第15話修学旅行とチンチロリンとおむすびと

「お腹減ったね、朱美、肉まん食べる?」

9月4日(水曜日)、定例会が終わると優花里は冷蔵庫から肉まんを取り出し、水で軽く濡らすと電子レンジに入れるためにラップで包み始めた。部室には歴代部員が持ち込んだ冷蔵庫、電子レンジ、電気ポット、急須、ホットプレート、携帯コンロ、たこやき器等の生活用品が揃っている。PCとプリンタのみが学園からの支給品である。

「また食べるの?ゆかりん、定例会が始まる前に食堂でざる蕎麦食べたでしょ?」

「何故わかったの?お主、超能力者か?」

「歯と口元に海苔が付いてるよ」

「・・・」

優花里は慌てて口元を拭う。

「でも、まぁ、食欲の秋だからね。肉まん、食べる?同福園の肉まんだから美味しいよ」

「まだ夏だよ・・・じゃ、1つだけ・・・ええっ!3つも食べる気?」

「そうだよ。最近、練習始めたせいか食べてもすぐにお腹減ってさ、いくらでも入るよ」

優花里は肉まんを2個電子レンジに入れる。

「あれ?そう言えば同福園って最近閉店しちゃったんじゃ・・・」

「閉店する直前にね、そうとは知らず大量に買い込んで冷凍しといたんだ。家にまだ90個程あるよ」

「ゆかりんの食意地は筋金入りだね・・・何個買ったの?」

「150個」

「そんなに!肉まん、確か1個130円だったから・・・19500円!」

「店の手伝いして稼いだバイト代、1/3近く使っちゃった」

「・・・」

そうこうするうちに、チーンと電子レンジが鳴り響く。

「おおっ、意外と美味しそうにできてるじゃないですか!では、次の2個を・・・」

「うん、さすが同福園の肉まん、美味しいね」

「優花里、朱美、修学旅行の選択コース決めた?」

優花里と朱美が肉まんを食べていると、詩織が声をかけてきた。

「私は即行で決めたよ」

「優花里は後三年コースでしょ?」

優花里が答えると詩織が再度問いかける。

「何故わかったの?お主も超能力者か?」

「お城が3個所も見学場所になってるの、後三年コースだけじゃん」

「・・・」

「朱美は?」

「どうしようか迷ってる。南部鉄(南部鉄器の歴史学習と製造工程見学)にも興味あるんだけどねぇ。詩織はどうするの?」

「私は南部鉄コースにした。釜も現地で物色すれば掘り出し物があるかもしれないからね」

「先輩達ぃ、修学旅行、今年も東北ですかぁ?」

舞が話に割り込んできた。

「一昨年まで広島だったじゃないですかぁ?しかも東北って、平泉と遠野以外はピンとこないんですけどぉ」

「確かに東北は去年からだよね。でもね、3年生達は皆、今のうちに被災地を見ておくべきだ、って言ってるよ。被災地を間近に見て、藤岡先輩は進路を変えちゃったからね」

詩織が舞に話しかける。

「どう変えちゃったんですかぁ?」

「将来は国際政治の研究者になりたい、って言ってたんだけどね、初動でロジスティクスがほとんど機能しなかったことを知って、国家公務員になってこの国の防災体制を作り直す、ってね。藤岡先輩、きっかけは天災でもすぐに人災になった、って繰り返し言ってるよ」

「そうなんですかぁ・・・」

「恵理香の話だと、被災した人達の話を聞いて、あの小倉先輩が泣いてたんだって。小倉先輩、今でも被災地の話になると涙ぐんでるよ。テレビやネットで観てるのと現地で被災した人達の話を直に聞くのとでは決定的に違うみたい」

優花里も舞に話しかけた。

「今年の日程はね、初日が平泉、ってか中尊寺だけ。2日目が選択コース、3日目が陸前高田、最終日が飢饉の学習だよ。毎度のことながらかなり趣味的な内容だけどね。宿泊地は北上で、温泉は立派らしいよ」

朱美も説明に加わる。

「選択コース、何があるんですかぁ?」

「まず平泉追加コースでしょ、これはね、初日は中尊寺しか見学しないから、毛越寺や無量光院跡とか、平泉全般を巡るコースを選択コースとして設けてるの。他は南部鉄、鍛冶丁焼、後三年、盛岡冷麺、宮沢賢治、小岩井農場、遠野・・・かな」

優花里が指で数えながら選択コースを列挙した。ただし、[東北の食文化コース]を優花里は[盛岡冷麺]と意訳している。

「私なら小岩井農場ですねぇ」

「何故?」

「牛さんとかいて、楽しそうじゃないですかぁ?」

「舞ちゃん、遊びに行くんじゃないよ・・・」

「それはそうと、紗希ちゃん、さっきから姿見えないけど」

「部長、修学旅行の情報収集してくるって、グランドの方に行きましたよぉ。暫くしたら戻ってくるから、って言ってましたぁ」

「そういうことか」

「だね」

「どういうことですかぁ?」

「舞ちゃんも大人になればわかるよ」

「???」


「優花里、チンチロリンしようか?」

11月19日(火曜日)、修学旅行初日、夕食を済ませた入浴後、部屋に戻った恵理香が優花里に声をかける。

「いいけど、お椀、あるの?」

「さっき食堂から借りてきた」

「よっし、やりますか!」

先攻になった恵理香がサイコロを丼茶碗に投じる。


八王子女子学園陸上部のチンチロリンはルールをポイント制に全面的に作り変えているため、親・子の関係やコマは存在しない。[競技]は攻守を15回繰り返し、15回終了時点におけるポイントにより勝者が決まることになる。


「何これ、いきなり1・2・3?」

「へっへっへっ、早速攻守逆転だね。ほれ!・・・2・2・5!」

「よし!・・・あちゃ~、しょんべん!」

部屋の片隅で、優花里と恵理香がチリンチリンと軽やかな音を立ててチンチロリンに興じている。

「ほい!・・・おおっ、3・3・3!」

「よし・・・ありゃ?1・3・4・・・優花里、今日はツキがいいね、勝ちっぱなしじゃん」

「これまで恵理香にコテンパにやられてきたからね。今日こそは勝たないと」

「何してるの?」

同室のクラスメイトが覗きこむ。

「超オヤジ臭くない?」

「お金、賭けてるの?」

「お金は賭けないんだ。ポイント制で点数を競うだけ。陸上部のローカルルールなんだよ」

「4・5・6!ひゃひゃひゃ!点差が開いてきたねぇ・・・恵理香、まだ5回あるけど投了しようか?」

恵理香が答えていると、優花里がメモ帳に記録しながら勝ち誇っている。

「い・や・だ!・・・おおおっ、5・5・6!ギャハハハハ!悪いねぇ、優花里」

「え~、ウソでしょ!」

「投了しようか?」

「いやだ!」


(恵理香、またチンチロリンしてる・・・)

以前から部室やグランドでチンチロリンをしている時の恵理香の柄の悪さに郁美は閉口していた。通常は佳織が相手になる場合が多いが、恵理香はたまに1年生を巻き込んでチンチロリンに興じている。最近、優花里がルールを知っていることがわかると、中途半端な時間が生じる度に恵理香は優花里を誘ってチンチロリンをしている。

(何時もサイコロ持ち歩いてるなんて、博徒じゃあるまいし・・・1年が姐御って呼んでること知ってるのかな・・・)

郁美が溜息をつきながら遠巻きに優花里と恵理香を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえる。

「御依頼の物、持ってきました」

郁美がドアを開けると、旅館の従業員が大きな風呂敷包を抱えて立っている。

「はぁ、ありがとうございます・・・」

郁美が受け取り部屋の中で包みを開けると、個別にラップで包まれた大量のおむすびが出てきた。

「何これ?恵理香でしょ!これ頼んだの!」

「?」

郁美の声に驚いた恵理香は、バタバタと四つん這いで郁美に近寄り、傍らから風呂敷を覗き込むと驚いた。

(げっ、ご飯、こんなに残ってたのか・・・)

「1、2、3、4・・・103・・・恵理香ぁ、ど~すんのよ、こんなに沢山」

郁美が数えると、103個もおむすびがある。

「・・・」

「早くメール出しなさいよ!」

「わかってるよ・・・優花里、今日は御開きね」

「ちょっと、勝ち逃げする気?」

「これ、何とかしないとね」


八王子女子学園陸上部のローカルルールには、極端な勝ち負けを避けるために、6の目が出た時には勝負を振出に戻したうえで、投じ手に6×他のサイコロの目が加算されるというどんでん返しがある。今回の場合、恵理香はスタート時の100ポイントに6×5の30ポイントが加算されて130ポイントになり、優花里はスタート時の100ポイントに戻ってしまうので、ここで止めたら恵理香の勝ち逃げになる。


恵理香はその場に座り込むと、優花里の抗議を無視してジャージのポケットから携帯電話を取り出しブツブツ言いながらメールを打ち始めた。

「ちょっと、これ、どうする気?」

「超やばくない?」

「恵理香、やっちゃたね・・・」

何事かと皆、風呂敷を覗き込むが、あまりにも大量のおむすびに優花里も愕然とする。恵理香がメールを送信すると、優花里の携帯電話にメールが着信する。

「?」

《おむすびあります。欲しい人は403号室まで取りに来て下さい 》

「ああ、陸上部に一斉メールか・・・」


「恵理香、おにぎりちょうだい!」

暫くすると、メールを見た陸上部部員が続々とやってくる。

「私、5個ね」

「私はね、3個!」

「私の部屋、皆大食いだから20個ちょうだい!」

短時間で多くのおむすびが捌けたが、それでもまだ58個残っている。

「捨てちゃう?」

「いや、それはできない」

恵理香が拒否する。

「でも、この部屋の6人で食べられるの、せいぜい10個だよね・・・」

「48個もど~する?恵理香?」

「・・・先生達に、押し付けよう・・・」

「それしかないね・・・」

「しかたない、恥を忍んで・・・」

恵理香はエナメルバッグからパジャマを取り出しそそくさと着替える。

「何してんの?」

「パジャマ、早くない?まだ9時だよ?」

「クンビーラはミリヲタだし、ピンはフィギュアヲタだからね。ヲタクには可愛い格好してった方が効果あるじゃん」

ピンとは数学教諭の三鷹一也の渾名。一也の外見は小太りでド近眼メガネの典型的ヲタクだが、授業は懇切丁寧でわかりやすく、クラス横断的な補習も実施して学力の底上げをしているためにその趣味と外見に関わらず生徒の評判は非常に良い。ただし、職員室の机はフィギュアに占領されており、教頭から注意されても趣味を押し通す剛の者でもある。

(クンビーラ?[夢]に出てきた12人の武将のリーダーが確かクンビーラ・・・)

優花里は咄嗟に反応した。

「クンビーラって誰?」

「久平先生」

(何で?何故、恵理香が先生のことをクンビーラって言うのよ?)

優花里は不可思議でならない。

「何故いきなりクンビーラなのよ?」

「Wikiで阿弖流爲のこと調べてたら脱線しまくって薬師十二神将に辿り着いてね、宮毘羅大将の梵語名見たらクンビーラってあったの。宮毘羅と久平だし、クンビーラでいいかも、ってね」

「いいじゃん、それ。何気にかっこいいし」

「じゃ、これから久平先生はクンビーラで決定ね」

(何だ、そんなことか・・・)

優花里は多少緊張したものの、恵里香の話を聞いて急に力が抜けた。

「優花里も付き合ってよ。クンビーラ、歴研の顧問でしょ?」

「えっ?私も?」

「早く着替えて」

「しょうがないな・・・」

優花里もバッグからパジャマを取り出し着替える。

「優花里、それ、超可愛い!」

「そこまで可愛いクマさんのパジャマ、あまりないよね?」

「何処で買ったの?教えてよ」

「誕生日に朱美にもらったんだけど、恵理香、ホントに着てくの?」

「そうだよ。媚を売る」

「恥ずかしいな、もう!」


恵理香と優花里は48個のおむすびを風呂敷に包むと教員部屋に赴きドアをノックする。

「はいは~い」

ドアからやけに陽気な聡史が出てきた。

「何だ、お前達、その格好は?」

パジャマ姿の優花里と恵理香を見た聡史は眼を点にして驚き、2人を凝視している。

(いやらしい。それにお酒臭いし・・・)

優花里は聡史を睨みつける。

「廊下じゃ何だから部屋の中に・・・あっ、ごめん、ここで少し待ってて」

優花里に睨まれて気まずく感じた聡史は下を向いたまま部屋に戻る。何だろうと優花里と恵理香が部屋を覗くと、部屋の中には引率の教諭12人全員が集まっていたが、聡史達若手教諭が慌てて何かを隠している。畳にはポテトチップスやさきいか、魚肉ソーセージ等の、所謂酒のおつまみが大量に転がっていた。

「お酒、隠すことないのにね。匂いでわかるのに」

「隠したってバレバレじゃん」

「ピン、顔真っ赤だよ。まるでゆで蛸」

「クンビーラが一番まともだね。酒臭いけど顔色変わってないし」

「教頭先生、おサルさんみたい」

優花里と恵理香は聡史達若手教諭の狼狽ぶりと酩酊した教諭達を見ながら笑っていた。


「どうぞ、お待たせ」

暫くすると、聡史が2人を教員部屋に入れた。優花里と恵理香は教員部屋に入ると風呂敷包を前にして正座する。

「で、要件は?」

気を取り直した聡史が2人に尋ねる。

「日頃の先生方の御指導に対する感謝の気持ちを込めて、私達、皆でおむすびを作りました。お夜食にどうぞ」

優花里は風呂敷包を前に差し出した。

(何演技してんのよ、優花里)

優花里のとっさのアドリブに恵理香は驚いている。

「君達のクラスは?」

奥にいた赤ら顔の教頭が声をかける。

「カチューシャです」

「君は陸上の全国大会で優勝した・・・」

「はい、五十嵐です」

「カチューシャか!大久保先生(2年E組の担任)、素晴らしい生徒達を受け持ってるじゃないか」

教頭は相当酩酊しているらしく、立ち上がるもののふらつき襖にぶつかる。途中から聡史に支えられつつ優花里と恵理香に歩み寄ると、教頭は2人の前に座った。

「開けてもいいかな?」

「はい」

(うっ、何だ、この量は・・・)

48個のおむすびを見て教頭はもちろん、教員部屋にいた他の教諭達も皆驚いている。

「ありがとう、いただきます・・・」

「では、失礼します」

教頭が力なく答えると、優花里と恵理香は礼を言い教員部屋を出て行った。


「やったね!」

「でも、宴会の話は内緒だね」

2人はハイタッチすると、優花里が恵理香に話しかける。

「そうだね。私達のお守で先生達もストレス溜まってるんだろうから。それにさ、自分達のこと棚に上げて公務員や教師をバッシングするCK(Crazy Kramer)に加担したくないからね」


優花里と恵理香は403号室に戻った。

「どうだった?うまくいった?」

部屋に入ると、おむすびを頬張りながら郁美が尋ねる。

「成功!うまくいったよ。優花里のアドリブが効いた」

「何て言ったの?」

「[日頃の先生方の御指導に対する感謝の気持ちを込めて、私達、皆でおむすびを作りました。お夜食にどうぞ]ってね」

「それ、超優等生的セリフ!」

「恵理香、いくら主将に傾倒してるからってムチャしないでね」

「ごめん・・・あれ?私達の分は?」

「食べちゃったよ。美味しかったから」


「教頭、どうするんですか?12人しかいないんですよ」

「1人4個のノルマか・・・」

「既におつまみをかなり食べてるからな・・・」

「私、これ以上食べられません!」

「こっそり捨てますか?」

「いや、そんなことをしたら教育上良くない。生徒達が我々のために作ったんだ、全部食べないと」

「そうですね・・・」

「それはそうと、何処で米を炊いたんだ?」

「・・・」

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