第3話「終盤、クライマッ――(キャンセルされました)」

 あれからどれくらい、時間が経過したんだろう?

 ボクたちは順調に、ゲームの後半戦に突入していた。

 現実では今頃、午後の昼下がりでぽかぽか陽気な気がする。

 そしてミズキ様は……ちょっとトーンダウンしていた。

 明らかに寝落ねおち気味なのに、やることは徹底している。


「ミズキ様、あの……少し休んだ方が――」

「寝てないっ! 誰も眠ってはならぬオラァ!」

「ふぎゅっ!? ……うう、また【マッスル・オニ――」


 はい、メッセージはキャンセルですね、そうですよね。

 でも、なんだろう。ミズキ様の集中力が途切れかけてる。

 眠いのもあるんだろうけど、何故なぜかそわそわと落ち着かない。


「あの、ミズキ様! なにか気になることでもあr――」

「ほら、次は【マッハ・キャロット】だ」

「ふぁい……おいひぃれふ……」


 ボクも随分強くなった。

 逆にミズキ様は相変わらず、裸も同然だ。

 一応、売っても金にならない防具は身につけているみたい。だから、今のミズキ様は上下の下着姿に【ガーターベルト】、左手に【ズンドウなべふた】、そして頭に【名状めいじょうしがたい冒涜的ぼうとくてきなティアラ】を装備している。

 防御力DEF? んー、裸よりはマシって感じかな。

 でも、武器はとうとう店売り最強レベルの【巨壊鎚きょかいついデストロイハンマー】になったよ。

 で、ボクは雑魚戦は常に待機。

 スタミナ満タン、やる気充分でボスだけ頑張る感じです、ハイ……

 あ、あれ? ミズキ様?


「う、うっ! ふぅ……気を抜くな、集中! 集中だ」

「あの、今ブルブルって震えてましたよね? 寒いんですか?」

「馬鹿を言え! エアコンは適温だし、午後の日差しがぬくましいわ! そ、それより」

「それより?」

「なっ、なんでもない! オラァ、ボス部屋だ! 行くぞゴルァ!」


 ドーン、とミズキ様がドアを蹴り破った。

 すると、部屋の中で松明が一つ、また一つとともって闇を照らす。

 ゆっくりとそれらの炎は、六芒星ヘキサグラムを描くように中心へと集って――


「クソッ! ボス登場デモがスキップできん! ……は、早く、終われ、て、くれ」


 もぉやだー、ミズキ様……容姿を裏切る装備と言動、そして容赦なきプレイスタイル。もう、かなりヤだ。でも、ミズキ様はボクを選んでくれたんだ。何度もリタマラして、8時間もかけて。なら、その期待に応えなきゃ!

 今、炎が光でつむぐ魔法陣の中に、異形の姿が浮かび上がる。

 でも、やっぱりミズキ様は落ち着かない。


「ああもうっ! さっさと出ろっ! ……も、れるっ!」

「んぇ!? あ、あの、ミズキ様」


 その時だった。

 目の前に巨大なガイコツの化物が現れた。

 このダンジョンのボス、【ジャイアントスケルトン】だ。

 凄く、大きいです……でも、ボクだって【ジュエルドラゴン】に成長してるんだ。中級ドラゴンの中ではトップクラスの攻撃力、加えてミズキ様の育成で攻撃力POW瞬発力AGLに特化した戦闘スタイル。勝ち目は十分にある。


「よ、よし、アアア! お前ちょっと行け、戦ってこい!」

「はいっ! ボスはボクに任せて下さい! ……あ、あれ? ミズキ様?」

「いいから! こっち見んな! 行け! 倒すか殺すか、早くしろ!」


 やっぱり、ミズキ様は変だ。

 ボクを戦闘モードでアクティブにするや、後方に下がるんだけど……それはいつも通りなんだけど。なんだかその場で足踏あしぶみしつつ内股気味うちまたぎみに変な汗をかいてる。

 やっぱり、なにかのバッドステータス!? ボクのスキルで治せるかなあ。


「はっ、早くやれ、2秒でやれ! 2! 1! はいやれた! ……って、やれよ! やる気で行けって! いいから行けー!」

「でも、ミズキ様がちょっと心配……どうかしたんですかぁ?」

「う、うるさい……ほら、いつものやつ! 必殺のドラゴンスキル【ダイヤモンドカッター】で倒せ!」

「は、はい。……駄目ですっ、やっぱり気になります!」


 ミズキ様は心なしか、顔も赤い。現実のプレイヤーとデータがリンクしているこのゲームでは、キャラクターの外見的な変化はプレイヤー本人と同期している。キャラクターが毒や麻痺になってもプレイヤーは平気だが、プレイヤーの睡眠不足や空腹はキャラクターにも反映されるのだ。

 ミズキ様は涙目でその場に崩れ落ちそうになって……上目遣うわめづかいにボクをにらんだ。


「お前っ! ! この、破廉恥ハレンチドラゴン!」

「い、言ってます! ミズキ様、言っちゃってます! ……音入おといれ、もとい、おトイレ行った方が」

「その時間が惜しい! 言ったはずだ……最速クリアタイムレコードを塗り替えると!」


 ミズキ様はテコでも動きそうにない。

 そして、ボクを押し出した場から動けそうにない。

 綺麗な顔立ちなのに、ヒロインが絶対してはいけない表情で赤くなったり青くなったり。

 ボクは即座に理解した。

 速攻でボスを倒そう。

 まずボスを片付けないと、ミズキ様がピンチだ。


「よしっ、先手必勝! 必殺の【ダイヤモンドカッター】でっ!」


 瞬発力にガン振りなボクは、常に戦闘で先手を取れる。そして、同じくドドンと伸ばした攻撃力で最大火力を爆発させるんだ。

 ボクはいつも通り、後ろ足で立って【ジャイアントスケルトン】に組み付く。そして、相手の首根っこへ上手うまく飛びついて、そのあごを自分の肩へ……きらめく宝石ジュエルが並んだうろこの上へと押し付けジャンプ、自分ごと自由落下! 大地に落ちる衝撃を、全身の宝石が増幅させる。【ダイヤモンドカッター】は大技だが、瞬発力を鍛えているからMissミスなんてしないぞ!


「ど、どうだ……え? まだ、半分も削れてない!? つ、強いボスだ……ミズキ様!」


 ああ、そうだった。

 今のミズキ様に迷惑はかけられない。

 下腹部かふくぶを押さえてふらふらしてるもん。

 こうなったら、命中率に不安がある最大奥義【エメラルドフロウジョン】を決めるしか――

 そう思っていた時、不意に笑い声が響いた。

 地の底から響くような不気味な笑みは、背後のミズキ様だった。


「フッフッフ、ハ、ハハ……アーッハッハッハ! よしきたぁ! 待たせたな、アアア! アタシ、完全っ、復活っ!」

「あ、あれ? ミズキ様? どうしたんで……あ! ま、まさか……漏らしちゃったとか」

「馬鹿を言えっ! ! 勝負はこれからよ!」

「……えっと、会話が成立してないんですけど。ちょっと話が繋がらないんですけど」


 ミズキ様は少し視線を遠くへ投げて、ほおを赤らめながら身震みぶるいを一つ。

 そして、スッキリした表情で前線へおどた。

 今度はボクは下がる……減ったスタミナが回復しはじめた。


「おーし! アアア、よく聞けっ! アタシが少しねばる。スタミナを回復させつつ、機を見て交代……行くぞぉ、ドララアアアアアアアッ!」


 ミズキ様は、華奢きゃしゃな自分の身体ほどもある長柄ながえ鉄槌てっついを振り上げる。巨大なハンマーが炸裂して、【ジャイアントスケルトン】がよろめいた。ボク同様、ミズキ様もとがったステータスだから威力はてきめん。

 でも、【ジャイアントスケルトン】の反撃をまともに浴びたミズキ様は吹っ飛んだ。

 その後も先手を取るのはミズキ様だけど、倒せない限り反撃は受ける。

 そして、ミズキ様の防御力はないに等しく、どんどんHPが減っていた。

 ボクはスタミナの回復を待ちながらもれる。


「イチチ……っし、頃合いだな! おい、アアア! 仕事だ……トドメをくれてやれっ!」


 吹き飛び壁に埋まりながらも、真っ赤なステータス画面を見ながらミズキ様が叫ぶ。

 飛び出したボクは、フルパワーで【ジャイアントスケルトン】に組み付いた。全力でその巨躯きょくを持ち上げ、逆さまにして宙へと飛ぶ。天井へ届けとばかりに翼がしなる。そして、ボクは真っ逆さまに【ジャイアントスケルトン】の脳天を抱えて急降下。大地にグシャリと骨のくだける音が響いて、【エメラルドフロウジョン】が炸裂さくれつした!


「やりましたよ! ミズキ様! ボクがトド――」

「よし、次行くぞ、次!」

「ミズキ様、ボスがなにか喋ってますけど、情報は――」

「もう知ってる! キャンセルだ! と、それと……ほら、御褒美だ」

「えー、また【マッスル・オニオン】……もぉ食べ飽きましたよう」


 そうは言いつつ、ちょっと嬉しい。

 ボクたちはボスキャラのメッセージを最速で飛ばして走り出す。

 心なしか、食べ慣れた【マッスル・オニオン】も美味おいしく感じた、そんな時だった。


「あ、あれ? ミズキ様、ボクの身体が光って――」

「っし、最終進化が来たか! ……え? あ、お、おう……」


 ボクの身体が輝きと共に膨れ上がる。四種の最終進化形態の中から、ランダムで決定するボクの真の姿。それを見たミズキ様は……言葉を失い、固まってしまった。

 初めてミズキ様が見せる、数秒のタイムロス。

 それをボクは……【】になったボクは、黙って見下ろすしかなかった。






・総プレイ時間〈05:47:51〉……No Save a Go Go!!

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