第3話 始動(3)

「ああ。 あたし・・ここの社長の息子のヨメやねん。」



南から満面の笑みでカミングアウトされて、夏希は瞬時に入社式のときに見た光景を思い出した。


北都社長はダンディな方で。

その横にいた、ジュニアで専務の真太郎さんは、またモデルばりのいい男で。

女子社員の目が全員そっちに向いていた。



この人が。

奥さん…。



ジグソーのいろんなパーツをぐっちゃぐちゃにして、それを一生懸命組み立てて。


夏希の頭の中ではそんな作業が行われていた。



北都って

言ってたもんね。

さっき。


でも、

なんで社長のトコのヨメが

こんなはじっこな部署で仕事?



パーツがところどころ抜けて、どうしても見つからない気持ちと似ていた。




「ウチの部署。 みんな変わってるけどさあ。 楽しいから! きっとすぐ慣れると思うよ。 頑張ってな、」

その人懐っこい笑顔にちょっと励まされ。




「加瀬さんはどこの人なの?」

ランチは近くのイタリアンのバイキングに連れて行ってもらった。


「あ・・福島のいわきです。 えっと、海に近いところ、」

そのパスタが美味しくて、あやうく彼女の質問を聞き逃すところだった。


「へえ。 いわきかあ。 いいね。 じゃあ、一人暮らしなの?」


「はい。 大学で東京に出てきたんですが。 最初の2年は寮に入ってて。」


「寮?」


「女子野球部に入っていたもんですから、」

会話を続けながらも、本当にこのペスカトーレが死ぬほどおいしくて食べることに専念したいくらいだった。



「女子野球?? ソフトボールやなくて?」


「はい。 女子野球です。」

夏希はにっこりと笑った。


「へえ…そういうの、あるんだ。」


「女子体育大学だったんですけど。 まあ、実際、女子野球部のある大学も少ないから。 すぐ日本代表とかになっちゃって。 あたし、アメリカにも行ったことあるんです!」

ちょっと自慢げに言った。



「へ~。 すごいなあ。 うちの部署に珍しい体育会系や、」

南は感心した。


「珍しいんですか?」


「だって。 志藤ちゃんも、斯波ちゃんもタマちゃんも。んで、今出張中の八神も音大出やもん。 特殊な部署やからな。 あたしと萌ちゃんは違うけど。 なんやろ、体力採用かな?」

南は豪快に笑った。


「…そうかもしれませんね。」

ひきつった笑いをするしかなく。


実際。

なんで自分がこんな一流の芸能社なんかに入れたのさえ不思議だったのだから。




「で、あたしはどんな仕事をしたらいいんでしょう。」

夏希は本来の目的を思い出し、口の周りを拭きながら言った。


「ウン。 とりあえずはね。 庶務的仕事してくれる? ウチは斯波ちゃんとタマちゃんが現場。 萌ちゃんとあたしは企画なんやけど、今萌ちゃん、志藤ちゃんの秘書みたいな仕事もしてるから。 八神は営業やし。 細かい仕事してくれる人がいないの。 なんかもっとメガネかけた真面目~な子が来ると思ったから! ちょっとびっくりしちゃったんやけど、」

南は食後の紅茶を飲みながらクスっと笑った。


「・・すみません、」

また謝ってしまった。


「謝ることないよ~。 元気な子が来てくれてうれしいし。 って…」

南はテーブルに残された皿の数々を見て


「…いっぱい食べるんやな、」

ボソっと言った。


「えっ! あ! なんか・・おなかが空いてしまって…。」

夏希はいつもの調子でどんどん食べてしまっていた。



そんな彼女がおかしくて、


「アッハッハッ! ほんまおもろい子やなあ。 あたし、そういうの大好き!」

南はよく通る声で思いっきり笑ってしまった。

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