第6話大天使統括シン

声が聞こえる。すごく聞き覚えのある声。女性の声。自分を呼んでいるようだが違う名前を呼んでいる。でもすごく懐かしい響きがする名前。何故かは自分でも分からない。辺りは暗く黒い。今度は後ろから呼ばれた気がしたので振り向くと自分と似た顔、自分と同じ短い髪型の黒髪の女性の姿が目の前に映っている。辺りは暗いのに彼女の顔も艶のある黒髪もはっきり見える。服装もどこか見覚えがある。たしかメルが第三界の女性服について勉強していた時だ。女性は何故か笑顔。そして、もう一度自分を見て名前を呼ぶ。


「・・・キ・・・。・・・キさん。マキさん。」

マキはルシアに自分の名前を呼ばれてようやく意識がはっきりとした。部屋のソファに座っていたマキは何かを探すように唐突に辺りを見渡し、どうして今自分がルシアの仕事部屋に来ているのかを思い出す。確か大天使統括のシンがナミ神の『領域』で待っているのでルシアと共に来るよう通達があったのでまたここに来ていた。そして部屋の出入り口で座ってマキの様子を窺っていたルシアに顔を向けた。

「どうしたのですか?ボーっとして。あなたらしくないですね。」

ルシアはマキの目の前のテーブルに飛び乗り、また座りなおした。

「すみません。気が抜けていたみたいです。どうも変な夢を見ていたような気がしますし、気を付けないと。」

そういうとマキは自分の頬を両手で二回程強めに叩いた。

「夢ですか・・・。」

そう言うとルシアはテーブルからマキの両膝に飛び乗り、下からマキの目を覗きこむように見た。

「どのような夢でしたか?」

「どのような、ですか?私も見るのは初めてだったので夢なのかすら定かではありませんが・・・。」

真面目に聞いてきたルシアにマキははっきりとは覚えていないが自分がなんとなく覚えている事を出来るだけ細かく伝えた。ルシアも最初はしっかりと耳を傾けていたがしばらくすると何事もなかったかの様に軽やかな足取りで出入り口の扉の方に向かって歩き始めた。

「すみません。どうやら心配事ではなさそうです。」

急な対応の変化にマキはあっけにとられていた。そしてマキにも何故かはわからないが少し違和感を感じた。

「・・・気のせいかもしれませんが、喜んでませんか?」

「そう見えますか?」

「いえ、なんとなく、そんな気がしたので。」


 大天使達の部屋のある天上の間が天界の最上層ならナミ神の『領域』呼ばれる場所は天界の中枢、寝床はさらに最奥に位置する。空中庭園を感じさせる天使達の住まいとされる上層と違い、中間層は古代に石で建てられた寺院を彷彿とさせる遺跡になっている。中間層は自然がとても多く、この寺院も樹木にほとんど浸食されている。ルシアによると一時期ナミ神が植物に熱中していた時のなごりとされている。その遺跡の苔が一面に生えている正面入り口からルシアとその数歩後ろにマキが追従するように入っていった。所々壁から樹木の根が突き出て顔を覗かせている。通路の奥を見てみると樹木によってほとんど歩けるスペースが無くなっており、やっと人一人通れるようになっていた。ルシアは気にせずひょいひょい身軽にその隙間を進んでいく。マキも負けじとルシアと同じ歩く速さで体の向きを変えながら隙間を進んでいった。隙間を抜けると、辺り一面開かれた芝生の丘に出た。雲一つない青空。わずかな風に合わせて少し潮の香りも漂ってくる。その丘を越えようとする所で見えたのは透き通った青い海と混じり気が何一つないと思わせる程の白い砂浜だった。

「・・・どうやら『領域』には入れた様ですね。もしかしたら近くにいるかもしれません。」

ルシアとマキは丘の上から辺りを見渡すと砂浜の上に木の杭が一本刺さっておりその杭の上に一匹の小さなトキの姿をしたシンが器用に留まっていた。シンは海のある方角を微動だにせずに眺めている。横には色彩豊かな長方形のシートが綺麗に設置されている。その光景に近づいていくとシンの方から体の向きを変えずに話しかけてきた。

「やあ、ごめんねぇこんな所まで来させちゃって。まだ暫くナミ君が海から出てきそうになかったからねぇ。」

「そうでしたか。・・・ダリアはまだですか?」

ルシアは辺りを見渡す素振りをする。わずかだが大天使級の天使がいた痕跡が残っていた。

「うーん、さっきまでいたんだけど君たちが来ると分かった途端いなくなっちゃったよ。大天使になってもそういうところは全然変わらないから困ったものだよねぇ。」

シンは少し首を横に傾げる。

「まあ座って座って。そういえばマキちゃん魔王討伐おめでとう。よくやったねぇ。暑かったら麦わら帽子置いてあるから被りなさいね。」

「はい、ありがとうございます。」

マキはシンに言われたようにシートの上に置いてあった首掛けのひも付きの麦わら帽子を被りシートの上で体育座りをし、肩に掛けていた革のトートバッグを体の横に置いた。ルシアはシンとマキの間に姿勢よく座りこんだ。

「それではシン様、早速・・。」

「あ、ちょっと待った。」

「えっ。」

話を切り出したところで急にシンに止められルシアはつい驚きの声が漏れてしまった。

「その前に君に言っておかないといけないことがあるんだ、ルシア君。」

「・・・なんでしょうか?」

予想外の展開にルシアは少し身構えてしまう。シンは長いくちばしをこちらに向けルシアを杭の上から見下ろした。

「まだ彼と手紙のやりとりをしてるそうじゃないか。ええと、ヒラオカ君、だっけ?」

「え、先生と?」

マキは驚いた。ヒラオカに関しては以前に鬼の林から第八界に自分達が迷い込んだ時に命を救われ、第八界の生き残る術を叩き込んでくれた人物だと聞いていた。顔も知らないがその時に覚えた知識や戦い方などは真木から受け継いでいるので勝手に先生と呼んでいた。そのヒラオカとルシアが知り合いだった事をマキは初めて知った。

「そりゃあ彼は強いし、かっこいいし、第八界の住人の中では友好的な方だし、元相棒だから仲良くしたい気持ちは分からなくないんだけどさぁ。」

「ち、ちがうんですこれは!マキや他二m・・・、いや二体がしっかりやれているか心配だから定期的に連絡をよこせと強要してきたので仕方なくやっているのであって、あくまで近況報告であって決して文通とかではないんです!!」

「でも君、彼から手紙来るといつもウッキウキで手紙を銜えながら郵便局から出t・・。」

「してないっ!断じてしてないです!」

その後しばらくシンとルシアは睨み合っていたがシンの方があきらめたように先に折れた。

「ん~、分かった。この話はまた今度にしよう。さっさと本題に入らないとマキちゃんがかわいそうだ。」

自分から振っておいてとルシアは思ったが話を早く終わらせてシンから逃げたかったので口を挟まないようにした。

「先に渡しておいた第六界についての資料は読んでくれたと思うけどおさらいの為に一からいこうか。」

「はい。」

マキはトートバッグから以前もらった第六界魔王討伐に関するファイルを取り出し最初のページを捲った。

『第六界魔王ヴァンの討伐並びに前回の魔王討伐選抜勇者三名、神の使い三体の殺害の首謀者オケラ(自称)について』

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