追っかけ者

「……はっ?」

「だから、アタシはラミージュ・ランジェ様の弟子だ!」


ラミージュに弟子がいるということを初めて知った。

しかし、それは当然なのかも知れない。何せ彼女は王国に仕える魔女。弟子の一人や二人、いても可笑しくない。


「お前、聞いてるのか?」

と、俺を睨むアルモ。

「おう、聞いてたよ」

「そうか、アタシの凄さを知ったところで本題に入ろう。何故ここに倒れていた」

「転んだから」

素直に答えるが、アルモはムスっとしている。

え? 何で。


「じゃあ、何ですぐに立ち上がらなかった」

「それは……」

アルモの質問に、すぐに答えられなかった。

転んだのは事実だ。少しの間横になっていたのも事実。心が痛かったから、何て言っても理解してくれるとは到底思わない。

「まあいい、アタシはラミージュ・ランジェ様の弟子だからな。そこまで問い詰めないよ」

アッハハハ! と快活に笑う謎の少女。


そこで俺は、ふと思い付いた。

「そうだ。俺、実は迷ってさ、ラミージュの弟子なら城まで案内してくれないか」

「無礼者ッ!!」

「いったッ!?」

何故か俺は叩かれた。彼女が持つ木の棒で。

「ラミージュ・ランジェ様と呼べ! それに、何故城まで案内しなきゃならないのだ」

「え? そんなの、ラミージュが城にいるからに決まってるだろ」

「……え? そうなの」

何故か、アルモは棒立ちになった。彼女の瞳が固まって見える。

「え? もしかして、ラミージュに知らされてないのか」

こっちに来たのも、ラミージュが唐突に決めたから、なら、弟子であるアルモに知らされていないのも可笑しくはない。

「い、いや、もちろん知っている! アタシはラミージュ・ランジェ様に認められているからな!! 連絡などせずとも、勘で分かるんだ」

平らな胸を張ってそう主張するアルモ。

気のせいか、汗をかいているように見える。


「と、とりあえず城だったな。来い、アタシが案内してやる。ありがたく思えよ」

アルモは嬉しそうに道案内を引き受けてくれた。

彼女の厚意に感謝しつつ、俺はアルモの後を付いていった。



「やっと着いた……」

意外にも長かった道を、アルモの案内によってようやく目的地に到着した。

「当然だ! ラミージュ・ランジェ様の弟子であるアタシの案内だ。迷う事なんてない!」

アッハハハ! と高笑いを決めるアルモ。


俺は早速、門番に渡された証明用のペンダントを兵士に見せる。

「うむ、入れ」

門が開く。俺は安心感を抱きながら門を通ろうとするが。

「ん? アルモは来ないのか」

何故か、アルモはガチガチに固まって動かない。

「あ、アタシは良いのだ。さあ入れ!」

と、泣きながら言うアルモ。

何で泣いてるんだ?


「何者だ」

と、兵士の一人がアルモに声をかける。

「え? え~と……、アタシか?」

「貴様以外に誰がいる」

兵士はアルモを睨む。対するアルモは猫に追い詰められたネズミの様に肩を震わしていた。

「兵士さん。そいつラミージュの弟子らしいですよ」

「なにッ!?」

兵士は驚いて一歩後ずさる。やはりラミージュは兵士からも恐れられているらしい。


「吉原殿、それは本当か?」

ペンダントを見せた兵士が片眉を上げて尋ねてきた。

「あぁー。そうらしい」

それとなく返事をする。門番二人はこちらに見えない位置でひそひそと会議を始める。

数分後。

「分かった。貴様も入れ」

「本当!?」

と、アルモは大きな瞳を輝かせた。

何でそんなに嬉しそうなのかな。ラミージュも変な奴だけど、その弟子も変わってるな。

と、思いつつ、俺とアルモは門を通った。



「お前、良く知らないが凄いな!」

やや興奮気味のアルモ。何が凄いのか全く分からない。

用意された部屋の扉を開けると、中にラミージュが腕を組んでこちらを見つめていた。

「遅かったのう。道にでも迷ったか?」

「迷ったよ、この国って広いんだな」

などと相槌を打つ。


一瞬抱いたラミージュへの不信。けれど、彼女がランやヨーンに注いでいる愛は本物だ。それを疑った自分が惨めに見えた。

「どうした小僧? 顔色が優れないようじゃが」

「ごめんラミージュ。俺、一瞬だけお前を疑った」

「疑う?」

「ああー、街で紙芝居を見たとき、もしかしてラミージュや王様は、本当は魔物を悪く見ているんじゃないかって、そう思ったんだ」

ごめん、深々と頭を下げた。ラミージュを見て思い出す。森の賢者からランやヨーン、ルンちゃんと俺を必死に守ろうとしている姿を。


「顔を上げよ」

俺は、言葉通りに顔を上げた。そして。

「紙芝居を見たのか。そうか、なら勘違いされても可笑しくはないのう!」

ククク、と堪えるような微笑。

「儂も王殿も紙芝居を一旦止めさせようとしたのじゃが、国から不安の声が出てしまってのう、仕方なく紙芝居を続けさせたのじゃ。

魔物は優しい者や助けてくれる者もおる。しかし合成獣のように人に危害を与える者もいる。力を持たぬ子供が外に行かないよう、紙芝居を続けさせているのじゃよ」

それを聞いて俺は、どこかホッとした。

確かに、子供が魔物を相手にするなど無理に決まっている。

俺はルンちゃんの素早い動きを思い出す。あの早さで追いかけられてはおしまいだ。


「ところで、そこにいる娘は誰じゃ?」

「え? 知らないのか」

「うむ、初めて見る」

じゃあこの少女は一体?

俺は、アルモに振り替える。


「ラミージュ・ランジェ様! アタシ、あなたに憧れて魔女を目指しています! アルモ・シンです。握手して下さい!!」

俺を押し飛ばしてラミージュの側に寄る。

元の世界でもこういう奴がいたな、確か、追っかけだっけ?

「くっ~! アタシ! 一生この手を洗いません!」

アルモの瞳は、夜空の星並みに輝いていた。

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