嵐は突然やってくる

今日も草花が輝き、気持ち良い風が吹く平原。

そこに、1人の人間と1匹の猿がお手玉をしているという絵があった。

「おい、ルンちゃん。もっと真面目に投げろよ」

「ウキ、ウキィキィ」

「おっと! 危ないな!」

「ウキャ! ウッキ!」

投げつけられた玉を素早く掴み、瞬時に投げる。

しかし、猿もまた、玉を掴んですぐに投げる。

だんだんと速さが増して、もはやお手玉ではなくなっていた。

「うおっー!」

「ウッキー!」

掴んでは投げ、また掴んでは投げる。これはもう、戦争だ!

「とても上手になってますね」

「ラン!? うおっ!」

「ウキャ!? ウキー!」

互いに投げた玉が顔面にぶつかった。

「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫、俺もあいつも平気、な! ルンちゃん」

「ウキ、ウキ」

俺とルンちゃんはランお手製のお手玉を拾い集める。

何やかんやで俺とルンちゃんは、ランには頭が上がらないのだ。


「そうですか? 無理しないで下さいね」

不安そうな表情で言うラン。耳も尻尾も垂れている。

「無理? 全然してない、だから安心してくれ」

俺はランを落ち着かせるために軽く微笑んだ。

「分かりました。それにしても、唐真様もルンちゃんもお手玉が上手くなりましたね」

今度は尻尾が立ち、揺れる。

やはり、いちいち態度が可愛すぎる!

「ウッキ」

「ルンちゃん、よしよし」

と、ルンちゃんはランに撫でられる。

「おい! お前だけズルいぞ!」

「ウッキ~」

悪がきみたいな表情のルンちゃんは、俺を見てにんまりと口の端と端を吊り上げて笑った。

くっそー! 羨ましい!

「……唐真様も、撫でて欲しいのですか?」

ヤバい! 心の声が漏れていた。もしかしたら、ランに引かれたかもしれない。

「い、いや、違うんだ。俺は、そう、こう言ったんだ。『お前は賢いな!』って」

「……」

ヤバい! ミスった!

ランは静かに俺のもとに歩み寄ってくる。

もしかして、俺はランにビンタされるのか? 嫌だ! 一生立ち直れなくなってしまう!

俺は目をつむりその時を待つ。そして、次の瞬間。

「よしよし」

という声が聞こえた。

恐る恐る目を開けると、背伸びをして俺の頭を撫でるランの姿があった。

頭にはランの手の温もりが伝わり、目の前で彼女の銀髪が日に当たって輝いているのが確認できる。

エメラルド色の瞳がとてもはっきりと見えた。

愛しそうに、慈しむように、彼女が羊やルンちゃんに対して向ける優しい笑顔を、今だけ独り占めした。

「ふふ、まるで大きな子供見たいですね」

そう言って撫でるランだが、爪先で立つ彼女の震える足を見ると、それはランもだろ、と言いたくなる。


「ラン、ありがとう。十分撫でてもらったよ」

「そうですか? いつでも声をかけて下さいね」

俺は今、幸福に浸っていた。今なら死んでも構わない!!

「グギィ~、ヴギィ~」

別の世界から、黒板を引っ掻く様な歯ぎしり声が聞こえる。

あ~嫌だ。猿の嫉妬は醜いなぁ~。



「トウマ、動物園ってまだ出来ないの?」

唐突に、ソファーに横たわるヨーンがアザラシの皮から顔を覗かせて質問する。

「まだだな、他の準備が出来てない」

「他って?」

ヨーンは、横から縦に座り直し、俺に視線を合わせる。

「魔物を逃げないようにする方法」

「ああ、難しいね」

魔物が逃げないようにするのはかなり難しい問題だ。

仮に魔物を囲いに閉じ込めても、セレラントのような怪力で破壊されては意味がないのだ。

「鎖に繋いでみるか?」

「駄目だよ、魔物達が可哀想」

ヨーンの意見は分かる。しかし、そのぐらいしなくては魔物は簡単に逃げてしまう。


「う~ん、どうすれば良いんだ」

「こういう時は、ラミージュさんに相談だね」

「ラミージュ? どこかで聞いたことあるような」

喉元まで来ているのに、思い出せない。

「そういえば、トウマは会ったことないか。トウマを呼んだ張本人だよ」

「そいつか!」

俺はやっと思い出した。契約の件についてランと話し合った時に出た名前だ。

それ以降聞かなかったのですっかり忘れていた。

「じゃあ、その人に相談すれば、どうにかしてくれるのか」

「分かんない、あの人、気分屋だから」

ガックリと肩から力が抜けた。

凄いのに気分屋って。

そういえば、俺を召喚してる間も、暇だからと言って王国に帰ったとか言ってたな。


「で、その人はどこに?」

「知らない」

あっさりと断言された。希望は簡単に掻き消された。

「でも、そのうち来るかも。あの人」

人物像が浮かばない俺は、ヨーンに尋ねた。

「どんな人何だ?」

「う~ん……」

ヨーンは眠たげな顔で考え込む。

「……自由人?」

「気分屋と変わんねぇー!」

ヨーンはボォーとした表情になった。

「まあ、見た方が早いよ」

後、寝て良い? とヨーン。今回は頭を縦に振る。

するとヨーンはソファーに寝そべり、アザラシの皮を被り寝息を立てる。

相変わらず寝るのは速いな……

「でも、魔女なら何とかしてくれるかもな」

俺がいた元の世界では、魔女はあらゆる魔法を使う老婆として良く登場した。

絵本の中の魔女はやりたい放題だったり、人を助けてくれたりもした。

この世界では絵本ではなく、現実に魔女が存在する。

それならきっと……。


「きっと、助けてくれると? それは中々勝手が過ぎるのではないか、小僧」

歌うような言葉に反応して顔を上げると、いつの間にか食卓の上に金髪の美女が座っていた。

俺は一瞬遅れて距離を取る。

「お前は誰だ!」

「儂か? 儂は『蜃気楼の魔女』と恐れられる美しき魔法使い、ラミージュ・ランジェじゃ」

どこか楽しそうな表情を浮かべる謎の女。

「待てよ、今ラミージュって言ったか?」

「そうじゃ、言ったとも、しかしうぬは誰かの。ここには可愛い子犬とアザラシしかおらぬはずじゃが……」

ギロッ、と薔薇(バラ)の様な華麗な魔女の目は、まるで鋭利な刃物の様な視線を俺に突き付ける。

「さては御主、盗人か、なら始末しないとのッ!」

「くっ!?」

俺は、拘束された。何とも言えぬ力で、金縛りにあった。

ラミージュと名乗る女は何の動作もしていない。ただ、睨まれただけだ。蛇のように、鷹のように。

「フフッ、叫ばぬか、度胸はあるようじゃの~」

鋭い視線はそのままで、まるで手品を楽しむかのように、俺の行動を観察し笑う。

「さて、余興は十分じゃろう」

俺は浮いた。正に、それこそピーターパンの様に。

「さて、楽にしてやるかの」

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