MIX ー共存ー

 エルフたちの住まう森。ここに人間はほとんどいない。

 人間の十倍、ドワーフやワーウルフと比べてもはるかに長く生きる彼らは、性格も温厚で、他種族との交流を好まない。特に、新しい武器を買うとついモンスターで試したくなってしまう、血の気の多い若者などは。


 森の入り口に入り、周囲に誰もいないのを確認して、私はスーツを脱いだ。

 どうやら人間界の空気はこちらの種族には有害らしい(近頃は人間にも有害になりつつあるが、それ以上に)。ゆえに、ゲートを行き来するのはほとんど人間だけだ。

 なので、森に入る前にまずは身を清める必要がある。私はいつものように、川のせせらぎに耳を委ね、澄みきった水の奥に身を委ねた。

 モンスターを倒しに行くのは確かに楽しいのだろう。しかし、大自然の中に生まれたままの姿でいる、そういう楽しみ方があることはあまり知られていない。エルフ達の森はエルフ達によって管理されているから、人間界で同じことをするよりはるかに安全なのだが。


 川から上がる頃には、いつも着替えが置いてある。植物を乾燥させたものを編んで作られた、自然由来の素材でできた服だ。

「おじさん、こんにちは!」

「はい、こんにちは」

 若者は元気があっていい。人間も、エルフも。

 ただし、エルフのなかでは300歳でも若者だから、年齢で区別するべきものではない。人間でいえば15歳くらいの見た目の彼も、どうやら私と同い年らしいから。

「早く早く! みんな待ってるからさ」

「はいはい。今、着替えるからね」

 エルフの森は、エルフの案内がなければ迷ってしまう。いつの間にか入り口に戻されてしまうのだ。

 ガイド兼召使い役の彼に手を引かれながら、私は森を突き進む。若者は元気も体力もあっていい。私と違って。


「ぜえ……ぜえ……」

 これでも二年前から少しずつ運動はしているのだが、今日のガイドはそれ以上に力が有り余っていたようだ。少し運動ができるおじさんと現役バリバリの若者では、勝負になるはずもないか。彼には手加減というものを教えた方がいい。彼は今から250年は若者のままなのだから。

 そっと水が差し入れられた。木を彫って作ったコップに、肥沃な土壌できれいに濾過された天然のミネラル水。なかなか風情があっていい。

 残念なのは、今の私に優雅に楽しむ余裕はなく、既に飲み干してしまったことか。

「ようこそお越しくださいました」

「うん。ありがとう。美味いね、ここの水は」

 水を用意してくれた若い女性(ただし私よりは年上である)にお礼を述べ、一息ついたところで、私は仕事の準備をする。


 大きな木に大きな横穴を開けた、そこが彼らの、そして私の教室だ。

「それじゃ、今日もやっていこうか。1冊ずつ、順番に渡していくからね」

 23人の若者が、ひとりのおじさんに期待の眼差しを向けている。うれしく思うと同時に、少し申し訳ない気持ちにもなる。私はただ、本を運んでいるだけだから。

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