っかかった人を見るような嬉しそうな顔でそう告げる。


 ◆◆◆


 事の起こりは何であったかと言えば、俺が毎回せっせと作成して提出していた蟲狩りバグハントの報告書だという。

 誤解がないように言っておくが、別に何か内容不備があったりだとか、虚偽の申告を行っていただとか、そんなことは無い。そもそもブラックボックス化され、書き込みのみライトワンス属性に設定された操作ログの提出も義務づけられているから、そんなことしようも無いんだけど。

 では何が問題になったのかと言えば、集計された成績だった。ただ、目立たないために普段から討伐数は抑えていたし、事実それ自体は問題にはなっていない。

 問題になったのは、損耗率の極端な低さだ。


「勿論、新人ルーキーが一ヶ月もの間何も損害無く狩りを行った、なーんて例も無いわけじゃない。ただし、それは全てがクラス1の小物ばかりを遠距離から狙撃スナイプするなんてみみっちい仕事をしたりとか、そんな消極的な結果でね、それに対してクラス2や3まで仕留めておいて、帰投しても二日も置かずに、つまりろくな整備もせずに次の狩りに行くだなんて、はっきり言えば異常だね。熟練ベテランだってそんな人はまずいない」


 お前そんな無茶な稼ぎかたしてたのか、という目でゲンイチロウがこっちを見てる。とはいえ、そんな稼ぎ方をしていたからこそ、刀を打ってもらうお金を用意することだって出来たわけで。

 冷や汗を流す俺を無視しているのかそれとも長広舌に酔っているのか、サダトキは尚も続ける。


「異常な結果は、異常な原因からしか発生し得ない。では何が異常なのかとね、およそ考え付く要因は全部洗ってみた。今まで非正規なハンティングを行ってきた不届き者が何を思ったか正規の許可証を得たとか、組織ぐるみで特定個人をバックアップしているとか、簡単に狩れる個体を識別できるノウハウを独り占めしている可能性までね。まあ蓋を開けてみれば、非常にシンプルな話だった。何しろ、こいつ・・・を使っていたんだから」


 そこで一息入れ、目の前のそれを、前傾姿勢を保った漆黒の巨体を眺める。その視線は、いっそ恍惚としたもので。


KHI-HV305パラケルススモデル-CT07SF砲撃支援特化型個体識別名パーソナルネームアンダイナス。この世に十数機しか存在しない、電脳人製バイナルメイド生体人製マンメイドの粋を集めたハイブリッドの戦闘用二脚機械デュアレグ、そのうちの一機。一晩でクラス3を数十体屠った? こいつに掛かれば物足りない戦果だ。そう思わないかい、銀の背中シルバーバック?」


 観念するしか無いのだろう。

 少なくとも、機体の素性を俺より知っていることは明らかなようだし、二ヶ月前のトキハマ郊外でやらかした件についても調べは付いているらしい。

 俺はエミィに呼び掛けるために軽く息を吸い、その時。


「話が長ぇよ!」


 ゲンイチロウの容赦ない脚がサダトキの脇腹にねじ込まれた。

 非常に卑怯ダーティな一撃だった。意識外から放たれたものだから防御も構えも心の準備もくそもなく、身体は横方向にくの字に曲がって、しかし突然のことだったものだから表情は恍惚としたそれが張り付いたまま、サダトキが真横に軽く縦回転しながらすっ飛んでいく。

 着地は顔面からだった。


「け……蹴ったね……? 父上からも足蹴にされたことなんて無かったのに……!」


 よろよろと身体を起こしながら呻くように、着地の瞬間受け身として突いたんだろう右手と顔を交互に摩りながらいっそ様式美に近い文句を垂れる。顔から突っ込んだ割には、さほど怪我をしたようには見えない。


「……えげつないね、ゲンさん」

「こいつに比べりゃマシだ。ったく、いちいちやり口が回りくどいんだよ。管理局の名前とイサ家の名前まで持ち出しやがって。これっくらいやってやらなきゃ、……無駄か」

「実力行使に及んでおいて無駄扱いとは、いささか辛辣に過ぎないかな……?」

「うるっせ。とっとと言いたいこと言え。電脳人バイナルが何だか知らねぇが、つまりお前はこいつアンダイナスをどうしてぇんだ? あ?」


 ケリの一発で話題は随分とシンプルになった。

 もしレイルズとの話し合いの席にゲンイチロウがいたら、そりゃあ短くまとまっただろうと思う。うだうだとした会議の隠し兵器だな。

 せっかくシリアスな空気を人払いまでして演出したってのに台無しだよ全くとかぶつくさ言いながら、サダトキが立ち上がる。しかし蹴りを食らっていなかったとしても、この場がシリアスなまま保たれていたとは思えない。何しろ。


『……人を放置したまま話をしないでください。いい加減撃ちますよ』


 うちにはこの、威力脅迫系女子がいるのだから。


 ◆◆◆


 虚空からひらりと現れ、重力がそこだけ半分くらいになったような身軽さで、エミィが地に……俺の隣に降り立つ。周囲には仄かに輝く粒子状の光が舞い、幻想世界に迷い込んだような錯覚すら覚える。

 とはいえそこは例によって例の如く立体映像に決まっている。今回は機体の外に出ているからか、操縦席で見た時のような存在感は希薄で身体は半透明に見えている。


「またえらい神秘的な登場の仕方したもんだね……」

「待っている間暇でしたから、もう少し緊迫した空気で登場するために演出を考えていたのです。勿体無いから使いました」

「ふむ、空気中の微細粒子に投影した立体映像ホログラフィか。そんな物まで搭載していたとはね」


 見え方が違うのは、操縦席で使っていた網膜照射では無いからのようだ。先ほどの蹴りなど無かったかのように、サダトキが解説をする。好奇心に充ち満ちた目は、そのもの面白そうな玩具を与えられた子供のそれだった。

 それに対して、若干距離を取った場所のゲンイチロウ。見れば若干引き気味な顔をしているのは、気のせいでは無いだろう。


「……冗談じゃ無かったんだな、あの話」


 あの話、とはゲンイチロウと出会った日に、与太話と断ぜられた俺の話のことを指しているんだろう。とはいえ、それに対して今更文句を言うつもりなんて無い。あんな話、普通に聞けばどう考えても冗談にしか聞こえない。


「気にしないでよ。俺としては、ゲンさんが友達であれば、信じたかどうかは全然関係無いんだ」


 本心で言った。勿論、その輪の中にエミィが加わってくれていたら、とは思うけど。


電脳人バイナルか。トキの口から出た時点で、まぁ居るんだろうとは思ったがよ」

「随分と信頼してくれたものだね! これも十年の付き合いの賜物かな?」

「お前は、人を煙には巻いても嘘は言わねぇからな」

「良く見抜いてらっしゃるね」


 さっきからゲンイチロウのサダトキに対する言動ともに容赦がないけど、これもまた仲の良さの現れなんだろう。

 そしてようやく姿を現したエミィはと言えば、軽く俯きながら何か考えている様子だった。


「……サダトキ様、でしたね。一つお聞きしたいのですが」

「ああ、構わないよ。電脳人バイナルのお嬢さん」

「どうやら貴方は、私がこの子アンダイナスの中に居ることを確信していたご様子でしたね?」

「妙なことを聞くね? 電脳人製バイナルメイドのリムは、電脳人バイナルとして登録された者が搭乗していなければ起動出来ないよう、生体情報バイオ暗号鍵エンクリプション機構が組み込まれているんだろう?」


 それは初耳だ。そして、エミィもそれは同様のようで、軽く驚きを得た顔をしている。


「じゃあ、アンダイナスがイサ家のものだって話……本当なんですね」

「ああ、間違い無い。これは、イサ家のご先祖が電脳人バイナルから素体を提供され、当時イサ家の御用工房だったカドマの職人が作り出した物だ」

「事実のようですね。追加装備の制御用ファームウェアにもカドマのコメントが入っています」

「ご先祖って、お前……。こいつ何年前の代物なんだよ」


 サダトキとエミィの言葉に、ゲンイチロウが呆れたような感想を述べる。祖父とか曾祖父という単語が出てこないあたり、雰囲気的に百年レベルの話のような気はした。


「ざっと二百年ほど遡ることになるね。僕も話は聞いていたが、実物を拝む日が来るとは思わなかった」

「二百……」


 気の遠くなるような話だ。しかし思い出してみれば、積まれている糧食も賞味期限千年とかいうとんでもない物だった。

「何のためにこれが作られたかという話は、僕も断片的にしか知らない。当時、電脳人バイナルが計画していた実験のために作られたそうだけど、肝心の用途までは聞かされていないんだ」


「作らせておいて目的は言わねぇとは、不親切なこった」

「それについては、ご先祖が計画の実行段階に移るって時に詳細な話を聞いて、めちゃくちゃにぶち切れて一方的に交渉を打ち切ったからって話でね? いやぁ、気の短いことだよ。それで、手を引くことの条件にアンダイナスは封印されて、供与された技術についても破棄したって話だ」

 話が見えてきた。サダトキが俺を呼び、エミィとの話を望んだその理由は。


「つまり、アンダイナスが動き始めたことは、イサ家とは無関係だという言質が欲しい……ってことっすか」


 ご明察、とサダトキが答える。


「それに加えて、破棄された計画を今更動かしたその理由についても知りたいというところだね。何しろ、その結果次第ではイサ家のみならず、このトキハマにも累が及びかねない。まだエヒトの一件から五年しか経っていないものだから、イサ家うちはおろか大京ダージン飛蛇フェイダ一派やアドラスのカーベルス家なんかの武闘派は神経質になっているしね」

「んな大物ばっか雁首揃えて何やってやがんだ、一体。レイルズも出張ってきやがるし、きな臭いったらねぇな」

「レイルズさんは、『例の計画』とは距離を置きたい、って言ってましたけど」

「その発言も理解出来なくは無いねぇ。この計画に関わって利益を得た者も多いけど、アトルマークは大いに貧乏くじを引かされた。当家としても、計画の参加拒否は正しかったと判断している。……その上で問おうか、君達はどうやってこの機体を入手したんだい? 少なくともこいつを封印していたレドハルトの施設は、物理的・電子的に欺瞞処理を施してあって侵入は不可能だったはずなんだ」


 話が核心に近付いてきた感触を得る。

 少なくともこの人は、俺やエミィが置かれた状況に対する、何かの情報を持っている。エミィに目配せすると、彼女も考えたことは同じなのか頷き返してくる。


「……私は、一方的にアンダイナスこの子の中に移送された身ですので、入手した経緯については詳しくはありません。また、それを実行した者、保護者ベネファクタと名乗っていましたが、これまで通信以外での接触はありませんでした」

「成り行きで、というわけかい? それにしては事が大がかり過ぎると思うんだけどね」

「とは言っても、それ以外に言い様がないんですよ。俺も、気が付いたらその施設の中に置き去りにされていて、むしろ何が起きているのか教えて欲しいくらいで」

「ふむ」

「サダトキさん。俺が知っていること……これまでのことは、全部話します。その代わり、サダトキさんが知っている『計画』についても、教えて貰えませんか」


 今の状況がただの巡り合わせだったのか、誰かに仕組まれたものなのか、知る術は無い。ただ、今はこの人が現れたことに感謝するほか無い。

 藁にも縋る気持ちだった。


 ◆◆◆


 話を聞きに来たつもりが妙なことになった、と苦笑したサダトキに、俺とエミィは今までのことをまず話すことにした。

 レドハルト丘陵の施設でのこと、エミィと俺の出自、レイルズとの経緯にトキハマ郊外での戦闘。途中までは話したことのあるゲンイチロウも、時折質問を挟みつつ今回は神妙な顔で耳を傾けている。


「最初聞いたときはこいつ頭おかしいんじゃねぇかと思ったけどよ」


 話終わってからまず口を開いたのはゲンイチロウだった。


「もう一度聞いて、やっぱ頭おかしいとしか思えねぇな」

「身も蓋も無いなあんた!」

「まあ待て。話自体も荒唐無稽だとは思ったけどよ。むしろ俺が気にしたのはお前自身のことだ」

「……どういう意味?」

「よくもまぁそんな危ない橋渡って、それでもこの嬢ちゃんに付き合おうと思えてるなってことだよ。元いた場所に帰りてぇってのは、理解するけどな」


 そう言うゲンイチロウは、純粋に俺を心配する目をしていた。

 何となく居心地が悪い。俺としては、確かに危険な目には遭ったけどそこまで深く何かを考えてここまでやってきたわけじゃ無いんだ。


「成り行き……じゃあないな。多分、俺と似たような目に遭ってるエミィだけ置き去りにして、一人で安穏と過ごしたく無かっただけだと思う」


 なんて、図らずもいい話風にまとめてしまって、自分でしまったと思った時、横槍が入った。

 発生源は勿論、変態アレだ。


「見上げたものだねぇ。辛い境遇の女子を守る騎士……いや、トキハマ的に言うなら武士かな! 四六時中こんな見目麗しいロリ美少女と一緒に居られるのもその役得というものだね。起こる美味しいアクシデント! ラッキースケベ!」

「ユート、この人不愉快なのですが撃っていいですか」

「……色々洗いざらい話して貰ってからにしような?」

「突っ込みにしてはハード過ぎないかな!」


 台詞に反して、すげーいい顔だった。きっと良い反応を貰えるのが嬉しくてたまらないんだろう。そもそも、実体の無い女子にラッキースケベも何も無いだろ。


「しかし、君達の話を聞くに……これは少しまずいかもしれないね」

「まずい?」

「状況から、君達が計画……受肉インカルナチオ計画プロジェクトに関連していることは明白だろうね。しかし、本来の管轄であるイサ家を介さず独自に動いている」

「それは、イサ家が計画の遂行を拒否したからではないのですか?」


 問い返すエミィに、心底困ったという表情のサダトキ。


「二百年前のことに今更反応するとは思えないね。もし強硬手段に出るなら即座にそうしているだろうし、事態はもっと根深いものだろう。――概ね察していると思うが、この実験の目的は、一つ目として電脳人バイナルを生身の人間にすること。そして二つ目に、身体を得た電脳人バイナルが、この社会に適応出来るかを調べることだ」


 言われてみると、確かにそうした調査は必要なのだろう。電脳人バイナルは、生物としての人間とはかなり異質な存在だ。例えば、肉体的には疲れ知らずなところとか、食事が必要無いこととか。


「二つ目については、協力者として生身の人間が必要なのは明白だね。逆説的に言えば、彼らは我々と協調して、生体化した後も溶け込む意志があった、ということだ。それが不文律となっていた側面もあるし、その橋渡しとして源流十三家ルート13が立っている。しかし、君達のケースで言えば、そうした不文律となっていた部分をあからさまに無視して一つ目の目的を果たそうとしているんだ。それも、源流十三家われわれに何の断りも無く」


 顔を俺とエミィから背け、サダトキはそう言った。

 事の重大さが、ゆっくりの頭の中に浸透してくる。それは、粘度を持った液体をスポンジの中に染み込ませるように酷く困難で、しかし一度染み込んでしまえばもう取り除くことは出来ない。

 つまり、電脳人バイナルは沈黙のままこう言ってきたということだ。

 お前らにはもう任せていられない。俺達は勝手に動く。


「彼らも一枚岩では無いことは承知しているし、これが総意なのか一派閥の独断なのかは判断のしようが無い。しかし、君達は今とても不確定な立場にいることは理解しておいて欲しい。……僕としては、出来ることなら君達を今すぐにでも拘束してしまいたいくらいだよ。それが彼らの導火線に火を点けかねないことも解っているから、何もしないだけでね」


 薄氷の上を歩く気分とはこのことだろうね、と振り返りながらおどけて言うその表情は、およそ無としか言えないそれだった。


 ◆◆◆


 薄ら寒い話で締め括られた会談から二日が過ぎて、それは届いた。この世界では最早使う者もほとんどいない、植物繊維の紙媒体で。

 蟲狩りバグハンター管理局からの業務依頼のうち、特に重要度の高いものは、紙媒体に封蝋という古式ゆかしい手段で届けられるのだという。

 果たしてそれには、こう書いてあった。


 ――告知

 トキハマ警備軍による、第二十三次有害IMC排除計画遂行にあたり、IMC対策業務受託事業者に対し作戦支援を委託します。

 業務内容につきましては、後日執り行われる事業説明会にてご説明致します。なお、当案件は公共事業に基づく調達事案のため、正当な理由の無い辞退は認められません。

 当件に関するお問い合わせは以下に願います。なお、当案件に関わる以下の者を除き、一般人への情報の漏出については、理由の如何に依らず罰則適用の対象となります。


 ・IMC対策管理局 局長 ユージェヌ=チェレンコフ

 ・IMC対策管理局 トキハマ支部 成績管理部部長 ハラダ・トモユキ

 ・IMC対策管理局 トキハマ支部 成績管理部次長 イサ・サダトキ

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