4シュトルーヴェ村のドラゴン退治2

 オーク材を使用した重厚な両開きの扉を押し開け応接室を出た僕は、廊下にいた遠~い親戚のおじさん達に駆け寄った。

 ジャックは美人秘書とメイドさんを名残惜し気に振り返っている。


「お待たせしてすみません、カールおじさん! ステラおばさん!」

「お話は終わったようですね」

「はい。今日からよろしくお願いします」


 僕が背筋をピシッと伸ばしてお辞儀すると、背の高い偉丈夫のおじさんはとんでもないと両手を振った。斧を持たせたら百人力って話だ。きこり仕事でって意味で。


「アル坊ちゃんそんなに畏まらないで下さいよ。坊ちゃんが頭を下げる必要なんてございません。ご用命下さればいつでも部屋なんてお貸ししますから」

「いいえ、これは人としての礼儀です。お世話になるんですから当然です!」


 ここは譲れないと鼻息を荒くすれば、思いが通じたのかカールおじさんは真っ黒な口ひげを緩めてにっこりと笑った。

 隣で恰幅の良いステラおばさんも。


「アル坊ちゃんたら本当に大きくおなりになって。疲れには甘い物。焼き菓子をたんとご用意しますからねえ。さあさあ、村長からもきちんと持て成すように言われてますし、行きましょうか。ここまでの長旅の疲れもありましょうからね。荷物をお持ちしますよ」

「え、荷物は自分で持てま」

「そっちのジャック君も」

「あ、お世話になります。荷物は自分で」

「んもう若い子たちが遠慮しないのぉ!」


 やや押しの強いステラおばさんに僕同様荷物を持ってもらったジャックも、恐縮したように頭を下げた。おばさんもパワフルだね。

 言葉通り、二人は早速宿代わりの彼らの住まいに案内してくれた。

 白壁に青屋根、片隅に可愛く蔦の這った小さな屋敷は、一組二組の民泊客を泊めるのにちょうど良さそうな広さだった。

 部屋に入った僕はホッと息をつく。

 ジャックは隣の部屋だ。

 そう言えばステラおばさんのクッキーはサクサクしていて最高だったっけ。焼いてくれるって言ってたから楽しみだなあ。

 とりあえずその日のうちに僕達は村の各種専門店に足を運び、ドラゴンとの戦いで色々と役に立ちそうな物を購入した。

 夜は手の込んだ羊肉の郷土料理で持て成され、ぐっすり眠っての翌日。

 快晴の空の下、朝早くからひたすら山を登って頂上へ。


 そこには、息を呑むような綺麗なカルデラ湖が広がっていた。





 カルデラ湖。

 それは大きな噴火口に水が溜ってできた湖だ。

 今、僕の目の前に広がるそれも、湖の端から端まではぐるりと首を巡らせないと視界に収まり切らない。

 淵に立って湖面を覗き込むと、透明度の極めて高い水は何処までも深く青く、水底は見えない。

 本当は底なんて無くて深青がどこまでも無限に続いていると言われても信じてしまいそうだ。


「うっわあ、空を吸い込んでるみたい」

「ははっアルは詩人だなあ。まあさ村長の話だと水深も三百メートルは超えるらしいしな」

「うわあ沈められたくない場所だあ~」


 沈めたい奴らはた~~~~っくさんいるけど!


 僕とジャックは冒険者らしく装備した旅装マントの下、その足元の頑丈な冒険者用ブーツを水上靴に履き替える。この村で買い足した物の一つだ。

 魔法的な効果で水に浮く。

 体勢を崩して頭から突っ込めば沈むけど。

 僕とジャックは早速と湖の上を歩いて岸から離れた。


「ん? ねえジャック、水の中に何かいるよ」

「討伐相手のドラゴンか?」

「いや違う。群れで泳いでるし、魚……?」


 栄養塩類が少なくて生き物が生息するには過酷な水質だって聞いたけど。


「何かこっちに浮上してく――」


 じっと湖面を覗き込んでいた僕は言葉を切った。

 ジャックも、無言。

 僕は家の排水口から出て来たスライムと初めて目が合った運命の瞬間を思い出していた。

 あの悪魔の笑みを。


「畜生おおおおおっこの水質汚染物質があああああっっ!!」

「破局の恨みいいい! 底引き網で一匹残らず捕獲してやらあああ!!」


 僕とジャックは人格崩壊の序章のように大絶叫。

 水中を泳いでこっちに向かって来る魚だと思ってた生き物は――スライムだった。

 おそらくは水棲スライム。

 色はこの湖では保護色のソーダのような綺麗な水色。

 でも奴らの色だと思うと途端にド汚い色に見えてくる。

 はははイメージと感情って直結してるんだなあ。

 しばらくソーダは飲みたくない……。

 透明度が高すぎるせいで奴らのつぶらな瞳と僕の目がばっちり合った。


 ……にたあ~。


 ああ違った。

 群れだから、にたにたにたにたにたにたにたにたにたたたあああああ~~~~。

 不穏で不遜な笑みのオンパレードだ。


「「だああああああーーーーーーーーっっ」」


 僕もジャックも覗き込んでいた湖面から仰け反って、怒った猫みたいに全身の毛を逆立てる。

 ここは雄大な蒼穹とカルデラの外輪山と満々と水を湛える澄んだ湖しかない、究極の美と癒しと静寂の領域。


「この絶景、何もない時に観光で来たかったああああ……!」


 トビウオよろしく先陣を切って水面に出て来た勇敢な一匹(中型犬くらいの大きさ)を、腰の鞘から引き抜いた剣でスパッと両断する。


「結構でかいなこなくそおおお!」


 剣だともうデッキブラシとかで叩き潰してぐにゅっとか嫌な手ごたえに苦しむ事もない。ああ喜ばしい!


「ハイ二匹目!」


 剣万歳! 切れ味抜群! 張り切ってスパスパ行こか!


「よーし、これで十匹目!」


 この剣、実家の蔵に眠ってたんだよね。

 忘れ去られてた骨董品って言うのかな。

 び付いてたのを錆取りとかヤスリとか石とかを使って何とか自分で手入れした。

 薄青く透き通った綺麗な剣身にも柄にも銘も装飾も一切ない一振り。まさにシンプル・イズ・ベスト!

 めちゃ錆びてたし、二束三文のどこぞの量産品だと思って先祖も放置してたんだろう。

 こうやって磨けば普通に使えるんだし、僕的には武器代が浮いて助かった。

 ふふ、自分で世話したってのもあって日々の手入れも苦にならない。


 ある時なんかは道中の安宿の蝋燭ろうそくの炎がジジッと揺らぐ中、手元がおぼろげな室内でも夢中でやってたよ。そうしたら、夜中トイレ(ボットン仕様)に起きたジャックが眠そうな目で気遣ってくれたっけ。


『アル、まだ研いでんのか? もう遅いし寝ろよ?』

『だってさ、奴らを思い浮かべると止められないんだ……』

『ふっ、そうか……頑張れよ相棒……』


 そんな日々の入念な作業の甲斐もあって切れ味抜群。

 ボワンボワン、とそいつらは煙になって消えて黄色い宝石はポチャンポチャンと全部湖の中へ。


「「あ……」」


 戦利品のない戦闘。


「これは仕方がないよな」

「そうだね。ふふふ僕たちの崇高な使命は見返りなんて求めない、そうだろジャック!」

「ああ!」


 星夜の如く輝く眼差しで頷き合う僕達はそれぞれの武器を構え直した。

 因みにジャックは弓矢だ。

 矢筒を背負っている。

 殺傷力の高いピストルとかじゃなかったのはやっぱりお金の問題もあるけど、ジャックの部活が弓道・アーチェリー同好会だったってのが大きいんだろう。

 馴染んだ武器が一番だ。一応、後で回収できるよう水に浮く仕様のにしてある。

 僕達は揃ってすうーっと大きく息を吸って肺に空気を送り込む。


「「――――スライム撲滅ううううううっ!!」」


 互いに息ピッタリに駆け出した。

 ここは一度沈んだら二度と浮かび上がって来れないだろう湖。

 だけど、奴らを沈めるには最っ高におあつらえ向きだあああっ。

 湖に群生するスライムと戦う僕とジャックは、すっかり闇に堕ち切った聖者のようなくらく病んだ目で終始薄ら笑っていた。


 ドラゴンどこ行った!


 結論から言えば、ドラゴンはどこにも行ってなかった。





「くそスライム! 美観損ない過ぎだろこの条例違反があああああ!」

「失恋の恨み今ここで晴らさでおくべきかああああああまだ好きだリリー!」


 湖に響くは僕とジャックの怒り(一部主張)の絶叫。


 水質に上手く適合して群生しているスライムたちは、全部で何匹いるのか水面に浮かべたわらび餅のようにぷかぷか上下している。サイズは激しく異なるけどね!

 一斉につぶらな瞳がこっちを向いて、にたあ~。


「「来る……!」」


 沢山のスライムと戦って来た僕達は、心得ていた。

 奴らのにたあ~は十中八九攻撃の前兆だという事を。

 縮んだかと思いきや全身の弾力バネで跳躍し集団で飛びかかって来たソーダ色。


「ドでかいハエ叩きが欲しい!」

「同感だ!」


 僕達は病んだ目でありながらみなぎる戦意と共に、密集するスライムの群れに突っ込んだ。

 狂ったように哄笑を上げながらきれいなソーダ色の水棲スライムを魔宝石に変えていく。


「ハッハー! 討伐も順調だな」

「そうだね!」


 けれどここで異変が生じた。

 湖中央の水面が大きく盛り上がったかと思えば、直後高い水柱と共に何とドラゴンが飛び出してきた。勢いのままに飛沫は岸まで届いた。


「「――なッ!?」」


 水上が五月蠅くて我慢できずに出て来たのか、人間の気配を嗅ぎつけて食事にあり付こうと出て来たのかはわからない。

 僕達だけでなくスライム共も飛沫が降る中「あー?」とドラゴンを見上げている。


「あれが、討伐対象……」

「ああ。真打ち登場ってやつだな」


 ヌメッてる深緑の鱗が毒々しい。

 さすが百年の眠りから覚めたドラゴンだよ。

 通常ドラゴンよりも遥かに大きな体躯を目にし、僕もジャックも半ば呆然として見上げた。


「なあアル、俺達あれを討伐しないといけないんだよな?」

「うん、そうだね。でも何か見た感じ予想してたのよりもヤバそうだよね」

「ああ、ヌメッてるもんな……。水回りのヌメリにはバイ菌が沢山いるんだぞ」

「ひいっ、じゃああのドラゴンにも……!? 素手じゃ触りたくないっ!」


 僕達の胸に去来した切なる思い。

 漂白剤欲しい……。

 その時、隙を突いた気でいたのか水回りの別のヌメリの塊(あ、スライムだった~)がにたあ~っと、お約束のように笑って飛びかかってきた。


「空気読めや似非えせわらび餅があっ!」


 僕は一転殺気塗れる剣を振るってすっぱりばっさりスライムを一刀両断。

 一撃必殺の強さと言うより僕の顔面筋の変貌に警戒したスライム共は、に、にたぁ~……と半笑いになって後退していく。


「笑ってんじゃねえええっ! あくまでも戦闘中は笑みを絶やさない主義なのかお前らは!? ああん!?」

「お、落ち着けアル」


 スライムと僕達は、研究所のシャーレの中で培養された細菌と、その中に置かれた抗菌物質のような様相を呈した。つまり、僕達を中心に円状にスライムが囲んでいる状態だ。


「何でとっととかかって来ないんだよ。この細菌風情が!」

「いやスライムだろ」


 ジャックが冷静な分、僕はかえって内心イライラし始める。


 ギャアアアアアアアァーーーーッッス!!


 ……ドラゴンの主張だった。

 湖面近くにまで降下してきてこっちを睨み付けている。

 無視すんじゃねえよって意思をひしひしと感じたけど、気のせいかな?


「なんか涙目だけど、存在忘れ去られてて傷付いた……とか?」

「ははっまさか、水滴がたまたま目元にあるだけだろ? てゆーか存在忘れ去ってたのかよアルは」

「あははは。とりあえず、行っとく……?」

「ああ。最初は任せとけ!」


 剣で戦うには少なくとも水面に落とす必要がある。

 ジャックが弓矢をつがえて放った。


「くそっ、やっぱ硬い鱗に阻まれたか。でもそこならどうだ!」


 めげずに勢いよく射られた矢は見事ドラゴンの翼に命中。高度が下がって鋭い爪の足先を水面に擦った。


「やったぜ!」


 攻撃に怒ったドラゴンは敵意に満ちギラ付いた黄金の目を僕達の方へ向け、矢の刺さったままの背中の翼を羽ばたかせた。

 後衛のジャックよりも距離の近い前衛の僕に突っ込んでくる。

 僕も疾駆し、受けて立ってやると意気込み両手で剣を握り締め、大きく腕を振り抜いた。


 スパパパパパパッ!


 剣が敵を成敗するいい手応えと音がする。


 で、ボワン! ボワン!  ボワンボワン!    ボワン! ボワン!


 と、宝石に変わる音がいくつも上がった。

 ……ん? いくつも?

 何でだろ、ドラゴンは一匹だったはず。


「――あ」


 我に返って周囲を見回せば、スライムしかいない。

 ドラゴンは痛めた翼も何のその、再び上空に舞い上がっていた。

 あちらさんからすれば全くの見当違いの攻撃を目の当たりにし、困惑気味にホバリング中。


「アル……」


 僕は僕でドラゴンの攻撃をわし、その後無意識にスライムたちに躍りかかっていたらしい。


「うう、やっぱり……」


 僕は頭を抱えた。急激に憔悴し切った目でドラゴンを見つめる。これまでの冒険と同じように、僕は耐えないといけないのか?


「戦闘意欲が、湧かない……っ」


 そう、どこで何と戦っても、僕はスライム以外の魔物に戦闘意欲が全く湧かなかった。故郷オースエンド村を出た直後はまだ良かったんだけどねー。

 一日また一日と経るにつれて、あー魔物だあー襲ってくるしどいてくれないから倒さなきゃー……な謂わば惰性で仕方がなく戦ってきたに過ぎない。

 ドラゴンの凶悪なご面相を見て発奮するかと思いきや、てんで駄目。

 このままだとドラゴンをほっぽってスライム全滅に走りかねない。いや絶対走るッ。

 だけどカールおじさんたちの村を救いたい気持ちは本物だ。

 ドラゴンは必ず倒す…………スライムの後で。

 僕は嘆息し、まだ多くが残る湖のスライム共を睨みつけた。


「除草剤撒いたらどうだろう」

「いや植物じゃないだろ」


 的確なツッコミありがとうジャック。

 過去に塩とかソースとかぶっかけた苦い失敗談があるから、馬鹿な思い付きを修正してくれる誰かがいるのは助かる。


「気持ちはわかるが、アル、優先順位を間違えるな。やる気が出なくても歯を食い縛って戦うしかないんだ、俺達は。ほらさ、ショートケーキのイチゴを最後まで取っておくのもたまにはいいだろ」

「ああ、ごめんジャック。目が覚めた」


 ドラゴンは今まで律儀に待っていた辺り、空気を読む個体だったんだろう。敵ながら感謝だ。

 改めて剣を握り締め、その切っ先を真っ直ぐドラゴンへと向ける。

 この時、ドラゴンと違って空気読めない奴が足元の水中からこっちを見上げてきた。にたあ~っと。ドラゴンが怖くて水面には出てこれないらしい。ジャックも、そいつを見た。


「その意気だアル。援護は任せろ、望む未来のために」

「ああ、そうだよね」

「――先にスライムだ!」

「ああっ!!」


 感銘を受けた僕は友の言葉にしかと頷いた。


「――――なんっじゃそりゃあああああああ!」


 スライム共へと走り出す僕達の背後で、ドラゴンがそうえた。





「「へ?」」


 思い切り立ち止まって声のした方を振り返る僕とジャック。


「おんどりゃあッさっさと真面目に戦闘せいや! 思わせぶりって一番質悪いやんけ! 待ち損やんけ!」 


 僕は唖然としてドラゴンを見上げた。


「じ、人語を喋るんですかお宅!?」

「いかにも!」


 ドラゴンは口角をぐっと上げる。

 なんじゃそりゃ。とんだ演技派ドラゴンだ。


「じゃあ話し合いも可能……?」

「いかにも!」

「だったら最初からそう言えやあああああ!! 思わせぶりはそっちやろがあああっ!!」


 僕はもう標準語だか坊ちゃま口調だかも大崩壊し、ブチ切れて暴れるゴリラのように手近なスライムを両手で掴み上げると思い切り投げつけた。

 そいつは「あー?」と飛んで行き、憐れドラゴンの強靭な爪に裂かれて昇天する。

 きっと何が起こったか奴自身わかっていなかっただろう。地縛霊とかにならないといい。恨むならスライムだった自分を恨め。

 ハイともかく新技・間接的スライム討伐第一号おめでとう!


「うわあああ思わず鷲掴わしづかんじゃったよおおおお!!」

「アル泣くなあああ……!」

「フハハハ! 我のこの威容に恐怖しているようだな人間共! ――何人もの人間をこのあぎとで屠りその知識を吸収したこの我を。そう、我は人間共と同等の知能を有しておる」


 立派な牙があるくせに全く噛み合っていない勘違いドラゴンは、得意満面と言った顔付きで胸を張った。

 え、こいつ馬鹿なの? 頼んでもないのに勝手に自分の秘密を暴露したよ!?


「嘘だろ……そんなチート……」


 僕とは違った心境でジャックが瞠目している。

 まあ正直そんな話聞いた事もないからなあ。


「我は突然変異的に生まれた特別な個体なのだ。だがまあ食物の栄養を吸収するのは当然とも言えよう。そろそろ寝起きの悪さも解消したので人間を喰らいに行こうと思っておったが、ちょうどいい所に食料が自ら出向いて来おったので、ついつい嬉しくて水から上がってしまったわ! フハハハハハ!」


 上機嫌な敵は傲岸不遜と顎を上げる。

 え、目覚めて少なくとも半年は経ってるはずだよね? うわー良かったこいつの寝起きの悪さが究極で。でなきゃカールおじさん達は今頃とっくに天国だった。


「念のため訊くけど、人間を襲わないって選択肢は……?」

「考慮に値せんな!」

「話し合い不可じゃないかああああ!」

「いかにも!」

「イカでもタコでも何でもいいからもう黙れ無駄スキル持ち!」


 僕の怒れる絶叫が戦闘再開の合図だった。

 ドラゴンは翼を力ませ刺さっていたジャックの矢をポンと弾き出すや、湖面ギリギリを猛スピードで突っ切って来る。


「――っ!」


 リンボーダンス張りに深く仰け反って回避。

 ブォォォンッと物凄い空気の摩擦音が鼓膜を震わせ、風圧で髪がぐしゃぐしゃだ。

 突撃ルート上にいなかったジャックはドラゴンの翼が齎す風圧に体を浮かされたけど、運よくスライムが背中をキャッチ……というかただぶつかっただけ。

 背中がヌメヌメになって泣きそうな顔のジャックが戻って来る。

 スライムは弱者として本能的にドラゴンに臆しているのか、動きがない。

 あ、笑顔で固まってるよ。

 水滴じゃない脂汗まで掻いてるし。


「余所見とはいい度胸だ小僧。丸焼きにしてくれる!」


 ドラゴンが大きく息を吸って肺を膨らます。

 峻厳な峰々みたいなギザギザに尖がった牙が生える口腔の奥、真っ赤な灼熱の炎が生み出されるのが見えた。

 刹那。


 ゴオオオオオオオオオーッ!


 そんな轟音が聞こえそうな勢いで、ドラゴンが僕目がけて大炎を吐き出した。

 うわヤバ! 呑み込まれる!

 目がかれるような炎の眩さと熱を肌で感じた。


「アルウウウウウウウゥーーーーッッ!」


 炎に呑み込まれる僕を呼ぶ、ジャックの絶叫がカルデラ湖に響き渡った。

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