第52話

 「ヘーリヴィーネ様、御息女様がお可愛いのは良く解りますが、過保護になってしまっては御息女様の為に成らないのではありませんか?」



 ヴァリーこと、航宙戦艦・ヴァリアントのその言葉を聞いて、私、へーリヴィーネは嘗て週に一度の優しい刻が流れた、あのひとときの記憶が走馬灯のように蘇りました。



 「他者と良く交わり、助け、助けられ、過ち、悔い、その中でヒトは大切な何かを学んでゆく。そうではないでしょうか?」



 ヴァリーの声が、重く、重く、刻告ときつげの大鍾のような重低音をたてて私の頭蓋で反響したようでした。

 ……仰る通り、です。


 ――だから、見守るのだ、と。

 ――手を出すのは簡単で、小言で縛れば子は従うが、それは親の『甘え』だ、とも。


 私は何と愚かしい母親なのでしょう。

 よりにもよって、ライラを箱庭の人形にでもするつもりだったのでしょうか。


 その事実を悟った途端、まるで憤怒にも似た感情が込み上げて参りました。

 将に、紅顔の到り、とはこの事です。



 「吾も、前々からヘーリヴィーネこ奴の娘に対する扱いは如何なものかと思うておったのだ。何なら吾が娘の教育について、幾らか蘊蓄レクチャアを垂れてやっても良いぞ」



 いつの間にか山と積まれていた赤身のローストをぺろりと平らげていたリーベラクレアが、空いた皿に追加の肉をよそおうとした給仕を手で制しながら、そんな事をのたまいます。



 「貴女アンタのはタダの放し飼いでしょうが!」



 この馬鹿蜥蜴。言うに事欠いて、どの口が宣いやがりましたのかしら。



 「放任主義と言え」



 それは何か婉曲的な言い訳か何かでしょうか?言葉の意味、ご存知?



 「まぁまぁ、私が申し上げたかったのはお二方のお子様の教育方針の事ではございません」



 私とリーベラクレアの間で目に見えぬオドの奔流が渦を巻き始めたのを感知したヴァリーが慌てて私たちの間に入る様に言葉をぎます。



 「何事も、経験する事は如何なる結果で終わろうとも、掛け替えのない人生の糧となる、という事です」



 ヴァリーのその言葉に、私はまたもや息を呑みました。


 ――万事、『やらない』と言う選択が最良であることはあり得ない。

 ――どのような目であったとしても、賽子は投げなければ目を出さない。

 ――掛け金ベット無しには報酬ポッドは得られない。


 またもや、あのひとときの記憶が脳裏を駆けます。

 そうですね。

 その通りです。



 「私は所詮機械ですから、ヒトの成長や教育については解りません。ですが、エウへミアちゃ……陛下はヘーリヴィーネ様の御息女様を心配されたが故に、皇太子殿下のお相手にどうか、とご叡慮されただけなのです」



 「おい、コイツ今『帝国』今上皇帝の事『エウへミアちゃん』って呼んだぞ」



 「呼んでません」



 まるで鬼の首でも獲ったかの様に茶々を入れる馬鹿蜥蜴に、眉一つ動かさずにヴァリーが否定します。

 まぁ、エウへミアちゃんって呼びましたけどね今。



 「ヘーリヴィーネ様、御息女様には他者と関わる機会は多い方がよろしいでしょう?」



 そう仰られると、『ハイ』としか答えようがございません。

 ライラの為にも他者との交流は必須。

 よく考えてみれば、ライラは陛下が危惧しておられた戦時徴兵を逃れる為に秘密基地に引き篭もってばかりで、もしかしたら私たちは一般的な同年代の子供からするとライラに少し寂しい思いをさせてしまってはないでしょうか?


 良く考えればライラはもう12歳。

 天上世界の慣例に従えば、あと一年もせずに貴族専用の帝立学校パブリック・スクールに上がる歳です。

 そう考えれば、もしかしたらライラは何かと同年代の子供たちと比べて足りない物が多いのではないでしょうか?


 天上世界では貴族の子女は幼い頃から幼年学校や専門の家庭教師が複数付いて寄ってたかって教育を施します。

 これは子供たちの最初の社交デビューとなるパブリック・スクールで恥をかかないようにする為でもあります。


 ライラは一応、地上世界で幼年学校を卒業している様ですが、正直、その教育内容は天上世界に比べれば、文字通り天と地ほどの差があると言ってよいでしょう。


 パブリック・スクールは我儘な貴族の子女を為政者たらしめる為に組織された教育機関です。

 その教育内容は将来の進路を見据えた高等教育であり、超の付く詰め込み教育でもあります。

 しかも元々が優秀な人材を育成する目的で創設されているので、子供たちは容赦なく篩にかけられていきます。

 『選抜』が目的ではないので、成績上位者以外は退学、などと言うことは無いのですが、それでも『為政者たる者には相応の能力を』と言う実力主義の思想に基づいた機関である為、もし落第でもすれば例え正当な継嗣であっても、世間の目を気にして継嗣交代を余儀なくされる事も有るでしょう。


 しかも、その学校での成績や交友関係はその後の貴族社会に出た後のスタートラインを形成する重要な土台となります。

 だから貴族や貴族以外のパブリック・スクールに子女を入学させられる有力者は、幼い頃から子供たちに英才教育を施してパブリック・スクールの入学時点で下駄を履かせようと努力するのです。


 ライラは彼ら彼女らに対して、遅れている・・・・・、なんてことは無いでしょうか?

 私も過去には何人もの娘たちを育てては来ましたが、それもはるか昔の話。

 今現在、ライラと同年代の子供がどの様な教育を受け、どの様なレベルに達しているのかは解りません。

 そう考えると、不安で不安で仕方がありません!



 「エウへミア陛下の詔は些か性急に過ぎましたが、どうでしょう?陛下の御子息で在らせられる皇太子・テオドール殿下をヘーリヴィーネ様の所で暫くお預かり頂けないでしょうか?」



 ライラが年齢に対して遅れているかもしれないと言う不安を抱いて煩悶する私に、まるで足りないピースを差し出すかのようなヴァリーのその言葉が私の心にスルリと滑り込んたのでした。












 「エウへミア陛下の詔は些か性急に過ぎましたが、どうでしょう?陛下の御子息で在らせられる皇太子・テオドール殿下をヘーリヴィーネ様の所で暫くお預かり頂けないでしょうか?」



 私、航宙戦艦・ヴァリアントがそう言った途端、へーリヴィーネ様が将に求めていた応えを見つけたような視線を向けられました。


 星征艦隊は、ある疑惑を持っているんです。


 その発端になったのは、約1年前。

 星征艦隊所属の積層世ラミネイト界観測ディメンション警戒艦レーダー・ピケット・アストルラーヴが積層世界の異常な揺らぎを観測した事に始まったんです。

 観測結果から推定した事象改変強度は、ILshnEDEイルシュネーデが世界間移動を行う際に発生するひずみのベクトルと強度に酷似していたそうなんですよね。


 それはもう、大騒ぎだったんです。

 星征艦隊私たちILshnEDEイルシュネーデと戦うために建造されたけれども、実際にILshnEDEイルシュネーデと出会った事は無かったから。


 有るのは、私たちが建造された時に予めインプットされたILshnEDEイルシュネーデに関するデータのみ。


 三百余年前に出立した第一次遠銀河星征艦隊は既に四回目の超空間跳躍を行っていて、距離が遠すぎて現在は連絡が取れない状態だから、既にILshnEDEイルシュネーデの痕跡を発見しているのか、それともまだ見つからないのかすら分からない状態なんです。

 将に星征艦隊にとっては、今回の出来事ライラちゃんの召還は我々星征艦隊にとっては自身の存在理由であり宿敵であるILshnEDEイルシュネーデとの初めての邂逅かもしれなかったんです。

 だから、星征艦隊は総力を上げて歪みの元を探したんです。


 でも、歪みの大元を探し当ててみれば、そこに居たのは小さな幼子と、一匹の黒い猫だったんです。

 それ以来、星征艦隊はその幼女と黒猫を集中的に観測していました。

 一人と一匹は運良く予備艦隊ポンコツの一隻と接触を持った為、その一隻を通じて星征艦隊統帥部はその一人と一匹に対して様々な角度から観測と分析を行って来ましたが、今のところ彼女と黒猫に不審な所を見出す事ができませんでした。


 しかし、黒猫の提示した魂の識別番号ペルソナIDはとうの昔に亡くなった初代『帝国』皇帝の物です。ペルソナIDは複製も偽造もできませんから、考えられるとすれば、将に初代『皇帝』陛下の構成要素が蘇った事になります。

 星征艦隊はこの現象に対して、明確な結論を出せないでいます。むしろ、状況証拠から考えれば、黒猫を召喚した幼女と黒猫はILshnEDEイルシュネーデでは無い事を証明出来ないのです。


 ILshnEDEイルシュネーデは星征艦隊にとって宿敵であり存在理由です。

 疑わしきは排除せよ。星征艦隊は即座にライラちゃんと黒猫を排除する準備を始めましたが、そこで大きな問題が起きてしまったのです。


 なんとあろう事か、『帝国』を支える重鎮たるヘーリヴィーネ様が、星征艦隊よりも先にライラちゃんと黒猫に接触して、あろう事かライラちゃんを娘にしてしまったのです。

 本来であれば星征艦隊は万難を廃して先制攻撃をする所ですが、相手がヘーリヴィーネ様ではそうも行きません。


 星征艦隊統帥部の分析ではヘーリヴィーネ様と敵対した場合、ヘーリヴィーネ様の無力化は辛うじて可能なるも星征艦隊は致命的な損害を被り尚且つ『帝国』が崩壊する危険性が高いことが判りました。

 これには星征艦隊統帥部も頭を抱えました。彼女たちに頭はありませんが。


 宿敵かもしれない『可能性』を排除すると星征艦隊自体が崩壊する可能性が有るのです。

 対ILshnEDEイルシュネーデ戦略上、星征艦隊統帥部はライラちゃんと黒猫を直接排除するリスクを選択する事ができなくなってしまいました。


 困った星征艦隊統帥部が出した答えが、ヘーリヴィーネ様からライラちゃんを遠ざけて、なんらかの危険な目に遭ってもらおう、と言う作戦なんです。


 ヒトは生命の危機に瀕すると、積層世界間で自らの存在についての『可能性』に関する情報を遣り取りする事が、星征艦隊の長年の観測により解ってるんです。

 それは非常に特徴的な存在確率に対する正誤判定とも言うべき情報を含んでおり、逆に我々星征艦隊に予めインプットされたデータベースによれば、ILshnEDEイルシュネーデはこの情報の遣り取りを行わないので、ILshnEDEイルシュネーデとそれ以外を見分ける重要な要素の一つなんです。


 もしILshnEDEイルシュネーデがその存在の危機に瀕した際、最後の抵抗とも言うべき事象改変を行って自己の破壊『可能性』に対して攻撃行動に出るのだそうです。

 例えライラちゃんがILshnEDEイルシュネーデでは無かったとしても、その際に遣り取りされる情報を観測する事によって、何故既に死亡したヒトのペルソナIDを持つ猫を召喚できたのか、更にはその猫がILshnEDEイルシュネーデなのかどうかを観測できる可能性がある、と星征艦隊は判断したんです。


 ライラちゃんには可哀想ですが、そのままライラちゃんが亡くなってくれるのなら、それはそれで危険性が排除できるので良し。つまり、世は事もなし・・・・・・、と言う事なんです。

 そうで無かった場合は、ライラちゃんと黒猫の正体を見極める事が出来る上に、貴重なILshnEDEイルシュネーデのデータサンプルを手に入れることができます。

 つまりは、どちらに転んでもライラちゃんが危機に瀕することは、星征艦隊には利しか無いんですよね。


 なんの因果か、ライラちゃんと黒猫は現在地上世界の戦場を飛び回っています。

 星征艦隊が何もしなくても、その内危ない目に遭うこともあるでしょう。

 その時にヘーリヴィーネ様に手を出されると、ライラちゃんの正体を上手く解析する事が出来なくなってしまいます。


 その為にも、ヘーリヴィーネ様には適度に子離れしていただき、それに合わせて『帝国』の安定化を図る為に、またライラちゃんを失った場合にヘーリヴィーネ様がヤケになって世界最後の日・・・・・・を引き起こさないように、かすがいの意味で予め代わりの子供テオドールくんを用意しておく。


 これが、星征艦隊統帥部が立案した此度の昼餐会における私の作戦内容私の真の目的です。

 『帝国』首脳部が自らヘーリヴィーネ様にテオドールくんを預ける案を捻り出したよう・・・・・・・に誘導するの、大変だったんですよ。


 私の提案を聞いたヘーリヴィーネ様は片眉を釣り上げて眉を顰められます。



 「私はまつりごとには関われない・・・・・のはご存知でしょう?」



 まるで定型句の如きその言葉は、他に隔絶したお力をお持ちであるが故に、下手に他者と関わりを持てないヘーリヴィーネ様の哀しきお立場を良く顕しておりました。


 なればこそ、『帝国』皇帝の継嗣を預かることは出来ない、と言うことでしょう。

 そうなんですよ。そうなんですけどね?

 でもテオドールくんを預かって貰わないと困るんです!星征艦隊が!



 「……私から見れば、ヘーリヴィーネ様は未だに子離れが出来ていない様に見えます」



 私の理論演算回路が熱ダレしそうな程に高熱を発しながら絞り出した言葉に、ヘーリヴィーネ様は目を丸くなされます。



 「ヘーリヴィーネ様御柱がご心配される程、『帝国』は未熟では御座いませんわ。御柱の御薫陶を受けただけでは、次期『帝国』皇帝が決まる何てこと、ある筈がありません。資質ある者は御柱が何を為されずとも、自ずと世間の要請を受けて戴冠成さるでしょう。それこそ、天命と言うもので御座いましょう。そこに御柱の御薫陶があったかどうかは重要ではない筈です。御柱の御薫陶を受けられようがどうしようが、資質なき者は天命がそれを退けるでしょう」



 そんなこと無いんですけどね!

 ヘーリヴィーネ様がテオくん預かってくれたら、ぶっちゃけ次期皇帝は半分以上決まったようなものですけどね!


 ヘーリヴィーネ様は私の言葉に、今初めてその事実に思い当たったように、衝撃を受けたご様子で、物憂げな視線を虚空に彷徨わせておられました。



 「そう……そうなのでしょうか?まさか、いえでも……」



 コレは、イケそうです。

 畳み掛けましょう。トドメを刺すのです。



 「まぁ、その辺は建前でして、実のところテオドール殿下は……ええとなんと申しますか、とても闊達な御気性なのですが最近は少しすさみ気味でして、エウへミア陛下もご叡慮されておられるのです」



 これも先程の星征艦隊のライブラリのデータに有りました。

 最初に高いハードルを提示してから徐々にそれを下げていく交渉術です。



 「……それは……どういうことですか?」



 急にテオくんが荒んでる、なんて話になったのでヘーリヴィーネ様が眉をひそめられます。



 「いえ、考えても見てくださいまし。テオドール殿下はまだ12歳ですが、これまで『帝国』の次期皇帝がその御藍縁血縁から御即位される事が無かった為に、周囲から軽んじられる事も多いのです。殿下も物事の道理をご理解されるように成られる時期。次第にその事に御心を患わせる事も多くなって参りました」



 テオくんもそろそろ多感な時期。そして物事の分別が付く年頃になりました。

 表面上は周囲が自身にひざまづいていても、ふとした折々に自身に向けられたそれ・・よりも、他者に向けられるそれ・・の方が勝っている事に気がついているんです。

 『帝国』皇帝の継嗣とはいえ、これ迄の歴史上、先帝の血縁が帝位を継いだ事は無いのですから、周囲からの扱いに温度差が出るのは致し方がない事でしょう。


 既に次期『帝国』皇帝争いは始まってるんです。

 声高々に宣言しようものならそれこそ不敬に値するので誰も表立っては言いませんが、水面下では熾烈な順位争いや支持者争奪戦が繰り広げられ、今現在も次々に新たな次期皇帝候補が現れては脱落しています。


 彼ら次期皇帝候補を取り巻く者たちは、将に風見鶏のごとく時勢に流されくるりくるりとその向きを変えますが、決してテオくんの方だけは向かないのです。


 エウへミアちゃんに似て賢いテオくんはその事を幼いながらに悟ってしまったんです。

 人生の目標となるべきいただきには、どんなに努力をしようとも自身だけは立つことが出来ない事に。



 「テオドール殿下は聡明な方ですから、御自身の生い立ちから、将来の目標が見えなくなってしまって、最近は少し鬱屈としておられるんです」



 テオくんが皇帝として即位する事は出来ないわけではないのでしょうけれど、その為に必要な努力と研鑽は、まだ幼いと言えるテオくんには不可能と思える程に途方のないものに思えてしまうんです。

 繰り返された『帝国』の歴史では新皇帝が血縁以外から選出されると、歴代の先帝の継嗣はそれこそどんなに優秀な方でもお世辞にも希望ある未来を望める立場には置かれてきませんでした。

 テオくんは、自身もそうなるのだと、悲嘆に暮れてしまっているんです。


 その事に思い当たったのか、ヘーリヴィーネ様は同情するように視線を伏せられました。



 「ですが、私がお目通りして頂いたところで、何もできないでしょう?」



 後もうひと押しっ!



 「そんな事は御座いませんわ!今のテオドール殿下には新しい目標が必要だと思うんです。それこそ、帝位に就くかどうかとは関係無しに、人生を賭けられるほどの何かです。そのためには、より多くの経験を積むのが一番だと、私は思うんです」



 機械である私が『思う』等とはおかしな表現を致しましたが、自身の発言に対する責任を回避しつつ相手に自分の意見を信じさせるための効果的なテクニックだと、件の星征艦隊のライブラリ内の古いデータに書いてありました。

 勉強になりますね。



 「ヘーリヴィーネ様のもとで過ごされるお時間は、殿下にとっては他では得難い経験になられると思うんです。……そうです!不躾とは承知の上でお願い致しますが、殿下に碩術の手解きをして頂けないでしょうか?」



 『思う』と言う無責任の断定表現を使い、自身の要望をまるで算術の定理・・・・・であるかの・・・・・様に・・さり気なく押し付けて、相手の同意・・・・・強要する・・・・

 これもテクニックなんだそうです。このデータを作った人は詐欺師とか向いてるような気がします。

 勉強になりますね。



 「……しかし……」



 尚も不安げな表情で困ったように表情を曇らせるヘーリヴィーネ様。

 すると、横からリーベラクレア様が



 「なんだ、貴様がやらんのなら、われが一つ、厳しく躾けてやろうか?」



 なんて申されます。

 あ、そういうの良いんで。リーベラクレア様は良いんで。テオくんが一生癒えない心の傷とか負っちゃいそうなんで。

 今度は七面鳥の骨付モモ肉ターキーレッグを豪快に頬張りながらリーベラクレア様が「ありがたく思え」みたいな視線をコチラに向けておられました。


 どうしましょう。

 折角、ヘーリヴィーネ様が落ちそうなのに、変なところで茶々を入れないで頂きたいんですけど、無闇に断ったら余計にこじれそうです。



 「……私も殿下の預かり先はリーベラクレアの許の方が良い気がしますわ」



 リーベラクレア様の提案強要を聞いて、ヘーリヴィーネ様がそんな事を言い出してしまいました。

 ああああああああもうっ!もうっ!

 リーベラクレア様ったら!



 「いいいいえいえいえ、ヘーリヴィーネ様、やはりお歳の近い御息女様が居られます方が!テオドール殿下も馴染みやすいと思うんです!」



 「ウチにもフィンブリーがるが?」



 あれっ!?逃げ道を塞ぎに来てる!?!?

 忍び寄る肉食獣か如く、逃げ道に回り込もうとしてませんかコレ!


 基本害獣・・のリーベラクレア様じゃテオくん預かってもらっても意味ないんです!

 次期皇帝になれないんです!『帝国』が安定しないし星征艦隊のミッション思惑が!

 それに下手にリーベラクレア様の影響を受けてテオくんがアンジェリカ様みたいな脳筋蛮族バルバロイになったらどうしてくれるんです!?



 「じ……実はリーベラクレア様には別にお願いしたいことが御座いまして!エウへミア陛下はかねてより碩術にご興味がお有りでして!どなたか、お詳しい方に習いたいと仰っておられておりましてっ!!!」



 一言もそんな事言ってませんけどね!

 でも、暇を持て余したような、猫が面白半分に食べるでも無いのに小動物を弄ぶかの如きリーベラクレア様は、何か生贄を捧げないとご納得なされないと思うんです!

 だったら、潔く身を捧げる事こそが『帝国』現皇帝としての義務なんじゃないかしら?

 ……ごめんねエウへミアちゃん。

 多分、『帝国』宰相以下大臣団は反対しないと思います。

 貴女の犠牲は無駄にしないからっ!



 「ほう?それで、吾に?」



 横目でこちらを見つつ眉を釣り上げるリーベラクレア様。



 「ええ、是非に!」



 「……ふむ。そうまで請われてはなぁ!一つ、本腰を入れなければなぁ!」



 満更でもなさそうに鼻を鳴らされるリーベラクレア様。

 あぁ、エウへミアちゃん、強く生きて。



 「えぇ?!リーベラクレア貴方がそんな簡単に引き受けてしまっては、私が殿下をお預かりせねばならなくなってしまうではないですか!」



 したり顔でターキーレッグに齧り付いたリーベラクレア様に、この後に及んで未だご抵抗をされるつもりなのか、口先を尖らせてヘーリヴィーネ様が抗議の声を上げられます。

 諦めが悪いですね。



 「うん?ならその小僧も吾が面倒を見ようか?」



 ダメっ!それだけはダメっ!絶対ダメっ!!!

 ヘーリヴィーネ様が変な事言うから!!!

 


 「ヘーリヴィーネ様ッ!ではこうしましょう?ヘーリヴィーネ様の憂いて居られる地上世界の戦争について、我々が解決の為に幾らかご協力致しましょう!その代わり、テオドール殿下はヘーリヴィーネ様がお預かり頂くと言う事にしましょう?ね?ね?」



 これは星征艦隊統帥部より予め私に預託された裁量権の中に含まれた交換条件の一つなんです。

 今回の昼餐会を開いたヘーリヴィーネ様の目的の一つは『帝国』がその義務を果たしていないことへの諫言であり、裏を返せば地上世界の戦争に天上大陸であるセレスメアが首を突っ込んでいることへの苛立ちです。

 ですが、天上大陸が関わったそれらを『帝国』が解決するのは方々に角が立つ。実際に動くには幾重もの根回し必要になる為、現状『帝国』は動けない。

 何故なら、『帝国』は将に『ヒトの社会の利益調整装置』だからです。


 逆に、どこにも与せず、ヒトの社会とは独立した存在である星征艦隊が介入すればどこにも角が立たない。

 洪水に見舞われたとか、隕石に当たったとか、そんな『天災』を星征艦隊は装うことができるんです。



 「協力・・と申されましても、どうされるおつもりです?ヴァリーには、今時の戦争を終結させる考えが何かお有りなのですか?」



 ヘーリヴィーネ様には戦争の早期解決を期する具体策が無いご様子。

 多分、だからこそ『帝国』に諫言を為されようとしたのでしょう。

 私の申し出に怪訝そうな顔をされます。


 実を言うと、星征艦隊はその答えを持っているんです。

 星征艦隊はこの惑星軌道上にILshnEDEイルシュネーデ来襲に備えた警戒網を構築しているんです。

 それらの警戒網は、同時に衛星軌道上から地上方向も監視を行っているんです。



 「現在、天上大陸セレスメアは保有する航空艦隊の一部を乗組員ごとメイザール王国に貸与する準備を進めています。表向きは義勇兵と言う体裁で。もう、形振なりふりかまってないみたいなんです」



 「なんですって!!!」



 あまりの衝撃の事実に、ヘーリヴィーネ様が強いオドを発しながら思わず立ち上がり、リーベラクレア様が不穏に目を細め、ヘーリヴィーネ様のオドにあたってエウへミアちゃんがビクリと身を震わせて椅子からずり落ちそうになって目を覚まします。

 おはようエウへミアちゃん。



 「星征艦隊は、この義勇兵艦隊がヘリング海を通航するのを阻止するため、最新鋭の戦闘艦私たちの末の妹たち一隻三人派遣いたします。このセレスメアの艦隊が南下するのを阻止出来た場合、カデン高原で睨み合っているラサントスとテルミナトル両国、特にラサントス側に状況を改善できる見込みが潰えます。早晩、講和することになるでしょう」



 呆気に取られたのか、ヘーリヴィーネ様は私の答えを聞いてからも暫くポカンと呆けておられました。



 「そんな大っぴらに星征艦隊が介入しても大丈夫なのですか?」



 当然の疑問でしょうね。

 そんなコトしたら、セレスメアだって黙っていないでしょう。

 でも、星征艦隊の介入は以前にも実績があります。

 その時も天上大陸からは烈火の如き抗議や、それらを無視した星征艦隊に対する反撃――彼らから言わせれば「機械如きの傲慢に対する制裁」らしいですが――がありましたが、衛星軌道上に上がろうとする彼らの制裁部隊の尽くを撃ち落としてやったら拗ねたように静かになりました。大気圏突破中って何もできませんからね。


 今回も星征艦隊は介入するだけ介入して、後は知らぬ存ぜぬを決め込むつもりなんです。

 星征艦隊の調査では、セレスメアには現段階では単独で我々に対する対抗手段が無い事は判っているんです。

 だから、星征艦隊にとってみれば、今時の戦争に介入する事は何らリスクを発生し得ないんです。

 セレスメアにとっては隕石にでも当たる様な、将に『天災』でありましょう。


 もし予想外の秘密兵器とか出てきたら、セレスメアの天上大陸に直接衛星軌道砲撃するだけですし。

 と言うか、セレスメアはメイザールへの貸与艦隊を『義勇兵』って称してますけど、これ『帝国』法では『金銭的見返りを求めない自発的に戦闘に参加する戦闘員』って明確に定義されてるはずなんですけどね。航空戦艦携えて自発的に戦闘に参加する戦闘員が何処に居るんだ、って話です。

 言い張っちゃえば正義、ってヤツですね。

 つまりは、その義勇兵艦隊の通り道でたまたま星征艦隊が空域封鎖訓練と称した実弾演習中の事故で流れ弾が義勇兵艦隊の方に飛んでっちゃっても、訓練中の事故、って言い張っちゃえば良いわけですよね?

 反物質徹甲榴弾を亜光速で鱈腹ご馳走して差し上げますよ。



 「問題ありませんわ。我々星征艦隊も、『帝国』内部で戦争が起きることは望ましいとは思っておりません。これも全ては『親愛なる隣人』である『帝国』の為。

 代わりと言ってはなんですが、テオドール殿下の御行幸を預かるの日取りについては、後日宰相閣下から正式にご相談をさせて頂きますので宜しくお願いしますね」



 いささか強引だったでしょうか?話をまとめにかかる私に、ヘーリヴィーネ様は何処か腑に落ちないご様子ではありましたが、最後には首を縦に振って頂けました。


 これにて、任務完了です♪











 我輩、『帝国』今上皇帝・アレクサンデリナエウヘミアが目を覚ましたのは、なにか心の蔵をギュッて握り潰されるようなプレッシャーに、背筋が思わず痙攣したからだった。



 「ふぁ?」



 あ、ヨダレ垂れてた。

 あれ?我輩、寝てた?何で?寝てた???

 我輩、ヘーリヴィーネ様の昼餐会に招待されていた呼び出し食らったんじゃなかったっけ?

 だのに、何で寝てるんだ我輩の馬鹿!失礼にも程がある!!!


 飛び起きる様にして姿勢を正した我輩の視線の先で、ヘーリヴィーネ様が将に怒髪天、と言った様子でヴァリーに食って掛かっていた。


 ……状況が飲み込めない。

 我輩が気を失っていた事については既に流れたのかどうなのか判らないが、話題にはなっていないっぽいので一安心。

 それは良かったのだが、我輩が気を失っていた間、何があったのか。

 話題についていけない。



 「星征艦隊は、この艦隊がヘリング海を通航するのを阻止するため、最新鋭の戦闘艦私たちの末の妹一隻一人派遣いたしましょう。このセレスメアの艦隊が南下するのを阻止した場合、カデン高原で睨み合っているラサントスとテルミナトル両国、特にラサントス側に状況を改善できる見込みが潰えます。早晩、講和することになるでしょう」



 ヴァリーが立ち上がったヘーリヴィーネ様を宥めるようにしながら、どこかで聞いたような話をしている。

 あれ、今ヘーリヴィーネ様がご執心の地上世界の戦争の話かな?セレスメアが関わってる奴。


 などと記憶を探るが、それよりもリーベラクレア様がなんかコッチをニヤニヤしながら見てくるんですけどなして?



 「そんな大っぴらに星征艦隊が介入しても大丈夫なのですか?」



 え?ヴァリー、本当?星征艦隊、介入してくれるの?

 我輩、気を失ってたから、途中の話がわからないけど、ヴァリーが我輩の代わりにヘーリヴィーネ様と交渉してくれてたのかな?

 やっぱりヴァリーは頼りになるぅ!


 ……リーベラクレア様、なんでこっちジロジロ見てくるんですかね?

 やっぱりヘーリヴィーネ様への当て馬に使ったの怒ってらっしゃいますかね?


 そんな事を考えて我輩が戦々恐々としていると、リーベラクレア様がニッカリと破顔して、おもむろに我輩の肩をポン、と叩いた。



 「貴様の希望は聞いた。貴様のその志、吾が叶えてやろう。しかし、吾の指導は厳しい。覚悟せよ」



 ……え?

 何それ?怖い怖い怖いッ!!!

 ヴァリー!ドユコトッ!ドユコトォッ!?!?


 我輩の視線を感じ取ったのか、それとも向こうの話がまとまったのか、我輩のあずかり知らぬところで何かが交渉されて妥結したようだったのだが、その立役者であるヴァリーが我輩に向けたその視線は、どこか憐憫れんびんに満ちていた。


 何があったんだよぉっ!!!

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