第二章 第2話

 ケプロ港は世界でも有数の港だ。

 大陸間の中継点に位置しているため、多くの船がこの港を往来する。

 必然的に行き交う物量も多く、倉庫はいくらあっても追いつかないくらいだ。

 ただ、今日僕が見ている港は異様な光景だ。

 まったく、船が出ていない。

 海はこれだけ穏やかだというのに、一体何で?

 そして周囲を見渡せば、あちこちの倉庫の屋根で作業に勤しむ人の姿が見える。

「親方あぁぁーーっ!」

 僕は103番倉庫の屋根で作業をしている親方を大声で呼んだ。

「なんだぁ……おうっ、レイバーじゃねえかっ。ちょっとこっち来い」

 親方がおもむろにそう言う時は、何か手伝わされるのだが……。

「わかりましたーっ! 今行きますっ」

 僕は倉庫の外壁に立てかけられているハシゴをよじ登る。

 屋根までたどり着くと“クルマダ”以外の店の作業員も大勢働いていた。

「親方、何なんです? こんなに大勢の人が……」

 長時間の作業の疲れからか、親方は額の汗を拭いながら、フーッと息をついて答えた。

「何って、ケプロ公・シーマ様の命さ。何だかよく分かんねえが、港の修繕を急げとのお達しだ」

「嵐でも来るってことですか?」

 親方は僕に近づいてくると、耳打ちしてこう言った。

「違う、“星獣”だ」

「えっ?」

 星獣――シー・ライナス。

 幼年学校で習う前から、僕はその名前を知っていた。

 なぜなら、兄さんと一緒に暮らしていたとき、一度だけ教えてくれたからだ。

 僕は胸元のペンダントを握り締めた。

「シー・ライナス……」

 僕が星獣の名前を口にすると、親方は頭をボカッと叩いてくる。

「バカ野郎、その名を口にするんじゃねぇ。まだ、ここにいる連中は誰も知らねえんだ」

「い、痛えっ!! す、すいません」

「よおく、見ろ。海が凪いでいるだろう」

 親方が指し示す海を改めて、僕は見た。

 たしかに、変だ。

 海は穏やかだけど、穏やか過ぎる。

 風が止まっているんだ。

「もう二ヶ月も船をロクに出せやしねえ。で、ここに来て港の修繕作業だ。こりゃあ、オレの勘からすると、星獣の仕業だな」

「でも、親方の勘って大体外れてますけど。だって、この前も……」

 僕が言葉を続けようとすると、親方はわなわなと拳を振り上げる。

「いいから、黙っておめえも手伝えっ!」

 僕は平謝りをすると、親方に言われるがまま、屋根の修繕作業を手伝った。

 作業をしている間に、親方にいろいろと報告をした。

 学校を卒業したこと、ランク“E”の勇者になったこと、相棒のレイGのこと、しばらくバイトを続けさせてほしいことナドナド。

 バイトを続けさせてほしいというくだりで、また親方の拳が飛んでくる。

「バ・カ・ヤ・ロ・ウッ、そんな心がけでどうする? いいから、お前は兄貴を見つけてこい」

「いや、でも親方。旅をするにも、お金が……」

 そこまで言うと、親方はまた拳を振り上げようとする。

「若い奴がグダグダ言ってんじゃねえ。ほら、受け取れっ」

 そういうと、親方は僕に袋を渡してきた。

 手に持つとズッシリと重い感触がする――たぶん、お金だろう。

「5万セネカある。それは、お前の退職金だ。さっさと兄貴見つけて、またここに戻ってこい。いつまでもアンを待たせんじゃねえぞ」

 親方はそうぶっきらぼうに言うと、プイと振り返った。

「兄さんを見つけて、必ず戻ってきますっ!」

 僕はその場で深々とお辞儀をした――親方、本当にありがとう。

 そうだ、そろそろロディの家に行かないと。

 僕はレイGを探そうとあたりを見回すと、波止場で彼はネコと魚の取り合いをしていた。

「離すズら、これはオラのズらよおぉぉーー」

 必死に魚を取ろうとレイGに、ネコがワラワラと群がってくる。

「いてててっ、オラは食物じゃないズらっ」

 その様子がおかしくて、僕はケラケラと笑ってしまった。

「笑ってないで、レイバー助けるズらっ。このままだと、コイツらに食われてしまうズらぁ……」


 ネコたちを振りほどいて、レイGを助けた僕はロディの家へと向かっていた。

 ギルロスにいた頃に何度か遊びに行ったが、丘の上にある屋敷は兄さんと一緒に暮らしていた家とは比べ物にならないほど大きい。

 ケプロの大通りを突っ切ると、次第に木々が生い茂った森へと入る。

 たしか、ここをこのまま進んでいけば着いたはずだけど……。

 パシャン、パシャン。

 森の静寂さを破るように、どこからか水の跳ねる音が聞こえる。

 あたりをよく見渡すと、木々の間から人影が見えた。

 栗毛の長い髪をたらして、こちらに背中を向けながら、泉で水浴びをしている。

 身体のラインからして、女の子だろうか?

 もう少し、近くでたしかめようとすると、おもむろにレイGが口を開いた。

「まったくスケベズらね。何、覗こうとしているズら」

 レイGの声に気がついたのか、少女はこちらを一瞬振り返り、“きゃっ”と言うと少女はそのまま泉の奥へと走り去っていった。

「ちょ、ちょっと。違うよ、待って……」

 行ってしまった――レイGのほうを振り向くと、キョトンとした顔で僕を見ている。

「何ズら、あいつ女だったズらか」

「あいつって、一体誰のことを言っているのさ?」

「ロディ、ズらよ。見て分からなかったズらか」

 レイGはさも当然といった顔をしているが、僕は驚きのあまり目をパチパチさせる。

「まさか、違うだろう。四年間ギルロスで一緒にいたけど、アイツに胸はなかったよ」

 そう否定しつつも、たしかに栗毛の髪と透き通った青い瞳はロディそっくりだった。

 ただ、いくら出ない答えをここで考えていても仕方がない。

「きっと、妹かお姉さんだよ。それより、行こうレイG」

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