灯台下暗し

異世界間管理警察 御中

<中間報告書>


「今件に係る主要な調査内容の概略として」


1、マザー・ユーザーとおぼしき悪役令嬢の実態

2、人に感染するコンピュータ・ウイルスの可能性

3、仮想空間(異世界)の実態


上記3点の現状までの報告と、それに伴う仮説について以下にまとめる。



<1>

2ヶ月の観測から、対象者はポンコツであることが判明。思慮が浅く、行動は一般的な10代の女性と言って良い。そのため、「集団昏睡事件」の主犯と考えるには無理がある。また犯行動機もなく、むしろこの状態の打破を考えており、間接的にではあれ改善方向への行動が観測された。


例)両親や公爵家に務める人々の生命、財産などを守ろうとする行動。敵対者ヒロインに対する慈悲など。



さらに、仮想空間(異世界)における人命救助的思想からの行動。


例)治水工事による領民の生活の安定。近隣諸国への政治介入による戦争の回避など。を、行おうとしていた。(失敗していたが……)


しかし、状況は彼女を中心に動いていることは間違いない。


以上より、仮説として。

対象者は本物のマザー・ユーザーに踏み台(陰から誰かがこの状況を操作している)にされていると定義する。


詳細は、別紙【おいこらポンコツ、なんとかしろや!】にて。



<2>

人に感染するコンピユータウイルスに不足しているテクノロジーは、今件の仮想空間(異世界)に、魔法と言う呼称で存在している。

このテクノロジーと現在の地球のTI技術をもちいれば、高度な「人体ITウイルス」が作成可能である。


脳へ直接的な命令コマンドを実行できる魔法と呼称されるテクノロジーの研究は、現在プレデスタ公爵家当主アルフォンデュ・プレデスタ氏と、同家の家令であるディグリル氏の協力のもと、実証実験の段階に進んでいる。


詳細は、別紙【魔法って凄すぎじゃね?】にて。



<3>

上記1,2,の仮説が立証できるのであれば、3の仮説を論じる必要性は無い。

何故ならば、この報告先こそ問題点であるからだ。



―― Report&Challenge by Shiniti amagi ――



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



「シンイチ様、これでございます」

ディグリル氏がテーブルの上に、くすんだピンポン玉のようなものを置いた。


「これが精霊石か」


その隣には、以前ポンコツお嬢様がうっかり召喚してしまった(本人は下級悪魔だと思っていたらしい)サタンから預かった『魔石』が置いてある。


なんでもポンコツを気に入って、今だその辺をさ迷ってるらしい。


「ええ、お嬢様のカブトムシ仲間の少年…… 彼は人間のふりをしておりましたが、フェンリルという神獣でして。

事情を話したら、貸してくれました」


「あのヤローも、お嬢様を狙ってやがったからな。

変な貸を付けて、後から言いよってこなきゃいいが……

サタンもフェンリルも、対決したら骨が折れそうな相手だし」


ぬいぐるみの『べあちゃん』が人の形で、悪態をつく。


彼の本体はテュポーンと呼ばれる龍王らしい。

ワイルドな少年の面立ちで文句を言う姿は、まさにゲームのイケメン・キャラそのものだ。


私は直接会っていないが、フェンリル少年は中性的な美少年で、サタン氏は妖艶なイケメンらしい。

――2人とも、陰からポンコツを見守ってるとか。


「はて? 君たちがあのポンコツに協力的なのか分からんが」

私がそう言うと、べあちゃんとディグリル氏がため息をつく。


「なんにせよ、私の研究が進むことは好ましい。

べあちゃん、龍石とやらを貸してはくれ」


彼が2つの石の間に、もうひとつ同じ大きさの金色の石を置く。


「この世の3つの力の結晶を集めて、なにをする気なんだ?」

べあちゃんの言葉に。


「私の仮説が正しければ、この世界の『魔法』の正体がこれで分かる」


魔法はコンピユータ・プログラムと類似していた。

初めはゲームの世界だから、当たり前だと考えていたが。それはいらない先入観かも知れない。

ここが本物の異世界で、ただ単にプログラムと魔法が似ているだけなら……

――これで、3方向の力の共鳴。

『無』の秩序が誕生するはずだ。


テーブルの上で3つの石が緩やかな回転を始める。


「やはり、そうなるか」

私はその中心に、そっと左手を差し入れた。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇



――今日、いよいよ卒業式だ。

各国から賓客として、多くの主要人物が集まる。

その中に王子もいるし。

生徒の中に、ヒロインもいる。


あのおっさんの計画はこうだった。


ゲームのシナリオ通りなら学園の卒業式の最中、あたしは王子に婚約破棄を言い渡される。

そしてその後お父様の不正が暴かれ……

父は国王の命により斬首。公爵家は没落し、あたしは島流しになる。


どうやらおっさんの手管によって『不正』そのものが見付からなくなっているとか。


そして、婚約破棄は。


「一度正式に受けておけ。

私は魔王の復活の阻止にまわる。お前は王子のセリフに頷いて、あとはセバスチャンの手でも握って、愁傷にその場を去れば……

――後で王子の方から、復縁を求めてくるさ」


そうらしい。

成功の秘訣は、その時どれだけ王子を驚かせるかにかかってるそうだ。


そのために、文字通り血のにじむような特訓をした。


ドレスの着付けが終わったあたしの部屋に、おっさんとディグリルが入ってくる。


「うむ! 想像以上だ。

きつめの顔立ちが少々丸くなって、逆に愛嬌が出ている。

胸も大きくなって、目を引くようになった。

私の研究では、若い男が女を見るのは。

胸⇒顔⇒胸⇒胸、の順だからな!

髪型とコルセットで、絞り切れなかった部分を隠しきれたのも良い」


それじゃ、男って胸しか見てないじゃない……

まあ、このおっさんが言う事はほっとこう。


あたしがディグリルに顔を向けると。


「お嬢様…… とても美しいです。ディグリルは、感動のあまり……」


ハンカチを取り出して涙ぐみだした。

――こっちも相変わらずで、世話好きなおじいちゃんみたいだ。


「ねえ、ディグリル。あなたは何歳になったの?」

「6歳で生まれたばかりのお嬢様にお使いして、17年。

今年で23歳となります」


もともと彼は、父と交流のあった子爵家の3男だ。


「この一連の問題が収まったら、ディグリルにも良縁を探さなくっちゃね。

あたし頑張るから!」


気合を入れると。


「良い目だ! それが虎の目だ!」

あのおっさんも喜ぶ。


「ところで興味本意の質問だが、いいか?」

「なによ」

「逆ハーとは複数のイケメンから言い寄られる、ヒロインの状態の呼称だな」

「そうね」

「小国の王子と、ヘタレな自国の王子。聖騎士長と、王宮魔術師……」

「もう、皆あのヒロインにメロメロよ」


「イケメン竜王に、妖艶なサタン、美少年のフェンリル。子供の頃から側に寄りそう、超有能なイケメン青年」

「なにそれ?」


「灯台下暗しと言うやつだ」


おっさんは、その美しい顔を不思議そうにしかめて。

「どっちが、美味しい逆ハーなのかな?」



そう……

――相変わらず、わけの分かんない事を言った。

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