第7話 主人公は鈍感

 そして明くる日。


 昼休みが始まると、ミカンが俺の所へやってきた。


「あれー、いっくんは?」


「小鳥遊ならトイレだよ」


「ふぅん、そっかぁ」


 ぶっきらぼうに言うと、ミカンはドサリと小鳥遊の席、つまり俺の前の席に腰掛けた。


「それじゃあ、あんたに聞くけど、今日もお昼はあの木の下で食べるってことでいい?」


 ミカンが足を組む。いつものように、オレンジ色のパンツをチラリと見せつけるのも忘れない。


 ふむ、今日は紐パンか。……じゃなくて!


「ああ、良いけど、それって桃園さんも一緒ってことで良いんだよな?」


 恐る恐る尋ねると、ミカンはフフンと鼻を鳴らして意味ありげに笑うと、俺の耳元でささやいた。


「もちろんよ。あんたが桃園さんを狙ってるのは知ってるんだから」


 ――なっ!?


 どうやらミカンの頭の中では、俺が桃園さんを誘ったのは桃園さんのことを好きだからだというストーリーができあがっているらしい。


 慌てて否定する。


「ち、違うよ」


 俺の答えに、ミカンはキョトンと目を丸くした。


「えー、違うの? ウソぉ」


 そりゃ、好きは好きだよ。推しヒロインだからな。


 でも俺の目標は、あくまで桃園さんと小鳥遊をくっつけることなの!


 ――と、ここまで考えてハタと気づく。


 ここで小鳥遊と桃園さんをくっつけたいなんて言ったら、小鳥遊一筋のミカンのことだから、二人の仲を引き裂きかねない。


 困ったな。ここら何て答えれば良いんだろう。


 考えた結果、俺はこんなふうに答えた。


「確かに桃園さんのことは好きだけど、俺は桃園さんのことは見ているだけで十分なんだ。だから余計な気を回さないでくれ」


 ふふ、どうだ、このパーフェクトな回答!


「ふぅん、そうなの? あんたって、積極的に見えて、意外とシャイなのね」


 ミカンが首をかしげる。

 そんなに積極的に見えるか?


「あ、ちなみに私の好きな人はいっくんなんだけどー」


 モジモジしながら言うミカン。


「いや、それは知ってる」


 俺が即答すると、ミカンの顔が真っ赤になった。


「えーっ、何で知ってるの!? 誰にも言ったことないのに!!」


 いや、それ、クラスの全員が知ってると思うけど。というか、知らないのは当の小鳥遊本人くらいじゃないか?


「でさ、お願いがあるんだけど、あんたって小鳥遊の親友じゃない。だから、もし私の知らないところでいっくんと写真を取ったりしたら、私に送って欲しいの。いい?」


「ああ、それぐらいなら」


「やったぁ、じゃあ、連絡先交換しましょ」


 俺とミカンが連絡先を交換していると、小鳥遊がトイレから戻ってきた。


「お待たせ。あ、ミカンもいたんだ」


 俺とミカンの顔を交互に見て不思議そうにする小鳥遊。


「うん。今日も桃園さんを誘って、あの木の下でご飯を食べないかって話をしてたんだ」


「そうだね、それがいいね」


「じゃあ私、誘ってくる!」


 ミカンが桃園さんを誘いに行く。


 小鳥遊は俺の顔をチラリと見た。


「武田くんって、やっぱり凄いなぁ」


「え、何で?」


 俺、何かしたっけ?


「ほら、ミカンって、僕以外の男子とあんまり話さないから、武田くんと仲良く連絡先を交換しててびっくりしちゃったよ。だから凄いなって」


「あ、ああ……そういうこと」


 実は俺は向こうの世界ではろくにクラスの女子と話したことが無かったのだが、ミカンはなぜか緊張せずに話せるんだよな。


 マンガで毎日のように見ていて、初対面という感じがしないからかな。


 と、急に小鳥遊が神妙な顔になる。


「……もしかしてミカンって、武田くんのことが好きだったりして」


 小鳥遊の言葉に、俺はブッと吹き出しそうになる。


 んな訳あるかあーー!!


 ミカンが好きなのは、どう考えてもお前だろうが!!


 この鈍感クソ主人公野郎が!!!!


 怒鳴りつけたい気持ちをぐっとこらえ、乾いた笑みを浮かべる。


「い、いや、それはないと思うよ……ハハハ」


「ええっ、そうかなぁ。でも、すごく親しげに見えたし」


「違うってば」


 そんな話をしていると、ミカンと桃園さんがやって来た。


「お待たせー!」


「今日もよろしくお願いします」


 ピンク色のお弁当袋を手に、ペコリと頭を下げる桃園さん。相変わらず礼儀正しいなぁ。


「いや、別にそんなに気を使わなくてもいいよ」


 小鳥遊が慌てる。


「そうそう。俺たち、もう友達じゃん」


 俺が言うと、桃園さんはキョトンと目を丸くした。


「友達……」


 そして桃園さんは微かに頬を赤らめると、ふんわりと笑った。


「……はい。嬉しいです」


 う。


 可愛い。


 心臓がギュッと掴まれたみたいに苦しくなる。


 俺が桃園さんのあまりの可愛さに固まっていると、ミカンがゴホンと喉を鳴らした。


「それじゃ、行きましょうか」


「はい」

「おう」


 そして俺たちは、四人で伝説の木の元へと向かったのだった。


 よしよし、順調順調。


 全ては計算通り。無事に小鳥遊、桃園さん、ミカンと仲良くなれたし、あとはミカンの恋路を邪魔しつつ、桃園さんと小鳥遊の仲をさりげなく取り持つだけだな。


 ふふ……パーフェクトだ!


 俺は自分の計算の完璧さに酔いしれた。


『ぐぬぬぬぬ……おのれ武田……ズルいでござるぅ……』


 どこからか声が聞こえてきた気がしたけど、きっと気のせいだな。

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