異形の獣

焼けた村跡から足跡を追う。

足跡は大人一人が横になれる程大きい。それがいくつも連なって続く。


「ラミージュ、本当に見るだけだよな?」

村や森をいくつも焼いた化物だ。それを相手にして生き残れるとは到底思わない。


「そうじゃ。しかし、万が一ということもある。お主らは儂から離れるでないぞ」

「大丈夫ですラミージュ様! アタシは一生離れません!!」

「お主はもう少し離れろ」


合成獣がいるかもしれない状況で良くもまあふざけてられるな、と俺は感心する。でも、アルモの変わらぬ態度を見るとどこかホッとする。

それはきっと見習うべき部分なのかもしれない。


見えない嵐に迫るようで、いつしか俺は恐怖していた。人の命を簡単に刈り取り、家を燃やす魔物を。

この足跡を追えば、化物に出くわす可能性は高いだろう。けれどそれは、本当に俺が望んでの事だろうか。


「……ッ!」

奥歯を強く噛み締める。

何を考えてるんだ俺は! 俺は喝を入れるため、両手で自分の頬を思いっきり叩く。

その音に反応してか、ラミージュとアルモがこちらに振り向いている。


「な、何をしてるのだ貴様!! 合成獣が現れたと思ったではないか!!」

「ごめん、ちょっと気合いを入れるためにさ」

「もっと静かなやり方をしてくれ!!」

アルモに叱られる俺。どうやら彼女も怖がっていた様だ。

ただ一人、ラミージュだけは俺をちらっと一瞥するだけで、何を言うこともなかった。


彼女が何故あの村を見せたのか、何故俺をこんな地獄に連れてきたのか。答えを出すにはあまりにも謎が多い。彼女は一体何を企んでいるのだろうか。今の俺には到底理解出来なかった。



俺達一行は北西方向に歩みを進める。目の前に現れたのは、森だった。


「ここが、合成獣が次に現れると推測されている森じゃ」

ラミージュは冷たい口調で淡々と説明する。

「良いか、合成獣を見かけたら、迷わず逃げろよ。お主達の相手にはあまりにも強すぎるからのう」

そういって、ラミージュは俺とアルモを一緒にさせて散策を開始した。


「う~、アタシはラミージュ様と一緒が良かった」

「わがまま言うなよ。今は協力し合うのが最善だろ」

もっとも、俺達二人が一緒にいるからといって、合成獣の相手にはなりそうにないけど。


「アルモも魔法使い何だよな? ラミージュみたいな魔法を使えるのか」

ラミージュの弟子、と豪語するぐらいだから凄い魔法を使えると踏んでの質問だ。

「魔法使いではなく魔女です。流石にアタシの魔法何かがラミージュ様の魔法に及びはしませんが、はい、魔法は使えます」

そういうと、彼女は控えめな胸を張った。


「じゃあ、いざとなった時は頼む」

「任せて下さい。アタシに掛かれば合成獣などボッコボコです!!」

元気良く杖を振り回すアルモ。お前さっき、ラミージュにも及ばないって言ってたよな? というツッコミはあえてしなかった。


森をぐるりと回るが、合成獣の姿は見なかった。

俺達は森の外回りを確認するグループであった。ラミージュは森の中を確認しに行ったまま、帰ってきていない。


日が少し傾いた頃、何となく俺はアルモに質問していた。

「アルモはさ、何で魔女に成りたいんだ?」

「そうですね、ラミージュ様のように成りたいと思い魔女を目指しました」

「何でラミージュみたいになりたいんだ?」

そこでアルモは、大きな瞳を細める。

「だって、かっこいいじゃないですか。人のため、自分のために生きる姿があまりにも眩しいんです。アタシから言わせれば、ラミージュ様は蜃気楼の魔女であり、太陽の魔女でもあるんです」

どこか誇らしそうに語るアルモの表情は、大切な宝物を眺めている子供みたいであった。

ラミージュみたいな魔女、それは彼女の夢なのだろう。彼女の表情を見て俺はそう思った。

「本来魔女とは、己の魔術を高めるがために行動します。だから魔女の多くはマイペースで野心家です。けど、ラミージュ様は違う。ラミージュ様のマイペースは常に誰かのために行われます。もちろん野心家でもあるんですけど、その野心は必ず人のためになるんです」


熱の籠った言葉一つ一つに、アルモの感情が込められている。

野球少年が、目指しているプロ選手を語るときと言えば良いのだろうか、そのようにアルモの瞳は真っ直ぐを見つめていた。

「だからアタシも、誰かのためになるような魔法を使って、みんなを幸せにしたい。アタシは将来を、かっこいい生き方で飾るんです!!」

最後にアルモは、固く握りこぶしを作った。それはまるで、アルモの信念そのものみたいで、固く、揺れることはない。


「ふぅ~、分かりましたか、ラミージュ様の凄さを!?」

「分かった、分かったから少し離れてくれ」

鼻息の荒いアルモと少し距離をとった。ラミージュの話しになると本当に熱いよな。


「今回の合成獣捕獲も、きっと誰かのためになりますよ、絶対に」

自信の出所は謎だけれど、ラミージュもまた、魔物と人間が手を取り合える世界を目指している。

今回は、無責任なアルモの言葉に俺は強く頷いた。

その瞬間、森に向かって稲妻が走る。


「なッ、何だ!?」

「森に、雷が落ちた!?」


俺達は共に驚愕した。晴天の中雷が降ったことに。そして、森が燃え始めた事に。


「あっ! ラミージュ様が森にいるッ!!」

「待てアルモ! 行くなッ!!」

「でもッ! ラミージュ様が森にいるんだよ! 助けなきゃ!!」


アルモの瞳は涙で濡れている。当然だ。ラミージュは今、燃えたぎる森の中にいるのだから。

「俺だって助けに行きたい、けど、森に雷が落ちたってことは」

重くなった口を開き、認めなければならない言葉を吐き出す。

「近くに、合成獣がいるってことだろうがッ!!」


ハッ! とアルモは目を見開きその場に崩れ落ちる。

そう、こればかりは認めなければならない。

周囲を見回す、しかし見つけられない。


「くそッ!! どこだ、どこにいるッ!!」

喰らい付くように見えるもの全てを警戒する。しかし、一切見つからない。


「……もしや」

アルモはふと思い出した風に呟く。

「さっきの雷は、本当に雷だったのかな」

「どういうことだよ」

「雷というのは、自然でも、魔法でも、雷雲が無ければ落ちない。けど、さっきのは違う。雲の無いところから突然降った」

そこまで聞いて俺は悟った。

そう、さっきの稲妻は。

「さっきのが、合成獣!?」

走った、森の中へ、ラミージュの元へ。アルモが俺を止めようとしたがそれより先に走り出した俺には間に合わない。


「くそッ! くそッ!!」

先回りは出来たのに、食い止められなかった。炎に侵食されつつある森の中を駆ける。

ほんの一瞬で平和だった光景に火が灯される。火炎は生き物のようにその身体をを木々に打ち付ける、火の粉は蝶の鱗粉(りんぷん)さながらに舞い、枯れ葉をじっくりと食い散らかす。


「ハァ、ハァ、ハァ……」

酸素の少ない中を無我夢中に走る。つたに足を取られることもあるが、何とか体制を立て直して進む。


そして、ついに見つけた。金髪を紅く反射する魔女を、その魔女が見つめる先に異形の姿を持った怪物を。


「ラミージュ!!」

「ん? 小僧か。こちらに来い、死ぬぞ」


どこか冷静なラミージュに従い側に寄った。

「あいつが、合成獣か?」

「見ての通りじゃ。特徴が3つということはやはり『キメラ』かのう」

虎の上半身、山羊の下半身、蛇の尻尾。虎の頭に山羊の角が生えている。尻尾の蛇はこちらを睨む。

「……でかいな」

呟いたのは俺だ。キメラの大きさは大体六メートル。マンションでいうと三階位の大きさだ。

馬鹿でかい怪物の前足もやはりでかく、殴られたら即あの世行きだろう。

村の悲惨な状況が脳裏に想起され、恐ろしさが数段と増す。

嫌な汗が背中を伝う中、おい、という短い合図が耳を打った。


「良いか小僧、絶対に儂から離れるなよ」

「もちろんだ」

そこで怪物は、大きな唸り声を上げた。

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