少女と聖女

 真昼間の広場で起こった突然の出来事。


 それはリリィの・・・いや、誰もが想像をしていない出来事だった。


「俺達のリリィちゃんに何しやがる!」


 突然、リリィを攻撃したティアに向かって怒りを露わにするリリィのファンのハンター達が怒声を上げる。


「光よ・仇名す者・捕える・牢獄となれ・ライトプリズン」


 クリスティアが魔法を唱えると、邪魔をしようとしたハンター達は白い光に呑まれる様に姿が見えなくなる。


「安心しなさい。その光の牢獄は命を取るようなものではないから。ただ、暫くは姿はおろか声も外には聞こえなくなるけど」


 そういって再びリリィに視線を向ける。その視線は以前会った時より冷徹な目であった。


「クリスティア様!何をしようというのです!」

「ロイス様、私は必要なことをするだけです」

「必要?何が必要なのですか!」

「言った筈です。この街の脅威となる存在を消すと」

「リリィは脅威ではない!」

「それを確認するだけです。離れていてください、ロイス様。危ないですから」


 クリスティアはロイスの元からリリィの方へと歩いていく。


 リリィの周りにいた観衆は既にリリィの近くから離れて、軽蔑するような目で見てきていた。その中でもリリィの傍らには2人の姿があった。


「俺はいつでもリリィの味方だからな」

「私だってご主人様を悪く言う奴は誰だって許さないよ」


 アビーとアリアはリリィを守るように前に出る。


「・・・・・ティア」

「・・・リリィ、貴方が何者か教えてくれれば、私は矛を収めましょう」


 クリスティアはそう言ってリリィに投降するように促す。


「リリィちゃん!騙されないで!」

「そうだ!今投降するとどんな目に遭うか分からねぇからな!」


 アビーはクリスティアの進行を食い止めるために飛び出した。


「チェイン・ライトプリズン」

「なっ!」


 先程のライトプリズンの光が突然アビーにまで伸ばしてきた。そして、アビーをも光の奔流は飲み込んでしまう。


「アビーさん!」


 リリィがアビーの心配している時にもティアは確実にリリィの方へと近付いて来る。


「させない!」


 アリアが地面に手を付いて、クリスティアと自分達の間に炎の壁を出現させる。


「リリィちゃん!今の内に!」

「う、うん!水よ・敵を・捕らえろ・アクアリング!」


 リリィは炎の壁の向こう目掛けてアクアリングでクリスティアを拘束しようとする。


 アリアがアクアリングが蒸発しないように炎の壁に穴を空けると


「ホーリーショット」


 光の弾丸がアクアリングを消し飛ばして、リリィに向かって飛んできた。


「っく!」

「アリアさん!」


 アリアが身を挺してリリィを庇い、倒れ込んでしまう。


「貴方・・・人間じゃありませんね」

「はぁ、はぁ、それがどうしたのさ」

「・・・・・貴方はもしかして」


「大地よ・敵を・捕らえろ・ロックプリズン」


 リリィはアクアリングが途中で消されるのであればと、地面から捕えに掛かるロックプリズンを使用した。多少怪我があるかもしれないが、消されないようにするにはこうするしかなかった。


 そして、見事にリリィの魔法はクリスティアを捕らえることに成功する。


「やはり貴方の魔法は私に届きますか」

「・・・・・どういう意味です」

「リリィ、貴方は聖女とはどんな存在だと考えていますか?」

「・・・・・・巫女の子孫と聞いています」

「はい、それで合っています。だからこそ使える魔法もある」

「・・・・・・・光属性の魔法」

「あら?ご存知でしたか」

「今、目の前で使いましたから」

「そうでしたね。だから、こういうことも出来ます。綻びよ」


 クリスティアがそう言った途端に、リリィのロックプリズンがぼろぼろになり崩れてしまう。


「今のは」

「光属性は基本の4属性の上位にあたる魔法。本来ならば、光の魔力に包まれている私には、普通の魔法は届かないのです。ですか、貴方の魔法は届いてしまった。だから、言霊で光の魔力を増大させただけです」


 今の説明を聞く限り、クリスティアは光の魔力を、リリィが普段魔石生成しているように、魔力を制御しているようだ。


「貴方の魔法は私には届かない。さぁ、貴方の正体。暴かせて頂きます。ライトバインド」

「っ!?無詠唱!」

「違います。貴方が炎の壁で見えなくなった時に事前に詠唱をしていただけです。そして、遅らせて今発動したに過ぎません」


 リリィの腕や脚に光の帯が巻き付き、動けなくなってしまう。


「それでは正体を暴かせてもらいます。光よ・真の姿を・暴け・ファクトゥム・ルークス」

「っ!?」


 リリィは言葉を発する前に、光の柱に包み込まれる。



 その光景を見ていた人々は呆然としていた。いきなりリリィを、聖女にしか使えない光属性の魔法で攻撃を仕掛けたのだから。


 そして、暫くすると、光が収束していく。


「あ、あれ?」


 リリィは傷も何もない状態で、光の中から現れた。


「な、なぜです!貴方は!リリィは人間ではないはずです!」


 ファクトゥム・ルークスは古代魔法の光属性の魔法だ。これは攻撃魔法ではなく、真の姿を暴く魔法に過ぎない。


「い、いえ、人間ですけど」

「そんなはずはありません!さあ!どこか人間ではない部分があるはずです!」

「あっ!やめっ!」


 クリスティアはリリィのスカートを捲りお尻を見たり、上着の裾を持ち上げ、可愛らしおへそを丸出しにしたりしてきた。


「や!それ以上は捲らないで!」


 リリィは今も光の帯に拘束されたままで、されるがままにされる。


「そこまでです」

「あ!」


 そこにロイスがテクリスティアを後ろから腕を持って、リリィから引き離した。それと同時にリリィも含め、拘束されていた人々が解放された。


「た、助かった・・・」


 リリィはもう少しで胸が見えそうになっていたので、顔を赤くしてその場に座り込んでしまう。


「クリスティア様、やり過ぎです」

「で、でもこのリリィは人間であるはずがないのです!でなければ私が恐怖を覚えるはずが」

「人間です!」

「・・・でも」

「えーと・・・聖女様、私は人間ですよ」


 ロイスの言葉に合わせてリリィからも、自分が人間だと伝える。リリィが言い淀んだのは、この人の目がある場所でティアと呼びそうになったからだ。


「そ、そんな・・・」

「すまない、この後時間貰えないかな?」

「は、はい」


「いたたた・・・」


「あ!アリアさん、大丈夫ですか?」

「・・・リリィ、下がりなさい。光よ・彼の者を・癒せ・ヒール」


 クリスティアがアリアに向けて治癒魔法を使った。


「これは・・・」

「光属性の魔法は癒すことも出来ます。一般にはないとされる治癒魔法です」


 クリスティアは説明しながらアリアを治癒していく。


「それにしても・・・貴方は精霊ですか?」

「・・・・そうだけど」

「そうですか」

「・・・・・・・・何も聞かないの?」

「それはこの後で話しましょう。ここは周りの目があります」


 クリスティアもリリィが脅威ではないと、この場では納得することにした。主にロイスに言われたからだが。


「これでどうです?」

「・・・うん、もう大丈夫」

「そうですか」


 アリアの治療も終了し、クリスティアはアリアから離れ、ロイスの側に行く。


「では、第一部隊の部屋に行くとしようか。あそこならまだ話しやすいだろう」


 ロイスの言葉に皆は従い、移動を開始した。



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「・・・・あれが聖女ですか」


 リリィとクリスティアの戦いを、街の人々の中で見ていた黒いローブを被った男がいた。


「あのガキとも知り合い・・・いや、敵対・・・か?」


 遠目ではわかりづらく、ただ、リリィとは敵対しているように見えた。


「・・・・・あのガキは許せませんからねぇ・・・。あの聖女を利用出来ないものか・・・・・」


 黒いローブの男、ユルバンはぶつぶつと何かを企てながら、人込みに紛れ込んでいった。



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「さてと・・・、リリィ、本当にすまなかった」

「い、いえ、私は特に怪我とかも無かったですから」

「アビーとアリアもすまなかった」

「いや、俺はただ捕まっただけだから平気だ」

「私はさっき治してもらったから平気だよ」

「・・・・・・・・・・・」


 ロイスと皆が会話しているのを、クリスティアは居座りづらそうな顔で眺めていた。


「それで・・・えっと、聖女様はどうして私に攻撃を仕掛けたのですか?」

「・・・周りに人がいない時はティアでいいです。それにお答えするには聖女が何なのかを説明する必要があります」


 クリスティアはそう言って周りを見渡した。この場にはリリィ、アビー、ロイス、クリスティアの他に、アリアとセレナもいる。


「皆さんは聖女とは何かご存知でしょうか?」

「・・・・・なんだっけ?」

「アビーさん、『巫女の子孫』じゃないですか」

「まったく、アビーはそういうの覚えるの苦手なのは昔から変わらないままだな」


 皆で一般として知られている聖女について、アビーに説明をした。


「そうです。では、何の『巫女』かはご存知でしょうか?」

「・・・何の『巫女』とはどういう意味だ?ロイス」

「・・・すまないが、それは僕もわからない」

「ねぇ、アリアは知ってる?」

「えっと・・・」


 セレナの問いにアリアはどうしようかと、リリィの方を見る。


「・・・『光輝の巫女』ですよね?光属性の魔法を使っていることを考えて」


 リリィは落ち着いてその問いに答えた。


「そうです。その様子を見るとアリアさんも知っていたようですね」

「・・・まぁね」


 アリアも隠すことなく、答えた。


「このことは私達一族の中でしか伝えられていない伝承なのですが、どうして知っているかはここでは問い出さないことにします。リリィとアリアさんは『光輝の巫女』を知っているのならば、かつて暴走したと言われている『巫女』についてもご存知ですね」

「・・・『闇夜の巫女』ですね』

「はい、私達の『光輝の巫女』の敵は『闇夜の巫女』に関連する者です。そして、私達に恐怖を感じさせるのも、『闇夜の巫女』なのです。『闇夜の巫女』は今もなお、このルインの街の遺跡の何処か奥深くで封印されています。ですが、その『闇夜の巫女』が放つ闇の魔力は他者を異形に変えるとも言われています。ここまで言えばわかりますね?」


 クリスティアはそう言ってまたもや周りを見渡した。


「私に恐怖を感じたから、ティアは私がその異形だと勘違いをした、ということですか?」

「そうです。勘違いでいきなり攻撃してしまって、申し訳ありませんでした」


 クリスティアは説明を終えて、リリィに対して謝罪をした。


「ですが、同時に貴方が何者なのかわからなくなってしまいました。なのでもう一度問います。貴方は何者なのですか?リリィ」

「・・・・・・・・・」


 リリィは皆がいる前で話していいか迷ってしまう。


「リリィ、貴方が何者であろうと貴方の生活には関与しないことを、ここに約束します。それでも教えて頂けませんか?」

「俺らはリリィが何者でも味方だから安心しな」

「そうです。リリィちゃんはリリィちゃんのままですよ」


 クリスティアの他にもアビーとセレナもそう言ってくれた。だから


「・・・・・・私自身最近知ったのですが、私は『光輝の巫女』の娘らしいです」


 ・・・・・・・・・。


「あ、あれ?」

『・・・・・ええええぇぇぇーー!!!』


 最初、誰もが驚くと思っていたのだが、ただ思考が停止していただけだったようだ。案の定、このことを知っているアリア以外が一斉に絶叫するのであった。


「ちょ、ちょっと待ってください。それが本当ならば、リリィは私のご先祖様になるってことですか!?」

「えっと・・・血は繋がっているとは思いますけど・・・。私はまだ子供どころか結婚すらしていませんし」

「そ、そうでしたわね」


 クリスティアは深呼吸をして落ち着こうとする。


「ね、ねぇ、アリアは知っていたの?」

「うんっていうか、私達精霊からリリィちゃんに教えたからね」

「そ、そうなんだ」


 セレナも聞いた内容を理解しようと頑張っていた。


「アリアはどうしてリリィが『光輝の巫女』の娘だって知っていたんだい?」

「最初に気付いたのは私じゃないけど、リリィちゃんが『光輝の巫女』のリュミエル様と同じ気配というか魔力っていうか、そんういうのを感じたからかな」

「ちょっと待ってください!」


 ロイスの質問に答えたアリアの言葉に、クリスティアが強く反応した。


「どうして貴方が『光輝の巫女』の名前を知っているのです?いえ、そもそも精霊という点でもしやと考えていましたが、もしかすると、『光輝の巫女』と共に戦った4人の精霊なのでは!?」

「うん、そうだよ。私はその1人だね」

「後、私もだな」

「だ、誰です!?」


 突然響いたアーシーの声にクリスティアは動揺して驚く。


「姿は無いのでこのまま失礼する。私もリュミエル様と戦った精霊の1人だ。名をアーシーという」

「・・・・・・・・」


 もう色々なことがありすぎて、クリスティアの頭は処理が出来なくなってしまう。


「ね、ねぇ、アリアってそんな凄い人っていうか精霊だったの?」

「一応ね。でも私は私だから、今まで通りでいいよ」

「そう・・・。そう・・よね」


 セレナはまだ納得出来てはいないようだが、これからもアリアと過ごしていれば、以前のようになりそうだ。


「・・・ロイス様、このことは皆さんご存知なかったのですよね?」

「は、はい。というより僕も初耳ですので」

「そ、そう・・・。皆さんにはここで話した内容は決して口外しないことにしてください。でないと、街というより世界で混乱が起こるかもしれません」


 クリスティアはここにいる面子を見渡して、そう宣言した。


「まぁ、話したところで信じてくれないとはも思うがな」

「アビーでしたわね。念には念をという言葉をご存知で?」

「・・・・了解だ。誰にも言わねぇよ」


 クリスティアは笑っていない笑顔で、アビーを釘指しておく。


「それと、リリィ」

「何でしょうか?」

「その・・・あんなことをしておいてなんですが、私とお友達になってくれませんか?」

「え?」

「お恥ずかしい話、私に同年代の友人がいないのです。リリィはその・・・気兼ねなく話せる人間ですので」


 クリスティアは少し頬を赤らめてお願いをしてきた。


「はい、私でよろしければ」

「っ!!ありがとうございます!」


 クリスティアは凄く嬉しそうに微笑んで笑った。


「・・・なんか似ているな」

「「え?」」


 突然アビーに言われた言葉にリリィとクリスティアはきょとんとする。


「いや、ティアが笑った顔が少しリリィと似ている気がしてな」

「そう・・・なんでしょうか?」

「自分ではわかりませんね」


 リリィとクリスティアは2人で顔を見合わせて首を傾げた。


「では、リリィ。私はある事が片付くまでこの街に滞在する予定です。それまでよろしくお願いしますね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 突然攻撃してきたクリスティアと何とか和解出来たリリィは、まさかの友人として付き合うことになってしうのだった。



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「ユルバン様」

「どうです?見つけましたか?」


 何処かの薄暗い民家のような場所で黒いローブを着た男がユルバンに報告をしていた。


「はい。ハンター協会のある一室を借りているようです」

「そうですか・・・。策は用意しているのです?」

「はい、草が見張りに付く時間に仕掛けようかと考えております」

「わかりました。日時等の時間を細かく教えなさい」

「了解しました」


 ユルバンは男のまとめた作戦を聞きながら、自分を追い詰めた少女が苦しむ姿を思い浮かべて、憎悪の籠った顔をして小さく笑っていた。

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