3

 準備ができれば、一同で外に出る。コランとフェケルも希望してついてきた。もちろんエクセルだけはフードを深く被り、顔を見られないように。街の外れへと進み進んでいく。

 すると馬小屋へとたどり着き、そこで鞍と鐙、手綱が着けられた手入れの行き届いた馬が用意されていた。エクセル、ライド、ベルナ、フェケルはそれぞれ一頭ずつまたがったが、コランは馬を操ることはできなかった。


 そういうわけでベルナと二人乗りすることになった。前でベルナが手綱を持ち、その後ろにコラン。乗るときは台を使い、乗ったあとはベルナの腰を持って落ちないようにしている。彼女と一緒になったのは、彼女が一番体重が軽く二人でも馬の負担が少なくなるからだ。


「落ちないように気をつけてくださいね。あたしも気をつけますけど」

「大丈夫、久しぶりですけど慣れていますから」


 嘘ではないようだった。それはすぐにわかった。必要以上に気をつけてはない。むしろこの馬上の揺れを楽しんでいるくらいだ。これで乗れないというのも不思議だが、それを尋ねることはいらない。

 馬を走らせ、プロテレイから離れた草原の丘。ここは街と違い空の青が目立つ。日の光も断然強い。ほがらかで暖かく、褒めてくれるような風がときたま通り過ぎる。

 丘に人気は少ない。プロテレイへと続く道から外れていることもある。だからあの老朽化した大きな建屋のことを誰も気にはしない。


 そこが目的地だった。ベルナが持ってきていた鍵で大きな扉を開けると、薄暗く掃除されていない中へと入っていく。当然馬は外に置いて。

 古くもう使われていない祈りを捧げる場所。本来並べられている木製の長椅子は街中にある新しいところに移されていて、その他諸々の装飾品なども同じく。ここはかつて町一番の祈りを捧げられていたというのに、薄暗くあまり気味良くはない。


 ただ上の方に一つ残る、汚れで曇りつつも大きい立派な窓ガラス。様々な色のガラス片をつなぎ合わせてそこに表現されているのは、レメリス。この住まう世界そのもの。人には見えないとされていることから姿形は決まっておらず、ただその時代時代の解釈や流行によって表現は変わる。これが作られた時代は太陽と月を背負う人らしき者の姿が流行っていたのだろう。

 異人との戦いで選ばれし者を選んだとされる存在。そして実際選ばれし者たちはらしき声を聞いている。


「それなりの広さだし、外からは見えないしでちょうどいいでしょ?」


 ここは普段からベルナが己の鍛錬のために使っている場所だった。どんどん新しく開発されていく銃の銃弾よりも速い剣を目指すための。散策しているときに見つけ、つてをたどって譲ってもらったのだ。


「まあ壊さないように気をつけながらというところだな」


 などと言いつつ丁寧に磨かれたロングソードを抜き、その切っ先を石の床に当てている。

 ベルナも古き龍の装飾をまとうエストックのフィンバル二世を抜き、何度か振って調子を確かめる。どこにも問題はなかった。

 エクセルは建物の中に入るとフードを取り、長いマントの下に隠していた剣を抜く(ベルトのおかげで片手だけで抜けていた)。

 選ばれし者、三人がすでに剣を抜き準備ができていた。ついてきていたフェケルがコランに下がるよう言い、そうして二人は少し離れたところで見守ることになった。


 言葉はいらない。いきなり始まった。


 エクセルの突き。ベルナに向けられ放たれたそれを、彼女は己の剣で逸らし、突き返す。彼は眉間に深くしわを寄せ、やや体勢を崩しながらかわして距離を取った。

 落ち着かせるわけがない。次はライドだ。巨体を唸らせ間合いを詰め、まだ体勢が整いきっていない相手へ容赦なく鉄の塊を叩きつける。

 より目を細めてエクセルは不格好にも転げ回って寸前のところで回避する。転げ回り転げ回り、途中回転したままに飛び上がって剣の切っ先を床に突きたてる。そこだけを支えにして逆立ちしたかと思えば間もなく二本足で立つ姿勢に戻り、剣を再び構える。険しい表情が続く。


「おかしいな」

 観戦していたフェケルが漏らす。その言葉に隣のコランが思わず、

「全部ですけれど」

「や、勇者の動きだ」

「ですからおかしいですけれど」

「確かに相手は同じ選ばれし者、それも二人だ。けどそれにしてもあんなに精一杯という感じにはならねえはずだ」


 最初の突き以外、エクセルが相手に仕掛けることはなかった。二人の息の合った止めどない攻撃を防ぎかわすだけ。それもすべて見切って余裕がある様子ではない。


「それはあんな大けがをして、ずっと寝込んでいたからでしょう」

「もちろんだぜ。腕を片方なくして重心も崩れてまだ適応しきれてねえだろう。だがな、もっと根本、根本がおかしい。考えに体が追いついてこないとかじゃねえ、そもそものところ……んっ」


 三つ編みを一撫でし、彼の中である一つの可能性が浮かび上がった。


「『力の残り香』ってまさか……選ばれし者の力って意味だったのかよ……!」


 間が空いた。エクセルは構えを解いてはいないが、細かな傷があちこちに付き肩で息をしている。それに対して二人は傷一つもなく、息も本当に動いていたのか怪しいくらいに早くなっていない。


「もうわかったでしょエクセル。確かにまだ力はあるみたいだけど、もうあたしたちには敵わないって」

「俺たち相手でこれ、到底二人を止められるわけがないな」


 言葉を返すことはなく、ただ戦意を失わずじろりじろりと濁った瞳で二人を交互に見続ける。これからどう立ち回るべきか必死で考えているのだろう。衰えていく力を今彼はひどく実感しているのだ。


「はっきり言ってやるよ。お前はもう弱い。そんなのが一人行ったって、状況はまったく変わらないんだよ。ただ死体が増えるだけだ」


 容赦ないライドの発言は、彼の優しさ。一人で戦い続ける道を選ばせてしまった彼なりの、今度こそという確かな歩み。

 だがそのような言葉で勇者の火が消えるはずがない。何度か大きく息を吐いて呼吸を整えようとしたあと、また一直線に飛びかかる。今度はライドだ。


「また同じことを」


 だがエクセルは力任せに剣を投げた。ライドに向け、雑に回転させて。それはまさに悪あがきのようにしか見えない。

 簡単にライドの剣によって弾き飛ばされるが、その隙にエクセルは己の拳が届く距離へと近づけていた。得物を投げるというこれまでのエクセルを知っていた二人からすると、それは驚きを与えるのに十分だった。

 まだ残る選ばれし者の力で硬化した拳がライドの腕に衝撃を与える。とっさに籠手の部分で防いだが、あまりの威力に受け止めた彼はやや表情を歪ませた。


「うっ」


 その次に蹴り。これもまた力で硬化した足によるもので、すね当てのしてある部分で受け止めるものの痛みを感じさせる威力があった。

 体勢を崩したライド。エクセルはその隙を逃さず拳の猛攻を加えようとするが、そこはベルナが許さない。二人の間に入り、細いエストックを突き立て進路を防ごうとする。

 しかし臆することなくエクセルは前へ出、頬に刃をかすめながら彼女の体へ突進する。いくら強化されているといっても体重は変わらない。彼女の体は簡単に後ろへと吹き飛び、ライドを巻き込んで倒れ込んでしまう。


 容赦はしない。彼は己の力と覚悟を示すように、倒れ込んだベルナのみぞおちめがけて足を落とす。空間を揺らすほどの響きがしたかと思えば、足は石の床を砕いて止まっていた。

 ベルナもライドも間一髪のところでかわし、距離を取って起き上がっていた。


「び、びっくりした……」

「忘れてた。こういう手も使ってくるようになってたんだった」


 頬から流す血をぴっと指で飛ばし、まだ肩で息しつつもより彼の闘志は高まっている。


「剣がなくとも左腕がなくとも力がなくとも、俺はレメリスの剣(サーリアス)だ。俺はあり続ける」


 息が整わないままに宣言した。ぜえぜえとした呼吸がその道の険しさを表している。


「ああ。そうだろうよ、お前はだから勇者になれた。俺にはないその真っ直ぐさがあったから。だけどな、できないもんはできないんだよ!」


 ライドが力強く声を広げれば、同じくベルナも声を張り上げる。


「あたしもっ!」

「俺もっ!」


 打ち合わせずとも二人の声はぴたりと合う。


「レメリスの剣の一つだ!」


 祈りを捧げる場所で二人の誓いが響き渡る。その響きのせいか、戦いのせいか、レメリスの姿が施された汚れで曇った大きな窓ガラスが少し割れ、そこからわずかに光が注がれ、二人の体を覆っていった。

 それは二人だけではなくゆっくりとエクセルの方にも伸びていく。


「二人まで剣になる必要はない。二人には俺と違って今があってこれからもある。何度も言った、なのに、なのになんでわかってくれない! そういてくれって言ってるのに!」


 彼は数歩後ろに下がり、近づいてくる光から遠ざかる。


「バカにすんなよ!」


 ぐっと一歩踏み出しベルナが叫ぶ。その様子にライドはやや驚いた表情を見せた。


「あの戦い、エクセル一人で勝てたと思ってるの!?」


 かつかつとブーツを高く鳴らし、ずんずんとエクセルの元へと近づいていく。その様子にライドは少し困った表情をし、ぽりぽりと頭をかきながら同じように近づいていく。

 エクセルが答えないでいると、昂ぶっているベルナをより昂ぶらせることになった。彼の服の腹のあたりを掴んだ。胸ぐらでないのは身長差のせいだ。三年前よりも広がった差がそうさせた。


「全部あんた一人で戦って、勝てたのかってきいてるの!」


 本当に返答に困っているようだった。ぐっと引っ張られるのを抵抗せずそのままで、うつむきながら濁った目があちこちへと飛んでいた。


「あぁ!?」


 威圧したからといって答えが出るわけではない。そのことにベルナは気づいていない。だからさらに凄んでみせるが。


「やめとけ。エクセルももうわかってるみたいだからな」


 二人の肩に手を置き、ライドが場をしずめようとする。

 ベルナはようやく我に返るが、それでも服から手を離しはしない。そこは絶対に離したくなかった。彼の答えを聞くまではなんとしてでも。


「ベルナの言うとおりだ、エクセル。俺たちは全員の剣を合わせて戦った。誰一人欠けてもやれなかったことだ。あのときレメリスの剣は間違いなく全員だった。なら、今だってそうだろ? それに相手はセブリとクーエなんだ、ならなおさらじゃないか」


 彼はまだうつむいたままで。


「わからないなら最後までやろうか? 足の骨を折ればしばらくはどこにも行けないだろうからな」

「もし蛮者と一緒に戦ったとばれたらどうなるか、わかってるのか?」


 ざらついた声でようやく出したという具合。もうすっかり彼は目の前の背丈の小さな少女に気圧されていた。先ほどまではあんなに容赦ない攻撃を繰り出していたというのに。


「正直どれだけのものかなんてわからない。世界中誰もから罵られるかなんて、どれだけ想像してもわからない。だけどな、だからって仲間を一人だけ戦わせるなんてことできるか。またやろうぜ、そしてセブリとクーエともまた旅のときみたいに焚火を囲んでよ、ゆっくり話せるようになろうぜ、な?」


 ぽんぽんとライドがエクセルの肩を優しく叩き年長者する。ようやく彼は顔を上げ、二人の顔を見やった。ベルナは彼のその情けない表情に少しほっとする。


「人に剣を抜かせない剣(フィンバル)になれってエクセルは言った。あたしはそうなれるよう頑張る。だけど今は使わなきゃならないときだ。エクセルの剣(サーリアス)と同じで、フィンバルも今は刃を見せなきゃなんないんだよ」

「ああ、レーランだってそうだ。世界で何かが起こったとき、抜かねばならないのが俺の剣(レーラン)だ。それは全員同じだ」


 ぱっと服から手を離されると、エクセルはその場で跪き激しい怒号とともに床に拳を叩きつけた。思わず耳を覆いたくなるほどのものだったが、それは悪いことではなかったようだ。


「覚悟しろよ二人とも! 罵られて石は投げられるしでうまい飯だって食べられなくなる人生の始まりなんだからな!」


 その言葉が本当にベルナにとつて嬉しかった。それはライドも同じだったらしい。二人は目を合わせ、叫ぶ蛮者にお互いの手を重ねて差し出した。


「みな選ばれし者。この世界の剣を振るう者。今ここで再び誓おう、命燃え尽きたその先まで」


 旅をしていた頃もそうだった。厳しい戦いの前、いつもライドがこのように仲間たちを奮い立たせていたのだ。そしてきっと絶対に破らないと、ベルナとまったく同じ気持ちで誓いを立てている。

 何度かためらいながらも、ついにエクセルは己の手を二人と重ねた。


「くそったれ、俺たちはやっぱりこうなんだな」


 震えているのがはっきりとわかる。


「ああ、どこまででもだ」

「そゆこと」


 今こそ光が蛮者にも注がれるとき。

 


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