ただの夢じゃなかったみたい

 綾乃は痛くてうめいてる僕の肩をガッと掴んで揺さぶった。


「なんで、なんでおまえがいるんだよっ?」


 そんなこと言われても知らない。


「どうやって夢ん中に来たんだよ。おまえ狩人じゃないよな?」


 狩人? 何それ?


「黙ってないで何とか言えよコラ」


 む、無理。腹痛いし揺さぶられて気持ち悪いし。


 それより、アレ、放っておいていいのか?

 僕がバケモノの方をちらっと見ると、なんかあっけに取られてるように見えてたソイツも我に返ったって感じで、キシャーって叫び声をあげた。


 その声に綾乃もそっち見て、怒鳴った。

「うっせーよ、何がキシャーだカトウなムマが!」

 言いながら綾乃は僕から手を離してバケモノに一直線につっこんだ。あっという間にバケモノを切って消してしまった。つえぇ。


 バケモノがいなくなったら、昨日とおなじように黒いマーブル模様がなくなった。どこかの公園みたいだ。


 綾乃は周りをみて、ほっと息をついたように見えた。その表情かお、昔の、可愛かった頃の「綾乃ちゃん」だ。


 けど、僕の方を見て、またきっと目を吊り上げる。


「いろいろ聞きたいことはあるけど、ここで長話はマズいな。帰るぞ」

「帰る、って、これって夢だよね」


 やっとのことでこれだけを言った僕に、綾乃は「はぁ?」と返してきた。


「おまえ、もしかしてこれは夢に見てるだけとか思ってんのか?」

「そりゃそうだろ――うっ?」


 ま、また腹パンされた。


いてぇだろ? ただ夢に見てるだけでそんな痛いわけねぇだろ?」


 ごもっともです。すっげぇ痛い。

 綾乃は腹を押さえて呻く僕を引きずってった。

 そこには、白い渦巻が足元に広がっていた。何これ?


「入れ」


 って、もう押してるじゃないか!

 僕は渦巻に突き落とされた。


 思わずぎゅっと目を閉じると、ふわっと何かを抜ける感触があってから、――地面にこけていた。

 殴られたり転ばされたり、さんざんな扱いだな。


 目を開けると、……そこはどこかのの一室だった。


「あら、まぁ……、克己くん?」


 おっとりとした声がした。顔をあげると、静乃ちゃんがそこにいた。ってことは、ここはお隣さんか。

 あぁ、相変わらず可愛い。綾乃と大違おおちが――。


「いっ!?」

「いつまで寝てんだコラ」


 綾乃に蹴っ飛ばされた。


「駄目よ綾乃ちゃん。蹴ったりしちゃ」


 静乃ちゃんがやんわりとたしなめている。やっぱり静乃ちゃんはいいなぁ。


「それで、どうして克己くんがここにいるのかしら?」


 起き上がるのに手を貸してくれた静乃ちゃんが、小首をかしげる。

 おっとりしているしゃべり方も、言葉も、静乃ちゃんなら古臭いとか気取ってるとか思わないから不思議だ。


「それが、僕にもよくわからなくて」

「あらあら……。不思議なことね」

「あたしがムマと戦ってたらコイツが急に現れたんだ。ビビったぞ」


 綾乃が腰に手を当ててふんぞり返ってる。


「もしかしたら、昨夜のことが影響しているのかもしれないわねぇ。綾乃ちゃんの魔力にひっぱられちゃったとか」


 静乃ちゃんが、首をかしげてうーんとうなってる。


 魔力? 綾乃は魔法使いなのか?

 僕が姉妹を見比べると、静乃ちゃんは、うん、ってうなずいて僕を見た。


「なにが原因にしても、克己くんが夢の中に行ってしまったことに間違いはないし、巻き込まれちゃってるわけだから、……話しておいた方がいいかもしれないわね」


 一体どんな話が飛び出すんだろう。僕はごくっと唾を飲んだ。

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