賢者の森の下で……

「人が血だらけになっている、騎士団の方の中には腕が変な方向に曲がっている方もいました。

 でも、何よりも驚いたのは、さっちゃんが人を攻撃している姿です」

 俺はイメージする。育てたさっちゃんと人を襲うさっちゃんを。

 それを同じ生き物と考える方が難しい。

 けれど、彼女は誰よりもさっちゃんを知っている。だから、すぐに気付いたのだろう。


私、走りました、必死に。辛くて、見たくなくて。さっちゃんと騎士様との間を割り込んだんです」

 ランは息を吸って、ゆっくりと吐く。

「やめてって言ったんです。けれど騎士様は無視してさっちゃんに剣を振るいました。傷付くさっちゃんを見ているだけしか出来ません」

 悔しかったとラン。

「騎士様は、私にも剣を振るいました。邪悪な怪物をかばう者は敵だ、といって。

 剣先が目の前に来たときです。悲鳴をあげたのさっちゃんでした」

 さっちゃんがランをかばった。暴れていてもさっちゃんはランのことが分かったのだ。

「酷い傷を負ったさっちゃんは私を抱えて森へと逃げ込みました。その時の表情は今も忘れられません。あの苦しそうな顔を……そして森に着いた時、このまま私といればさっちゃんは騎士団の皆様を殺すと思ったんです。さっちゃんは賢いから、きっと私に剣を向けた事を覚えてると直感しました」

 さっちゃんの気持ちは俺にも分かる。

 目の前で傷つきそうになってるのを助けたいと思うのは当然だ。

 それも、さっちゃんから見ればランは母親みたいなものだから。


「少し強引になりましたけど、さっちゃんにリボンをあげたんです。頭に飾って、あなたは一人前だよって、だから自分のために、森に逃げてって!」

 ランはこらえていた気持ちを抑えられなくなり、己の気持ちのままに言葉を紡いだ。

「辛かったです! あんな別れ方したくなかった。逃げてって言ったのに、ずっと側にいるんです! 石を投げました、いらないって言いました!それでもいるから、私はその場から逃げました! 見捨てたんです!」

 そこでランは泣き出した。心の底から泣いているように見える。

 俺は、そっと彼女の頭を撫でた。

「お前は優しいよ。逃げてない、見捨ててもない。きっとさっちゃんだって分かってるよ」

「突き放した私の事なんてきっと忘れています! 傷付いているのにほっといたんですよ!」

「森の方が安全だと思ったんだろ」

 ランは黙る。俺は彼女がその日に考えた事を、何とか想像して語る。

「騎士団の邪魔をしたから、逃げたあと家に訪ねてくると思ったんだろ、それも早く。傷は酷いから手当てにも時間がかかる。 それならいっそ、賢者の森に逃がした方が生き残るって思ったんじゃないか? 賢者が守ってくれると思って」

 ランは、静かに頷く。

 弱っているさっちゃんを森が守ってくれる、そう思ったのだろう。

 事実、さっちゃんを殺したという話しは聞いていない。騎士団は見つけられなかったのだ。


「3月くらい前の話しです。もしかしたらさっちゃんはもう……、でも、もし生きてるなら! 会いたい」

 ランの願いを聞いた俺は、ランの手を握った。

「なら、さっさとあの猿の宝物奪って少しでも調べようぜ」

 今言えることは、きっとこのぐらいだろう。

 俺は、ランが示す方向に走る。



 数分後、俺とランは倒れた巨木の元に到着した。

 太さは俺の身長を軽く越えていて緑色の苔で覆われている。随分と昔に倒れたのだろう。

「ここであってるのか?」

「はい、セレラントは住みかから近い所にしか姿を現しません。それに臭いも強いですし」

 ランがそう言うからには間違いないのだろう。

「にしても、宝物ってどんな奴だ?」

「それは、私にも分かりません。でも、宝物って言うんですからきっとキラキラしていると思います、多分」

「多分って……」

 ここまできて一番不安になる言葉をランは発した。

 しかし、ここがさっきの猿の住みかに間違いないのだ。それだけでもまだ希望は持てる。


「よし! とりあえず探すか」

「はい!私も頑張ります!」

 捜索を開始した。

「ところでラン、ヨーンって大丈夫なのか?」

「大丈夫です、強いですしいざとなったら逃げますよ」

「そうか」

 ヨーンの背負い投げを思い出す。

 あいつ、結構力強いんだなと感心した。

「お! ラン、これどうだ?」

 発見した靴下を見せる。

「う~ん、違いますね。宝物ですし、臭いも強いと思います」

「そうか、じゃあこれは?」

 今度は帽子を見せる。

「それも違います」

「じゃあ、これは?」

 今度はボロボロの布を見せる。

「う~ん、違いますね」

 全滅した。俺は再度宝物を探す。

「もしかして、土の中に隠したりしてないか?」

「可能性としてはありますね」

「なるほど、じゃあ俺、別のところも見てくるよ」

「お願いします、唐真様」

 俺は倒れた巨木に沿って進む。

 ヨーンが時間を稼いでくれているが、そう長くは持たないだろう。

 注意深く探し、進んでいると。

「⁉ ランッ! こっちに来てくれッ!」

 俺はすぐさまランを呼んだ。

「どうしました?」

「これを見てくれ!」

「これは、骨?」

 そう、ランの言うとおり、俺は巨木に持たれている骨を発見した。その形はさっきの猿と非常に良く似ていた。


「セレラントの住みかは親子でグループを形成します。多分これはあのお猿さんの親だと思います」

 大猿の骨。今にも動き出しそうな程奇跡的に生前の形を保っている。

「だとすれば、ここら辺に、あ! 掘った後があります」

 ランが穴を掘り返し始めた。

「親から受け継いだ宝物の場合、親の近くに隠すことがあるらしいです。 あっ、ありました!」

 ランが取り出したのは、土を被ったピンク色のリボン。

「それが宝物?」

「一応、確認してみます」

 そういって、ランはリボンの臭いを嗅ぎだした。少しすると、ランは驚いた表情で固まる。

「……えっ?」

「どうした? 違ったか?」

「いえ、あってます。臭いも強いですし。ただ……」

 口籠るランはこちらに向き直り、不安げに、けれど芯の通った声で言った。

「さっちゃんの香りがするんです」

「……え?」

 さっちゃん、3月くらい前別れたセレラント。

 その臭いがするリボン。

「どういうことだ」

「分かりません、でもするんです」

「……とりあえず、早くヨーンの所に戻ろう。」

「……そうですね、そうしましょう」

 俺達はローンの元に向かった。



「ヨーン! 無事か⁉」

「ん? トウマ。見つかったの?」

 俺は強く頷く。ランは持っているリボンを見せる。

「そっか、こっちもそろそろ眠いから、さっさと終わらせたいな」

 ヨーンの意地なのか、彼女は欠伸をした。

 本当にマイペースだよな……。


「よっちゃん、セレラントは?」

「ちょっと前まで相手してたけど、隙を見て逃げた。まだ近くにいると思うよ」

 「後、寝ていい?」とヨーン。

 冗談だとは思うが、一応駄目だと伝える。

 草むらが揺れた。

「来たよ、トウマ、ランラン」

 ゆっくりとセレラントが姿を現した。警戒の踊りか、その場で飛んだり跳ねたりする。

「これで決着ついたな、ラン、あいつの宝物を見せつけてやれ」

「はい!」

 ランが前に出て、宝物を見せようとした時。

「ウキャー!」

 目の前にいるセレラントが飛び掛かってきた。

「落ち着きないのかよ!」

 少しの隙を狙って飛び掛かってきた。

 これでは、見せる間もない。

「ヨーン、あいつを抑えることは出来ないのか!」

「無理、あいつ、1回使った技を学習しちゃって、次に仕掛けてもかわすんだ」

 そこは賢き者と呼ばれているだけある。暴君と呼ばれているセレラントに奪われた宝物を見せるのは意外にも難しいかもしれない。


「とにかく、持っているのを見せれば良いんだな?」

「ええ、そうすれば攻撃を止めて大人しくなります」

「よし分かった、俺が囮(おとり)になる」

 えっ⁉ と二人。

「無理だよ! トウマみたいな素人が相手にする奴じゃない」

「そうです! 死んでしまいますよ」

 けれど俺の決意は変わらない。足手まといなどごめんなんだ。

「俺は二人を信用してる。だから大丈夫」

 二人に向かってにぃーっと笑う。

 決して死亡フラグじゃない。これは、きっと上手くいくという志望フラグだ。


「おい猿! 俺が相手だ!」

 俺はそこら変の石を拾ってセレラントに投げつける。

 もちろん反応した。

「良いかラン、お前の勘がこの勝負の切り札だ! 絶対に成功させるぞ!」

 熱血教師さながらの台詞だが、恐怖心を隠すために言っているのであって俺はそこまで熱くはない。

「こっちこい、猿ッ!」

 俺は全力で走り出す。セレラントは俺の全力を簡単に越えた大ジャンプをして俺の前に出る。

 右に左に飛んでは影のようについてくる。巨体の割に身軽だ。

「ウホッウホッ!」

 猿は飛び掛かってきた。そこで俺は石ころを投げて横に飛ぶ。石ころはセレラントの片目に当たり、すぐには動かない。

「ウッホー‼」

 その場で跳ねる。どうやら警戒されているらしい。俺は背中を見せないように慎重に猿との距離を取る。

 あいつに捕まれば即死は免れない。

「ウッホウッホ‼」

 猿は走り出した、俺も走る。簡単に距離を縮めるセレラント。俺はというと、もう体力が底をつきかけている。

「ウッホー!」

 猿は飛んだ。俺を捕まえられると確信してだろう。

俺は、その場に伏せる。

「見てくださいッ!」

 ランは持っていた猿の宝物らしきリボンを見せる。

 けれど、猿は止まらない。

「嘘だろ⁉ 違ったのか!」

 俺は死を覚悟した。約束は守れず、元の世界に帰れない。

 昔の記憶が走馬灯になってよぎる。死の直前は、本当に何もかもが遅く見える。猿がこちらに迫っているのが良く分かる。

「唐真様ッ‼」

「トウマッ‼」

 ああー、これは死んだな。

 俺は体の力を抜き、天使が来るのを待った。

「……ウホ」

 天使って猿なんだ。だとすると天国って猿の楽園か?

「……いや、これは」

 猿だ。それも猿の魔物、セレラント。

 セレラントの顔面が俺の鼻先にあった。鼻をひくひくする猿。

「……成功しました」

「これで寝れる」

「……漏らしたかも」

 ……えっ? と女子達が引いた。



「これが、さっちゃん?」

 セレラントの住みかに戻った。

 俺は初めてさっちゃんを見た。大きさは従えたセレラントよりもでかい。

「ええー、間違いありません。このリボンが証拠です」

 ランはリボンを持って祈る。

 俺とヨーンもその後ろで祈った。

「……ごめんね、さっちゃん」

 ランから謝罪の言葉が漏れる。

「ごめんね、石投げて、ごめんね、いらないって言って、ごめんね、見捨てて、ごめんね」

 懺悔にも近い謝罪の言葉を、さっちゃんであろう骨に告げる。

 ランは、しばらくさっちゃんを見ていた。

「この子ってさ、もしかしたらさっちゃんに育てられたのかもね」

 唐突にヨーンが言った。

「自分と同じはぐれ者を見つけて、ランランみたいに育てたんじゃない? 同じように、さ。その子の宝物がランランのあげたリボンなのは、そういうことじゃない?」

 つまり、さっちゃんは森に逃げた後このセレラントを見つけ、少なくとも1ヶ月は育てたのだ。

 従えたセレラントの大きさもランが話した時の身長に近い。

 その後、朽ち果てた。リボンを残して。

「……そうかな」

「そうに決まってる! ランと過ごした思い出をさっちゃんは絶対に覚えていたよ! それに賢い子だったんだろ? そのリボンを渡した時のランの気持ちだって、きっと分かってたよ」

 ウホウホ、と初めてセレラントが声を発した、まるで、そうだよと言ってるみたいに。

「……なら、さっちゃんの前で泣くのは失礼ですね」

 こちらに振り替える、いつもの笑顔で。

「唐真様、紹介しますね、さっちゃんです。さっちゃん、この方は唐真様って言うんですよ。さっちゃんと同じくらいに優しい人何ですよ」

 ランは嬉しそうにさっちゃんに語る。話せなかった分を、取り戻すかのように。

 人通り喋り終わったランは、俺の側まで近より。

 「これ、あげます」

そう言って、リボンを差し出す。

「良いのか?」

 ピンクのリボンを差し出す少女に尋ねた。それは亡き友人の形見だから、しかし、彼女は首を横に振って、優しい微笑みを向けた。

「はい、ケジメもつけましたし、私が持っているより、唐真様が持っている方が良いですよ」

 ランは笑顔でリボン差し出す。

 俺はランの気持ちに応えるためにリボンを貰った。

「分かった、大切にするよ」

「はい、お願いします」

「ところで、こいつの名前はどうするんだ?」

 こいつとはもちろんセレラント。猿呼ばわりじゃ流石に可哀想だ。

「もう決めています、ルンちゃんです!」

「ルンちゃん?」

「はい、お猿さんなのでルンちゃんです」

 俺はランが付ける名前の法則性を理解した。

 なるほど、さっちゃんにルンちゃんね。


 セレラント、もといルンちゃんの側に寄りリボンを見せる。

「これからよろしくな、ルンちゃん」

 この世界で初めて出来たパートナー。これから頼りにする相棒に挨拶した。

 だが。

「ウッキ!」

 ビンタされた。

「大丈夫ですか⁉」

「だ、大丈夫……」

 骨こそ折れてはいないが、軽くぶっ飛んだ。

「お前、いきなり何するんだよ!」

「ウキ」

 ぷい、とそっぽを向く。

「もしかして、トウマが上になったのが不満なのかも」

「はあ?」

「そうなんですか? ルンちゃん」

「ウキ、ウキ」と頷く。

 ……てめぇー。

「よーし分かった、これから、俺がお前より凄いところを見せつけてやる! 覚悟しろ」

「……ふん」

「鼻で笑うな‼」

 森の中で、笑い声が響いた。

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