少女、殲滅します

「猛き炎!清き水!母なる大地!天翔ける風!彼の者に祝福を!!エンチャントメント・カルテット!!」


 リリィが魔法を唱えると四色の光がアビーとロイスを包み込み、身体能力を全て強化する。


「よっしゃ!!」

「これは!」


 アビーは守護者ガーディアンの方へと飛び出していった。ロイスはリリィの強化魔法の効力に驚いて、少し出遅れてしまった。


「猛き炎・天より降り注げ・フレイムレーゲン!!」


 リリィの手から大きな炎の玉が空へと撃ち上がった。そして、アビーとロイスの更に先の守護者ガーディアンが群れている場所へと、幾つもの炎の玉が雨となり降り注いで行く。


 この魔法は火属性の中位魔法だ。広範囲に攻撃が出来るが、一つ一つの火の玉の威力はそこまで強くはない。実際に守護者ガーディアンには幾つもの炎の球が当たっているが倒せてはいなかった。だが


「ナイスだ!リリィ!!」


 火の雨の中、アビーは守護者ガーディアンの意識が火の玉に向いた瞬間に間接部や弱点である核を次々と破壊していく。


「確かにこれは凄い強化魔法だ!」


 ロイスもアビーに負けじと守護者ガーディアンを破壊していく。強化魔法の効果を実感しつつ、次々と炎の雨の中、守護者ガーディアンを切り伏せながら駆け巡る。そこに


「っと!あぶねぇな!」


 突然アビーに向けて大きな岩が飛んできた。


「あれか!」


 ロイスが岩が飛んで来た方を見ると、変わった形の守護者ガーディアンがいた。形はまるで投石器を両腕に取り付けたような大型の守護者ガーディアンだ。この場所からアビーが向かうには少し遠いし、間に守護者ガーディアンが何体もこちらへと向かって来ている。


「リリィ!頼む!」


 アビーはリリィに厄介な守護者ガーディアンを破壊するように名前を呼ぶ。


「はい!風よ・水よ・連なれ・氷結せし・烈風となれ・アイシクルストーム!!」


 リリィはアビーが言わんとしていることを瞬時に理解し、投石器の付いた守護者ガーディアンを破壊するために魔法を使う。


 氷の礫を攻撃対象を中心に竜巻と一緒に飛ばして、竜巻の中と周辺に凍傷と氷の礫による傷を与える。


 これは風と水の複合魔法の一つだ。本来ならそれだけで終わる魔法だが、今竜巻の中心にいる投石器型の守護者ガーディアンは氷に包まれて動けなくなっていっていた。


「な、なんだ?あの魔法は」


 ロイスはその光景を見て呆然としている。ロイスもアイシクルストームは使えるが、あそこまでの威力は発揮しない。


 それでも、リリィの魔法はまだ終わっていなかった。


 完全に凍ってしまった守護者ガーディアンは竜巻で砕け始めて、それが新たな氷の礫となり、更に周りの他の守護者ガーディアンをも巻き込んでいく。


「ははっ!流石はリリィだ」



 三人はお互いに助け合いながら、的確に守護者ガーディアンを破壊して数を減らし続けた。だが、守護者ガーディアンは奥の方に見える遺跡から出続けるように見えた。そこまでの道程は遠く、何か策は無いかと三人は考え始めていた。その時


「っ!?避けて!!」

「「っ!?」」


 リリィの声を聞いて、アビーとロイスは強化された足で後ろに跳躍して下がった。そして、そこに黒い闇の塊が飛んできた。


 地面に当たると闇が爆発を起こした。爆発の後は地面が黒ずみ、禍々しい霧が発生していた。


「こいつは」

「なかなか厄介そうだね」


 今の闇による攻撃は守護者ガーディアンが現れる遺跡の方から飛んで来たようだ。近くの守護者ガーディアンは下がった二人を追って、近付いてきている。


「やるぞ!」

「ああ!今の攻撃には気を付けろよ」

「そっちもな!」


 アビーとロイスは再び守護者ガーディアンに肉薄する。


「それなら私は・・・、炎よ・敵を・打ち抜け・ファイアボール!」


 リリィは一回の魔法で複数のファイアボールを飛ばす。遠くから飛んで来る三個の闇の塊にファイアボールを当てて撃退しようとする。


 闇の塊にそれぞれファイアボールを3発程当てて、空中で爆発を起こした。闇の霧は風によって霧散していった。だが、その向こうからまた闇の塊が飛んで来る。


「まだ来るの」


 リリィは再びファイアボールを詠唱して、それを撃退する。その攻防が何回か続く。


「このままじゃ」


 徐々に闇の塊を撃退している場所が近くになってきていたのだ。大きな魔法を使おうにも、時間が無さ過ぎる。


「あ・・・」


 そして、一瞬の迷いで撃退に間に合わなくなる。闇の塊はリリィの方へと向かって飛んでくる。


 しかし突然、横から別のファイアボールが飛んできてそれを撃退した。


「リリィ!僕が少しの間引き受ける!」

「でも」

「いいから!その間にこれを何とかする方法を!」


 助けてくれたのはロイスだった。その結果アビーが一人で前衛を引き受けてくれるが、やはり数で押され始めている。それに引き受けてくれるロイスもハンター協会屈指の最強の魔法使いでもあるが、リリィには到底及ばない。


「・・・わかりました」


 闇を放っている存在は豆粒の様にしか確認出来ない。それをここから何とかするのであれば普通の魔法では無理だ。それに


「ロイスさん、周りの遺跡とかを破壊してしまってもいいでしょうか?」


 リリィが懸念しているのはそこだった。ここはルインの街からはかなり離れているが、遺跡があちらこちらに顔を出している場所でもあるのだ。無断での大量破壊等出来るはずもなかった。


「緊急事態だ!構わない!」


 ロイスは魔法の詠唱の合間に返事をして、再びすぐに闇の塊を撃退を始める。


 リリィはロイスの言葉を聞いていつも以上に集中をして魔力を制御を始める。


(どの魔法ならいいの?あの距離を届かせる魔法は・・・私はまだ使ったことがない。それに使ったことがないから魔法の規模が分からない。でもこれしか・・・)


 リリィは魔力を制御しながら思考していた。リリィは大き過ぎる魔力の持ってしまっていたので、オリジナルの魔法を何個も自分で作り、暴走させないで、大きな魔法を使えるようになっている。でも、それには確かなイメージが、リリィも自覚していない埋もれた記憶の中にあったからこそ出来たこと。今から使おうとしているのは、リリィの記憶の中にある中でも無意識下で使わないと判断していた魔法の一つだった。


(・・・やるしかないよね)


 リリィはその魔法を使い覚悟を決める。リリィが覚悟を決めた途端に魔力が嵐となってリリィの周りを渦巻き始める。


「な・・・何だ?」

「こいつは・・・」


 ロイスもアビーもリリィに集まる魔力を見て唖然としてしまう。なぜか守護者ガーディアンも少し後退る様に距離を置こうとする。


「猛き炎の王よ・我に従い・力を示せ・数多の星となりて・降り注げ」


 リリィが詠唱を始めると辺りの温度が急に上昇し始めた。火の粉の様に赤い魔力が可視化し、リリィを中心に渦巻いて行く。そして、リリィの足元の地面には不可思議な魔法陣の様な物が出現している。


「なんだ!これは!?」

「・・・こんなのもリリィは使えちまうのか」


 ロイスは驚きアビーはリリィのあまりの力にいまだに唖然としている。


「全てを破壊せよ!!フランステッラ・トランスウォランス!!!」


 リリィが魔法名を叫ぶと魔法陣が宙に浮かびリリィの頭上に浮かび上がる。魔法陣からは濃密過ぎる魔力が赤い雷のようにバチバチと音を立てて、これから起こる魔法の凄まじさを語っているようだった。


 リリィは両腕を魔法陣に突き出し、斜め上を目掛けて最後にもう一声叫ぶ。


「いっけーーーーー!!!」


 その言葉で魔法陣から赤い太い光線が空へと延びる。あまりの魔法の威力にリリィの腕や服が衝撃で引き裂けるほどだ。


 空へと伸びた光は空中で弾け、赤い膜の様に拡がる。そして、赤く染まった空から、ある物を出現させる。


「あ・・・あれは」

「・・・・・・・」


 ロイスは何とか声を上げるのの何も言えなくなる。アビーはすでに何も言うことが出来なかった。


 現れたのは巨大な10mはある炎の球が数えきれないほど降り注いできたのだ。


「はぁはぁはぁ・・・アビーさん!ロイスさん!こっちへ!!」


 リリィは二人を慌てて呼ぶ。


「猛き炎よ!我を守る壁となれ!!」


 リリィがそう言うと赤い魔力が3人を包み込み障壁を創り出した。


 次の瞬間、目の前は地獄の業火に包まれるような、大きな爆発を幾度なく起こし辺り一面を炎に包み始めた。リリィが張った障壁が無ければ自分達もこれに巻き込まれている。そう思ったアビーとロイスは背筋が凍るような思いだった。



 暫くすると炎と爆発は収まり、土煙が晴れてくる。そこには多くの守護者ガーディアンが残骸となって、視線が届く遠い場所まで広がっていた。地上に出ていた遺跡も大半が破壊されていた。その中には守護者ガーディアンが出続けていた遺跡も含まれていた。


「これ程とは・・・・・・」


 ロイスは目の前の惨状を見て、驚きを隠せないでいた。


「はぁ・・・はぁ・・・・・・・・」

「おっと」


 リリィは魔力の使いすぎで気絶してしまいそうになり、倒れ込みそうになってしまう。そこへアビーが上手く受け止めてくれて怪我をすることはなかった。だが、リリィの両腕は小さな切り傷が幾つもあった。先ほどの魔法の衝撃だ。それを少し痛々しそうにアビーが見ていた。



 リリィが使った魔法は超広範囲殲滅を目的として遙か昔に作られた古代魔法だ。リリィにこの魔法の知識は無いが、本来は数十人の魔法使いが集まって行使する魔法である。それを一人で使ったのだから、魔力が枯渇するのも仕方がなかった。因みにその後使った障壁は魔法とは呼べない物だ。リリィの魔力制御が高いから成せる技の一つだ。魔石を創り出す要領で火の魔力を堅い壁をイメージしたものだ。



「はぁはぁ・・・アビーさん、すみません」

「いや、これだけのことをしたんだ。仕方がねぇ」

「いえ、そうじゃなくて・・・」

「ん?どういうことだ」


 リリィは申し訳なさそうな顔をして言った。


「あの闇の攻撃してきた敵、逃げられてしまいました」

「なんだと!?」


 リリィはそこを破壊するようにある程度狙いを付けていた。しかし、その場には被害という被害が出ていない。リリィは魔法を通して闇を放つ存在に防御をされたことに気が付いていたのだ。


 そして、遠くで轟音と共に闇の柱が立ち昇った。



 --------------------------



「あ、兄貴・・・それは」


 ズズは目の前の光景を見て恐怖を覚えていた。


「憶するな。ただの兵器にすぎん」


 兄貴と呼ばれる男の腕からは闇が帯状となって、兵器と呼んだ巨大な何かに吸い込まれて行っている。


「・・・・・・・」


 ズズは改めてその兵器と呼ばれるものを見てみる。上の方は高く暗いためよく見えない。だが、目の前で兄貴が闇を入れることで徐々に禍々しさが増してきているのは肌で感じ取ることは出来た。


「兄貴!こいつはまずい物なんじゃ」


 ズズは兄貴を止めようとする。


「お前、この組織『闇夜の使徒』に入ったからにはこれぐらいで憶するな。それにこいつはあのお方を復活させるために・・・」


 兄貴と呼ばれる男は途中で言葉を切ってしまう。


「ど、どうしたんすか?」


 ズズはいきなり顔を歪めた兄貴に声を掛ける。


「・・・・・・そういうことか。ズズ、喜べ。この兵器はお前に譲ろう」

「は?」


 ズズは言葉の意味を理解できなかった。


「ズズよ。この俺、『闇夜の使徒』の幹部であるナハトがお前を強くしてやるのだ」

「・・・・あ・・あ・・・ああああ!!!」


 兄貴と呼ばれる男、ナハトは兵器に注いでいた闇をズズに向けて放ち始めた。ズズは何が起こっているか理解できずに苦しみ悶え始める。


「さぁ、ズズよ。この兵器にお前の闇に染まった魂を捧げろ」


 ナハトの言葉でズズの身体は闇の粒子に変わり、兵器の中へ入っていった。


 そして、兵器を中心に闇のは柱が立ち昇った。


「これがあの方を封印していた者のなれの果てか」


 闇の柱が消えた場所には漆黒の闇に包まれた狼のような獣が佇んでいた。漆黒の毛に覆われた顔からは赤い禍々しい目が覗いていた。


「さあ、お前は生まれ変わった。ズズ、お前の力をハンター達に見せてみやれ」


 ナハトがそう言うと、漆黒の狼は遠吠えをして遺跡の壁を蹴って地上に向かって行った。


「・・・・・・これで封印が一つ解けた」


 漆黒の狼が封印されていた場所には何かの魔法陣らしきものが光を失って消えていくところだった。



 --------------------------



「なんだったんだ?あれは」


 ロイスは消えていった闇の柱の方を見て呟く。

 アビーは水をロイスから貰い、リリィを座らせて飲ませていた。


「ありがとうございます」


 リリィはお礼を言いながら水をアビーに渡す。


「それよりさっきのは何かわかるのか?」


 アビーはリリィが何か知っていると思い聞いてみる。


「・・・・・この遺跡に封じられた兵器だと思います」


 リリィは自らの指に嵌められた指輪を見ながら言う。


「兵器とはまた物騒だな」

「リリィ、他には何か分からないのか?」


 いつの間にかロイスも近くにやってきていた。


「えっと・・・」


 リリィもあの夢で見たことしか分からなかった。あの夢では兵器であることと、危険であることとかしか情報を得られていない。


「え?」


 リリィが迷っていると指輪から黄色い光の球が出てきた。その光はリリィの目の前に飛んできて発光を始めた。



 --------------------------



(ここ・・・は・・・・・)


 リリィが目を覚ますとそこは白い霧に包まれたような場所だった。そして、目の前に黄色い宝石を持った女神像が立っていた。


「リリィ。光輝の巫女の子」

「っ!?」


 突然宝石が点滅しながら話し掛けて来た。その声は中性的な声で男性か女性か分からない。


「私はアーシー。リリィが持つ指輪に宿る地の精霊」

「地のせい・・・れい?」


 リリィは少し混乱をしていた。


「まずは謝罪を。闇夜の巫女の手先に守っていた物を取られてしまった」

「守っていた物って・・・兵器・・ですか?」

「そのようにも呼ばれている。あれは地狼と呼ばれる私の力で動かす魔法人形だった。しかし、今は闇によりあちらの者に取られてしまった」


 アーシーの声は落胆しているようにも聞こえる。


「リリィ。地狼にはある役目があった。しかし、今となっては役目も消え、お前達を害する存在にしかならないだろう。どうかあれを破壊しては貰えないか」

「私が・・・壊す」


 リリィは闇を放ってきた本体と戦うことに恐怖を覚える。


「私も力を貸す。そこまで恐怖する必要はない」

「力って精霊様がですか?」

「そうだ。私の主はすでにこの世にはない。少しの間だがお前の様子を見てきた。新たな主として仕えるのは悪くはないと考えた。主を守るのは私の役目。力を貸すのは当たり前だろう」


 アーシーは当たり前のように言ってくる。当の本人であるリリィは


「わ、私が主・・・。私が・・・」


 精霊の主人になるということに思考が追い付いていなかった。


「そろそろ時間が無いので現実へ戻る。よいか?」


 アーシーが言うと辺りが眩しく光り出した。


「え?あ!ちょっ!?」


 リリィは驚いている内に光の中へと消えていった。



 --------------------------



「リリィ、まだ何か知っているのか?」

「・・・・え?いや!!」

「ぐほっ!!」


 アビーがリリィの顔を覗き込むように聞いてきた。リリィは気付くと目の前にあったアビーの顔を殴っていた。


「・・・・・・アビー、大丈夫か?」

「え・・・あ!ごめんなさい!」

「・・・・・・まぁ、大丈夫だけどよっと」


 アビーは反動をつけて身体を起こした。


「リリィ!いきなり殴ることはねぇだろ!」

「ご、ごめんなさい。で、でもアビーさんの顔が近かったんだもん!いきなり目の前にあったら殴るよ!」

「俺が話しかけてもお前が反応なかったから顔を近付いただけだろ!」


 二人の言い合いが始まった。


「・・・お前達、今はそれどころでは」


 ロイスが止めようとした瞬間に何かが地面を弾くような地響きが鳴り響いた。


「「「っ!!」」」


 3人が同時に同じ方向を見た。そこは先程闇の柱が昇った場所。そこから何かが飛び出した。


「黒い・・・狼か?」

「だが、大きくないか?」


 アビーとロイスはその姿をそう認識した。黒い毛並みの様な物は闇の粒子を放っているようにも見える。大きさとしては3mを超える程だが、放っている気迫が尋常ではない。


「あれが地狼だった物・・・」


 リリィは先程アーシーから聞いた物だと見た瞬間に理解した。そしてその禍々しさも以前みた闇より濃い物だと判断した。


「来るぞ!!」


 黒狼は走り出してこちらに向かって来ている。アビーはここにいては一網打尽にされると考えて、前へと出る。


「それなら!」


 ロイスはアビーとは違う方向へ黒狼の横に回り込めるように走り出す。


 そして、アビーの剣と黒狼がぶつかり合う。


「かってぇな!」


 アビーの剣は黒狼の毛に弾かれてしまう。


「これならどうだ!」


 次に横からロイスのファイアボールが飛んでくる。それは黒狼の胴体の横に当たったが殆ど効いていなかった。


「っく!」


 アビーが黒狼の爪の攻撃を剣で受ける。アビーはそのまま後ろの方へと吹き飛ばされてしまう。次に黒狼はファイアボールを放ったロイスを標的に立ちまわり始めた。


「アビーさん!」


 それを見ていたリリィは叫び、アビーの元へと向かおうとする。


「来るな!」

「っ!!」


 だが、アビーはそれを制止した。リリィは古代魔法の使った影響で魔力が少なくなっていたのだ。今向かっても手助けができるか分からなかったのだ。


「リリィ!まだお前の強化魔法は消えてねぇ!大丈夫だ!」


 アビーはリリィが安心するように叫ぶ。確かにまだ効力はあるようだが、あれほど厳しい戦いをした後だ。その内に消えてしまうだろう。


「何とかしなきゃ」


 リリィは魔力も無いのにどうやって?と思いつつ考え始める。


「私が力を貸すと言ったでしょう?」

「へ?」


 指輪から黄色い宝石が輝きながら声を放つ。


「私達精霊は姿形を持たない。だからこの形で力を貸そう」

「あ・・・」


 リリィは魔力が回復していくのを感じた。


「地の魔力限定だが、魔力は回復しただろう」

「うん・・・。これなら!」


 リリィは直ぐに魔力の制御を開始する。


「大地よ・敵を・捕らえろ・ロックプリズン!」


 リリィの魔法は素早く駆け回っていた黒狼の足を見事に捉え、動きを止めさせた。


「いくぜ!!」


 アビーは剣の柄に火の魔石を入れて黒狼に向かって思いっきり剣を振り下ろした。黒狼の頭を思いっきり着付けた剣先から炎が吹き荒れる。


 アビーの剣による攻撃だ。魔石の種類でその効力を変える特殊な剣。


 黒狼はダメージが通ったのか暴れ出した。その際にリリィのアースプリズンも破壊されてしまう。


「逃がすか!炎よ・仇名す者を・焼き尽くす・渦となれ・ファイアストーム!!」


 そこへロイスが放ったファイアストームが黒狼を包み込んだ。


「リリィ!行け!!」


 ロイスがリリィに止めを頼むと言ってきた。


「母なる大地よ・仇名す者に・巨石による鉄槌を下せ・ロック・スマッシャー!!」


 ロイスの放った炎の竜巻の魔法の上に巨大な岩が出現する。巨石は上から炎の竜巻を潰すように落とされた。


 それはもの凄い音を立てながら、炎の竜巻があった場所を潰し、土煙を上げた。

 土煙が晴れると地面には小さなクレーターが出来た。


 ロック・スマッシャー。高位の地属性魔法の一つだ。魔力量によって岩の大きさを変えるため、魔法使いとしての強さがそのまま表れてしまう魔法だ。そのため素人が使うと小石を降らせるだけで終わってしまう。



「やったのか?」


 アビーが呟く。


「ファイアストームの中にいたのは確かだけど・・・」


 ロイスはファイアストームの中に黒狼がいたことを確認していた。


「・・・や、やったの?」

「・・・・・・・」


 リリィの呟きにアーシーは何も答えなかった。


「っ!後ろだ!」

「リリィ!!」


 アーシーとアビーの声が重なった。


「え?」


 リリィが振り返るとそこには黒狼が大きな口を開けてリリィに噛みつこうと口を開いていた。黒狼は潰される直前にロック・スマッシャーの巨石で出来た影に入り込み、リリィの後ろにある瓦礫の陰から出てきたのだ。


 リリィの目の前には大きな黒狼の大きな口が広がっていた。


(死んじゃう)


 リリィは本能でそう思った。そして、黒狼の口がリリィに向かって襲い掛かって来る。


「リリィ!!」


 アビーはリリィを横から突き飛ばすようにして飛び出した。そして次の瞬間、黒狼の口は何かを砕く音と共に閉じられた。


「はぁぁぁ!!!!」


 そこへロイスが黒狼の横腹を思いっきり斬り付ける。その剣には炎が纏っていた。ロイスが付与魔法を施したのだろう。黒狼は炎に一瞬驚きその場から飛び退った。


「アビーさん!アビーさん!」


 リリィは泣き叫んで助けてくれた人の名前を呼ぶ。アビーは胴体を半分近くを失った姿で凄い血の量と共に横たわっていた。


「アビー・・・」


 ロイスもその姿を見て泣きそうな顔になり、唇を血が出るほどに噛んだ。そして、黒狼に怒りの眼差しを向けた。


「よくも・・・よくもアビーを!!!」


 ロイスの身体から今まで以上の魔力が溢れ出て来た。その魔力を全て剣に注ぎ込んで駆け出した。


 黒狼もロイスに気が付き対応しようと構える。


「はぁ!!」


 ロイスが剣を振ると魔力の輝きが軌跡となり残像を残す。剣は黒狼の身体に弾かれることなく、そのまま振り抜かれた。


 黒狼は初めて大きな傷を貰い、後ろに下がろうとする。だが


「逃がすかぁ!!!」


 ロイスが怒りを振り回すように剣を黒狼に振り続ける。黒狼は完全に防戦一方になっていた。巨大な身体はロイスの剣により次々よ斬り裂かれていく。だが、黒狼も致命傷だけは避け続けていた。


 そんなやり取りが何回か行われた時、ロイスの剣から輝きが消え失せた。


「う・・・」


 ロイスはいきなり動くことが出来なくなった。これは完全な魔力切れ。ロイスはその場で倒れそうになる。そして、黒狼はそれを待っていたかのようにロイスに爪を振り下ろした。


 ロイスは思いっきり黒狼の攻撃を受けて、血をまき散らしながら飛ばされてしまう。


「ロイスさん!!」


 リリィはアビーを治そうとヒーリングの魔法を使っている最中だった。だが、傷が大き過ぎるのか、効果はあまり著しくなかった。


「・・・りりぃ」

「アビーさん!」


 アビーが口から血を出しながらリリィの名前を呼んだ。


「ぶじ・・・か?」

「はい!無事です!だからアビーさんも!!」


 リリィはアビーを助けるために再びヒーリングを使おうとする。


「それより・・・あいつを」


 アビーは黒狼の方を向いて言う。


「でもそれじゃあアビーさんが!!」

「おまえが・・・ぶじなら・・・・それ・・で」


 そしてアビーはそのまま目を閉じてしまう。


「っ!!」


 リリィの中で何かが弾けた。


「いやーーーーー!!!!!!」



 --------------------------



「これは・・・」


 アーシーは指輪を介して今の状況を信じられないと感じながら見ていた。


 黒狼はリリィを殺そうと何度もリリィに向かって襲い掛かってきている。


「・・・邪魔しないで」


 リリィがそう呟くだけで黒狼は何かに弾き飛ばされてしまう。黒狼はそれでも立ち上がりリリィに向かって来る。


「・・・捕まえて」


 リリィのその言葉でアースプリズンと同等以上の捕獲魔法が発動する。黒狼はそれに囚われて動けなくなってしまう。慌てて抜け出そうとするが、その捕縛魔法が堅牢でなかなか抜け出せない。


「・・・・・・光よ、魔を滅する裁きの光となれ、ジャッジメント」


 リリィが魔法を唱えると雲を斬り裂きながら黒狼に向かって空から光の柱が貫いた。


 光が収まると黒狼は立つのもやっとの状態でボロボロになっていた。黒狼の心臓部には黒い歪な宝石の様な物が輝いていた。


 ジャッジメント。光属性の中位魔法。光属性は闇属性と並び、この世に存在していない属性の魔法とも言われ、有るのは神代の時代と言われている。


 リリィは黒狼の近くにゆっくりと歩いて行く。手にはアビーの剣を握りしめて光を纏わせていた。


「・・・これで終わり」


 リリィはその剣で黒狼の心臓部である核らしき黒い歪な宝石を斬り裂いた。


 黒狼は苦しむ暇もなく、そのまま塵の様になって消えていった。


「・・・・・・・・・・・・終わったよ」


 リリィはアビーとロイスの方を見た。ロイスは傷は深いがまだ息をしていて無事のようだ。アビーは・・・。


 リリィはロイスの方にヒーリングを遠隔で飛ばして治癒する。これで命は助かるはずだ。


「・・・アビーさん。今助けるね」


 リリィはアビーに覆いかぶさるように身体を密着させて、ある思い出した魔法を使う。


 リリィの意識はここで切れてしまった。



「・・・・・・光輝の巫女の力はまだ不完全。だがこれは・・・」


 アーシーは光輝の巫女に仕えていた精霊の一人だ。今のリリィは光輝の巫女に迫る何かがあった。それと同時に・・・。


「・・・・・・・いや、まだ確信がない・・・か」


 アーシーは今考えたことは心の奥深くに封印することにした。



 --------------------------



「あの光は・・・・・・」


 ナハトは遺跡の街ルインの街外れから、リリィの魔法の光の柱が落ちて行くのを見ていた。


「・・・・・・ズズの魂も消えた。ハンター如きがあの兵器を破壊したか」


 ナハトは表情を変えること無く、他人事のように呟く。


「ナハトさん、先程の光はなんだい」

「知らん。それで何故お前がここにいる。ユルバン」


 遺跡の影から突然現れ、ナハトに声を掛けたのは、ナハトと同じ黒いコートを来た男だ。影から現れたからなのか、身体には闇の霧のような物を纏わせている。


「いやあ、部下からナハトさんが封印の一つを発見したという報告を聞いてね。手伝いに来たというわけさ」


 闇を纏いながら軽い口調でここに来た理由を話すユルバン。


「可笑しな話だ。俺はズズの野郎にしか封印の件は話していないはずなんだが」


 ナハトはズズが封印の場所に通じる鍵を見つけた際に本人に伝えた。他の部下や仲間には封印の件は何が起こるか分からないため、伏せていたのだ。


「そうなんですかあ?本当に可笑しな話ですねぇ」


 不気味な笑い方をしながらユルバンは惚ける。


「でも、僕の力を貸さずとも無事に封印が解けたようでよかった」

「貴様が言うと嫌味にしか聞こえんな」

「そんなことありませんよ」


 ナハトはユルバンのことがあまり好きではない。常に何をしているか分からない。そして、いつも変なタイミングで突っかかってくる。さらにユルバンが現れたのは遺跡の影からだ。ナハトも詳しくは知らないが、ユルバンは影の中を移動できる。


「封印はあと3つですか。次の封印は僕が見つけたいですねぇ。そうすればきっと目を覚ました際に巫女様が褒めてくれるかもしれませんし」

「・・・・・・・・」


 巫女というのはナハトも誰の事か分かっている。ナハト自信もその巫女の復活に・・・。いや『闇夜の使徒』という組織はその巫女を復活させるために動く組織なのだから。


「俺は授けられたこの力で巫女復活を目指すだけ。貴様と連む気は無い」

「ふふふ・・・。僕はナハトさんと仲良くしたいんですけどねぇ・・・」


 ユルバンはそう言い残し来た時と同様に影の中に消えていった。


「・・・・・・封印はこの街周辺。もしくはこの地域の何処かのはず」


 ナハトはそう確信していた。


 遺跡の街ルイン。遺跡を作り直して街にした場所。このルインを中心にあらゆる場所に地上に遺跡が点在している。そして、地下には相当深くまで遺跡が続いている。まるで巨大な建物があった大きな都市が地面の中に埋められたように。


「・・・・・・新しい駒を探して次の封印を探すか」


 ナハトは腕に闇を纏わせて何処かへと歩いていった。

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