第4話 悪魔社会

 ニンゲンの社会は、いまや急激に変わりつつあった。

 ヒトの魂の輝きに、変化が起こり始めたのだった。

 ヒトは夢を見なくなった。

 信じることを忘れた。

 ひたむきさを失った。

 限られた時間を大事にし、必死に生きようとするニンゲンは、どんどん少なくなっていった。

 型にはまった、同じような魂しか持たないニンゲンばかりが増えつつあった。

 この急激すぎる変化には悪魔も驚いた。

 なにしろ、悪魔が誘惑しようにも、

「いいよ。カネとか女とか夢とか……」

 うつむいて、そう言うニンゲンばかりなのである。

 魂と引き換えにしてでも、夢を叶えたい、自己実現したい、ステキな恋人を見つけたい、憎いアンチキショウをギャフンと言わせたい……

 そんな意欲は、もはや過去のモノになりつつあった。

 悪魔の商売あがったり、である。

 そこで悪魔たちは考えた。

 魂の質はあきらめ、量で勝負。

 方向転換するしかなかったのである。

 悪魔として生き残るための方向転換。それに合わせ、悪魔の世界にも劇的な変化が起こった。

 悪魔の会社化 ――。

 元来、悪魔たちは単独で行動するものである。

 しかし、現代の悪魔たちは、組織を作り、集団で仕事をするようになった。

 そのほうが効率よくを集められるからである。

 それにともない、職種ができ、社会が生まれ、役職ができ、派閥ができた。

 もっとも悪魔らしいアイデンティティだった【魂集め】は、もはや下っ端の外回り仕事に過ぎなかった。

 下級悪魔たちは、手当たり次第に営業して魂を集めた。

 口車に乗せ、なかば脅し、なかば騙して、魂を頂戴した。

 魂をたくさん集めないと、出世できないからである。

 出世さえすれば、地味で面倒くさいともオサラバできる。

 給料も上がるし、悪魔社会の重役になれる。

 要職についた上級悪魔たちは、下級悪魔が必死で集めてきた魂を吸収し、己が力を増大させていった。その魔力で、さらに配下の悪魔たちを支配し、魂を集めさせて、くり返しくり返し……。

 それが、現代の悪魔社会の構造だったのである。


 使い魔は、懐からそっと顔を出し、悪魔の顔を盗み見た。

 無邪気な顔。まるで子供みたい。

「ハチ」

 悪魔がふいに使い魔を見た。

 ぼーっとご主人さまを眺めていた使い魔は、いきなり呼ばれ、ドキッとした。

 すぐ間近に、ご主人さまの凛々しい瞳と形の良い唇。

「俺はな」と悪魔はマジメな顔をして言った。

「は、ハイッ」と使い魔も即座に答えた。

「ハラ減ったぞ」

 使い魔はガックリ。

「……だったらしっかり稼いでくださいよ」

 ため息をつきながら、使い魔はもうすっかり口癖になってしまった言葉を吐くのである。

「うーむ」と悪魔はうなるだけ。

 まるっきりいつもの会話パターン。もう何度繰り返したことやら。

「しかしな」

「?」

 しかしなと、珍しく今日は続きがあった。

「は、はい」

 思わず使い魔は居住まいを正した。

「俺は、この悪魔という仕事に誇りを持っているんだ」

「………………………」

「フッ」

 使い魔は疲れた顔で悪魔の懐に潜り込んだ。

 チリだかホコリだか知らないけれど、そんなものには一円の価値もないのである。


 ヒトの魂が劣化して久しい現代。

 だが、価値ある魂がまったく無くなったわけではない。

 輝くような、まばゆい魂を持つ人間だって、それなりに居るのである。

 悪魔にとって、垂涎の的である魂が2種類あった。

 良い子の魂。

 そして、恋する女性の魂である。

 純粋な子供は、魂も美しく、夢とか希望をたくさん持っているし、寿命もたっぷり残っているため、その魂の質は、比類なきものだった。

 そして、理想の恋愛を信じる女性の魂も、とても高品質なのである。だから、

「他の悪魔たちのように、どんどん良い子供や恋する女性を狙ってみては……?」

 ハチは、控えめながらもそう言ってみたことがある。

 ものすごくコワイ顔でにらまれた。

 ご主人さまは、けっして女や子供の魂を欲しがろうとしない。

 それどころか、質の悪いニンゲンの魂ばかり選ぶ。

 ……自分勝手で、わがままで、欲望にまみれ、薄汚れたニンゲンたちの魂。それは、質の悪い三流の魂。だから営業成績なんて常にビリである。


 悪魔社会の落ちこぼれ。出世も安定した収入にも縁のないダメ悪魔。

 大悪魔と呼ばれるエリートはもちろん、同期の悪魔や、年下の新人悪魔からもバカにされている。本来なら悪魔には絶対服従のはずの使い魔たちにすら、陰で笑われている。顔だけが取り柄のご主人さま……。

 自分の主人がそんな境遇にあることは、空腹よりも、貧乏よりも、ハチにとってずっとずっとツラいことだったのである。

 

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