act.006 Be worried sick



 ◇



 基地内で人口密度がより一層薄い場所――人よりも機械の方が多い場所。そこにいる兵士は整備兵や兵器を担当する技術班か、兵器を利用する歩兵か。


 L777は初めてきた格納庫を見上げながら歩いていた。

 GFはここに用事は無い。移動に用いるのは陸上用車両で事足りるからだ。ここに利用目的で来るのは飛行部隊か少数精鋭であるSFぐらいだ。

 L777は自分が着用しているベストを視界の隅に入れてみた。これを着て少し経つが、まだ間違いのような気がする。けれどそれは後ろ向きなものではなくどうもくすぐったいものがある。

 夢のような心地すらするが、格納庫に収められた修理中の機体が物語っている。

 全て現実だ、と。


 L777は背負っている銃の存在を確かめるように、背に手を回した。


「特殊部隊員、そっちじゃなくてこっちだ」


 背後から声をかけられた。

 そこにいたのは作業服を着て、腰のベルトに複数道具を差した整備兵だった。

 兵士達と違い体つきは華奢だ。


「あ、すいません」


 頭を下げると、作業が残っているのかその整備兵はすぐに歩き出した。

 分厚い革手袋に覆われた親指のみを立てた拳を高々と掲げて、背を向けたまま「行ってこい!」と彼の声がこだまする。


 交わした言葉数は多くない。

 投げかけられた言葉は長くない。


 けれど、十分すぎるほどの言葉をもらった。


「行ってきます!」


 L777はその華奢な後ろ姿にびしっと敬礼を決めた。

 彼はちらりと後ろを向いて、上げていた手をひらひらと振った。

 きっとここにいる兵士は送り出すことになれているのだ。だから何をして送り出せば良いのか、きっと分かりきっているのだろう。


 L777は前を見て、歩く速度を上げた。




 集合場所には2機の特殊戦闘機が置かれていた。

 航空機型ではなく、ごてごてとした機械兵のような見た目をしている。

 機械兵と空中戦をすることを目的とされている機体のため、機体の全てを自身のように扱える、らしい。

 コックピットらしい場所はなく、操縦するためのハンドルも見当たらない。


 更に言えばゼロの姿も見当たらない。

 まだ若大将との話し合いが終わっていないのだろうか。


「……、」


 きっと西軍跡地を攻略するに当たって、言っておきたいことや話し合いたいことが多々あるのだろう。

 流石のあの人でも、思うことがあるのではないだろうか。

 L777は悠然と佇む2機の特殊戦闘機の前に腰を下ろした。


 左側に置かれている特殊戦闘機は少し汚れているようで、右側のものはやたらと新品に見える。

 自分が乗り込むのは右側だろう、となんとなく思った。




「悪ィ、迷ったわ」


 何分経ったか分からないが、銃を抱えながら鼻歌を歌っていると声をかけられた。

 足音も気配もないので近づかれても一切気づかなかった。


「マジここ迷路過ぎてワケ分かんねェ。何遍来てもダメだわ」

「ちなみに、何回ぐらい来てるんですか?」


 ゼロは顎に手を添えながらゆっくりと首を傾げて、「さぁ?」と眉間に皺を寄せた。


「5年ぐらいは通ってんじゃね?」

「5年……!」

「いや、分かんねーけどさ」


 それほど長い間飛行機体を利用しなければたどり着かないような場所での任務を担当していた、という事実に驚くべきか。それほどの長い期間利用していながらも未だに迷うという事実に驚くべきか。


「ところで、ゼロさん。自分、この機体の操縦方法知らないんですけど……」

「操縦方法?んー……なんつーか、俺も分かんねェわ」

「えぇ……」

「なんだっけなぁ……。確か、チップと連動してるからうんたらかんたらだってO202が」

『チップと連動しているので意思通りに動く、です』

「あー、そうそう。それそれ」


 パチン、とゼロは中指と親指を擦り合わせた。

 耳から『全く……』と呆れきったようなO202の声がした。

 続けて、『大丈夫です』と一瞬聞き覚えがないと錯覚する声。


『基本私たちが操作を担います。移動で疲労しては意味が無いので。戦闘時のみそちらに操縦権を委託する形になります』


 O201の芯のある声が淡々と告げる。これが朝会った柔和な人物の声なのだと思うと不思議な気分だ。


「ソウジュウケンをイタク……」

『はい。とは言っても飛行自体は私たちが最後まで見届けます。戦闘権の委託というのは、銃撃や形態変化の自由などです』

「……、えっと、その『銃撃や形態変化の自由』っていうのは、どうやって……?」

『いつも通り、「申請」で問題ありません』


 O201の言葉を何度も復唱し忘れないようにしながら、なんとか噛み砕く。

 解釈しながら「了解です」と答えたので、自分でのひどく頼りないと思えるほどよれよれの返答だった。そのせいか、向こう側で小さく笑われてしまった気がする。


『大丈夫ですよ、ゼロさんでも乗りこなせるんですから』

『そうですよ、その人未だに分かってないんですから』

「え、なにお前ら。今俺責める必要なくない?」

『責めてません。使い方が未だに曖昧なゼロさんに説明しますね』

「えー。聞いても分かんないからいいわ」

『「申請」してから、銃撃してくださいね?』


「あー……」とゼロは気まずそうに頬を掻いた。きっといつも通り左手で好き勝手やっているのだろう。O202のその言い方はピンに向けるようなものだった。


「善処シマス」

『はい。言質とりました』

「出来るとは言わないけど」


 直後、キーン!と頭に響く高音が耳を占領し、L777は思わず耳を押さえながら蹲った。すぐにO201の声で『すいません、2人の方と連絡遮断するのが遅れました』と少し焦った声がしたのを聞くに、ゼロへの抵抗策らしい。

 尤も、当の本人は顔をゆがめもせずに、いつもの眠たげな顔で耳を押さえているだけなのであまり効果が無いようだが。


「O202、煩い」


 そんなことを言いながら、ゼロは左側に置かれていた機体に足をかける。

 連絡遮断をされたのか、それに対するO202の返答は聞こえない。


『L777さん、準備は完了しているので乗り込んでも大丈夫ですよ』

「分かりました」


 L777は慣れた手つきで乗り込むゼロを見ながら、特殊戦闘機内に足を入れた。

 戦闘機のような座席はなく、自身を包み込むようなコックピットだ。足の置き場に両足をのせると、戦闘機が動き出し、ベルトらしきものがL777の身体を固定し始めた。どこに置くべきかと迷っていた腕もあっという間に収まるべき場所に収められてしまった。

 そんなコックピットを機体に飲み込むように変形する。まるで機体と一体化するような感覚で視界も機械に覆われていて何も見えないが、怖いとは思わない。


 肌には硬い感触が常に隣にあるが、自由がないというわけではない。手を握ったり開いたりするぐらいの自由はあるし、顔を動かすことにも難は無い。顔を動かしたところで見えるのは機械ばかりだが。


『SF-L777のドッグタグ生体反応を確認』


 O201ではない声が機体から声がした。機体がわずかに振動する。

 起動音はしないが、おそらく起動を知らせるものだろう。


 機械だらけの目の前に、幕のようなモニターが現れた。

 180度――それよりもわずかに広いその視界の左右を見渡すと、隣にゼロが乗り込んでいる機体を見つけた。


 それは既に地面から浮いていて、普通の戦闘機のような姿をしている。厚さはゼロの身長の半分あるかないかだ。ということは、兵士は横になった状態で収納されていることになる。

 まさか、今の自分も?

 L777は手先を少し動かしてみるが、寝そべっているような感覚は無い。あくまでも直立しているような感覚だ。けれど、それを意識すると確かに足に体重を感じない気もする。いや、それは機体に体を支えられているからなのか。


 そんなことを考えていると、『L777さん、大丈夫ですか?何か問題とかありませんか?』とO201に声をかけられた。


「大丈夫です」

『了解です。では、離陸します』


 もう既に浮いてるのでは?なんて聞く間もなくモニターが変化した。

 見えていた地面が一気に遠ざかり、周囲を一望する。


 視覚情報では飛行しているようだが、そんな感覚は一切無い。

 まるでシュミレーションをしているだけのようだ。なんて思ってる間にもモニターの景色が移り変わっていく。


 目的地は西軍跡地。

 東軍から陸上用車両で行ける範囲にも西軍の支部はいくつか存在するが、行く場所はそこではなく本拠地だ。


 今は役割を果たしていないが、広大であろうその場所にわずか2人で乗り込む。

 上空に移動するに当たって、自身の基地も上から見た。それによって、より一層現実味が湧く。同じぐらいの広さの場所をこれから探索するのだ。

 敵情報も不確定のまま。いくらその場所を知る人物がいるとはいえ。


 視界はどんどん見覚えのない場所に変わっていく。

 移動の音すらしない機体内。乱れているその音は間違いなく自身の中心だ。


『こちらO201。L777さん、聞こえますか』

「はい、聞こえてます」

『今、ゼロさんと通信は遮断してます』

「……?はい」


 自分にだけの連絡。思い当たるのは狙撃ポイントの報告など狙撃に関することだが、今それを伝えてくるはずがない。もし的を確認したのなら、ゼロに伝えない意味が分からない。

 L777は黙り込んだO201の次の言葉を待った。


『あの方も、結局は人の子です。事情は知りませんが、何も思わないはずがないんです。それが悲観なのか憎悪なのか、私たちにはそれすら分かりませんが』

「……、」


 左側の視界の前方に見えるゼロの機体に目を向けた。

 景色は目にもとまらぬスピードで後ろに流れていく。この分ではきっとすぐに到着する。

 徐々に目的地が迫ってきている。


『戦闘に関して、私たちが口を出すのはおこがましいですが、そう言った状態での戦闘はわずかながらミスもでます』

「……、」


 あの男がミスをする姿は想像できない。

 いつだって、彼が通ってきた場所には残骸しか転がっていない。


『どうか、相棒として援護をお願いします。ゼロさんの戦闘スタイルは、どこか自己犠牲を孕んでいますから』

「……、」


 分かりました。

 そう、断言した。

 自信は微塵もないけれど。


『ニコちゃんも、ああ見えてかなり心配してますし』

「……ニコちゃん?」

『あ、O202のことです』

「……そういえば、O202さんは、前からゼロさんを担当してるんですか?」

『いえ。ゼロさんの前任は私です。ニコちゃんはピンさんを担当していました』


 あぁ、と合点がいった。

 あの2人の仲の悪さ――ある種の仲の良さ。

 それと、任務中の彼女からの通信に感情を含んだ声を用いている理由も。


 L777は自分の足下をみた。

 この前配られた新しい靴。


 そういえばゼロはこの靴をちゃんと履いていたっけ。

 あの男の分かりにくい気遣いをちゃんと受け入れているのか。唐突だが、急に気になった。



 視界の奥には、もう目的の場所が見え始めていた。

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