第8話:決戦5

 魔王による三重集団攻撃魔法によって、おそらく三百人以上が戦死した。傷ついた生き残りにトドメを刺す魔物を、翼虎に便乗してきた氷の勇者が氷雪系最強の凍結魔法で止める。

 彼は私たちに離れろと言った。しかし、大怪我で身動きのとれない者も多い。いっそ一撃でも魔王に入れた方がいいのでは?

 その前にもっと大事な援護があった。

「魔王の尻尾は魔法を使います。早く切り落としてください!」

 氷の勇者は背中に回していた盾を構え、剣を抜いた。

「あいわかった。もう十分だ。逃げろ!」

 言って彼は魔王へ向かって突っ込んでいく。氷柱にした魔物を目隠しに、魔王の「強火攻撃魔法アルマンディン」三連発をくぐり抜ける。だが、氷耐性のある魔物も氷柱に潜んでいて勇者を煩わせた。

 私は彼が単身で乗り込んできた理由に気付いた。パーティーでくれば魔王は「集団攻撃魔法」を唱える。そうすれば、私たちも巻き込まれる結果になる。それを避けるため、わざと一人で来たのだ。


 これが本当の勇者か。

 わたしにはとてもできない。私は魔王よりも氷の勇者に対して敗北感を覚えた。

「急いで逃げるぞ!動けない者は背負って連れて行くんだ」

 そうしないと氷の勇者は心おきなく戦えない。回復魔法を使いながら、私もふらふらしている兵に肩を貸した。近くで一番若くて元気な人間を選んで最後に残ったテルシオ本陣に救援を求める使者を送った。最悪でも彼は生き残るだろう。



 氷の勇者は時間稼ぎに徹していた。戦闘に参入する直前に、掛けてもらったありったけの補助魔法が切れると非常に苦しい。魔王が彼のパーティーが伏兵になっていると警戒したおかげで少し助かった。

集団強氷攻撃魔法アデュラリア」を連発しても、魔王はほとんど痛痒を感じていない様子だった。

 テルシオ本陣の撤退完了より、氷の勇者が死にそうなのを見て、彼の仲間や雷の勇者が参戦してきた。

 雷の勇者は「無茶しやがって」とライバルに呆れていた。最後の「集団強氷攻撃魔法アデュラリア」を追いかける形で、彼は「集団強雷攻撃魔法リディコート」をぶちかました。

 まるで空中に描かれたパルテノン神殿の柱のような、無数の雷撃が魔王と最後まで生き残った魔物たちに降り注ぐ。魔王が背中に乗せた「深淵のホヤ」にもそれぞれ雷が落ちた。


 瞠目すべきはその他の魔物に落ちた電撃の行き先だった。

 このとき、氷攻撃魔法が連発された余波で地面はまんべんなく凍り付いていた。多数の電撃は氷に阻まれて地面に逃げることができず、巨体を通してアースに接している存在に向かった。

 その一つが魔王だった。欲張って背負った「集団完全回復魔法アラバスター」を使う魔物への雷撃もその肉体を経由したことで、魔王は「集団強雷攻撃魔法アラバスター」十数発分のダメージを一度に浴びた。

「グギャアアアアアアッ!!」

 流石にこれは効いた。紫色の肌に過負荷を受けた血管が浮き、黒い煙が随所から立ち昇る。勇者の仲間は好機に尻尾の切断を狙う。



 転生前にネットニュースで見た知識がここまで役立つとは……。

 実験済とはいえ、私は氷と雷の共演に驚嘆した。前衛・本隊あわせて八百匹を数えた魔王軍の本陣は、魔王一体を残して全滅した。あとは後半部の哨戒パーティーが残っているのみ――と言っても、それが難敵だった。

 魔王テルシオの哨戒パーティーには、ボスクラスの魔物が含まれている。こちらの哨戒パーティーや遊撃パーティーを複数ぶつけて、相討ちがやっとだ。

 しかし、魔王の退路を断ち、他の魔物を近づけないためには是非とも敵の哨戒パーティーを排除しなければならない。私は生き残りをまとめ、六番目のテルシオと残余の勇者パーティーで戦場の封鎖を計画した。最初は十人いたスタッフも、いまや二人しか生き残っていない。


 そこに大きく丸い影が近づいてきた。

「ほ、生きているうちに魔王を観ることができたぞ」

「……王様」

 私は呆れて振り返った。魔王が最後の力を振り絞って突っ込んできたら守りきれない。

「氷の勇者殿、討ち死に!」

 そんな最悪の情報までもたらされる。最後の力を振り絞るどころか、魔王にはまだ余力があるらしい。遠目に肌の色が青白く変化していたが、いわいる「第二形態」に入ったのかもしれなかった。

 氷の勇者は私たちを助けるために無理をしすぎたのだ……肉体的なダメージもあり、周りに人目がなければ、しゃがみ込みたくてしょうがなかった。

「そんな顔をするな。一番頼りになる人間を連れてきたぞい」

 王様の護衛たちのことかと思いきや、案内されて来たのは先陣をつとめた火の勇者その人だった。ひとり生き残ったはずの仲間は連れていない。

「指揮官殿から回復魔法を掛けていただけますか?」

 私はゲン担ぎより実益を重視して「魔法防御小上昇ネフライト」を施した。彼女が参戦してくれれば確かに助かるが……

「本当に行くんですか?」

「勇者ですから」

 私は言葉に詰まってローブを脱ぎ、彼女の肩へマント代わりに掛けた。

「これは?」

「少しですがあらゆる属性への耐性があがります。気休めに着ていってください」

 それを観て、アリアさんも状態異常に掛かりにくくなるロザリオを火の勇者に渡した。私たちを見習い誰も彼もが殺到する。それで私は思いついた。


 テルシオ本陣の装備はおおよそ統一されていたが、家宝の装備やアイテムを持ち出した人間もいた。遊撃や哨戒のパーティーについては、基本的に装備は自由だった。

 それらをかき集めて、私の考えた最強装備の魔法使いを作る。そして、魔王の射程まで送り込んで、ちくちく遠距離魔法攻撃をさせるのだ。最初の魔法使いは、魔王の三重魔法を耐え抜いた人間から選んだ。

 装備も格段によくなるから、一回の攻防ならまず死なない計算である。

 死なない自信と仲間を大量殺戮された怒りで、おフルアーマー魔法使いはかなり大胆に攻撃した。回復薬でもどうにもならないほど魔力が切れたら別の者に交代する。

 これが魔王にも勇者たちにも効いた。

 魔王はリズムを崩され、勇者は微力の援護に勇気づけられる。ひたすら逃げと回復に徹している間も、魔王には少しずつダメージが蓄積している。それがありがたかったらしい。

 ラスボスは何度か逃走のそぶりを見せたが、最終的には自分のプライドに殉じた。渾身の力でサソリの尻尾を振り回し、自切で飛道具にしたのが最後の攻撃だった。

 着弾の衝撃と共に、数珠繋ぎの尻尾に含まれていた毒液が飛散する。尻尾の先にある頭が切断されるまでは、その口から毒液を吐いていたらしい。

 どこまでもおぞましい魔物の王は、氷の勇者パーティーの戦士が深く突き刺した槍か、装備を固めた宮廷魔法使いが放った「中氷攻撃魔法クオーツ」が決定打となって地に伏した。


「やった……が、むぐわ」

 私は縁起でもないことを言い掛けた王様の口を手で塞いだ。オフェンスに定評のある雷の勇者が、念のため「強雷攻撃魔法ウバイト」を叩き込むのを待って、みんなはおそるおそる魔王の死骸に近づいていった。

 親玉がやられて敵の哨戒パーティーは逃げ出した。それを追撃する気力が、私たちにはなかった。


 魔王の死体を前に、雷の勇者は黄昏れていた。

「私一人だけ生き残ってしまったよ……」

 勇者以外の仲間を無視した発言に抗議の声をあげたのは、しかし死んだことにされた火の勇者だった。尻尾の残骸をはねのけて喚く。

「勝手に殺さないでください!」

 彼女は魔王の尻尾に押しつぶされたあげく全身に毒液を浴びて、たいへん酷い有様だった。自分の様子に気付いて恥ずかしそうにするが、意を決して私の手を握ってきた。魔王毒のダメージが、ダイレクトに来る!

「あなたのくれた装備で助かりました。ありがとうございます」

「ど、どういたしまして」

「毒に効果があるのは私のロザリオなんですが……」

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