act.011 One shot one kill


 ◇


 屋上へ続くエレベーターの前で、2人はL777と別れた。

 体に染みついた無音の足音と、挑発するような態とらしい足音が建物内に反響する。


「えぇっと、つまり、噂の旧型チップが敵の手駒に落ちたってこと?」

「あぁそうだよ」

「……おかしくない?」

「あ?何が」

「おまえ、正常じゃん。旧型チップ所有者でしょ?」


 ゼロはピンの識別番号を小さく口にして、もう一度年代を確認した。機械関連は詳しくないので、いつまで経っても自信が無い。


「丁度、試作のヤツをブチこんでたからな。ギリギリとどまったんだろうぜ」


 と、ピンは進行方向を向きながら自分の頭を親指で指さす。それをゼロは横目でちらりと見た。


「へぇ。よく分かんねぇけど、まぁ敵に回られなくて良かったわ」

「だろ?」

「お前、乱射しまくって基地破壊しそうだしな」

「お前、俺のことなんだと思ってんだよ」


 2人、そこで口を噤んだ。

 ゼロは左手の銃を、ピンは右手の軍刀を。

 まるで表情の消えた面構えと、獰猛な獣のような形相と。


 静かな双眸と、ぎらついた双眸が同じように右から左に流れた。


「なァ」

「ん」


 今にも高笑いを始めそうな声に音だけの声が答える。


「この通路のあっちって」


 目撃したのはゼロと同じ格好をし、ゼロと同じ銃を所持した集団。

 その集団が向かった方向には絨毯の敷かれたフロアに続く階段がある。


「上を潰すのか」とゼロは斜め上を――馴染みのあるとある一室を見上げる。

 俺が向かう。そう隣に言おうとしたが、隣は左耳を手で押さえていた。


O202オーツー?」


 少し冷静を取り戻したピンの目がこちらを向き、顔が前にこくりと動いた。


「乗っ取られたウチの連中は上に。外から入ってきた連中は無造作に周囲を破壊してるらしい」

「多分、一気に操作するのには限度がある。だから、東軍に大将達の殺害を命じた。どこにいるかは、本体兵士が知ってるから」

「たちの悪ィ寄生虫みたいなことしやがるな」

「俺達を狙ったのは、単純に邪魔になるから。最悪、この基地の監視機能はパクられてるかも」

「おかげで非戦闘員は待避できたらしいぜ。ったく、他狙う暇があるって思われるぐらいには舐められてるってのがウゼェ」


 ピンの右足が先に前に出た。それに続くようにゼロも歩き出し、歩きながらしまっていたナイフを取り出す。


 その先は突き当たりで、右に行くか、左に行くかしか道はない。

 そこまで歩くとゼロは何も言わずに左に折れた。


 先ほどまでより速さを上げた歩調を、ピンは数歩分ほど見送った。

 奴が仲間を手にかけた翌日は非番になる。その決まりを思い出し、その非番が今日だったことも思い出す。

 自然と、速度が上がった。

 凶悪な顔をちらつかせながら、床に踵を打ち付けた。



 ◇



 屋上の端に立ち、銃を構えながら下の様子を窺った。

 任務から戻ったL型銃を所持した兵士達が、自分たちの帰る場所を取り囲むようにして銃を構えていた。死角になっている場所でおそらくS型銃所持者と機械兵が戦闘状態に入っているはずだ。


 ここからでも援護できないかとポイントを何回か変えていると、爆音を聞いた。

 爆撃だ。ゼロと違い、爆撃音で区別はできないが、基地内で遭遇した歩行型無人爆撃機と大差の無い殺人音。

 O202から事前に話を聞いていたL777は、すぐさま上空を見上げた。


 まだら模様の雲の隙間。

 そこに標的を見た。


 上を向く自分の眼に、銃のスコープを被せる。

 小さく見えていた敵UAVの姿を確実に捕らえた。


 UAVの軌道。銃の弾速。

 感覚的に全て分かる。頭で処理しているわけではない。むしろ空っぽだ。何もない。

 まるでもう1人の自分に操られているようだった。

 タイミングや準備など確認しなくても、独りでに人差し指がトリガーを引く。


 落とした。

 報告する相手はいないが、自然と口についた。


 だが、耳に靄がかかるような感覚はなくならない。

 戦場にてUAVに反応するように鍛えられた耳が、目を、顔を、指を、体を、動かす。


 人差し指がまた曲がる。

 覗いていたスコープに、黒煙を吐く機体が映し出された。予測不能な動きをするそれに仲間が巻き込まれやしないか。

 上を見上げていた顔を元の位置に戻し、肉眼で落ちていくUAVとその近辺を確認する。


 突如、視界に打ち上げられた光が入った。2発。

 L777の口元に自然と笑みが浮かんだ。


 自分が敵UAVを落とすと、決まって特殊銃の照明弾が打ち上げられた。

 GFにいた頃からの合図。

 ナイス。

 いつのまにか、そんな意味を持っていた。


 下に仲間がいる。

 姿は見えない。誰が打ち上げたのかも分からない。

 下も同じはずだ。

 上に誰がいるのか見えないし、見ている場合ではない。

 けれど、自分たち一部の兵士しか知らない暗黙の了解。


 L777は袖を捲り上げた。

 屋上の端に片足をのせ、下をのぞき込むようにしながら銃を構える。

 ぺろり、と唇を舐めた。


 銃を持って。

 大地を汚すようにひたすら機械を壊し。

 そこまでしても未来があるのか不確定で。

 けれど。

 こんな世界も、捨てたもんじゃない。


 人類の知能を遥かに超えた人為的な知能を前に。自分たちが生み出した自分たちのための道具を前に。何度も苦戦し、何度も滅びかけている。

 けれど、滅んでやるわけにはいかない。滅ぼされるわけにはいかない。


 こんな世界にした責任を果たすまで、人類は滅んでなんかいけない。


 地上の支配権を取り戻し、自分たちの栄華の軌跡を無かったことにして。無に戻して。元の姿に返して。綺麗さっぱりとしたありのままの大地を地球に還すまで。


 人類が滅んでいいはずがない。

 簡単に捨てていいはずがない。



 パン!と、また照明弾があがった。

 UAVは落としていない。ならば違う意味だ。

 続けて曳光弾えいこうだんが打ち上げられた。発射後、後方に光を引く特殊弾。その赤い線状の光が同一方向に複数撃たれていた。

 傾いた太陽と同じ方向。


 空を染め始める光に混じって、点のような何かが複数見える。

 スコープ越しに見ると、まるで蚊柱だ。

 小さい何かが集団でこちらに向かっている。

 見ているうちに、その姿がくっきり見えるようになって、そこでスピードの速さに気づかされた。


 よく見かける敵のラジコンサイズの小型ヘリ複数が、おそらく火薬を搭載して迫ってきている。この基地上空でその火薬を爆破させる魂胆なのだろう。


 電磁砲なら数機まとめて潰せるだろうから時短はできそうだ。だが、全て落とす頃には銃が使い物にならなくなってしまう。

 L777は銃の形を変えずに、群れの一番端にスコープをあわせる。


 1機1機通常弾で落とす。

 近寄られれば近寄られるほど自分の偏差射撃率は落ちる。近寄られる前に、全部潰す。

 一旦スコープから顔を話す。

 目を閉じ、胸一杯に息を吸い、吐きながら再びスコープに寄り、レンズ越しに敵を見据えた。

 目に力が入る。大きく見開く。


 そしてそれから、まず1発。

 続けて2発。




 遠くに見えた敵勢力が、基地付近に近寄ることはなかった。

 地上で戦闘を行なっていた何人かの兵士が、屋上の端から飛び出したL型の銃口を目視した。そこから宙に浮かぶ敵を討つ。


 自分達の背を任せられる。委ねられる。

 あいつがいるなら、勝てる。

 屋上から放たれる弾丸に、その場にいる誰しもがそう思った。

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