第2話:技術平衡

 恐ろしいことが起こった。

 今日も今日とて「テルシオ」の普及と改良に打ち込んでいた私は、雲量5の日、王様に呼び出された。まるまると太った王様は聞いてきた。

「良いニュースと悪いニュースがあるが、どっちから聞くね?」

「……良いニュースからで」

「テルシオを使用するパーティーが一つ増えたそうじゃ」

「悪いニュースは?」

「そのパーティーは、魔王のじゃ」


 ブフォーッ!!


 私は何かを飲みかけでもなかったのに盛大に吹き出し咳込んでしまった。つい列席していた高位の聖職者をすがるような目で見てしまうと、彼女は見かねて背中をさすってくれた。マジ天使。

 私と彼女――アリアさんが初めて会ったのは、私が転生して間もない頃、教会で困っていた時だった。この世界では教会が戸籍を管理しているのだ。

 右も左もわからず酷く困っていた私が、偉い人とは知らず同年代の彼女に思わず助けを求めると、彼女は表情を嫌そうに変えることもなく――何故ならいつもしかめ面をしているので――書類の処理を手伝ってくれた。

 再会してテルシオの実験を持ちかけたときも同様だ。厳格そうな見た目で勘違いされがちな彼女は、真剣に助けを求められると断れない性分らしい。もちろん何でも聞いてくれるわけじゃない。やましいお願いは拒絶される――この前、調子に乗って好感度を下げてしまった――が、そうとう面倒見のいい子なのだった。


 現実逃避終わり。

 今のところ分かっている事実をまとめると以下のようになる。

 魔王が大量の魔物を引き連れ、居城から出歩いている。その布陣は私が考案した「テルシオ」に良く似ている。チャンスと思って近づいた勇者パーティーは激烈な迎撃を受け、いくつかは全滅した。現時点で人間の城や町は襲われていないが、魔王のテルシオは行動範囲が徐々に広がっている。

「ともかく守りが堅くて、最強クラスの勇者でも手が出ないようじゃ」

「そうでしょう。そうでしょう」

「……首脳会談でも自慢げにしておったらリンチに遭うぞ?」

 王様はふわふわした白髪の頭を傾けてつぶやいた。

「しゅのうかいだん?」

「緊急事態じゃからのう」


 針のむしろとはこのことか。

 私はこの世界に数えるほどしかない転送扉ウレックスで、遠い王国の会議室に連れてこられた。そして、心臓が動いているのかも怪しい心地で、王様や大臣たちの議論を聞いていた。

「どうしてこうなることが分からなかったんだ!?」

「そんな言い方をするなら、どうして分かっているお主は止めなかった?」

 もはや議論と言うより言い争い。しかも、魔王に難攻不落の移動要塞を装備させてしまった責任追及の修羅場と化している。

 丸い王様――丸様は弁護してくれているが、他国のお偉いさんの視線は非常に厳しい。だが、私が一番恐怖を覚えているのは丸様を矢面に立たせているために、彼の大臣たちからも殺意のこもった視線に晒されていることだった。

 こんな状況で今いる国から追放されたら、身元を引き受けてくれる国はない。ちょっと前までルンルン気分で陣形の改良方法を考えていたのに、今は冷や汗がどっと出てくるばかりだ。

 頭の中で言いたい反論は渦巻くのだけど、舌がもつれて上手く出てこない。メビウスの輪になった舌を通して出た言葉は、火に油をそそぐ逆効果を生むばかりだ。

 こんなのは不可抗力と思う一方で、私には、転生者でありながら魔王討伐を目指すでもなく、集団戦の研究に打ち込んできた後ろめたさがあった。やはり郷に入らば、郷に従うべきだったのか……。


「議長!発言をお許しください!!」


 みんなが自分勝手に叫びまくる状況で、その礼儀正しい言葉は反対に注目を集めた。宗教界のオブザーバーの一人として首脳会談までついてきた高位の聖職者がまっすぐ挙手をしていた。

 議長――むっちゃヨボヨボなお爺さんの王様が、プルプル震えながら頷くと、優等生は話しはじめた、ろくろのポーズで。


「いいですか?みなさん。今は争っている場合ではありません。一刻も早く魔王の「テルシオ」を何とかする方法を考えないと」

 それが思いつかない――せいぜいテルシオをテルシオにぶつける以上に話が進まない――ので、場が荒れていた。そのことを鋭く指摘する声は、議長のジジイが剣の柄でテーブルを叩いて黙らせた。みんなビックリする中、高位の聖職者だけは平静に語り続けた。

「少なくとも私たちには先に「テルシオ」を生み出した分の先進性があります。考えてもご覧なさい。もしも「テルシオ」が魔王軍の発明だったら?私たちは今以上に後手に回っていたことでしょう」

 最悪の想定を突きつけられて、会議室は油を垂らした水面のように静謐になった。

 魔王軍の組織力が侮れないことは「テルシオ」を模倣されたことで明らかだ。「真似だから出来たのであって発明はできるはずがない」とは、さっきまで魔王軍の凄さを前提に批判しまくっていた人々には言い切れない。

 王様連はともかく各国の大臣はそこまで頭を巡らせた。

 アリアは自分の言葉が染み込むのを見て続けた。彼女は私を手のひらで指して言う。

「さいわい私たちには「テルシオ」の発明者がいます。すでに複数のパーティーが「テルシオ」を使っていて、運用経験も魔王軍よりも多いのです。みんなの知恵を出し合えば、必ず魔王を倒す方法が見つかるはずです。まず「テルシオ」の経験者を集めて話を聞いてみましょう」


 これはもう結婚だわ。

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