第9話「捜査2」

 鳴は顔に似合わず安全運転で三十分程の道のりを四十五分かけ、辿り着いた。

 丁度このくらいの時間にSEたちも『エレナ』に着いていた。


 宗也が通う高校はこの辺りでは有名な私立校でキレイな外観に充実した設備、そして厳しい校則がある学校だった。


「ほぉ! ここかぁ! オレの勘じゃあ、犯人はここにいるぜ!」


『お兄ちゃんの勘は変なときしか当たらないから、たぶんここには犯人いないと思う』


 響はこっそりと宗也にメモを見せ、ため息を一つし、ポンポンと宗也の肩を叩いた。

 時間的にちょうど登校中の生徒で溢れており、皆、遠巻きに鳴たちのことをチラチラ見ながら校舎へと入って行った。


「あ~、流石にその格好は目立つと……」


 宗也は半裸に近い鳴と着ぐるみを着ている響に向かって言うが、二人は気にした様子もなくどんどんと進み、校舎の中に入ってしまった。


「あ、おい! ちょっと!」


 宗也も慌てて二人を追った。


 カリカリカリ……。


 宗也が在籍する教室がある二階に上がるとはすでに登校した生徒たちは各々勉強をしており、進学を控えたギスギスとした雰囲気が漂っていた。

 鳴と響は驚きの表情を浮かべながらも、全く隠れようとか、気まずいとかという感じはなく、堂々と歩いていた。


「こいつら……馬鹿か? なんで授業中でもねぇのに勉強なんかしてやがんだ?」


 鳴は珍獣でも見るかのような目で生徒たちを見ていた。


「まぁ、受験が控えてるからな。それにそのおかげで未だに騒ぎになってないんだからいいだろ」


「はっ! わかんねぇな。頭がいい奴は、そんな記号みたいな知識を持ってる奴なんかじゃなくて、いかにして使えるか、なのによ。机に向かって勉強するより、その時間を使って、どういうことに勉強した知識が使われてるかを見てきた方がよっぽど価値があるってもんだ」


「ふ~ん、鳴も色々考えてるんだな」


「あぁん! わりぃかよ!」


「いや」


 宗也はニヤニヤしながら鳴を見ていた。そのとき、ふと、気付いたことがあった。


「あれ? 響は?」


 宗也は出かけに言われていたことを思い出し、もしかしてと思いダクダクと冷や汗を流し出しはじめていたが、


「……またか! 昔から響は黙っていなくなってそのまま道に迷うんだ。あぁ、こうしている内に何かあったら大変だ。もし響をナンパでもしよう輩がいたらぶっ殺してやる!」


「そんな物騒なこと言うな!」


 どうやら宗也の考えは杞憂に終わったが、


 ダダァ!


 鳴は宗也に構わず一直線に最上階にまで上がり、鍵の掛った扉を『バキッ』と壊し、屋上へ出ると、目を凝らし学校の敷地内をくまなく見まわした。


「居たッ!!」


「ちょっ、早い」


 そのとき、やっと追いついた宗也を置いて、鳴は屋上から飛び降りた。


「ええ! ここ四階だぞ!」


 タ、タッ、ダンッ!


 鳴はベランダの少し出ている部分に器用に着地しつつ、ものの数秒で一番下まで降り、凄まじい速度で響が居る方向へ向かった。

 地面まで着地し終えたのを見ると、宗也も慌てて鳴を追いかけ階段を下りだした。


「うおおおおりやぁぁぁあああああああああああああああああああーーーーーーーー」


 鳴が急いでいたのはただ響が迷子だからではなかった。

 屋上から執念で見つけた響の隣に誰だかわからない学生服姿の男子学生がいたから、屋上から飛び降りるという荒技までやっていたのだった。

 現在、金メダリストも真っ青な速度で響のもとへ向かい、目を凝らさなくても見えるところにまで捉えていた。


「死にさらせぇえええええええええええええ!」


 鳴は拳を振り上げ、その男子生徒に向かっていった。


 鳴の声に気付いた響は、とっさに、


「お兄ちゃん、止めて!」


 と声にはならないが叫んでいた。


 ピタッ。


 鳴の拳は男子生徒の眼前でギリギリのところで止まった。


「テメェ、オレの妹に何してたんだ? ことと次第によっちゃあ生かしておけねぇぜ」


 拳を収めつつ、鳴は冷たい目つきで男子生徒を見た。


「お兄ちゃん。この人は迷子になってたひびきを案内しようとしてくれてただけだよ」


 鳴にだけ届くその声を受けた鳴だが、


「響は黙ってろ! 今は男同士の話し合いだ!」


「へ? 誰も喋ってないですけど」


 男子学生は首を傾げた。


「お前はいいからさっさと喋れ!」


「は、はい! えっと、自分がたまたまここを通りがかったら、制服じゃない女の子がいて、何かを探してるようだったから、どうしたか聞いたら、

メモで迷ったって聞いたから、案内しようと思って」


「そうか、わかった。そういう名目で響に近づいて、案内するからって言って手とか握ろうとしたんだな。よく告白してくれた。楽にぶっ殺してやる!」


「ええッ!」

 

バキッ、ゴキッ!


 指の関節を鳴らしながら男子学生に近づいて行った。


「ああ! ちょっと鳴なにしてるんだ!」


 やっと追いついた宗也が見た光景は鳴が一般の生徒に手を上げようとしているところで、即座に止めに入った。


「え? 武藤の知り合いなのかこの人」


 急に名前を呼ばれた宗也は改めてその生徒を見ると、


「あぁ!」


 それは宗也のクラスメートであり友達であった。


「あぁん! てめぇら知り合いか。じゃあ、オレの勘だとこいつが犯人だ! 徹底的に殺してやる!」


 驚きの発言に宗也も軽く混乱気味で、


「はぁ? お前が犯人なのか?」


「何言ってるのかわからないんだけど! どうでもいいから助けてくれ~」


 響は全員の様子を見て、やれやれと肩を竦めた。


「覚悟しろよ!」


 鳴はその男子生徒のことを完全に犯人と見なし、容赦なく一撃を喰らわせようとしたとき、


 チャチャチャチャ、チャララ、チャララ。


 という曲が流れた。


 その曲は響の趣味なのか戦隊モノのテーマ曲だった。


「ん。電話だ。こんなときに誰からだ?」


 鳴は乱暴にポケットに手を突っ込み二つ折の携帯電話を取り出すと、ディスプレイの表示を見た。


「あぁ、SEからか」


 ピッ!


「はい、SE? どうした? ん。えぇ! そうなのかよ。クソッ! つまんねぇな。あぁ、わかってるよ。それじゃ」


 パタン。


 と電話を閉じ、チッと舌打ちし、


「SEがたぶん学校には犯人はいないから戻ってこいってさ。命拾いしたな」


 男子生徒をジロリと見ながら、一人バイクに戻って行った。


「あ、ああ、えっと変な奴でごめん。訳は全部終わってから話すから、それじゃあ!」


 宗也も鳴を追いかけるように駆け出した。

 響は、『ありがとう』というメモを見せてから立ち去った。


 ぽつーん。


 一人訳も分からず殴られそうになり、訳も分からず取り残された男子生徒は、


「なんだったんだ。一体? ……まぁ、でも武藤が少し元気になっててよかった。明日には学校に来るかな? 来るといいな」


 キーンコーンカーコーン。


「ああ! 遅刻だ!」


 そうして今あったことを気にも止めず、日常へ戻っていった。

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