三 願いの夢

 春花(しゅんか)の蕾は何でも虜にした。その蕾は何でも閉じ込めた。

 その代償に、静かな楽しい夢を見せた。夢は続く。

 眠りの中いる精霊が、一人いた。精霊の名は椿。椿はまだ、精霊のなり立てであったそうな。

 強欲ゆえに己がちぎった蕾に閉じ込められた元人間の娘である

 夢は椿を喜ばせはしなかった。椿は悪夢を見ている。


「ほら、そこにりんごがあるよ」

 美味しそうと思って近づいたりんごは、赤子の首だった。

 見ているすべてが罪の悪夢。そんな年月が流れた数十年。

 ついに好機が来た。蕾の中から出られるかもしれない。

 そんな事を悪夢の中でも感じた椿。


 蕾がもがれたその時、椿は目を覚ます。

 やった、あの時と同じだ! 私は出られる。

 蕾の花びらが開かれる。そこに見えた顔は、酷くやつれた女の顔だった。

 女の名は美代といった。美代は長年の奉公暮らしが嫌で、春花に手を出したのだ。

 目が合った瞬間、体が入れ替わる。すると美代は蕾の中で眠ってしまった。

「美代さん!」

 呼ばれて振り返った椿の姿は、綺麗な美人の姿になっていた。

 美代の願い。それは共に出稼ぎに行った男との結婚であった。

 美代は美しくなりたかった。美しくなりたくて、春花の蕾に手を出したのだ。

「船八さん」

 椿は美代であるかのように振舞う。しかし――

「だ、誰だあんた! 美代さんは何処へ行ったんだ! 美代さーん! 美代さーん!」

 そのまま目の前の美代を探し、船八はその場を去っていった。


 長年の悪夢の中、椿はもう欲というものが薄れていた。

 ただ蕾から出たい、出たい。と言う一念だけが椿を支えていた。

 椿は外に出られただけで良かった。


 かつての椿はそこにはいず、小さな武家の奉公娘、美代として生きる椿がいた。

 本当の幸せを呼んでくれる花と聞いていたのを今も思い出す。

 数年後、とある武家の若者と椿は結婚する。幸せな顔をして、その後を暮らしたそうな。


 そして数十年。美代は未だ眠り続ける。

 幸せになりたかった夢を何度も見て。眠り続けていたのである。

 その後、美代は、時の繰り返しにより目覚める。

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