第7話絹の道

7月21日(日曜日)、9時前に八王子駅北口に9人全員が揃う。重そうな鞄を抱えた朱美だけが既に疲労困憊しているような顔をしている。

「ちょっと待って。鞄の中にお弁当あるから、ここで自分の分受け取って」

出発しようとする直前に朱美が切りだす。

「朱美さん、何人分作ったの?」

「6人分だよ。6人分って結構重いんだよ」

紗希が聞くので、朱美は答えた。

「皆、朱美さんからお弁当受け取って!」

「ごめんごめん。これ、重かったでしょ?」

優花里が朱美から巨大な包みを受け取った。

(何が入ってるんだ?)

1年生達は優花里が手にした巨大な包みを不思議そうな顔をしながら見つつ、朱美から弁当を受け取った。

「水を持ってない人は今のうちに買っといてよ!」

紗希が念を押す。


午前9時、八王子駅北口を出発した9人は、八日町交差点を目指す。国道20号と国道16号が交差する八日町交差点が絹の道の出発点になる。ここから9人は国道16号を南下する。途中、八王子医療刑務所の脇に短い区間残る旧道に入る。何時もなら朱美がヘタレ始める時間なので、優花里が様子を観察すると朱美にはあまり変化が見られない。

(私と2人だけの時とは違って、今日の企画は学園行事みたいなものだから、朱美、完全に諦めてるな)

優花里はひとまず安心する。

「おっ、朱美、今日もひょうたんだね」

「やっぱ、これの方が気分出るっしょ。絹の道を歩くんだからペットボトルじゃダメだね」

「ひょうたんは何処で手に入れたの?」

「近所の農家でもらっちゃた。竹筒も幾つか造ったよ」

「どうせなら陣笠も持ってくればよかったのに」

「それ、昨日の夜考えたんだけどね、さすがにまずいよね?それに陣笠って黒いから暑いでしょ?しかもブリキで造ったからなおさら暑くなるしね」

優花里の冗談に朱美は真顔で反応する。

(持ってるんだ・・・陣笠・・・)

優花里は絶句してしまう。

「島先輩、何でいろいろな物造れちゃうんですかぁ?」

この2人の奇妙な会話に聞き耳を立てていた舞が話に入って来た。

「小さい時から物造るのが好きだったからね。それに、ひょうたんとか竹筒持って史跡とか歩いてると戦国武将の気分になれるでしょ?」

「そんなもんですかねぇ?」

舞は手にしたペットボトルを眺めながら呟く。

「そんなもんだよ。史跡や古戦場でコンビニ弁当食べてペットボトルのコーラ飲んだら気分台無しだよ。史跡や古戦場では、やっぱお手製の梅干おむすびでしょ!」

(今日は人数多いから、まさか日の丸弁当じゃないだろうな?)

朱美は得意げに話をしているが、[お手製の梅干おむすび]に反応した優花里だけが内心恐怖を感じていた。


一部旧道が残るとはいえ何の変哲もない幹線道路の国道16号をひたすら歩き、京王高尾線の高架をくぐり、湯殿川を越えた地点で左折して市道に入るとようやく国道16号から離れることができる。

「豊浦、右手の丘を説明して欲しいんだけど」

「ハイ!」

聡史のリクエストに優花里は嬉々としながら応える。

「あの丘は片倉城です。片倉城はですね、築城時期は鎌倉時代とか室町時代とか諸説あってはっきりしないんですけど、現状は後北条氏が戦国時代に改修したものです。全体としては、土塁、櫓台、空堀、土橋とかが良く残ってるんですが、太平洋戦争中に陸軍の高射砲陣地が二郭に設置されたりして遺構が破壊されてます。許せないのが城址公園として整備した際に遺構を破壊してることです。何考えてるのかわかりません。片倉城は舌状台地の先端に立地する典型的な連郭式平山城で、主郭と二郭があり、北には腰郭があります。今の住吉神社の境内が腰郭です。片倉城の特徴は、主郭虎口に大型の櫓から強力な横矢を掛けてることです。でもですね、主郭西側の土塁に開口部が無いことを根拠に、この横矢掛りの個所には虎口は無かったと言ってる研究者もいるんです。しかしですね、例えば埼玉県の松山城には明確な虎口の痕跡が無いんですけど、横矢掛りを丹念に調べてくとルートが判明して虎口の位置が特定できたように、明確な虎口の痕跡が無いから虎口が無いと言うのはあまりにも短絡的だと私は思うんです。それと、二郭の虎口は平入虎口ですけど両横矢が掛り、しかも二重の馬出で厳重に防御してます。こうした横矢掛りや馬出は後北条氏の築城技術なんですね。基本的な造りは調布市の深大寺城と同じなんですけど、深大寺城は1537年に扇谷上杉氏により改修されてるんですけど、その後まもなく廃城になったこともあり、築城技術に関しては後北条氏が改修した片倉城の方がはるかに高度でして・・・」

(ゆかりん、楽しそう・・・)

最初は大人しく聞いていた部員達も話が他の城郭との比較に至ると、さすがにうんざりしてくる。優花里は城郭の歴史的な位置付けより構造や戦術的機能を追求しがちで、城郭そのものに関心が無い部員にとっては優花里の話を聞いているのが苦痛になる程である。

「優花里さん、そろそろいいんじゃない?」

「あっ、ごめんなさい」

紗希がたまらず声をかけると、我に返ったかのように優花里は話を切り上げた。

「ここは鑓水峠と御殿峠からの街道が合流する要地で中世八王子の南の玄関だよ。もっとも、八王子という地名が文献記録で初めて確認できるのは1569年だし、当時の中心は今の元八王子だけどね。街道が合流する要地には、街道を監視するための城郭があることが多いよね。小仏峠方面を防御正面にしてる八王子城も甲州街道を監視してるし、箱根山にある山中城は東海道を城内に取り込んでいるほどだ」

「そう言えば、三増峠の戦いの時に北条氏照と北条氏邦が率いる軍勢が出陣したのも片倉城だったねぇ」

聡史が補足すると、朱美も便乗して補足する。


片倉の駅を過ぎ、9人は第1のチェックポイントである慈眼寺を訪れた後、鑓水峠を目指して住宅地のダラダラ坂を登り始める。

「この坂、何時まで続くのぉ~」

「これ、マジ山登りなんですけど」

暫く歩いていると、部員達の嘆き声が至るところから聞こえてくる。

「峠を目指してるんだから確かに山登りだよ」

聡史は笑いながら話す。他の部員達がヒィヒィしながら歩いているなか、この区間を一度歩いている優花里と朱美だけはケロっとしている。

「これ、登るの・・・マジでヤバイんですけど」

件の石段では、誰かが嘆いている。

「誰かさんも同じこと言ってたよねぇ~?」

優花里は朱美をからかった。9人全員が登りきり眼下の景色を眺めていると、今までの苦労を労うかのように爽やかな風が吹いてくる。

「ん~、生き返るね、紗希ちゃん」

まだ呼吸が整わず、膝に両手を当てている紗希に詩織が声をかけた。

「一度歩いてるとかなり楽だね」

朱美がひょうたんの水を飲みながら優花里に話しかけてきた。

(今に始まったことじゃないけど、ひょうたんで水飲んでても違和感ないな、朱美は・・・)

「そうだね。思ったより暑くないからいいコンディションだし。それにしても今日はいい天気だ!」

優花里は片倉の街並みを眺めながら背伸びをした。


景色を眺めながら一服した後、9人は第2のチェックポイントである大塚山公園内の道了堂跡を訪れた。

「お地蔵さんが壊れたままになってる。それに首だけしかないよ・・・」

「曝し首だね・・・」

「ここって心霊スポットなんだって」

「うりぃ~、うりぃ~」

「やめてよぉ~」

1年生達が怪談話をしている。

「ゆかりん、そこで何してるの?」

集団から離れ、1人でぼ~と三角点の前に立っている優花里に朱美が声をかける。

「日本城郭体系(第5巻 埼玉・東京)には城址として記載されてなかったけど、ここに片倉城の出城がないと鑓水方面の監視ができないし、ここを占領されたら片倉城が丸見えなんだけどね」

「ゆかりん、もう病気だね・・・それよりも!」

朱美は優花里の肩を後ろから両手で掴むと、皆のいる場所に優花里を押していった。

(発掘しても道了堂を建立した時に荒らされただろうから、出城の痕跡を確かめるのは無理かな・・・)


9人は道了堂跡を後にして絹の道を歩きはじめる。4月に優花里と朱美が歩いた時と違い、木々の葉は既に濃い緑になっているが、夏の日差しを遮ってくれている。梢を渡る風が何かを語りかけてくるようだ。

「車が通った跡がある。幻滅!」

「何だろうね、このダサい柵は?」

「風情の欠片もないですねぇ」

道了堂跡から600m程の区間の絹の道は古の姿を留めており別世界のようであるが、やはり皆感じることは同じようだ。

「そんなにけなしてないで、向こう側を見てごらん。すぐそこまで住宅地が迫って来てるだろ?放っておいたらこの道も破壊されてたはずだよ。多くの人達の努力でここだけが奇跡的に残ったんだ。この道はこれからも皆で守っていかないとね。僕達は傍観者ではなく当事者なんだからね」

聡史が部員達を諌める。


道は途中で舗装道に変わり、暫く歩いて坂を下りきると市道と合流する。この三叉路には、第3のチェックポイントである供養塔、秋葉大権現、庚申塔、御大典記念が固まって建っている。

「ここに御大典記念が建ってる現状を真に受けてしまうと、鑓水停車場がここに造られる予定だったと誰もが考えるよね?でも、この御大典記念は、元々大栗川のたもとに建ってたのを河川改修工事の際にここに移したらしいんだ。こうした石碑は現在地に昔からあると思い込むと、とんでもない間違いを犯すから気をつけた方がいいね」

聡史が石碑について説明する。

「先生、鑓水停車場ってなんですか?」

1年生が聡史に質問する。

「この先に鑓水停車場予定地があるから、そこで詳しく説明するよ」


ようやく9人は第4のチェックポイントであり昼食場所でもある絹の道資料館(八木下要右衛門屋敷跡)に辿り着く。

「館長から許可を取ってあるからね」

早速、聡史は資料館の庭にある桜の木の木陰にブルーシートを敷く。

「先生、準備いいですね。これ、何処から持ってきたんですか?」

紗希が聡史に尋ねる。

「職員室からだよ。手続がわからないから黙って持ってきたけどね」

(まさか・・・)

「先生、校外活動届、教頭先生に渡してくれましたか?」

「何、それ?」

無邪気に話している聡史に危惧を感じた紗希が問い質すと、聡史はデイパックから自分の弁当を取り出しながら惚けたように答えた。

「先生!私の話、聞いてましたか!そもそも先生は・・・」

紗希は一瞬唖然としたが、すぐさま聡史に説教を始める。八王子女子学園では、学園外で部活をする際には事前に顧問教諭が[校外活動届]を教頭に提出することになっている。聡史の体たらくを見かねた紗希が作成して聡史に渡してあったのである。

「あ~、夫婦漫才が始まったよ」

「紗希ちゃん、ここ、部室じゃないから。資料館だから」

朱美がぼやくと、慌てた詩織が紗希を諌める。我に返った紗希が周囲を見渡すと、資料館に来ていた初老と思われる5~6人の集団が一体何が起きたのかとこちらを遠巻きに見ている。紗希は赤面して俯く。

「黙っていればわからないよ。それより飯食おう」

聡史は呑気に食事を始める。


1年生達が朱美の周りに集まってくる。その傍らで優花里は恐る恐る件の巨大な包みを開けた。中から出てきたのは三段重ねの重箱弁当。

(よかった・・・日の丸弁当じゃない・・・)

優花里は安堵した。

(あの包み、お弁当だったんだ・・・)

(だから8人分か・・・)

優花里用の重箱弁当を目の当たりにした1年生達は皆驚いている。

(バレたの、私のせいじゃないからね・・・)

朱美は思いつつ、自分のちんまりした弁当を出して食べ始めた。

「先輩、美味しいです!」

「こんなに美味しい野菜、食べたことない・・・」

「どうやって作るんですか?特に野菜、特別な産地のものを使ってるんですか?」

「野菜はスーパーで買わないでね、農家から直接買うの。これ、全部八王子、加住の野菜だよ」

「え~!」

「ホントですかぁ!」

「私ん家の近所には畑がたくさんあるから、自転車で一回りすれば農家からいろいろな野菜が買えるんだ。で、変な野菜が入ってたら農家に必ず文句言うの。真面目な農家はきちんと対応してくれるし、仲良くなれば、今日はいいブロッコリーが取れたから買いにおいでよ、とかメールくれるしね。ただし、虫がいたとか泥が付いてるとか形が悪いとかいうクレームは御法度だよ。虫だらけだとさすがに問題だけど、ちゃんとした野菜なら少しくらい虫がいたり泥が付いてるのは当たり前だからね。最近は注文すれば宅配便で送ってくれる農家もあるよ。調理は下ごしらえを丁寧にして火加減調整すればそれだけで美味しくなるし、味付けも一工夫するだけで変わるからね。面倒と言えば面倒だけど、美味しいものを食べさせてあげたいという気持ちがあればできるもんだよ」

「先輩!今度学園の調理室借りちゃいますから、教えてください!」

優花里は三段重ねの重箱弁当を食べながら、ふむふむと朱美の話を聞いている。

(中学生の時、朱美が本格的に料理を始めたのは男子狙いだったんだけどね。結果は何時もこうなるんだから・・・黙っとこ)

「これ、どうやって造るんですか?」

1年生達の話題はひょうたんに移った。

「最近はネットに造り方出てるけど、私は親しい農家のおじいさんから直接造り方を聞いたんだ。薬品を使う最近のやり方より安全だからね」

「先輩、他には何造ったんですか?」

1年生達は矢継ぎ早に聞いてくる。

「そんなに何もかも造ったわけじゃないけど・・・草鞋は造ったなぁ。あとね、陣笠とか鎧とか、後北条仕様でね」

「その後北条仕様の鎧、今度学園に着て来てください!」

(何を無茶なことを・・・)

「ダメ!あれは私の個人的な楽しみだから」

「5月頃に造ってた鎧とは別なんですかぁ?」

舞が更に質問する。

「後北条仕様の鎧は関東五枚胴具足っていう当世具足で3月に完成してるよ。今造ってるのは着背長で、大袖を造ってる最中なんだ」

「先輩が着たら巴御前ですね」

「はは、私にはあんな怪力ないよ」

「そろそろ資料館を見学しようか」

朱美達が談笑していると、聡史の声が聞こえてきた。


食事が終わり、資料館を見学した後、9人は再び歩きだす。資料館から80m程先に第5のチェックポイントである一里塚榎がある。

「何だか普通の道になっちゃたね」

誰かが呟いている。ルート上は絹の道に違いないが、大塚山公園からの古道の佇まいとのギャップが激しいばかりでなく、沿道に木陰がないために直射日光とアスファルトからの照り返しで午前中とは体感温度が完全に違っている。

「あそこに自販機があるから水が残り少ない人は買っておいてね」

紗希が部員達に注意喚起すると、とたんに1年生達が自販機の前で団子になってあれがいいこれがいいとわいわいしている。

「早くしないと先に行くよぉ」

「わかりましたぁ~」

紗希がピリピリしているのを察して詩織が声をかけても1年生達は返事をするもののなかなか戻らない。業を煮やした紗希が動き出すそぶりを見せると、ようやく1年生達は戻ってきた。


自販機のすぐ近く、大栗川に架かる御殿橋のたもとに第6のチェックポイントである道標がある。ここから大栗川に沿って歩き、永泉寺に向かう道との分岐点で聡史達は歩みを止める。

「ここら辺りがさっきの石碑に記されていた鑓水停車場の予定地だった場所だよ。1929年の世界恐慌がなければ、南津電鉄は営業を開始できただろうね。鑓水は明治の松方デフレと昭和の世界恐慌に2度も翻弄されたわけだ」

「先生、南津電鉄って何ですか?」

聡史が説明すると、先程の1年生が質問する。

「南津電鉄は沿線地域の開発と併せて相模川の砂利や津久井の天然資源などを東京に輸送するために計画されたんだよ。 当時の東京は関東大震災から復興するために多くの建設資材が必要だったという背景があるね。南津電鉄とは南多摩郡と津久井郡を結ぶ鉄道の意味だよ。多摩市一ノ宮から野猿街道と柚木街道に沿って鑓水・相原経由で津久井の川尻まで鉄道を敷設する計画だったんだ。東京への輸送は玉南電気鉄道、今の京王線に接続して確保しようとしたんだよ。後に国分寺までの延長を申請してるけどね。1924年12月3日にすぐそこの永泉寺で南津電気鉄道株式会社の設立協議会が開かれて、1928年10月21日には鑓水の本社と川尻の川尻停車場予定地で起工式が行われてるんだ。だけど1929年の世界恐慌で資金調達ができなくなり、工事もできないまま1934年に南津電気鉄道株式会社は解散してしまったんだよ」


9人は第7のチェックポイントである永泉寺を訪れた後、第8のチェックポイントである小泉家屋敷に向かう。

「さて、これからもう一つ峠越えだ」

小泉家屋敷を出ると、聡史が気合を入れて言う。反時計回りに円弧を描く道を登っていくと途中に枯れた湧水がある。更に登っていくと公園の入り口にも枯れた湧水があった。

「この辺りは元々地下水が豊富で、丘の斜面に槍のように先を尖らせた竹を打ち込んだだけで飲料水を得ることができたから、鑓水という地名が付けられたと言われてるんだけどね・・・」

聡史は不満そうな顔で言う。交差点を渡ると、幅の広い歩道が整備されている。絹の道のルートを踏襲しているようだが、当時の面影は全くなく、人工的に造られた空間が広がっているだけのダラダラ坂をひたすら登っていく。

「この企画、やっぱGWにすべきだったよ。先生、発案するのが遅すぎ!」

ばててきた部員から愚痴が出てくる。真夏の山城攻略は全く苦にならない優花里だが、そもそも山城は木々が直射日光を遮ってくれるので、今日のような直射日光と地面からの照り返しというダブルパンチにさすがに閉口していた。ただでさえ持久力がない優花里よりも朱美の方が元気そうだ。

「ゆかりん、きつそうだね」

朱美が心配そうに声をかけてくる。

「何か、普段と逆だね」

優花里は笑うしかない。

「鑓水商人が没落した理由がわかったよ。こんな峠を馬に荷物載せて運んでたんじゃ効率悪すぎ!」

「これ、食べる?」

ダラダラ坂に閉口した優花里が愚痴めいた根拠のない話をすると、朱美がウエストバックから紙袋を取りだした。

「これ、つるやの都まんじゅう?」

「当たり!よくわかったね?」

「家の近所だし美味しいからつるやによく買いに行くんだ。生き返る!」

優花里の気力は幾分回復した。

「まるでポパイとほうれん草じゃない」

朱美は笑っていた。


給水塔の脇を通り緩やかに左に曲がり、車道を渡ると第9のチェックポイントである浜見場の丘に至る。

「浜見場という名前のとおり、昔はここから海が見えたようだけど、今はどうかな?それとね、この道、戦車道路って言われてたんだよ。相模陸軍造兵廠で生産された戦車のテストコースとして戦争中に造られたんだ」

聡史が説明する。既に部員達の口数は少なくなってきている。

「これからは下り坂だ。もう上り坂はないから安心していいよ」

聡史が言うと皆安堵したようだ。坂を下り、9人は絹の道とは直接関係ないものの、おまけのチェックポイントである田端環状積石遺構を見学する。


遺跡を離れ、暫く歩くと京王相模原線の高架が見えてくる。皆達成感に浸りつつ高架に沿って暫く歩くと、多摩堺駅の手前にまた上り坂がある。

「先生のウソつき!」

部員達の怨嗟の声がそこかしこから聞こえてくる。聡史は苦笑いしつつ、部員達をなだめながらようやく多摩堺駅の改札口に着いた。

「お疲れ様。家に着くまで気を抜かないでね。事故って気を抜いた時に起こるから。絹の道班の人は夏季部活の初日までに今日のイベントをまとめておいてね。では、解散!」

紗希が締めて、解散となった。

「ゆかりん、これからどうする?」

「スイパラ行きたいけどこの格好だし汗でびしょびしょだからねぇ。今日はまっすぐ帰りますか?シャワー浴びたいし」

「私も同じ」

「朱美、八王子の駅から家までバスでしょ?私ん家でシャワー浴びてきなよ」

「いいの?じゃ、お言葉に甘えて・・・」

優花里と朱美は橋本経由で八王子に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る