第二章 吹奏楽コンクール 1 課題曲

 吹奏楽コンクール地区予選が8月に行われるので5月からそのための練習が始まる。課題曲は「シルクロードラプソディ」自由曲は課題曲の仕上がりによって後で決めると決定した。1年生はよっぽど上達が遅ければ補欠になるがフルートパートは凛と二人なので出場が必須だった。


 4月末のミーティングで発表になり、終わった後凛が直に言った。

「直、ふたりしかいないからって出られると思ったら大間違いよ、ヘタクソだったらアレンジを変えてでもひとりにするわ、あなたは補欠になるのよ、わかった!」

 凛が初めてきつい言葉で直に言った。


 直はショックだった。まだまだ音階すらおぼつかないのにコンクール出場、ヘタクソだったら補欠と言われて発奮する前に落ち込んでしまった。

 重い足取りと気持ちを引きずって家に帰ったが、真奈美に「どうしたの?」と顔色が冴えないのがバレてしまい、直はその一言でぽろぽろ泣きだした。

「学校で何かあったの?」と真奈美が続けて聞くと、堰を切ったように今日あったことを話しだした。

「あのね、直はやっと音が出だしたんだよ、楽譜も一生懸命読めるように頑張ってるよ。けどね、先輩は夏のコンクールまでにヘタクソだったら出さないよ!って言われたの。だからなんだか悲しくなって」

「うん、うん」と真奈美はうなずいた。そして、

「直ちゃん、コンクールはいつなの?」

「8月の最初だよ」

「今は4月だよね、まだ3ヶ月もあるじゃないの!」

「でもお」

「先輩はね、あなたに意地悪で言ったんじゃないと思うわよ。きっとあなたに出て欲しい、だから頑張れって意味で言ったんじゃないかな」

「そうかなあ」直の顔に少し笑顔が戻って来た。

「高校野球でも1年生で甲子園まで出ている子もいるじゃない、フルートだって頑張ればできるわよ」

「そうだね、うん、頑張る!」単純な直は真奈美の励ましであっという間に立ち直った。

「お母さん、お腹すいたよう」

「はいはい、お父さん今日は残業だって言ってたから先に食べようか」

「うん!」


 あくる日、元気よく部室に入った直は凛から1冊の真新しい譜面を渡された。

「これがコンクールの課題曲よ、あなたはフルートのセカンド。持って帰って写譜してオリジナルは楽譜係に返してね」

「しゃふ?」初めて聞く言葉だった。

「楽譜を書き写すことよ、記号もちゃんと書くのよ」

「コピーじゃダメなんですか?」

 直は聞いてはいけないことを聞いてしまった。周りに緊張が走った。机をカタカタたたいていたパーカッションの男子の手が止まった。

「バカ!コピーなんかして自分のものになると思ってんの!あんたねえ、そんな気持ちで取り組んじゃ補欠間違いなしよ!」腕組みをした凛の怒鳴り声が部室に響き渡った。直は初めて凛の恐ろしさを知った。

「す、すいません!ごめんなさい!わかりました!写してきます!」

「もう、わかったら早く準備して!中庭に行くわよ!」その日の練習は緊張しっぱなしだった。


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