騒がしい歓迎会(2)

倒れたアルモをソファーに運び、横にする。その際ヨーンがムッとしたのを目撃。寝るところを奪われたとでも思ってるのかな?

「……で、人間の女の子を何で連れてきたの」

膨れっ面のままヨーンが質問してきた。まあ当然といえば当然の質問だ。後膨れるな。

俺は大体の説明を終え、椅子に座った。どうでも良いが凄く落ち着く。

「ふ~ん、ラミージュさんがねぇ……、珍しいな、人間をこの家に上がらせるなんて。この娘のことをラミージュさんはなんて呼んでた?」

「小娘って呼んでたよ」

するとヨーンは、あちゃーという風に顔に手を当てた。

「そうなんだ、じゃあこの子あんまり気に入られてないんだね、多分だけどめんどくさいでしょ」

心でも読んだのか、ヨーンは大体のアルモの性格を当てた。まあ実際、今も面倒なんだけれど。

「ラミージュさんがね、小娘っていうときは馴れ馴れしい相手しか言わないんだよ」

驚いた。まさかそのように呼び分けていたとは。そして当然、俺は小僧と呼ばれていることにも興味も持つわけで。

「じゃあ、小僧は? 馴れ馴れしい奴を呼ぶときか」

「そうだよ、まあトウマの場合は仕方ないんだけどね」

眠たげな目を擦るヨーン。海の様な蒼い瞳から涙が浮かぶ。まだ眠いのか。


「とりあえずアルモは寝かせておく、ごめんな」

俺はヨーンに軽く頭を下げた。こいつにとってこのソファーが寝床だということは重々承知している。言うなれば他人の家に土足で上がるようなものだ。ヨーンが気にしない訳がない。

ゆっくりと頭を上げて様子を伺ってみる、しかし、

「ううん。気にしてないよ」

あまりにも呆気なかったので、思わず肩の力が抜けてしまった。見えない物干し竿に吊らされているように腕がだらんと垂れた。


「あ、でも、もちろんただじゃないよ。僕のお願い、聞いてよ」

ヨーンは思い出したかのように言葉を繋げた。お願い? 一体何だろう。

「お願いって?」

ふふ~ん、と間を伸ばすかのように微笑むヨーン、気のせいか生き生きして見える。

「これからトウマに、腕枕をしてもらうよ」

その場で小躍りでもしそうな程嬉しそうな表情でヨーンが、……って、え?

「腕枕?」

「腕枕!」

世界一短い手紙のやり取りに腕枕が足されてしまった。いや、こんなくだらない迷言をこの世界に残しちゃいけない!

「何で俺なんだ、ランとかいるだろ」

「ラミージュさんが言うには、男の子じゃないと駄目なんだって」

ラミージューーー!! 変なこと教えてんじゃねッー!

俺は慌てて思考を巡らせ、ぽん、と手を打つ。

「でも、男の子なら、ていうかオスならルンちゃんがいるだろ」

「セレラントだもん、人間じゃないじゃん」

どこかムッとするヨーン。こいつって、ランや寝ることに関してだけこういう顔するよね。

「良いじゃんやってよ、減るもんじゃないんだし」

迫るヨーンに俺は何も言う言葉が浮かばなかった。それを悟ったか、ヨーンはにっこりと微笑む。

「なら決まりだね。とりあえず横になってよ」

嬉しそうな表情のヨーン。彼女の瞳は宝石だったのではないかというほどに蒼く深く輝いている。

とりあえず俺は、固い床に寝そべる。石でもあったのか体のあちこちが痛い。

「うん、じゃあ片手を広げて」

無気力な声の命令に従って、俺は片手だけを広げる。上から見れば逆L字に見える事だろう。

「うんうん、良い感じ」

品定めするようなヨーンの視線が、何だが恥ずかしく感じそっぽを向く。

ていうか、すげー恥ずかしい。まさか異世界に飛ばされてこんな風に床に寝かされるなんて予想してなかった。というか、ヨーンは寝ることに関してこんな風に熱心になるんだな。

ヨーンの表情はそれこそ起きてるのかどうか怪しい程である。今もぼんやりとした視線を向けてるだけで彼女の感情を測ることは出来ない。

「……うん、じゃあ、そろそろ寝るよ」

欠伸するヨーンはぼんやりした眼を更にぼんやりさせて俺の横、彼女の枕となった俺の腕に頭を沈める。

「……あ」

「……ん?」

「い、いや、何でもない」

俺はつい、ヨーンに見惚れてしまった。彼女をここまで近くで見たのは、森の賢者に漫才を見てもらうため特訓してた頃ぐらい。俺の緊張を見抜いた彼女が膝枕をしてくれて、暖かい言葉と勇気をくれたんだ。今思ってみると、女の子に膝枕してもらうというのは結構恥ずかしいものだな。

今度はその逆、俺が彼女のために腕枕をしてあげる番。だが、する側にしても寝る側にしてもやはり恥ずかしい。

「トウマ、熱でもある、何だが顔赤いよ?」

ヨーンにそう言われて今気づく、確かに顔全体が熱い、っていうか恥ずかしくて顔が赤くなってるのではないか!?

「い、いや、大丈夫。すぐ治るよ。アッハハ」

小首を傾げるヨーン。俺は理性を使って緊張を鎮めようと努めた。

「……」

「……」

何分かの沈黙が漂う。何となしにヨーンの方に振り向くと、

「……寝てる」

スゥー、スゥー、と寝息を立てて寝ている。

腕を通して、彼女の髪の柔らかい感触や体温等が伝わってくる。ほんのり良い香りがして、彼女の寝息が耳に当たってくすぐったい。

「……気持ち良さそうに寝てるな」

当然答えは帰ってこない。けれど、何故だかその表情に暖かい何かを感じ、心が穏やかになっていく。

「ヨーン、いつもありがとうな。いつも、支えてくれて……」

ぼんやりしている彼女だが、何かと世話してくれる良い奴で、どんな時にも優しく包んでくれる、まるで海の様な彼女に、心から感謝した。

「ただいま帰りましたー、……え?」

扉が開くと元気な声がこの部屋全体に響く。数分間の間の後、俺に視線が当てられる。

「……唐真様?」

「……ラン?」

お互い疑問系の呼び方になった、しかし、それは問題ではない。もう一つ視線が当てられる。それはソファーの上に寝ている存在。

「う~ん、うるさいですね、これじゃ寝てられない……え?」

起き上がった後、玄関を見てぽかーんとした表情になるアルモ。その後左右に揺れる人差し指が玄関に向けられる。

「な、な、何ですかその魔物!?」

あからさまなまでに驚いているアルモ。彼女の視線の先にいるのはラン、ではなく。

「ウキ?」

ルンちゃんだった。

「え? え? え!?」

理解が追い付かないようで、慌てふためくアルモ。彼女の紅い髪は心境を表すかのように乱れる。

「え? 何で!?」

どうして良いのか分からない様子でソファーから起き上がる。

「おい、唐真! 寝てないで早く起き……え?」

何度目の『え?』だろうか、こちらを見て固まる彼女。やはり数分の間が空いて、

「なにしてんだバカー!!」

思いっきり蹴られて吹き飛ぶ俺。もちろん壁に衝突。

「唐真様を蹴るなんて酷いです! あなたは一体誰ですか」

「あんたこそ一体誰よ! そんな猿を連れて来て、どういうつもり!」

ランとアルモの間に飛び散る火花。よろよろと起き上がり止めに入ろうとするが、割り込める雰囲気ではない。

両者の間にいたヨーンがムクッと起き上がり、ランとアルモの顔を見る。ヨーンも険悪な雰囲気の気付いたのか、キョロキョロとしている。

「……あれ? 腕枕は?」

意外な一言によって両者の怒りは鎮まった。

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