18予期せぬ宿泊客

 花の宿の造りは二階に三部屋、三階に二部屋。

 立ち話が長引いてしまいこのままだとただでさえ遅過ぎる夕食時間がもっと遅くなる、と懸念したダニーさんが残りの話は食事の時にしようと一旦切り上げた。

 というわけで促されて二階に上がった僕達は自分の部屋を選んだ。

 ここは部屋ごとに花の名前が付けられていて、木製のドアにもその花の絵を描いたタイルが嵌めこまれている。

 僕はチューリップで、ジャックはリリー(別名ユリ)。……まあ部屋の名称を聞いた時からその部屋にするとわかってたけどね。ミルカはコスモス。

 因みに三階の二部屋はバラとパンジーらしい。

 メジャーな花ばかりだしわかり易くていい。

 結局は押し切られる形でダニーさんの厚意に甘え、宿泊料金はタダって方向にもなったけど、その分俄然スライム退治に精が出るってもんだよね。


 サイコスライム退治のためならとダニーさんから遺跡に入る許可は得た。


 本来の遺跡責任者が避難しているから臨時でダニーさんが責任者をしてるんだとかでちょうど良かった。


 その後それぞれの部屋で寛いで、ダニーさんがわざわざ呼びに来てくれて食堂に下り、丸太を加工したテーブルと椅子で彼お手製の夕食を御馳走になった。


 無論他の宿泊客達は姿を見せない。


 普通ならとっくに夕御飯は済んでる時間帯だもんね。それにダニーさんによると、宿にチェックインした日に一度食事を提供しただけで後は要らないって言われたらしい。口に合わなかったんだろうってダニーさんは苦笑を浮かべて言ってたっけ。

 ダニーさんの料理は一見食材を鍋にブッ込んだだけのおとこ料理だったけど、見た目はゴロゴロしててあれなのに絶妙に食材の出汁が効いててとても美味しかった。料理が美味しくなる魔法を使ったって言われてもうっかり信じそうな見た目とのギャップだった。食材の組み合わせと分量、あと火加減、長年培った勘の賜だよね。


 ……もしかして見た目で判断して食事は要らないなんて言ったのかもしれない。だとしたら勿体ない。そのお客達は損をしてるね。


 食事をしながらダニーさんから色々と話を聞き、食後の休憩を終え就寝の挨拶をして三人で再び二階へと向かう。


 階上へ続く木の階段を上がっていると、トントントントンと階段を下りて来る軽快な足音が聞こえて来た。

 音からして一人だ。

 きっと三階の宿泊客だろう。

 まだ祖父は着くはずがないから彼じゃあないとは思う。大体、一歩一歩床を踏む重さからして違うしね。

 僕もジャックもミルカも相手の邪魔にならないように片側に寄った。


 下りて来たのは、染めているのか珍しい薄緑色の髪をツインテールにした同世代の女の子だった。


 どこかの学校の白っぽい制服の上に真っ白いフードマントを身につけていて、マントの左右の肩部分には、学校のだろう校章が大きく金糸で刺繍されているのが見えた。

 盾を縦横二個ずつ並べたその上に、二本の魔法杖を交差させたデザインだ。

 因みに凝った校章のある学校は基本的に有名校が多い。しかも大半がお金持ち学校ときている。

 白いプリーツスカートの下には白いタイツ、そして焦げ茶の短靴ブーツを合わせていて、よく手足だけ靴下を履いたように白い猫がいるけど、その逆バージョンみたいな印象を受けた。


 上機嫌に爪先でステップを踏んで階段を下りてきたその子は、綺麗な菫色の瞳を流れるように僕へと向けると、何故かくすりと微笑んだ。


 え、何で笑われたんだろ……。田舎者丸出しだった? まあいいや。


 そのまますれ違う僕は特に気にもせず段を上ってたんだけど、ジャックとすれ違い更にはミルカともすれ違ったその子は、唐突に足を止めた。

 階下まで届かないうちに止んだ足音を訝しく思い振り返った僕の目は、俯瞰ふかんからのその子の横顔が驚きに彩られているのを目撃した。

 彼女の視線の先にはミルカがいる。


「――ミルカ・ブルーハワイ?」


 抑揚は少ないながらも驚いているのが確実な少女の声は、間違いなくミルカのフルネームを呼んだ。


 え? 何? 知り合い?


 それにしては、ミルカの強張った表情が腑に落ちない。


「ミルカ……?」

「知り合いか?」

「え? あ、ええ、まあ……一応元同級生」


 僕とジャックのやや控えめな問いかけに、何とも歯切れの悪い返事を寄越すミルカ。自分でも微妙なものを感じたんだろう、取り繕うようにこっちを見て笑おうとしたけど、望まぬ糸に吊られたような頬はらしくなく歪んだ。

 天敵に出くわしたけど、感情を露骨には表せない場面に置かれているがために無理やり我慢しているような、そんな表情だった。

 きっと僕に当てはめたら、例えば国王様と謁見中にうっかりスライムを見つけた時にそんなような苦しい顔になると思う。

 元同級生と言ったきり、ミルカは無言で知り合いの少女を見つめている。

 相手の少女も唐突な驚きだったんだろうけど、それも落ち着いたのか無表情に近いような顔付きで何故か口を開かない。

 双方がだんまりを決め込んだようにして見つめ合っている。


「ね、ねえジャックどうする?」

「お、俺に訊くなよ。俺だってよくわからないって」


 ミルカは直前までのリラックスしていた表情は完全に鳴りを潜め、むしろすっかりどこかの沖合いに押し流していつにない慎重な顔をしていた。


 ハッキリ言っちゃえば不愉快そう。


 詳しくは教えてもらってないし敢えてこっちからは訊かなかったけど、自主退学したって言う魔法学校時代は色々とあったみたいだし、たぶん会いたくない相手なんだろう。


 宿の先客はこの子で間違いないね。


 だとすればもしかしたら他にもいるのかも、ミルカの元同学の徒が。

 先客は三階にある二部屋を使ってるって言ってたし、きっとそうだ。

 ダニーさんは厨房の奥の方で後片付けに夢中でこっちの状況には気付いていない。

 膠着状態が続いて、どうすればいいのかと内心本気で悩んでいると、そんなこっちの気配を感じたのかミルカがようやく口を開いた。


「……どっち?」


 ん? ミルカ? どっちって何の話?


 僕とジャックが揃って益々困惑していると、問いを向けられた少女は端的に言った。


「妹」


 と。


「何だ、じゃああなたリディアね。……クレアもいるの?」

「いる」

「へえ、そう。じゃああたし達はこれで。アル、ジャック、行きましょ?」


 上辺だけの笑みを貼り付け、ミルカが階上へと僕達を促した。


「え、あ、うん」

「あ、ああ」


 男二人揃って微妙な返事をしながらも、言われた通り二階への歩みを再開する。

 僕がちょうど階段の踊り場に上がった時、間が悪い事にまた上の方から足音が近付いてきた。


「全く、今更になって何よ。やっぱり食事も付けてもらうですって? しかも自分だけ。リディアったら一人だけ美味しいご飯にありつこうなんてズルいわよね! 大体、あのゴロゴロ料理が美味しいなんてこれっぽっちも思わないじゃない。美味しかったならすぐに教えてくれればよかったのに……!」

「いやリディアちゃんは美味しいから食べなさいって何度も言って……ってあああちょっとクレアちゃん、階段でそんなに急ぐと危ないよお~っ」


 今度は男女の声と共に騒々しい足音がして、見上げた階上からツインテの子と服も髪の色も全く同じ子が駆け下りて来る。


 その子の方はサイドテールだったけど、何と顔も同じだった。


 え? えっ? まさかのドッペルゲンガー!?


 彼女の後ろからは追いかけるようにしてやっぱり同世代の少年が姿を見せたけど、目を瞠っている僕が少年の方に意識を向けかけた矢先、先頭の少女が段を踏み外した。


「え、きゃあああっ」

「クレアちゃん!!」


 ヤバい!


 僕は咄嗟に足を踏み込んで落ちて来るその子へと両腕を伸ばす。

 冒険者をやってるおかげ様さま~で判断力とか瞬発力が培われて、何とか柔らかく上手い具合に受け止められたのは幸いだった。


「君、大丈夫?」

「…………」


 その子は落下の精神的衝撃にしばし呆然としていたようだった。目も口もポカンとしていたけど、ようやくのろのろと僕に焦点を合わせる。

 直後、何故か更に大きく両目を見開いて、じっと僕を見つめ一秒、二秒、三秒。


「クレアの、王子様……」


 どこかで聞いたような台詞を口に、菫色の瞳を揺らして気絶した。

 首や腕からだらりと力が抜けて完全意識のなくなってしまった相手に当然だけど僕は大いに焦った。

 ちゃんと大丈夫なような受け止め方だったと思ったけど実は駄目だった!? どどどどうしよう!?


「ちょっと!? ねえ君大丈夫じゃないのおおお!?」

「クレアちゃん!」


 慌てて階段を駆け下りてきた赤茶の髪の少年も焦ったような声を上げて覗き込む。


「僕はきちんと受け止めたはずだけど、ええとこの子には持病でもあるの?」

「持病? ないと思いますけど、でもどうしちゃったんでしょうクレアちゃん」


 男二人でおろおろしていると、ジャックとミルカ、そしてリディアと呼ばれた少女が踊り場まで上がってきた。その少女は伸びやかにグリーンツインテールを揺らして傍に来ると何だか面倒そうな溜息をついた。


「これはクレアの悪い癖。高ぶると気絶する」

「え、そうなんだ? じゃあ病気とかじゃないんだね?」

「ううん、ある意味病気」

「え、ええとハハハ……」


 返答に困る物言いに半笑いを貼り付けるしかない僕だけど、内心はホッとしていた。

 にしてもこの子ホント気絶した子と瓜二つだなあ。どう見ても一卵性の双子だよね。


「クレア……」


 ミルカはミルカでクレアって子の顔を覗き込むようにして、心底苦々しそうな声を落とした。


「え、あれ、ミルカちゃん!? どうしてここに? 髪もバッサリ短くしちゃったんだ? 思い切ったねえ」


 ミルカの姿を見た赤茶髪の少年が驚いた声を上げた。

 鼻の上のそばかすが初々しいような印象を与えるこの少年もミルカの知り合いなんだろう。

 彼女も彼を見て今度は意外そうな顔をした。


「あら、ジャック」

「――ん? 何だ?」

「――久しぶりミルカちゃん」


 ほぼ同時にジャックとその少年が言葉を返し、ミルカは「あ」と気まずそうにしてから説明をくれた。


「ええと、紹介するわね。こちら元同学で、彼もジャックっていう名前なの。で、こっちの赤毛の彼もジャック。今あたしこのジャックとこっちのアルと三人で冒険者パーティーを組んでるの」

「え……?」

「へえ、同じ名前なんだね」


 言葉を失うジャック少年を余所に僕が納得すると、同郷のジャックの方も頷いた。


「まあジャックなんて珍しい名前でもないからな。むしろ多い名前じゃないか? ところで、ミルカの同学なら魔法学校の学生ってことだろ?」

「そうよ。この制服とマントは学校指定のやつなの。私も昔はこれ着てたわ」


 へえそうなんだ。ミルカのローブが白っぽいのは着なれた色に近い色をチョイスした結果かもしれないね。


「俺もジャックだ、よろしくジャック」

「僕はアルフレッド、よろしくジャック。今はちょっと握手できないけど」


 ジャックが手を差し出すと、もう一人のジャックはハッと我に返って慌てて自身の掌を服に擦りつけて返す手を差し出した。


「は、初めまして。ジャックです。ジャック・オーラント」


 丁寧に家名まで名乗るジャック少年。

 二人のジャックは微笑ましくも手を握り合った。


「それでえっとミルカちゃん、この二人とパーティーを? 本当に?」

「そうよ」


 すんなり肯定するミルカは、顔にも声にも何の屈託も感じられない。平素のミルカだ。


「その様子だとミルカちゃんもしかして……」


 彼はきっとスカ魔法を知っているはずだ。同じ学校だったなら辛い諸々だって知っているに違いない。なのに遠慮も何もなく質問してくるなんて無神経じゃないかと僕が内心で苛立ちを募らせると、予想外に彼はパッと表情を明るくした。


「良かったねえミルカちゃん! やっと信頼できる仲間に出会えたんだね」

「うん、おかげさまで」


 え、あれ? 何だろう、意外と空気は悪くない。ミルカも無理してるのかと思いきやそうでもなさそうだし。


「あ、ええとね、ジャックとは俗に言う幼馴染みで、彼は在学中ずっとあたしを気遣ってくれてたの。あたしスカ魔法が発覚してからは学校でずっと一人だったけど、唯一の例外が彼らよ。クラスが隣だったから合同の授業の時くらいしか顔を合わせなかったけどね。それでも誰も一緒の班になってくれない中、ジャックが無理やりあたしを彼の班に引っ張ってくれて、そのせいでクレアとはよ~く喧嘩してたわ」

「そうなんだ」

「いい奴なんだなジャックは」

「極度のお人好しよ」

「えーミルカちゃんその言い方は酷いよ」


 くすくすと笑うミルカは楽しそうだった。てっきり塗り潰したいような嫌な思い出だけしかないのかなって思ってたから、良かった。


「そこのリディアも文句も言わないであたしと一緒に班活動してくれてたし、今だから言うけど感謝してるわ」

「ミルカ、感謝には及ばない。他と変わらない学生生活の一環だった」

「ふふっありがと。……でも反対にクレアはいつも追い出そうとしてきたけどね」

「それは、だってクレアは…………やっぱりこれは秘密」

「ええ? 何よそれ気になるじゃない。クレアの弱みなら是非とも知りたいわ!」


 ミルカ……。そこまで仲が悪かったのかな。


「うぅ……うう、ん……」


 話し声が刺激になったのか、抱きかかえていたクレアって子が身じろぎをして薄らと目を開けた。


「あ、良かった気が付いたみたいだね。気分はどう?」


 僕は見下ろして微笑みかけた。

 やっぱり人を安心させるには笑顔だと思ったからだけど……、


「……クレアの、王子様」


 その子は目を瞠って固まったと思ったら、カクンと首を落とし何故かまたもや失神した。





 薄く白目を剥いて再度失神した子を見下ろす僕は一気に蒼白になった。


「え、ちょっと!? 僕何もしてないよ!? もしかしてこの子男嫌いとか?」


 だとしたら一発目に見ず知らずの男の顔なんてアウトだ。

 しかも何故か微笑まれたらそりゃ気持ち悪くて嫌がられるよね。でも気絶レベルって……地味に凹む。

 助けを求めるように双子の妹だろう方に目を向ければ、目が合ったその子は冷静にこう言った。


「大丈夫、放置で」


 いやいやいや良いの本当にその扱いで!?

 内心は別として表面上では言葉を紡げず唖然としていると、僕を見つめていたその子は一度にこりと微笑んだ。すぐさま薄い表情に戻ったけど。


「リディアが笑った!?」

「リディアちゃんが笑った!?」


 ミルカとジャック君が妙に驚愕の表情になった。

 何だろう? そこまで仰天する程なの?


「クレアがごめんなさい。とりあえず部屋に連れて帰る」

「あ、うん。そうしてくれると助かる。僕の方こそ何かごめんね。顔見て気絶されたのは初めてだよ」


 祖父は何度もこれと似たような経験をしたらしいけど、容姿は似てないはずなのに……。遺伝なのこれも?


「オーラント、クレアをお願い」

「あ、うん」


 リディアって子から促されジャック君へと少女を預ける。

 ちょっと安堵したのも束の間、両手が空いた僕の手を、何を思ったのかそのリディアさんがスッと握ってきた。

 何故かミルカが「リディア?」とポカンとする。

 困惑していると、その子は真剣な目で僕の目を見つめてきた。


「改めまして初めまして。うちはリディア。そっちは双子の姉のクレア。以後よろしく、アル」

「あ、うん、よろしく」

「……アルは、ただのアル?」

「いや、アルフレッド」

「アルフレッド……うん、とても良い名前。よろしく、アルフレッドことアル」

「う、うん」


 握手と言うより必要以上ににぎにぎされてる気がするんだけど、どうしたんだろう、握力の確認? 剣ダコとか撫でられてる気もするし。うーん、骨格を確認してるのかな。あ、手相フェチとか?

 相手の目的がよくわからない以上、無理に引き抜くのも何だか悪い気がしてそのままにしていると、音もなく傍に来た無言のミルカが、手刀で強引に握手を終わらせるや浮いた僕の手を掴んで引っ張った。


「あたし達は明日の事もあるんだし、行きましょ?」

「へ? でもええとお友達、もういいの?」

「うんいいの!」


 この上ない爽やかな笑顔だった。

 状況と台詞を擦り合わせると、背筋が寒くなったけどね。

 どうでもいいのって意味に聞こえた……とは言わないでおこう。


「そ、そう」

「だから早く行きましょ、アル?」

「あー……うん、そうだね」

「ほらジャックも。あとは向こうのジャックが面倒見るわよ。あたしが在籍中もそうだったもの。彼、クレア達双子のお世話係みたいなものなのよ。だから気にしなくて大丈夫」

「お、おう、そうなのか。わかった。行くか」


 有無を言えない空気の中、階段を上り出すミルカ。彼女を引っ張る形にならないように僕もそそくさと足を動かした。ジャックもどこか恐恐とした顔で付いてくる。

 ミルカは明らかに不機嫌だった。

 そんな彼女は二階のフロアまで上り切ると、元学友たちを振り返って見下ろしてにこやかに口元を緩めた。


「それじゃあお休みなさい。久しぶりに会えて良かったわ。でもまたしばらくは会いそうにないわね。道中気を付けて」


 ハハハ依然として笑顔が怖いよ。

 でもそんな空気を微塵も感じていないのか、


「ああ、うん、ミルカちゃん達もね。お休みなさい」


 ジャック君はやや戸惑ってはいたけど柔らかく笑って応じた。


「ジャック君って実は超天然なのかも……」


 苦笑を浮かべる僕の呟きが聞こえたらしいミルカとジャックは、物言いたげに一時こっちをじっと見つめてきたけど、すぐに何も言わず前を向いた。

 え? 何だろう今の間は?

 とにかく、最後に下方を見やれば、リディアさんがどこか憮然としたまま無言で手をひらりと振って寄越した。

 僕とジャックも取って付けたような挨拶を口に、三人とは別れた。





「魔物でも人間でもサーガに来てからは油断も隙もないんだから」


 それほど長くはない廊下を先頭に、ブツブツ文句のようなものを呟くミルカが怖い。


「ミルカ、やっぱり彼らとは会いたくなかったとか?」

「ジャックはいいけど、クレアとはホンット犬猿の仲だったのよね。リディアとは特に何もなかったけど、さっきので敵だってわかったわ」

「敵? さっきのどこにそんな要素があったっけ?」

「ああ~とハハハハ細かい事は気にするなよ、アル! ほら早いとこ各自の部屋に入ろうぜ。明日が本番なんだしな!」


 ジャックの不自然さが少し気にはなったけど、それもそうかと僕は同意を示した。ミルカもあっさり賛成した。


「ゆっくり楽しくシャワーでリフレッシュしてくるわ。じゃあまた後でね、アル!」


 去り際、ミルカはそう言うと早速とシャワーを浴びたいらしく軽やかな足取りで部屋へと向かう


「へ? 後で? 明日、の間違いじゃ?」

「ハハハ。俺らも休むか~」


 怪訝にしていれば、ジャックが乾いた笑声を立てて促すように僕の肩に腕を回す。食後で正直ちょっと眠かったしまあいいかと深くは考えず踵を返そうとすると、ジャックが鬼気迫る顔付きになった。


「アル、俺は別室なんだからしっかり鍵は掛けるんだぞ」

「泥棒なんて入らないと思うけど?」

「貞操泥棒がいるかもしれないだろ!」

「あはは何それ。変な冗談はやめてよ。どこにいるんだよそんなの。ジャックじゃあるまいし」


 その言葉にドアを開け部屋に入ろうとしていたミルカがピタリと動きを止めてこっちを振り返った。

 ええと、何だか半分据わった目が怖い。


「今まで疑いもしなかったけど、ジャックのボイン好きとかリリーって子との事はまさかの目くらまし……? 思わぬ伏兵がこんな所にいたってわけ? 灯台下暗しだったわけ?」

「なわけあるかーッ! どこかでリリーが聞いてて誤解されるかもしれない発言は慎んで下さいませんかねミルカ様!? 聞いてくれリリー、俺は君一筋だあああっ!!」


 アハハこの会話をリリーが聞いてる可能性は極めて低いと思うよ。


「大体アルお前も時々マジで酷えよおおおっ!」

「え、あ、ごめん?」

「軽ッ! まあとにかくだ、……身の危険を感じたら迷わず助けを呼べよ? な?」

「わ、わかったよ」


 ホント何なんだろう……顔が近過ぎる。これじゃミルカも誤解するよね。


「ミルカにも一つ言っておくとな、もしものもしもがあって忍び込めたとして、熟睡してたら下手に手を出すなよ?」

「ち、ちょっとジャック、あたしが何か変なことするみたいな前提やめてよー! もー!」

「そうだよジャック、ミルカがどこに忍び込むって言うんだよ? 冗談でも女の子にそういう失礼なこと言ったら駄目だよ? 愛しのリリーが遠のくよ?」

「アルってば優しい!」

「アルってば厳しいな!!」


 悲喜交々こもごも。そんなこんなだったけど、僕達は改めて就寝の挨拶を交わすとそれぞれの部屋に引っ込んだ。

 二人が良い夢を見れるといいと願いつつ、僕はベッドの中で目を閉じた。





 夜中、二階の廊下にゆらりと一つの影が立った。


「スライムぅ~ぼくめェ~っつ!」


 その前方には二つの影が。


「だから言っただろ、こいつを熟睡途中で下手に起こすなって! 全く、ピッキングしてんじゃねえよ! 魔法術者ポジからジョブチェンジして女盗賊か、ええっ!?」

「だだだだって、一緒にいたかったんだもん。クレアは絶対アルに一目惚れしてたし、笑わずのリディアが微笑を向けたくらいにアルを気に入っちゃったし焦ったの。ところでどうすれば寝てくれるのこれ!?」

「寝てるんだよこれでも。意識は爆睡中、夢の真っ只中だ。いつもこうなるわけじゃないが、たまになる。俺もこいつと冒険旅に出て知ったんだよな。これは誰にもどうにもできない。とりあえず宿を壊さないように見張るぞ」

「見張るの!? あたし達が寝れないわよ!」

「んなの自業自得だろ。今回珍しく俺は巻き込まれた側だけどな!」


 謝る声と、悪態をつく声、呂律が怪しいやる気に満ちた声が廊下に響いていた。





 待ちに待ったスライム討伐への新しい夜明け。

 何事もなくぐっすり休んで英気を養った素晴らしき遺跡への出発の朝。

 早朝の清々しい空気が立ち込める宿の前、準備万端の僕は溌剌はつらつとした気分で二人を振り返った。


「さって気合い入れてスライム討伐にしゅっぱーっつ!! ……って二人共暗っ。どうしてテンションどん底なんだよ! まさか、はしゃぎ過ぎて眠れなかったとか? 僕なんかわくわくし過ぎてさ、スライムをタコ殴りにしまくって、けちょんけちょんに足蹴にした夢見たよ」


 そのせいで寝相が悪かったのか朝起きたら床に転がってたんだけど、そこは恥ずかしいから言わないでおこう。掛けたはずの鍵も開いてたけど、掛けたつもりで掛けてなかったんだと思う。ジャックが怒りそうだからこれも言わない方がいいよね。


「へえ、そうか……」

「ふうん、よかったわね……」


 何故か二人して濃いクマの出来た疲れ目をじっと僕に向けてくる。一体どうしたんだろうね。

 うーん二人共物言いたげだけど、まあいっか。

 すると僕達を見送ろうと軒先に出てきていたダニーさんが怪訝な顔をする。


「そういや昨日は随分ドタバタしてたみたいだが、夜中に稽古でもしてたのか?」

「え? 僕は普通に寝てましたけど?」

「「右に同じです……」」

「そうか? タヌキとかの野生動物でも棲み付いたかな」

「「たぶんそうです。タヌキですタヌキ……」」

「やっぱそうか? んーまあ駆除は近いうちにすることにして、遺跡の方は宜しく頼むな三人共。けど進捗に関係なく夜までには帰って来るんだぞ? 美味しい晩御飯用意して待ってるからな!」

「はいっ。行って来ます!」

「「……行って来ます」」


 ダニーさんの笑みと激励の言葉を受け取り歩き出す。

 僕の後ろを葬列のように生気のないジャックとミルカが付いて来る。

 倒したはずのアンデッドを引き連れてる気分だった……。

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