第12話勇者集合

四日前 第二修道教会

 「八十・・六っ・・・八十・・七っ・・・。」

 ナツメは教会の修練の他に毎日自主トレーニングを欠かさず行っている。戦士として生きていくと決めた時から続けている日課だ。王宮戦士の父親がそうしていた事も少なからず影響しているだろう。そして自分の目的の為に親の反対を押し切って第二修道教会に来てからも毎日自主トレーニングを続けている。そんな早朝の若干冷える自室の中でバーベルを使って鏡の前でスクワットをしている最中だった。突然部屋から軽く調子の良いノックの音が聞こえた。「どうぞ。」と答えると髭面の中年男性が笑顔で入ってきた。

「おうおうやってるなナツメちゃん。ああ、あと勇者決まったらしいじゃんおめでとー。いや、ご愁傷様かな?」

ナツメはトレーニングの手を止めず背中越しに話を聞いている。

「・・・どうしたんですか。今日は集会の日じゃないですけど・・・。」

「お前にお客さんだ。」

「どちら様ですか。」

「第一様からだ。」

それを聞くとナツメはゆっくりとバーベルを台の上に置き、近くの椅子に掛けてあったタオルで汗で滲んだ顔を拭いた。

「・・・すぐに行きます。」

ナツメは部屋の脱衣場に向かっても髭面の男は一向にその場を動かずこちらを見ているので面倒くさそうな顔で「シャワーを浴びてから行くので。」と言った。そういうと髭面の男は「ん?おおそうかスマンスマン。」と言いそそくさと部屋から出て行った。


「単刀直入に言うと今回の戦いは我々に協力、または辞退して欲しいのですよ。どちらでも報酬を出しますが前者の場合なら更に上乗せさて頂きますよ。」

教会の応接室で頭を丸めたいかにも権力の座に座っているような顔の男が満面の笑みを浮かべそろばんをはじきながら淡々とナツメに語りかけた。黙って男の顔を見ながら話を聞いているナツメに対して男は畳み掛けるように話し続ける。

「いやーあなたは幸運ですよ。こうしてナミ神様の与えてくれた仕事に直接関われるのですから。そして何より、今まで優秀な勇者達を輩出してきた我々第一修道教会からこんな素晴らしい好条件の話が舞い込むのですから。さぞかし第二の方たちや親御さん達も喜ばれている事でしょう。」

「・・・・・あなたの話は分かりました。」

ナツメの言葉に男は更にご機嫌な笑顔を浮かべそろばんを早々とはじき始めた。

「ご理解頂けて幸いです。では早速金額の話を・・・。」

その言葉と同時にナツメは男のそろばんを素早く掴み、中の弾かれた珠を元に戻し机の上に置いた。そして冷淡な目でそろばんと男を眺めた。

「答えはノー、だよ。お前たちがこんな物をいくら弾こうが、買えないんだよ。私の願いは。」

その瞬間男から先程まで浮かべていた笑みが消えた。そして怒りと憎悪が混ざった顔でナツメを睨みつける。

「君はどうやら自分の置かれている立場が分かっていないようだな・・・。これは警告なんだよ・・・。この話に乗らなければお互い敵同士になるということだ。旅の途中で我々に断罪されても文句は言えないんだぞ?」

ナツメも虫けらを見るような目でソファに座る男を見下ろす。

「文句があるなら聞いてやる。邪魔するならかかってくればいい。いつでも相手してあげるよ。」

「・・・後悔するなよ。」

数秒程睨み合った後男はソファから立ち上がった。そして持ってきていた手土産を抱えてナツメに目もくれず部屋から出て行った。




現在 王邸

「さっき侍女に聞いてきたんだが他の勇者達も部屋の中にいるらしいぞ。」

今聞いたナガタの言葉で客室の引き戸を開けようと伸びたアライの手が止まった。結局他の勇者の情報はナガタから教えて貰えなかったので心配事が多すぎて部屋の中に入ることを躊躇わせたのだ。

「ぐっ・・・もしかしたら部屋に入った瞬間戦闘になったりしないだろうか。・・・みんな強そうだったらどうしよう。あれ、ちゃんとデータセーブしてたっけ・・・。」

「アライ、心の声が出てるよ。」

ナツメは後ろから部屋の前で挙動不審になっているアライを不審者を見る目で見つめていた。

「あ、ああナツメさん・・・。お、お落ち着け皆・・・。こういう時は落ち着いてタイプライターとインクリボンを探すぞ・・・。」

アライは床に伏せ、ほこり一つ一つを探していく様にくまなく辺りを探し始める。

「お前が落ち着け。ここではそんな物あってもセーブなんて出来んぞ。」

ナツメとナガタによる冷静なツッコミ達のおかげでアライは少し落ち着きを取り戻しまた戸を開けようと手を伸ばす。しかしナガタはさん付けで自分の名前は呼び捨てで呼ぶナツメに少し不満だったが言いだす勇気はなかったのでそのまま口を閉じた。引き戸に手を付け開けようと力を込めようとする。しかしその前に引き戸は勝手に開き始めた。どうやら部屋側から誰かが開けたようでアライは抵抗することなくその戸が開くのを見つめた。戸が開くと目の前にクリーム色のローブとフードで全身を覆った人物が立っていた。顔はフードで見えなかったが二メートルはあるかもしれない長身とローブ越しの体格でおそらく男だろうとアライは思った。その男は声を発してはいないが部屋を出たがっているようなのでアライは自身で塞いでいた入口から一歩下がって道を開けた。すると男はゆっくりと廊下に出て、奥へと歩いて行った。

「・・・あれも勇者なんですか?」

「ああ、確か第三修道教会から来たやつだな。あそこは相当クセが強いのばかりで有名だが今回の奴もまた凄そうだな。」

ナガタは感心したように顎に手を当てて何度も頷いている。そして三人はローブの男を見送った後客室の中に入った。入ると畳が敷かれた部屋の丁度真ん中辺りで一人の男性と三人の少女が座って談笑していた。アライはこの人達も色々とすごいと思った。男の方は全身黒い服の上に更に黒のマントを着用している。そして鞘の形状から剣と思しき武器を2本携帯しているが鞘からつばの先まで黒一色で統一されている。そして三人の少女達の方だが制服の見た目から察すると第一修道教会の服だと分かるがとにかく露出が多い。胸の部分はほとんど見えてしまっていてスカートもとても短い。少し跳んだり走ったりすれば見えてしまうのではないかと思ってしまう物だった。少し前までのアライが知っていた第一修道教会だったらありえない有様に驚き戸惑ってしまう。

「・・・あれも勇者なんですか?」

「ああ、確か第一修道教会から来たやつらだな。あそこは相当規律規律でうるさかったはずなんだが今回は・・・何か凄そうだな。」

ナガタはまた感心したように顎に手を当てて頷いている。しばらく談笑している様子を窺っていると男の方がこちらに気づいたらしく他の少女達を引き連れてアライ達の方に近づいてきた。アライはとりあえず挨拶はしっかりやろうと思い少し息を溜めて吐き出すように声を出した。

「こ、こんにち・・・。」

しかし相手の男はこちらにまるで興味がないのか気が付かなかったのかアライに目もくれず右隣に立っていたナツメに声を掛けた。

「第二修道教会のナツメってアンタか?」

「・・・・・だったら何?」

「ちょっとあなた、態度がでかくありませんこと?」

黒服の男の後ろで立っていたいかにもお嬢様風な少女が会話に入ってきた。しかし男はそれを「おい、よせ。」と言っていさめた。そして余裕の笑みを浮かべながらまたナツメに向き直った。

「ふむ、それにしても話には聞いてたんだが、いや本人に直接言うのは本当気が引けるんだけれど、アンタ本当にちっちゃいな。」

「・・・・・・・ハァ?」

さっきまで興味のない目で目の前の男を見ていたが今の言葉で瞳から怒りの色に変わり、声も先ほどまでより凄みを増し、槍から手で握る音が生き物の悲鳴のように聞こえてくる。しかしそれに全く怖気づかず男は話し続ける。

「ん?ああごめん怒ったのか?そんなつもりはなかったんだよね。ほら、一応挨拶しとこうと思って。俺はシュウ。現在、第一修道教会にコキ使われいる一般人の村人Aだ!よろしくな!」

「ちょっとシュウまだそんな事言ってるの!?あなたが良ければお父様はあなたを最高名誉騎士に任命するって言っているのに!」

「でもそういう謙虚な所がシュウ君の良い所だよねー。」

「なかなか出来ることではありませんわ。」

途端、後ろの少女三人がナツメとシュウをよそに騒ぎ始めた。ナツメはその様子をしばらく冷やかな目で見ていた。そしてアライとナガタに顔を向けて「庭を見に行きたい。一緒に行こ。」と言ってきた。アライは何故自分がと思ったがナツメの顔から滲み出ている形相を見て連れて行かなければここにいる誰かを殺しそうな予感がしたので話を合わせることにした。

「た、確かに。折角だから王邸の庭園をちゃんとを見ておきたいなー。ね、ナガタさん。」

ここでいつものナガタなら平気な顔で「いや俺もう何度も見てるし。」などと言ってくるのだが珍しく「よしでは案内してやろう。」と話を合わせてきた。そしてナガタが先陣を切るように廊下に出ていき、それに続くように二人も出て行った。

シュウは玄関の方に向かって行ったナツメの姿を部屋の入口から見送っていた。

「ふむ、すぐに攻略出来るキャラじゃないのか。それよりあの男二人は何なんだよ。」シュウは誰にも聞こえないようにポツリと言った。






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