家妖精、おこる

 やぬしさまが困った顔で家の中を探し始めたのは、リョースが家に住みついて二ヶ月ほど経ったある日のことでした。

 どうやら、やぬしさまのお父様の形見である真珠のネクタイピンがなくなってしまったということで、やぬしさまは困り果てています。


「おっかしいなあ……。ここ以外にしまうはずがないんだけど」


 ぶつぶつとぼやきながら、家の棚という棚を開いて探し回っています。

 慌てたのはラーシュとシキワです。やぬしさまの承諾を得ずに住みついたふたりは、やぬしさまに見つかってしまったが最後、この家を出ていかなくてはなりません。

 本当はやぬしさまの許可をいただければ良いのですが、勝手についてきて住みついた形です。やぬしさまがいかに優しくて素晴らしい方とは言え、許可をくださるとは思っていませんでした。


「姉さん、荷物は持った!?」

「ええ、大丈夫。やぬしさまが上がってくる前に一旦床下に移るわよ!」


 三階にあるやぬしさまのお部屋。その押し入れの一角に自分たちの住処を作っていたふたりは、急いで荷物をまとめてそこを飛び出しました。

 やぬしさまは今、二階の探索に移っています。時間は朝方、いつものように手すりを滑り降りるなんて危険な真似はできません。


「ラーシュ、やぬしさまは?」

「大丈夫、今落ち着かれるためにお手洗いに入られたよ! 今がチャンスだ」


 やぬしさまの様子を物陰から窺いながら、普段よりも三割増しのスピードで階段を下ります。


「……許可なく住みついた妖精さんは大変だねえ」

「そう思うなら手伝いなさいよぉ!」


 この大騒ぎには一切関係ないリョースがしみじみと呟きますが、構っている暇はありません。

 二階をそのまま通り抜けて、ふたりはじめっと薄暗い床下に一旦拠点を移すのでした。


「それにしても、やぬしさま大丈夫かな……」

「そうね。ずいぶんとしょんぼりされていたし……」


 夜。結局家じゅうを探し回ったやぬしさまでしたが、最後までネクタイピンを見つけることができませんでした。

 ひどく落ち込まれたやぬしさまは、今日は早めにお休みになられています。

 ふたりは仕事を終わらせた後、一階の『わしつ』で、リョースを交えてなくなってしまったネクタイピンの行方について話していました。


「シキワ君はやぬし殿の持ち物を磨くのが趣味だったな。ネクタイピンを磨いたことは?」

「ないわ。やぬしさまが大事にしまっているものをわざわざ出したりしないわよ」

「だよねえ」

「姉さんはそういうところ、ちゃんとしていますよ。……ん?」


 と、ラーシュはかすかな物音に気付きました。

 顔を向けると、もぞもぞと何かが動く気配。


「あれは……!」

「ラーシュ君⁉」


 ラーシュは駆け出しました。

 とても嫌な雰囲気です。ここにはやぬしさまのご両親の『ぶつだん』もあるのです。本来は静けさを大事にしなくてはならないのですが。

 よく見ると、ぶつだんの近くの壁に小さな穴が開いています。

 壁の向こうは外のはずです。しかし、その穴の向こうに見えるのは夜の屋外ではありません。


「この穴……」

「む、これは良くない」


 追いついてきたリョースが、顔をしかめました。

 どうやらこの穴がどういうものか、知っているようです。


「リョースさん?」

「この奥にいるのはボギーだ。君たち家妖精ブラウニーと違って、家の大事なものを隠したりするのが好きな、悪戯好きの連中だね」

「では、この向こうに……!」

「うん。……ラーシュ君、冷静にね」


 家に住まわせていただいておきながら、やぬしさまに迷惑をかけるなんて。

 怒りに髪を逆立てるラーシュに、リョースが一言かけてきました。


「いいえ、ラーシュ。やっちゃいなさい!」

「ああもう……シキワ君⁉」


 だが、ここにはもうひとり、怒れるシキワがいたのです。リョースが声を上げますが、こうなってしまうとふたりには届きません。

 ラーシュは鼻息荒くシキワに頷くと、のしのしと穴の中に入って行きました。







「うへえ、いつ見てもきれいな玉だ。宝石かな? 宝石かな?」


 鼻の大きく曲がった妖精が、にやにやと笑いながら輝く玉を光に透かしていました。

 その足元にはいろいろなものが落ちています。ほとんどは役に立ちそうもないガラクタに見えますが……。


「おっ? 何だおめえ。おれっちに何か用だか」

「やぬしさまのネクタイピン! やはりお前が盗んだのですか!」


 妖精が驚いた顔をします。ラーシュは目敏くその足元に落ちているネクタイピンを見つけました。

 怒りに燃えた顔で指さしますが、目の前の妖精――ボギーは、厭らしい笑みを浮かべてその上に座ります。


「羨ましいか? 最初に見つけたのはおれっちだ。やらねえぞ」

「何をっ⁉ この家にあるものは、やぬしさまの持ち物です! 盗んでおきながら何を偉そうな!」

「知ぃらねえなあ。これはおれっちが昔から持っていたものだぁ。妙な言いがかりはやめてもらおうかあ」


 煽り立てるような言い方に、ラーシュは思わず殴りかかってしまいそうになりましたが、入る前に言われたリョースの言葉を思い出します。冷静に、冷静に。


「ならば確認するとしましょう。そのネクタイピンには、ある宝石がついているはずです」

「おぉ、そのとおりだぁ。見えるか、この白水晶」

「違いますね、そこについているのは水晶じゃありません、真珠です!」

「えっ」


 果たして、ネクタイピンについているのは真珠でした。

 ボギーは真珠とラーシュとを交互に見返します。どうやら真珠を知らないようです。


「し、真珠ってなんだぁ?」

「貝から獲れる宝石です。これはやぬしさまのお父様が、故郷の海で獲れた真珠をネクタイピンに飾り付けた大切な形見! さあ、返しなさい。故人の思い出の品を盗むのは、妖精のマナーに反します!」

「う、うぅ……。そんなん知らねぇ。水晶だと思ったのに。こんなもんいるかぁ!」


 と、ボギーはネクタイピンをラーシュに投げつけてきました。慌てて受け止めると、ボギーは四つん這いでかさかさとラーシュの脇を走り抜けていきました。


「あ、おい!」

「知らねえ、知らねえ! お前みたいなやつのいる家には、もういたくねえ!」


 その声は遠くから、とても遠くから聞こえました。






 ラーシュが穴から出て振り返ると、穴は跡形もなく消えてしまっていました。


「ボギーから首尾よく取り返せたようだね。良かった」


 リョースがほっと息をつきました。


「あいつらは悪戯好きなやつらだけど、本質的には君たち家妖精に近い。争いにならなくて良かったよ」

「悪戯好きなのは構いませんけど、やぬしさまの形見を盗むのは許せませんよ」


 ラーシュはネクタイピンをシキワに預けると、ぶつだんの一番下の棚を引っ張りました。

 ほんの少しだけ開いた隙間に、シキワがネクタイピンを放り込みます。

 これで良し。

 あとは明日になるまで待って、やぬしさまが見つけるのを待つだけです。


「君たちのような家妖精が居て、やぬし殿は幸せだねえ」


 リョースの笑い声に照れながらも、ふたりは誇らしい気持ちで棚を押し戻すのでした。






「ああ、よかった! 見つかった!」


 翌朝、やぬしさまはネクタイピンを見つけてとても喜ばれました。

 聞けば、明後日には親戚の法事でネクタイピンをつけていきたかったとのこと。

 早くに決着がついてよかったと、シキワとラーシュは胸を撫でおろしたのでした。


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