第2話 彼女の拠点はログハウス

 そこそこ大きなログハウス、という感じの家だった。


 今いるのは20畳程度のLDKといったところか。

 ベッドとタンスと台所ととまあ、巨大なワンルームというのが正しいかな。


 俺は彼女とテーブルで向かい合って、入れてくれたお茶らしき飲料を飲む。

 紅茶とウーロン茶の中間くらいだろうか、悪くはない味だ。


「それでこの、異世界としか思えない場所はどうしたんだ。」


「異世界と認めたか。切り替えが早いな。」

「植物も星座も全部違う。そう認めたほうが早いだろ。」


「だから柏は好きなんだ。感情が論理を上回らないし、ヒントを出すだけでちゃんと理解してくれる。」


 彼女はにこっと微笑んで、話し始める。


「僕はずっと、ここではない何処かを探していた。

 柏は知っているような、僕がよく呼んでいたのは物理関係と魔術の本だって。」


 俺は頷く。


「本というか、魔術の方はネットの方が多かったかな。」

「高校の頃は外国の魔術書なんて手に入らなかったからさ。」


 彼女はそう言って肩をすくめる。

「僕は本当は、知識欲さえ満たせれば周りなんてどうでもいいんだ。でも周りの人はそう思ってくれない。色々面倒くさい付き合いとか感情のやり取りとかしなきゃならない。

 だから気がつけば、いつもここではないどこかを探していたんだ。

 高校時代は柏がいてくれたからまだマシだったけどな。

 中学までは地獄みたいなものだし、大学だって結局1人だった。僕の研究の先が見えてきそうな段階になってからは、欲得ずくで近づいてくる奴もいたけどね。」


「それでこの世界に来る方法を見つけた、という訳か。」


 彼女は首を横に振る。


「僕が見つけたのは幾多の異世界を移動する方法さ。ここは僕が見た中で一番僕にあった世界だったんだ。

 なので拠点をここと決めて、せいぜい生きやすくするために色々活動もしてみた。

 僕らしくもないお世辞とかおべんちゃらとかも使ったんだぜ。

 今ではここを治める国の王国付魔道士様だ。非常勤だけどさ。」

「魔法なんて使えるのか。」


 何か現実離れし過ぎている。


「世界を渡る手段を探す過程で見つけた副産物さ。基本さえわかれば実は簡単なんだ。単なる方程式から微分積分を導き出すようなものでさ。」


 理論上はそうだが、出来るのは天才だけだ。


「で、困っている事とは何だ。それだけなら順調にやっているようにしか聞こえないが。」


「実は生活費に困ってさ。」

 彼女は肩をすくめる。


「王国付魔道士なんて肩書はいいんだけれど、実際は名誉職みたいなもので給料が安い。なので日々の糧を得る活動をしなければならないのだが、どうもそういうのが苦手でさ。

 今までは向こうの世界から持ってきた色々を売った金で暮らしていたんだが、いよいよもってお金が無くなってさ。なのでしょうがないから柏を頼ったんだ。」


 なんともまあ、現実離れをした現実的な話だ。

 ただ確か松戸は親とも仲はあまり良くはなかった。大学でも今聞いた限りでは決して人付き合い良好、という訳ではないだろう。


「で、俺に頼みたい事って何だ。安月給のリーマンだからあまり大した事は出来ないぞ。」

「向こうで買い物をしてきて欲しいんだ。具体的には香辛料とか薬とか。要はこっちの世界で高く売れそうなもの。

 こっちの世界は技術レベルがまだ産業革命前で、交易とかも全然だ。なのでそういった物は高く売れる。

 もちろんこっちで売れても、向こうの世界で有効な貨幣は手に入らない。

 そこで相談だ。もし僕が言う事に賛同してくれたら、香辛料や薬を買ってきて貰うかわりに毎日の食事や、もし必要なら家事だって引き受けよう。こっちは食品は安いからさ。で、もしいいならそうやってお金を貯めて、お金が貯まったら柏もこっちで暮らさないか。そういう訳だ。」


 成程、と俺は思う。

 今の話は『僕の当面の生活、うまくいけば僕の老後と、もしよければ君の老後』という向こうで松戸が言った言葉と一致する。

 そしてそれ以上に、いかにもこいつらしい話だなと思えるのだ。


 ただひとつ、確認したいことがあるけれど。

「でも松戸、お前程の能力があればこの世界でもパトロンを見つける事は出来るんじゃないか。それに向こうの世界でも、俺以上に優秀な奴を見つけられるだろう。」


 彼女は肩をすくめてみせた。


「簡単な話さ。僕の頭脳や魔法を利用しようとする奴は山程いる。ここの世界にだっている。でも僕の友達は柏しかいない。悲しいかなそれが現実なんだな。」


 彼女がちょっと顔を赤らめたような気がしたのは、俺の気のせいだろうか。

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