格好悪い一歩

「そ、それでは、始めたいと思います」

森の葉から零れる光に照らされながら、俺とルンちゃんは森の賢者が見えやすい位置にたった。

俺は、学校指定のブレザーを着て、ネクタイを首元まできちんと締める。

俺の右側にいるルンちゃんは、学生カバンに入れといた麦わら帽子を被っている。

麦わら帽子はランから貸してもらったものだ。

「ホッホ、見たことない服装だ。それにセレラントが麦わら帽子を被るとは、いやはや珍しい」

どうやら、俺達の格好を気に入ってくれたらしい。

もっとも、それは森の賢者が知らなかったからだ。

笑わせた訳ではない。

そう、まだ。

「どうも! こんにちは!」

「ウキウキ!」

「俺達、モンキーズと言います!」

「ウッキー!」

兄弟みたい。その言葉を聞いた俺は真っ先にこの名前を考えた。

猿同士、仲間同士。

そんな意味合いを含めた、不細工な名前だ。

「ええー、俺はですね、最近悩んでるんです」

「悩んでいるのか」

「賢者殿、あれも芸の1つですので、お気になさらず」

と、ラミージュが賢者に相槌を打つ。

ホッホと笑った賢者は再び黙る。

「はい、悩んでます。それは俺の相方、ルンちゃんに対してです」

賢者からのアドリブにあえて乗る。

これは賢者を元気付けるためでもあるので、会話をすることも大切だ。

漫才好きの俺にとって、漫才とはお客とのコミュニケーションが大切だと思っている。無視するなど出来ない。

「ルンちゃんね、俺が主人なのに全然言うこと聞かないんですよ」

「ウッキ!」

「ホッホ、そうかそうか」

賢者もノリノリになってきた。その証拠に賢者の頭? から葉擦れの音が伝わる。

元気良く鳴いたルンちゃんに振り向き、怒りを表現するため腰に手を当てる。

「うっきじゃないよ! 俺が主人何だから言うことを聞きなさい」

「ウキ」

プイ、とルンちゃんはそっぽを向く。

良いぞルンちゃん! ここまでは練習通りだ。

この日まで、俺はルンちゃんとどういった形の漫才が良いかを考えた。

それは当然、この主従関係だ。

今までの出来事をネタに変えただけだが、ランやラミージュから評判をもらった。

ヨーンは寝てたけどね。

「よーし、分かった。じゃあ俺と勝負しようか」

「ウキ、ウキ」

やれやれという感じに肩を下げるルンちゃん。

良い感じの挑発に、俺は喜びを覚えていた。

「良いかルンちゃん、手を石、紙、山羊に変えるんだ。石は山羊に強く、山羊は紙に強く、紙は石に強い、分かったか?」

「ウキ!」

「ふむ、そんな遊びがあったのか、知らなかったのう、ホッホ」

と、賢者は興味深々だ。

ちなみに、チョキの形を山羊に変えたのは、山羊の横顔がそれっぽいという理由だ。

こっちにもハサミはあるが、ルンちゃんは滅多に見ないのでよく分からないという理由で山羊にしたのだ。

「勝ったら、指を上と下、右と左のどちらか一方に向ける。同じ方向を向いたら負けだ。分かったか?」

「ウキウキ、フッ」

「鼻で笑うな! 教えてるんだぞこっちは!」

ホッホホホ。

賢者は、風が吹いたような笑い声を漏らす。

しかし、その笑うという行為だけで俺は前全体に風を感じた。

根っ子や声だけで大陸にヒビをいれる力。

これがもし、堪えてる上での笑いなら、大笑いの時、一体どうなるのだろうか……。

まるで、生きた爆弾を目の当たりにしてるような錯覚に捕らわれる。

「ウキ? ウキ」

と、ルンちゃんの声を聞いて我にかえる。

駄目だ。今は漫才に集中しないと。

「ルンちゃん、いくぞ! ジャンケンポン」

「ウキ!」

ルンちゃんはグー、俺はパー。

「あっち向いて、ホイッ!」

俺は右に指を指すが、ルンちゃんは正面を向いている。

「どっちか向けよッ!」

「ウキ?」

「知らないふりは利かないぞ」

「ウキ」

「後出しはもっと駄目だ!!」

ホッホホホ!

受ける風の力が増す。

「さあ、もう一回、ジャンケンポン!」

ルンちゃんはパー、俺はチョキ。

「よーし、あっち向いてホイ!」

ルンちゃんは、俺が指した方向と同じところを向いている。

「よーし勝った! デコピンだ!」

と、俺はルンちゃんのおでこをデコピンする。

「ウキ~……」

「いや、そこまで強くやってねぇーよ!」

ルンちゃんは大袈裟に倒れる。

これも俺が教えたボケだ。

ものにしてるじゃないか、ルンちゃん!

「ホッホホホ! これは面白いのう」

「あの小僧は異世界から来た。賢者殿の知らない文化をたくさん知っていますぞ」

「ほう、では、他にどんな事を?」

「セレラントとのお手玉でございます。小僧」

ラミージュからの合図。俺は側に置いていたカバンからお手玉を手に取る。

「俺が勝ったんだから、言うこと聞けよ。俺が1つ投げるから、それを投げ返してくれ。それ」

お手玉を投げる。もちろん掴む。

「よし! 今から一個ずつ増やしていくからな」

「ウキー!」

1つ、2つ、3つ、4つ。

増えていくお手玉を、俺とルンちゃんは掴んでは投げる。

「ホッホホホ。器用なものだのう」

賢者は食い付いている。

気のせいか、賢者から生えている枝や葉がいっそう美しくなっているようだ。

よし! このままいけば!

と、考えている時だ。

この場に強烈な風が吹く。俺はルンちゃんの側に寄った。

壁として大きいし、実際に守られている。

ランとヨーンはラミージュの側で立っている。

髪も尻尾も微動だにしていない。

ラミージュが壁か何かを張っているらしい。

「何とッ!?」

賢者は驚き顔だった。何故驚いているかは知らないけど。

「また、森が燃えた」

賢者の口から、その言葉を聞いた。

「森が、森がまた、燃えてしもうた……」

賢者の口調はとても不安定で、怒りとも悲しさともとれる微妙さだ。

けれど、それは、1つの感情に定まり、そして、大きくなる。

「森が、ワシの教え子達が!」

「!ッ 小僧! ルンちゃん、こっちじゃ!」

ラミージュの気迫は鬼気迫るものがあった。

俺はルンちゃんと一緒にラミージュの元に走った。

「うおぉぉぉーッ!!」

賢者の泣き叫ぶ声が轟いた。

地面は大きく揺れ、木々はザワザワと騒ぐ。

遠くでは獣の雄叫びや、何かがギシギシとヒビの入るような嫌な音が響く。

「流石森の賢者殿。儂を手こずらせるだけあるのう」

と、どこか余裕そうな口調で言うラミージュの額から1滴の雫が零れる。

揺れは増す一方だ。

「なあ、このままだとどうなるんだ!?」

「きっと、私達は助からないでしょうね」

ランは、難しそうに言った。

「ホント、凄い揺れだよね」

ヨーンも今回ばかりは寝ていられないようだ。

「なあ、ラミージュ。どうすれば良い!」

両手を前に突き出し、何やらぶつぶつと呟いていたらしい魔女に聞いた。

「……そうじゃのう、せめて賢者殿がまだ聞く耳を持っていれば良いのじゃが。

にしても、この威力。流石数千年を生きる賢者じゃ」

「感心してる場合かよ!」

俺はラミージュを睨む。俺は本気で助かる方法が知りたいのだ。

「なあ、助かる方向はあるのか!!」

ラミージュは数秒黙り、再び口を開く。

「あるぞ」

「本当か!」

「ああー」

次の瞬間、ラミージュの口からとんでもない言葉を聞いた。

「賢者殿を燃やす」

「……は?」

ランとヨーンから、血の気が引いた。

恐る恐るという風に、ランが言葉を発する。

「……本気、ですか?」

「うむ、この状況が続くのであるならば、じゃ」

口を両手で押さえるラン。

「賢者様を燃やしたら、ラミージュさんも知ってるでしょ!? この森が無くなるんだよ!」

大きい声でラミージュに訴えるヨーン、しかし。

「分かっておる。しかしのう、儂にも限界がある。いや、儂よりもこの森が限界かも知れぬのう」

木々は激しく揺れ、バキバキという音をたてて立派な枝が飛んでいく。

「森は持たぬ。賢者殿を静めるか、燃やすかじゃ。このままでは儂らの命も危ういぞ」

揺るがぬ炎を思わせる紅い瞳で俺らに二択を迫る。

そんなの決まりきっている。

「静めるに決まってるだろ! ランもヨーンもそうだろ」

けれど、二人の返事は来ない。

まさか、悩んでるのか。

「どうしたんだよ!」

ランもヨーンも困った顔をしていた。

これじゃあ、燃やすと言ってるみたいなものだ。

「……」

返事は戻ってこない。

「なあ……」

「……唐真様、今回は無理です。諦めましょう」

ついに、ランの口から諦めの言葉が出た。

「僕も、今回は諦める」

続くようにヨーンが。

「何でだよ! 賢者を見捨てるのか!?」

「見捨てたくはありません! でも、今回ばかりはどうしようも……」

ランは、苦虫でも噛み潰したかの用な表情になった。

「守ってあげたい、救ってあげたい! けど、その方法が分からないよ」

ヨーンの言葉は、所々震える。

きっと恐怖もある。けれど、それでも二人は助ける方向を考えている。

しかし、森の賢者は、あまりにも凄過ぎたのだ。

あまりにも、力がありすぎた。

がっくりと、膝を着く俺。

何も方法が無いのか? このまま燃やすのか?

嫌だ! そんなことは絶対にしたくない。

「……俺も、見捨てたくない!」

すると。

「ウッッキィィィィー!!!」

ルンちゃんが、鼓膜を破るのではないかというほどの雄叫びをあげる。

「……ルンちゃん?」

その行動が良く分からなかった。一体どこに向かって叫んでいるのやら。

「! そうか、やはり賢いのう、ルンちゃん!」

ラミージュは口の端をニヤリと上げる。

「良いか! ルンちゃんと一緒に賢者殿を呼べ!」

「はあ?」

「呼ぶんじゃよ! あの泣き声に負けぬ御主らの叫びを聞かせて、目を覚まさせるのじゃ!」

俺らを守る薄い膜が、ピカリと輝く。

「今、声を増幅する魔法をかけた。腹の底から叫ぶのじゃ!」

「ウッッキィィィィー!!」

ルンちゃんの声が外で響く。しかし、森の賢者は全く気づかない。

「……ルンちゃん」

俺は、必死に叫ぶ猿の姿を見る。

ここで出会い、さっちゃんに育ててもらったであろうルンちゃん。

森の嫌われ者と呼ばれている大猿が、森のために叫んでいる。

しかし、今の俺はどうだ。

膝を着き、何も出来はしないと決めつけた。

ルンちゃんは、ただ必死に叫んでいる。

主人として、兄貴として、どうだ。

「……カッコ悪いな」

俺は、立った。

ルンちゃんの隣に立ち、ルンちゃんに言ってやった。

「良いか! 叫ぶ時は、こうだ! ウッッおおおおー!!」

情けなくもルンちゃんよりも小さい雄叫びだ。

けれど、ルンちゃんはそれを見て、笑った。

憧れるような、頼りにするような、そんな目で。

「ウッッキィーー!!!」

小さく気合いを入れたルンちゃんは、一段と雄叫びが増す。

こんな俺を手本にして、さらに大きくなる声。

俺も負けないよう、大きく叫ぶ。

「ウッっおおおおー!!!」

ただ必死に、バカみたいに口を開ける。

もう燃やすとか、静めるとか関係ない!

主人が誰か、兄貴が誰か、ルンちゃんに見せてやる!

「ウッおおおおー! 何泣いてるんだよ賢者ッッー!!」

俺は文句を言った。

「今、一番泣きたいのはこっちだ!! 散々練習したのに台無しじゃないかッッ!!」

喉が焼ける用に痛い、けど、気にしない。

「今お前が泣けばッ!! この森も悲しむだろうがッッー!!」

「そうですッッ!! だから静んでくださいぃ!!」

見ると、横でランが必死に叫んでいる。

「そうだそうだッッ!! このままじゃ全然寝れないじゃないかッ!!」

その隣に、ヨーンが不満を爆発させる。

「お前ら……」

「私達もお手伝いします! ルンちゃんや唐真様だけに任せるなんて事、絶対しません!」

「同じく」

彼女達は笑い、そしてまた叫ぶ。

俺も、また叫ぶ。

「俺はなッ!! 魔物園を作りたいんだッ!! 人と魔物が触れ合えて、誰もが理解し合える場所を作りたいんだッッ!!」

あらんかぎりの力を振り絞る。

絶対に、叶えたいから。

「だからッ!! 元気出せやッー!!」

森の振動が徐々に弱まり、静かになっていった。

木々も落ち着き、獣の雄叫びも止んだ。

「ハァ、ハァ」

賢者を見る。

「……やったか?」

「分かりません」

ランは不安そうに尻尾を垂れる。

「……御主達の夢、聞かせてもらった」

巨大な大樹から、老人の声がした。

「すまなかったのう。儂のためにやってくれておったというのに、儂は悲しみに任せて御主達を傷つけてしもうた」

「いえ、大丈夫ですよ! ラミージュ様のおかげで無傷です」

ランの言葉を聞いたラミージュは、どこか自信満々に胸を張る。

「そうか、ラミージュや、すまなかった」

「いや、儂も久しぶりに力を使ったからのう、良い運動になった」

と、余裕を見せる。

「あー、声枯れるかも、寝れば治るか」

そういって、ヨーンはアザラシの皮を被る。

「少年、名は何という?」

賢者に名前を聞かれた。

「吉原 唐真です」

「そうかそうか、唐真や、儂は御主の叫びを聞いて目が覚めたわい。悲しみに浸るのは良いのじゃろう。しかし、その悲しみで人の未来を奪ってはならぬ。この森を、儂は捨ててしまうところじゃった。礼をしよう」

「いえ、そんな」

俺は遠慮した。大したことはしていないんだし。

「そうじゃ! 儂の知恵を分けよう。唐真や、何か記録する物はあるかのう」

記録と言われたが、俺がバックから出したのは充電の切れたスマートフォン。

「うむ、奇妙な形じゃな」

「いや、これは間違えて」

「ほう、電気を通すのじゃな、なら儂に貸せ、小僧」

と、ラミージュにスマートフォンを取られる。

「賢者殿、これは儂も手伝おう」

「うむ、では」

そういって、何かの呪文らしき言葉を発する。

すると、ラミージュの頭上から金色に輝く木の実が落ちる。

しかし、それは当たるでもなく霧状に消え、霧は俺のスマートフォンに集まった。

「うむ、完成じゃ」

ひょい、とスマートフォンを投げるラミージュ。

つくわけもないが、電源を入れてみる。

すると。

「……ついた」

画面が表示される。

そして、その中にいくつか知らないアプリがインストールされていた。

「ホッホ、その板に儂の知る知識を書き込んだ。夢を叶えるために使いなさい」

と、森の賢者は穏やかに言った。

ラミージュは腕を組んでいる。

どうやら、俺のスマートフォンは異世界でも使えるようになったらしい。

「あ、そうだ」

俺は、ふと目的を思い出す。

「魔物が逃げないように、力を借りに来たんだ。これに入ってるのか?」

と、俺はスマートフォンを指差す。

「ホッホ、入ってはおらんよ。しかし、協力は出来る。

教え子に場所を作らせよう、魔物が逃げようとも教え子が誘導して元の場所に戻らせるよう」

ホッホ、と賢者は笑う。

スケールでけぇな。

「やりましたね! これで場所を確保できました!」

上機嫌のラン、尻尾は千切れそうな程に振っている。

「スー、スー」

ヨーンは幸せそうに寝息を立てる。

けれど、これで、やっと一歩踏み出せたのだ。

「本当に大変だな! けど、俺は、俺達は、絶対に魔物園を作って見せる!」

「ウッキー!」

ルンちゃんと俺は、森の中で叫んだ。


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