第三章 第3話

 場の雰囲気を察してか、他のホビットたちは所用があるとかないとかで急に帰っていった。

 僕たちとニコルガの四人だけになる。

 さっきからオイオイと泣いたかと思うと、急にだんまりしたりするニコルガ。

 僕が、どのタイミングで話しかけていいものか迷っていると、レイGが口を開く。

「一体、いつまで泣いてるズら。おっさんが泣いているのは見っともないズらよ」

「ちょっと、レイG。そんな風に言わなくても……」

 二人がやりとりをしている間に入って、僕もニコルガに尋ねてみる。

「ニコルガさん、話してくれませんか娘さんのこと。泣いてるだけじゃ、僕らもどうしていいか分からないし」

 彼はズズーッと鼻をすすると、ぽつりぽつりと話し始めた。

「取り乱しちまって、すまねぇだ……。オラたちはもともと、森に住んでいたわけではねぇ。ずっと海の近くで暮らしていただ。オラの娘・ミリアは目に入れても痛くないほど可愛い娘だった……、オラが漁に出ていくときには、いつも飯をこさえてくれて。けんど、オラが流行り病で寝込んじまっているときに、ミリアが街に医者を呼びにいっただ……」

 流行り病――今から十年ほど前に、ケプロ一帯で高熱の出る病が流行ったのは、僕にもおぼろげながらに記憶がある。

 その時のことは、後になって兄さんから聞かされたんだ。

僕の父さんはケプロで町医者をしていた。

次々と来る患者の診察に追われていた父さんは、その傍らで病理学の研究をしていた。

そして、病の原因を何かしらつかんだようで、医院をスタッフに任せて、アルアン大陸へと渡っていった。

数か月経ち、一年経ち――そして、三年経ったころに僕たち家族の元に父さんから手紙が届いた。

流行り病の原因が分かった。これから、ケプロに帰る――と。

母さんも、兄さんも喜んでいた。

もちろん、僕も。

でも、父さんは帰ってこなかった。

いくら待っても帰ってこない父さんを探しに、母さんも大陸に渡っていった。

そして、四年前には兄さんまで――。

あ。

僕は急に気になってニコルガさんに尋ねた。

「もしかして、ミリアさんが呼びにいった医者って、ガネットという名前じゃなかったですか?」

 彼は驚いた眼で、僕を見つめた。

「あんでぇー、なんでガネット先生のこと知ってるだ?」

「僕はガネットの息子なんです」

 さらに彼は驚いた眼で、僕をまじまじと見た。

 そして、合点がいったように大きく頷く。

「どおりでぇ、その燃えるような赤毛はガネット先生とそっくりだぁ」

 父さんのことを知ってる!

 僕はすごく嬉しい気持ちになって尋ねた。

「父のことをもっと教えてもらえますか、ニコルガさん?」

「先生はそりゃ良いお医者さんだった。ミリアが先生を呼びにいったのは、夜も遅かっただに、先生はすぐに来てくれてオラのことを診てくれただ。おかげで、オラの病は直ったけんど。けんども……」

 彼は何か察するように、僕のほうを見た。

「先生が来たのは十年も前だぁ。レイバーさん、そん時おめえさんはいくつだ?」

「たしか、4才だったと思います」

「4つかぁ……じゃあ、先生のことはそんなに覚えてないべ?」

「ええ、父がいなくなったのも、後になって兄から聞かされましたし。父はその後、アルアン大陸に渡ったんですか?」

「アルアン? おめえさん、何を言ってるだ……」

 彼は少しきょとんとした表情を浮かべるも、急に慌ててハッとした表情になった。

「そっか、おめえさん。なんで、先生がいなくなったか知らねえだな……」

 父がいなくなった原因?

「ニコルガさんは、何か知ってるんですか? 教えてください、父のこと」

 僕が身を乗り出して尋ねると、彼は一瞬ためらったものの、口を開いた。

「オラの娘が先生を船でケプロに送る途中で、シー・ライナスに飲み込まれただ……」

 え、どゆこと?

 僕が状況を呑み込めずにいると、ロディが代わりに口を開く。

「でも、レイバーのお父さんからはそれから三年後に手紙が届いてるって聞いてますけど」

 今度はニコルガが、状況を呑み込めずに目をクリクリさせている。

「なんだって! そっ、その手紙には何て書いていただ?」

「たしか、これからケプロに帰るって。ねぇ、レイバー?」

 ロディがこちらを見つめるので、僕はコクンと頷いた。

「ええ、たしかに父は病の原因が分かったから、これから帰ると」

「そんで、それから帰ってきただか?」

 彼はおもむろに、僕の肩をつかんで尋ねた。

「いいえ、結局戻ってきてません。それから母や兄が大陸に渡って、父を探しているんですが……」

 彼は落胆の表情を浮かべた。

 娘のミリアさんが生きていると彼が思ったのは、察しがつく。

「ニコルガさん、ミリアさんは海で死んだとおっしゃってましたが、もしかしたら生きているかもしれませんよ。現に僕の父からは手紙だけは来てますし」

 僕は何とか、彼をなぐさめようとした。

「……んだ。たしかに、ミリアの遺体も、先生の遺体も見つかってねえだ。ずいぶんオラたちも探しただが見つからなかった。でども、シー・ライナスが出たのはたしかだべ」

 それから僕たちは夜更けまで話したものの、ますます謎は深まるばかりで床につくことにした。

 シー・ライナスって、一体なんなんだ。

 話には聞いても、僕はまだ実物を見たことがない。

 父さんとミリアさんは、どうなったんだろう……。

「んごごごごごごぉぉーーーー」

 僕が悶々と考えている横で、レイGだけは、気楽にうるさい寝息を立てて眠っていた。

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