act.013 In the nurse's office


 ◇



 全ての戦闘終了後、新型チップ所有者は自分たちの先輩にあたる旧型チップ所有者の救護に回った。


 囚われの身であった若大将を救助後、ゼロが基地内及び基地周辺を見回り、旧型チップの兵士達に片っ端から左手を当てた。そのため、西軍の人工知能の支配下に置かれていた彼らをなんとか引き戻すことには成功した。ただ、その左手は強制的なハッキングをするものなのですぐに目を覚ますことはなく、後遺症は残らないが脳へのダメージが大きいらしい。数日かかるがやがて回復し、そうしたら目を覚ますだろう――というのが、技術班と医療班が出した答えだった。そこら辺は勉学をさしてかじったことのないゼロにはほとんど理解が出来ない。


 とりあえず、命を助けられたのなら及第点はもらえるだろう。



 ◇



「検査の結果、異常ありませーん」


 倒壊や損壊はないものの、壁が削れたり、少し崩れたりと乱れた基地内で、唯一保っていた医務棟のとある一室にて。

 ピンは検査結果の出た紙を一枚、机の上へと放り投げた。


 その検査結果というのは、とある人物の右手のレントゲン写真である。


 患者であるゼロは怪訝そうに首を傾げて、自身の右手を顔の前に掲げる。

 肌の色であるはずのその手は、今は赤紫色をしていて、職業柄それなりの厚さを持っていた手はいつも以上に分厚く見える。


「……異常なし?」

「なに。文句あんの?」


「ありませーん」と答えながら、ゼロは右手をグーパーと動かした。

 支障が無ければどんな色をしていたって異常なしと判断出来る。だって動くし。


 手に包帯を持ったピンが、ベットに腰掛けていたゼロの前に立った。

 そして、「ん」と言葉足らずに何かを要求してくる。


「……え、なに?出血してないけど」

「手ェ出せつってんだコラ」

「あ、そゆこと?」


 はい、とゼロは変色した右手をピンの前に出す。

「きったねェ色だな」となにやら暴言が聞こえてきたが、そう言いながらもピンはぐるぐると包帯を巻いた。万能である彼は医療器具の扱いにも長け、その腕は軍医にも匹敵する。事実、医務室の用品を自由に扱えたり、医務棟の専門機械を操れたりする。

 一体どこまでいくのだろう。というか、何を目指しているのだろう。

 白の面積が増えていく自身の手を見ながら、ゼロはぼんやりと考えた。

 粗暴が目立つ男だが、細かい作業が得意なのは技術班での活躍が物語っている。

 きつくもなく、緩くもなく。他人の感覚が分かるわけでもないのに、よく包帯を巻けるなと疑問で仕方ない。


「ん。終わり」


 結び目を引っ張り、最後に何故か患部を強めに引っぱたいたピンは、ゼロから離れ薬品箱の整理を始めた。


「……、」


 ゼロは右手の表を見たり、裏を見たりとくるくる動かす。意味も無く天井のライトにかざしてみたり、目に近づけたりと、色々な角度から眺める。

 身体改造なんかしてないけれど、人らしい怪我をしているのが何故か違和感だった。


「ってか、なんで包帯?血ィ出てないし、巻いた意味なくない?」


 言うと、「あ"?」と鋭い目つきが飛んできた。


「そうでもしねェと酷使すんだろ」


 怪我人なのだと視覚的に自分に気づかせるための処置でもあるらしい。


「んー……」


 確かに包帯で巻かれた手には普段は感じない微弱な圧迫感のようなものがあり、気にせずにはいられない。ぴらぴらとめくれそうなそれを解いてしまいたいとも思う。

 というか、粗暴な態度の癖して意外と医者向きな性格をしている元相棒への違和感も拭えない。

 ゼロの曖昧な返事が気にくわなかったのか、「聞いてんのかコラ」と威圧する声が飛んでくる。それに「分かった分かった」と返事をすると、適当だったことがいけないのか舌打ちを返された。


「ったく、生身ってのは脆弱だわな。なんでお前それに執着してんの?意味分かんねェ」


 そう言いながら、片付けが終わったらしいピンは机に腰を下ろしながら煙草に火をつけた。

 一蹴するかのような言い草だが、彼は真っ直ぐにこちらを見ていた。


 生身。脆弱。執着。意味。

 それらを声に出さず復唱すると、気づけば「うーん」と唸るような声を出していた。

 今まで見ていた自身の部位が、ある時を境に肌の色から機械の色に変わる。人工皮膚がいくら肌色でも、それはやっぱり機械の色だ。

 そうなることに恐怖があるわけではない。脳と左手内部は、少しながらも機械色に染まっている。

 機械色の方が利便性があることを把握した上で、やはりそれは受け入れがたい話でしかない。理由もそれっぽいのはあるけれど、多分このご時世でそれは理由にはならない。特に、既に機械色を持つ側からすれば、理解し得ない話になるだろう。


 いろんな死線を共に越えた相手に今更何を取り繕うのか。

 言っても別にいいのだけれど、それでもゼロは目を伏せるようにして奥に押し込めた。


L777ナナだって生身じゃん」

「あぁ?あれは雑魚だろ。怖ェんだと」

「あー」


 会得したような声で返答する。

 付き合いは短いが、あいつなら言いそうだ。


「じゃ、俺もそれで」


 違うけど。

 けど、多分、拒否する理由が違うだけでそれ以外は大差ない。


「先生、申し訳ないんですけどベッドを――」


 その空間に女性2人が入ってきた。

 癖一つ無い綺麗な髪の女性が、寝癖のようなうねる髪を束ねた女性を支えるようにしていた。支えられた女性はぐったりとしながら何かをぶつぶつよ呟き続けている。

 そして、まっすぐの髪を持つ女性――O202は室内の様子を見て、声とは言えない奇声をあげた。


「なんでアンタがここにいんのよ!軍医の先生を出しなさい!」


 そう言いながら作業着でもある白衣を着たピンを指さす。


「うるせェバーカ!医者は全員昏睡状態の連中の検査でいねェよ!」

「うるさいのはどっちよ!」


 ゼロはそっと耳に手でふたをしながら、「なぁ」と目をつり上げる2人に声をかけた。

 2人の敵はあくまでも相手なので巻き添えを食らうことはあっても、暴言を直接向けられることはあまりない。


「なんですか?ゼロさん」


 だからといって、取り繕ったような笑みを向けられるのも困るが。

 O202は行き場を失った拳を握りながらゼロを見てにこりと微笑む。もちろん目はあまり笑っていない。


「言い争いはアンを寝かせてからでもいんじゃね?」

「あ」


 O202はアンを支え直し、のそのそとベットの方へ歩み寄る。そんな彼女からピンはアンを奪い去るように受け取り、彼女を持ち上げベットに丁寧に寝かせた。

 自分の手から離れていく重さ。自分には支えるだけで精一杯だった相手が、軽々と運ばれていく。


「……女の子に無断で触るとか、ないわ」

「あ?すっ転ばれて怪我人が増えたりでもしたらたまんねーよ」


 ゼロの横のベットに寝かせられたアンの容態をピンが検査しながらそう答えた。

 アンは意識朦朧といった状態で、暗号のようになにかをぶつぶつと口にしている。


「寝ろ」


 ピンがアンの額を引っぱたくと、「ぎゃふ」という声を最後に寝息を立て始めた。


「寝りゃ治るだろ」

「ほんと?熱とかない?」


 アンのベットの横に立つピンの隣にO202が並ぶ。

 彼女は不安げに友人の顔を覗き込んだ。


「ねーよ。疲労だ。寝かしてやれ」

「そうね」


 O202は寝ている友人の髪に手を伸ばし、それを束ねていたゴムをするりと抜き取った。


「にしても、軍医が全員出払ってるって……そんなに犠牲者がいるの?」

「……まぁ半分ぐれぇだな」


 威勢の良いピンの声がそこだけ萎れた。


「あと、大将どもが全員旧型チップだったのが痛手だった」


 大将たちは全員古株だ。新しい型のチップを持っているはずがない。


「大将達を止めたのは誰なの?」


 ふと、O202は振り返って、そこにいる強者の顔を窺った。

 ゼロが首を横に振るのとほぼ同じタイミングで、「若大将だとよ」とピンが答える。


「あの人も旧型チップでしょ?それとも、交換してたの?……さすが、Mr.ミラクル」


 O202のその声は呆れ気味にも聞こえた。

 全てにおいて突発的な行動をとるあの大将のことを、敬意を込めてMr.ミラクルと呼ぶ兵士達がいる。敬意、いや、皮肉か。


「暴れすぎでチップの位置がずれたんだよ。元に戻さねぇと痛みで使いもんになんねぇから、ついでに交換しちまえって」

「相変わらず運が良いのね」

「さぁ。どーだか。今頃、拷問開けの身体で他の大将の分も仕事してるんだろうし」

「あの若大将がずっと机にいられるとは思わないけどね……」


 度々脱走することで有名な上司である。


「ま。今回の件でやんなきゃいけねーこととか山ほど見つかったろうから、こっちも覚悟しとかねーとな」


 話を続ける2人の邪魔をしないように静かに腰を上げ、ゼロはその部屋を出た。

 廊下を歩きながら包帯の結び目を少し弄くり、それからゆっくりと解く。

 痛々しい色をした自分の手を少し見てから、その手を握りしめた。

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