エーデルワイス・イヴェントゥ

はらりばら

第1話 異文化、邂逅。


そのミルクベージュの長い前髪から覗く双眼は、ある一点から目を離せずにいた。

晴天の中を舞う、色とりどりの花びら。遙か空高くまで舞っていっては、くるくると旋回しながら、ゆっくり地へと戻ってくる。フラワーシャワーというらしい。この一定空間の空気の循環を制御することで、半永久機関として花を舞わせ続けているのだろう。簡単な理論魔法―三次魔法だ。

花が舞う白いコンクリートの地に立つ人々は、その光景に歓声を上げながら、花を掴もうと天に向かって手を伸ばす。美しい光景に人々の顔がほころぶ。隣にいる者と笑い合う。生身の人間が同空間に集まって同じ感動を共有するという事は、この時代においては目新しいことであった。

人々の歓声が響くこの屋外空間で一点、静を纏う一点が存在した。雑踏の中を、エメラルドベージュの絹が舞う。それは、まるでスローモーションに見えるほどに見た者の目を奪う、美しい黄緑のストレートヘアであった。

雑踏の中に青年は彼女を見つける。天を仰ぐ人々の間を、前を向いてすり抜けていく彼女の姿は、ある意味異様であり、そして、色とりどりに舞う花びらに揺れるエメラルドベージュの絹は、美しかった。

「……………、っ!」

気が付くと青年は、コンクリートを蹴って駆け出していた。 




「続いては次のニュースです。インド連邦ルピー高、円安が激化しています。これにおける日本企業への影響は深刻であり、不況が続く日本企業がインド連邦の企業に買収されるケースが続出しており…――」

宙に映し出されたモニターの中で若い女性アナウンサーが何やら小難しい事を喋っている。どこかたどたどしいその口調から、そのアナウンサーの力量は見て取れる。モニターに目をやると、彼女は目鼻立ちの整った相当の東洋美人であった。なるほど、そういうことか。

「あーつーいー」

モニターから目を離し机に顔をうつ伏せる。エメラルドベージュの長髪が机の資料の上に、ばさっと広がった。

「ちょっとエーデ、資料にファンデーションつくわよ。」

「あ、やば」

エメラルドベージュの髪の女性―エーデルワイスが顔をあげると、そこには肌色のスタンプが押されていた。

「暑いなら髪結べばいいじゃない」

「んー」

「何その適当な返事」

「ん~、多分企画室にピンとか入ったポーチ置いてきちゃったんだよね。取りに行くのだるい……いや、学長室だったかも」

「何で学長室にポーチ置いてくるのよ、どういったシチュエーションになれば学長室でポーチ取り出す展開になるのよ」

「だって学長、女装コンテスト出たいっていうから」

「は!?」

ターコイズアッシュに鮮やかなライトターコイズのメッシュが入った、外ハネのヘアスタイルをした気の強そうな女生徒はそこで噴き出した。彼女が被っている黒色の麦わら帽子が揺れる。つばの緩いカーブに花の飾りが施されたその麦わら帽子のデザインから、彼女が相当なオシャレ好きであることが伺える。

「キキョウ、笑いすぎでしょ」

「いやだって、いや…ふっ、ふふ…あの強面の学長がそういうノリの人だって思ってなかったから」

キキョウの笑い声が空気に溶ける。机が置いてあるのは屋外で、目の前は多くの人で賑わっていた。

晴天の下、ある人は食べ物を持って左へ、ある人は空に舞う花を仰ぎ見ながら右へと、人があっちにこっちに流れていた。エーデとキキョウは同じ机に座って1メートル範囲内にいるとはいえ、少し声を張らないと掻き消されてしまう。それ程の盛況であった。

「まぁ、”文化祭”にそれだけ賛同してくれてるってことは、嬉しいわね」

「そうそう」

「最初は突っ走りすぎてどうなることかと思ったけどね、エーデ」

「はぁ?何それ」

「だってこんな集会、前代未聞すぎて。はー、あんたってほんと突飛」

「前代未聞じゃないって!」

エーデは少し頬を膨らませながら、キキョウの方を向いた。

「今から200年くらい前には当たり前にあったの!文化祭というものは!」

「今から200年前…ってことは、今魔歴100年だから…西暦2100年くらい?」

「そう!その頃くらいまでは、こうやって学校の中でもイベントが多々行われていたの!」

「そのあんたの言う”イベント”ってのがよくわかんないのよねー」

「なんで!」

「”イベント”って、人が一か所に集まって何かやるーってことでしょ?」

「大体合ってる」

「いやさぁ、あたしにはまだ、なーんで同空間、同時間に多くの人と集まらなきゃいけないのかわかんないわ。だって、理論魔法までいかなくても二次魔法使えばモニターで中継して会議できるし。科学の発展のおかげで、どこにいても誰かと繋がってる感覚って作れるじゃない?だから、あたしにはまーだわかんないわぁ。あんたの崇高な思想が」

「それは、企画部の会議が毎回、企画室にわざわざ集まって行われることへのクレームですか」

「ま、あんたがそうだと思うのならば、そうなんじゃない?」

「むむー…」

キキョウのクレームを受けて、エーデは再び机に突っ伏した。キキョウの歯に衣着せない言い分は、デリケートなエーデの心にぐさぐさと刺さったが、これもいつもの事であった。

「…私だってわかんないよ」

机に突っ伏したままモゴモゴとエーデが喋り出す。

「でも、小さい頃読んだ文化書に書いてあった、魔歴以前にはあった”イベント”っていう文化は、私にはとても輝いて見えたんだ。だから…憧れ、っていうか…小さい頃の自分の夢を叶えてあげたい、っていうか…」

「はいはい」

また落ち込み始めたとばかりにキキョウはエーデの言い分を静止した。

「別にあんたの夢を否定した訳じゃないんだって。変な受け止め方するな。ふふっ、突っ伏しながら喋ったから、今度は紙に口紅ついてる」

「あ」

紙を見ながら、「またやってしまった」とエーデはまぬけな顔をした。勉強は人並み以上にできるのに、こういうところで学習能力がないのは、彼女の欠点でもあり、可愛さでもある。

「でもいいもんだよ。こうやってここから見る景色だけでも、文化祭に参加してる人たちが楽しんでくれて、笑顔になってるのがわかる。自分のしたことで人が笑顔になるっていうのは、あたしはやりがいを感じるわよ」

キキョウがエーデの方を向いて、目尻を上げてニッと笑う。

「うん」

「髪、」

「え?」

「髪、結べば。」

「あ、あぁ」

「いちいち突っ伏してる時に、髪がバサァってなるのもみっともないしさ。しばらくここ、本部空けといても問題ないでしょ。ポーチ探してきなさいよ」

「え、いいの?大丈夫かな」

「大丈夫、大丈夫。何かあったらオーニソ呼び出してソッコー来させるし。それに、」

「…何?」

「あんたが作ったこの”イベント”、あんた自身がちゃんと見て回って、実際に楽しんでくるのもいいんじゃない?参加者の視線を持つことも大切でしょ」

「…うん!」

彼女の優しさに、胸がじわっと熱くなった。

「ありがと!」

「はいはい、どーいたしまして」

エーデは感謝の言葉を告げて立ち上がると、左手を挙げて空中にモニターを表示させた。そこに表示されたパネルを操作し、何やら訳の分からないコードを打ち始めている。

「全く、ほんとに便利な能力よねぇ」

「ははは、いいだろういいだろう」

「何?ポーチの場所検索してるの?」

「うん」

「いいよねぇ、”高速検索”。テスト前とかレポート書く時役に立ちそう」

「立つんだなぁ、それが。………ん?」

「どうしたの」

キキョウがモニターを覗くと、そこにはここ、ジュスティ大学の構内図が表示されており、その一点が赤く点滅していた。

「…何で”倉庫棟”?」 




「倉庫棟とか初めて来たかも」

目の前にそびえ立つ4階建てのプレハブ建築物に、なんとなく圧倒される。無駄に大きいこの大学のこの施設に圧倒されるのもそうだが、古びていて建物のあちこちが赤く錆び落ち、壁には蔦が張り巡っているその様が、どこかの怪談話で見た建物のようで、なんとなくエーデの心をびくつかせた。

倉庫棟の高さ3メートルはありそうな入り口から、中に顔だけを覗かせる。

「すいませーん、誰かいますかー?」

発した声はわずかに空間に反響して溶けて消えた。数秒待ってみたが、向こう側から音が反ってくることは無かった。

「…人の家に無断で入る訳じゃああるまいし」

何をしているんだ、私は、とセルフツッコミをしながらエーデは倉庫棟に足を踏み入れた。歩いていくと段々分かったが、外より幾分空気が籠っていて、暑い。

「けほっ」

空気が悪いな、とむせた。こんな空気も最悪で、おばけの出そうな薄気味悪い―いやおばけは科学的に解明された、あくまで空想上の存在であるのだから出る訳ないのだが―ところからさっさと出て、文化祭を見て回ろう。学長の女装でも見れば気が晴れるだろう。1時間後には楽器演奏のステージの進行をやらなければいけないから、それまでには帰ればいいだろう。………はぁ、こんなに怖いならオーニソ連れてくればよかった。

「さっさと帰ろ」

そう言ってエーデは先程と同じように利き手である左手で宙をタップし、先程表示したマップを今一度眼前に表示した。指で画面をピンチアウトして倉庫棟へとマップを拡大させた。

「あれ」

エーデは少しの違和感を覚えた。先程、本部でキキョウの横でマップを見た時は、倉庫棟の左端を赤い点が点滅していたような覚えがある。しかし、今目の前で拡大したマップでは倉庫棟の右端が点滅している。

私のポーチが動いているとでもいうのか。

血の気がさっと引く。

「やっぱりおばけ…」

脳裏に一瞬よぎった考えを振り払うように首を横に振る。

「いやいや、そんなわけないって。さっき本部で見た時もきっとこの位置だったんだって。何かの間違い間違い…」

その瞬間、ガゴンッ!と地を揺らすような大きな音が背後から聞こえた。見れば、20メートル後方、倉庫棟の扉が閉じられて、外からの明かりが遮断されていた。

「え…ちょっと待って待って待って」

なんで閉まる、自動ドアじゃないだろうここの扉は、まさかまさかまさかと思いながらドアへ駆け寄る。息切れしながら扉を開こうと手を掛けたが、扉はびくともしなかった。

「まさか、おばけに閉じ込められた…」

やばい、どうしよう。とりあえず助けを呼ぼうと左手で眼前にモニターを表示させてみたが、そこには「圏外」とだけ表示されていた。

「嘘だ…」

どうしよう、一時間後には仕事があるのに。いや、それどころではない。元々使用されることが少ないこの古びた倉庫棟である。何時間、いや何日と人が来ないことだって有り得る。このまま、ずっとここに閉じ込められてしまったらどうしよう。エーデは軽いパニック状態に陥っていた。

「一次魔法で火起こして燃やすか…いや、さすがに捕まるからダメか…どうしよう」

そう考えた時、目の前に鉄パイプが落ちているのが見えた。遠くにガラス窓も見える。窓を割って出るくらいなら、学長も許してくれるだろう。なにせ、私には仕事があるのだ。手段を選んでいる暇はない。

左手を鉄パイプにかざした瞬間、エーデと鉄パイプを囲んで魔法陣が現れる。一次魔法で風を操り、鉄パイプを窓に向かって勢いよく投げようという訳だ。

そういう作戦のはずだった。

「あれ?」

鉄パイプが動かない。いや、こんな簡単な魔法を自分が失敗するはずがない。試しに鉄パイプに触ってみると、鉄パイプはビクとも動かなかった。鉄パイプが相当量の質量で動かせない訳では無い。重かったところで魔法で操れるはずだ。

試しに隣に落ちていた木の枝を拾おうとしてみた。しかし、木の枝はまるで地面に張り付いているかのようにビクともしない。

この空間が保存状態にされている――咄嗟にエーデはそう推理した。何らかの力によって、今この空間は制御され、物質の移動・変換ができないようになっている。

つまり――この空間から私は出ることが不可能。



 今日ばかりは自分の頭の回転の速さを恨んだ。もう少し自分が鈍い女であれば、この状況に絶望せずに済んだのかも知れない。

 倉庫棟の中は、外の熱を密閉したかのような蒸し暑さであった。窓から入る陽が唯一の光源となっており、あたりはどこに何が置いてあるのかが、微かに影で判別できる程度であった。

 一体どうしたものか…このままでは熱中症になって倒れるのも時間の問題だ。何せ、私は身体が強くはないのだから、こんなところに長居している訳にはいかない。

 右腕の時計を見る。時刻は12時50分。楽器演奏のステージ進行業務は13時30分からだ。あと40分――それまでになんとかここから脱出しなくては。

 その時、

――――ガタンッ!

「!?」

右の方の物置きの奥から何かが動く音がした。

「ほんとなんなの…勘弁してよ…」

エーデは半ば泣き声になりながら唇を噛みしめた。こんなところに居たくない。もしかしたら今、この空間で私は得体の知れない存在と一緒にいるのかも知れない。同じ空間に居たくない。とりあえず二階へ逃げよう。そうだ、もしかしたら上の階に行けばここから脱出できる方法があるかも知れない。

棚に掛かっているハンガーが一瞬人影に見えるほどに暗い中を歩きながら、二階へ通ずる階段を見つける。一段目に足を掛けて見上げると、どうやら二階は一階よりずっと光が入っているようだった。

はぁ、よかった。まずはこの恐怖感から解放される。そう思うと足はすくみながらも歩を速め、コンクリートの階段を駆け上がっていった。


「明るい…」

二階に入って、まるでもう外に出られたのかのような達成感に襲われた。もっとも、二階に上がっただけなのだから、まだ何もミッションコンプリート出来てはいないのだが。恐怖心からの解放というだけで、今の彼女には万々歳であった。

少し緊張がほぐれたからか、エーデはこの倉庫棟内の暑さを思い出しはじめた。なんだか頭が少しぼうっとしてきた。少し座って休みたい欲が湧いてくる。

「どこか…座れる場所……ふぐっ、んッ!?!」

一歩足を踏み出した瞬間、咄嗟に口をガーゼで覆われ、強い力で後ろに引かれた。甘い香りがする。エーデは咄嗟に左手に意識を集中し、一次魔法をそこに発動させた。背後の人物とエーデの間につむじ風が発生し、勢いよく二人を反対方向へ弾き飛ばす。背後にいた人物は質量をもって地面へ叩きつけられた。

「いっ…!」

「誰ッ…!?」

見るとそこには、地面に寝転がる男の姿があった。25歳くらいだろうか。金の短髪に狐目のその容姿に、見覚えは無かった。

じりっと片足を引いて警戒の体勢を取る。

「いったいな~、ひどいじゃないの。俺はね、今日お嬢ちゃんと遊ぶことを頼まれただけなんだよ?」

「はぁ!?なにそれ!誰によ!」

男を睨む目がキツくなる。更に腰を入れて構えた。

「んー、残念ながら、それは言うと怒られちゃうから言えないかも!」

「何それ…遊ぶって何?人を背後から襲って、その態度はどういうことなの」

金髪の男は身体に付いた砂埃を払い落としながら立ち上がった。顔はケロリとしている。

先程吹き飛ばされた事は何でもないように男はエーデに近寄って来た。近づいてくるにつれ、エーデも後ずさり、距離を取り続けた。

「どうもこうもなにも、可愛いおねーちゃんくるから、「何してもいいよぉ~」って。」

「何その裏声、なるほど、依頼主は女ね…私に恨みでもある人かしら、どうにも身に覚えがないわね…」

「だーから、そんな裏事情は知らないんだって」

男の物言いにイラッとした瞬間、後ずさる踵に硬い感触があった。壁だ。いつの間にか自分は壁際まで追い詰められていたのだ。右にも左にも逃げ道は無い。ここは正当防衛を掲げて軽い攻撃を食らわせるしかない。

そう思った時だった。突然世界が回転した。ふわっ。

「おっと」

次の瞬間には、目の前の男に片手で腰を抱えられていた。ぼーっとする。一体突然何が――

「まさか…」

さっきのガーゼ――甘い匂いは睡眠誘発剤の匂いだったのか。不覚。何なんだこの状況は。腰に回された知らない男の手が気持ち悪い。

「ごめんねー!びっくりしちゃったー?大丈夫、すぐ気持ちよくなるから」

「は?」

この男は何を言っているんだと思った瞬間、するりと太ももを撫でられた。

「――ッ?!」

遊ぶって何?そういうこと?私は誰かの恨みを買ったおかげで名前も顔も知らないこの男に――?

今にも睡眠誘発剤の効果で意識が飛びそうだ。このままではこいつの思い通り――嫌だ、絶対に嫌だ。今、意識があるうちに、こいつをやるしかない――その後の事は意識を取り戻してから考えよう――正当防衛だと言われなければそれまでだ――自分を守るために、手段を選んでいる暇はない――そう考えた時、左手元には魔法陣が現れ、火の粉が舞った。


ふっと目の前が暗くなる。それは、一瞬の出来事であった。




ふっと、左手にぬくもりを感じた。

私の指と指の間に、誰かの指が入り込んできて、私の手をそっと優しく握った。


それは、余りにも優しい魔法であった。


「ぐはっ…!」

気が付くと眼前は暗くなっていた。いや、人影だ。目の前に人が立っていたのだ。遠くには丸焼きにしたはずの男が、地面にうずくまっていた。

「何で―」

そう呟いた瞬間、目の前の人影がこちらを向いた。

ミルクベージュの長い前髪が揺れる。どこまでも深い紫の双眼が、エーデを捉えた。

「お前…」

「…」

「拒否しないのは同意の合図と同じだと思う」

「は?」

こいつは、一体何を――と、一瞬考え、はっと思い当たった時には、恥ずかしさで顔が熱くなっていた。

「ばっ、違っ、睡眠誘発剤で意識とびっ、飛びそうだったん、だっ!!!」

「はぁ?なに焦ってんだよ。冗談だろ」

端正な顔がからかうような顔をしながら、こちらを覗き込む。か、顔が近い――耐え切れず顔をそらす。目の前の男子生徒―この大学の制服のマントを着けているから多分そうなのだろう―は、怪訝そうな顔を一瞬してから、先程勢いよく蹴飛ばした背後の男に目をやった。

「おい、大丈夫か」

「え?私?」

「お前に声掛けてないだろ、向こうだよ向こう」

カチン。何なんだこいつは。ピンチを助けてもらったとはいえ、腹が立つ。

「う…っ、がはっ…」

「大丈夫そうじゃねぇから大丈夫だな。おい!」

ミルクベージュ前下がりワンレンの男はマントを翻し、地面でうずくまる金髪の男に近寄る。

「よく聞け。もうこっちに危害を加えないと言うのであれば、お前の事を見逃してやる。まだやるっていうんなら、そうだな、瀕死の状態にまで追い込んでから外に出させてやる」

う、うわぁ。もしかしてこいつケンカしてるヤンキーなんじゃ。いや、もしかしてじゃない、そうだ、絶対そうに違いない。

「…ん?っていうかあんた、外に出る方法知ってるの!?」

「あぁ?知らねーよ。第一、この建物自体に制御の魔法がかかってて、モノ一つビクともしねーだろーが」

「ししし、知ってます!俺、解除できます!」

突然足元から怯えた声がしたので、目をやると、金髪の男が青く光る宝石を持っていた。

「何それ」

「こ、これを使えばここの魔法が解けると、依頼主に渡されっ」

「ほーう、依頼主が自ら解除魔法を仕込んだアイテムを作ってくれたって訳だ」

金髪の男の手から、ひょいと宝石を男子生徒が拾い上げる。窓から差す陽にさらすと、きらめきが一層増した。男子生徒は、そのまま宝石を勢いよく窓へと投げつけた。

バリンッ!

「解除された…!」

「おっけーおっけー、これで外に出られるって訳だ。ありがとなー、マフィアの下っ端っぽいお兄さん」

「ひっ、ひいっ」

「ん?」

ガグンッ、と世界が揺らぐ。気が付くと、私は地面へと身を横たえていた。

「あ…れ…」

男子生徒が駆け寄ってきて目の前にひざまずいていた。

「ちょっ、おい、大丈夫かよ」

「…」

「おい!」

「…眠い」

「は…あぁっ!お前睡眠誘発剤吸わされてたんだったな!」

「…お願い」

「は、何が?」

「やばい」

「だから何が!」

「今何時」

「え、うんっと、13時25分」

「やばい!!!」

「うるせぇ!おめーぜってー元気だろ!」

「お願い、走って…」

「はぁ?」

「これ資料…あとは任せたから…ごめ、もう限界…私、これ…成功…させな……すぅ」

「ちょ、は?おい!何なんだよ!…えっと、なになに?”ステージA 楽器演奏 13時30分~ 進行表 舞監用”…?…はぁ!?ちょっ、お前起きろ!おい!どういうことだよ、おーーーい!!!」




色とりどりの花びらが舞う晴天の中を、緑の髪の女生徒を担いで男が駆ける。


それは、交じわるべくして交わった、二人の魔法学生の出会いであった―――




『エーデルワイス・イヴェントゥ』第一話 異文化、邂逅。

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