悪い予感

「……海賊たちを引き渡したときに、彼らの持ち物も検分しました。その中に、そのような小箱はなかったように記憶していますが……」


 考えつつ話すアジーズに、魔術師は少し微笑んだ。


「同じ海賊ではなかったのかもしれません。別の人々だったのでしょう」


 ここでこの話題は打ち切りとなり、話は別のことへと移った。ターヒルは心中、密かにほっとしていた。人間相手なら、あまり怖いと思うことはないのだが、得体の知れない存在はどうにも居心地が悪い。広間の空気はまた元のように和やかなものに戻りつつあった。ターヒルは気を取り直して、再び食事に手をつけた。アジーズと魔術師はとある詩のことを、恋愛に関する優れた詩のことを話しあっていた。物静かなカイスが魔術師にうながされるままに、ぽつりぽつりと会話に加わっていた。どうやらこの分野に詳しいようであった。ターヒルは詩にも恋愛にも明るくなかったため、特に口を出さず、穏やかな気持ちで三人の会話を聞いていた。


 話題が恋と女性に関することのためか、ふと、ターヒルはハサンを思い出した。意気揚々と町に繰り出していったハサンだが、今頃どこで何をしているか。きっと、楽しんでいるのだろうなあ、とターヒルは思うのだった。




――――




 ターヒルが想像した通りであった。ハサンはこの町の夜を大いに楽しんでいた。ここ何日かで最も、といってよいくらいに、この夜を心の底から楽しんでいたのだった。


 ハサンは町の酒楼にいた。船上では金を使うことがなかったために、懐はいくらか豊かであり、大いに食事や酒を楽しんだ。美しいハサンの周りには、いつの間にか女性たちが集まっていた。若く、華やかな美女たちだった。ハサンは見た目が美しいだけでなく、物腰が優雅で、そこはかとなく気品があり、女たちの話に耳をよく傾け、しかも場を盛り上げるのが上手かった。そのため、女たちにすっかり気に入られてしまい、ハサンを取り巻いて、実に煌びやかで艶やかな場を形成していた。


 ハサンは楽しかった……。まったくもって愉快であった。これぞ、自分の求めていたものなのだ、とはっきりと思ったのだった。船の生活も、まあ悪くはなかった。けれども周りにいる人々がよくない。いや悪人だというわけではない。むしろ良い奴ばかりだが、むさくるしい男性ばかりなのがよろしくない。やはりこういう……若い美人たちに取り囲まれて、眼福と心の平穏を得る、これぞ人生の目的ではないだろうか、とハサンは強く思うのだった。


 酒が周り少々頭がぼんやりしてきたので、ハサンは断って露台へ出た。女性たちの可憐な声から逃れると、静かな夜が広がっていた。頭上には細い月がかかっていた。ふと、ハサンはみぞおち近くに熱のようなものを感じた。


 以前、船の上で拾った珠を、ハサンは小袋にしまって、それに紐を通して胸からかけているのだった。ハサンは服の下にあるそれを、そっと取り出した。そして小袋から珠を出す。掌の上において――少し不審に思った。どうも珠が、熱を持っているように思ったのだ。


 ハサンはじっとその珠を見た。内部の様々な色が、やはりゆらゆらと揺れ、何か形を持とうとしているかのようだった。おそらく酔っているのだろうな、とハサンは思った。酔っているから――珠が発熱しているように思うのだ。


 そこでハサンは再び珠をしまった。この珠は……どうにも謎めいたところがあるが、しかしやはり、それなりに価値があるように思える。どこかで誰かに鑑定してもらおう、とハサンは思うのだった。しかしそれと同時に、これを人前に出すことにためらわれるような気持ちもあった。どこかでこの珠を忌避するような気持ち……何か、よくないものなのではないか? と思うような気持ちがあった。


 まあしかし気にするまい、とハサンは思った。今はこれが何であるかまだわからないのだから。とりあえず大事に持っておこう。そしてハサンは露台から町を見下ろした。町の灯りが点々と美しかった。背後の室内からは、女性たちの楽し気な声が聞こえてきた。お楽しみの夜はまだまだ長いのだ、とハサンは満足しながら思うのだった。

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