霧の中で、またいつか

「ラミージュ、世話になったよ」

「ふん、全くじゃ。可愛い娘達には迷惑をかけるなよ。かけたら儂が許さん」

城にあるラミージュの研究室、ここでラミージュとはしばらくのお別れとなる。元々ラミージュは忙しい身であるため当然といえば当然だが、やはり、寂しい。

王様達との話し合いの末、チビはこちらが引き取る事となった。それがチビにとって幸せなことだろうと、ラミージュが最後に一言付け加えたのを良く覚えてる。

問題のチビ助は、また魔方陣の風船の中で丸まって寝ている。本当に器用な奴だよな。


「ラミージュ様! 何故アタシがこいつと一緒に行かなくてはならないのですか!! アタシはラミージュ様の元で多くの魔法を習いたいというのに……」

その場で崩れ落ちるアルモは、まるで恋人にフラれたかのようにしくしくと泣いていた。

ていうか、サラッとこいつ呼ばわりされた? 俺、嫌われてる?

「それはめんど……コホン、小僧とおれば必ず魔物に関わる機会が来る。魔物達を研究し、心を通わせるのも魔女として大切な役目なのじゃ。つまり、これは小娘のためという訳じゃな」

自慢気に大きい胸を張るラミージュ。しかし、俺は騙されない。はっきりとは言わなかったものの、ラミージュは確実に面倒と言いかけた。

押し付けるなよな! 当の本人だって流石に気付くレベルの嘘だよ、騙されるわけ……。

「なるほど、魔物と関わっていくうちに魔法の知識を増やしていく、確かに魔物しか知らない魔法というのも存在しますしね。流石ラミージュ様! アタシはラミージュ様の弟子になれて幸せです!!」

「弟子に取った覚えは無いがのう」

感極まったアルモを冷たくあしらうラミージュ。アルモさん、少しだけラミージュに対する忠誠心を下げようか。


「では小僧、キメラの子供を任せたぞ」

強い意思と、母のような暖かい優しさがラミージュの双眸に宿って見えた。

いつでもそうだ。重大な責任や不安を感じた時、彼女は常にその笑顔を向けてくれる。確かに自由人ではあるけど、それ以上に人の心を想ってくれる、本当の母親みたいな人だ。

いつも助けてもらってばかりで、彼女にいつも負担のかかる事ばかり任せてしまう。この異世界に俺を呼んだ張本人ではあるけれど、帰り方を教えてくれたのもまた彼女で……。

頭の中に感謝や恥ずかしさ、不安と悲しさとがごちゃ混ぜになって俺の口を閉じさせる。


そんな俺の気持ちを察したのか、ちょっかいを出すかのようにラミージュは話しかけてくる。

「どうした小僧。儂がいなくて寂しいのか?」

俺はどんな顔をしてるか知らないが、ラミージュは微笑みかけてくれた。ここで心配をかける訳にはいかないのに。

「ちげーよ、目に砂が入ったんだ」

我ながら下手な嘘を吐いたと痛感する。けれど、そんな嘘さえ越えてくるのがまたラミージュらしいところでもある。

「そうか、それはきっと儂が試料として捕らえたサンドマンという魔物の砂じゃろうな。サンドマンは砂一粒一粒が核を持っておるから、体内に侵入されると操られる可能性がある」

「入ってねーよ! てか怖いなその魔物!」

砂なんてないだろ、ってツッコミを入れてくれれば終わった話だよ。それをわざわざ伸ばしやがった。

「アッハッハッハ!! やはり面白いのう、話していて飽きぬわ、その調子で魔物園を完成させ、全ての人々に魔物の素晴らしさを伝えるのじゃぞ」

言われなくても分かっている。それがラン達の望みであり、俺が元の世界に帰るための唯一の方法なのだから。


「では、そろそろ出発じゃ、可愛いラン達によろしく伝えておいてくれ」

「……分かった」

ラミージュはこのハスパードに来るときと同じ手順で、緑色の結晶が嵌め込まれたペンダントを出現させ握った。そして静かに、祈るように言葉を紡ぎ始める。

「我は魔女、この世の理に背を者。我、賢者の森南西の地に向かう者なり」

薄い緑色の結晶が淡く輝き始める。すると、ラミージュを中心に霧が立ち込める。

「小僧」

呼ばれて振り向くと、ペンダントが投げられる。

「離すなよ。小娘、小僧から離れるなよ」

「はい! ラミージュ様ッ!!」

するとアルモは俺の背後に回って身体に手を回した。背中に2つの熱を帯びた何かが押し付けられるが気にしないようにする。

ぺちゃんこだと思ってたけど、それなりにある。


「では、達者でのうーー」

気付けば、ラミージュは霧に霞んで遠くに行ってしまう。いや、俺達が移動してるのか。

良く見ると、ラミージュを中心に立ち込めていた霧は、俺を中心に変えて溢れていた。

金色の髪も、紅い瞳も見えなくなっていった。何故だか目頭が熱い。腕で拭ってみると、透明の液体。

「トウマ、もしかして泣いてる?」

アルモに言われて始めて気付く、そうか、俺は泣いてるんだ。

ラン達と別れた時は泣くなんて事はなかった。けれど今はどうしてだろう。決して悲しくはないのに、涙が溢れてくるのを止められない。

チビの入っている風船の様な魔方陣に自分の顔が映りこむ。あーそうか、これは。

「アルモ、俺は泣いてないよ」

小首を傾げるアルモに、俺は確かに分かったことを伝える。自分の気持ちなのに、言われて、自分の顔を見てようやく気付いた気持ちを。

「俺、嬉しいんだ。なんやかんやあって気にしてなかったけど、俺、初めてラミージュに頼まれたんだ。無理やりじゃなくて、ちゃんとさ」

「? それで、嬉しくて泣いてると?」

「ああ」

「馬鹿みたい。ラミージュ様の弟子であるアタシでも、全く分からない感情ですね」

アルモは何故だがぷいっと顔を背ける、腕は回したままで。

男が簡単に泣くな、って言われそうだけど、今回は別に良いよな。周りは霧がかって分かんないし、アルモも見てないし。

喜びたいんだか泣きたいんだか分からない感情の中、霧が晴れるその時まで俺は、心の中で何度もお礼を言った。

別れ際に聞いた、あの言葉に。

「だって、始めて呼んでくれたんだぜ、トウマって」

本当に、ラミージュには敵わない。

霧がかった大切な思い出であった。

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