超時空バーテンダーいずみさん

myz

一杯目 ビール

「いずみさあん、なんかすごい人きちゃったよ?」

「でさぁ、ほんっっとうちのクソ上司がクソでさあ」

 と、今日もおれが行きつけのバー “ Blue Rabbit ” で管を巻いていると、マスターのいずみさんはリズミカルにグラスを磨いていた手をふと止めて、店の入り口のほうを見る。

「ねえ、いずみさあん、いずみさん聞いてる?」

 いずみさんの塩対応はわりといつものことなので気にせずおれは絡むが、いずみさんはどこか真剣な表情で店の入り口のドアのほうを見たままだ。

 いずみさんはときどきこういうときがある。お客さんの来店を肌で感じているような。

 ついおれも黙ってドアのほうを見ると、そのドアが、バン、と大きく内側に跳ね開けられた。

「えっ」

 転がり込むように入ってきた姿を見て、おれは思わず声を上げる。

 全体的に薄汚れた格好をしている。

 というか壮絶に土埃に塗れていてディティールがよくわかんないけど、使い古した革の帽子や胴着を身に着けている風。同じく革の頑丈そうなリュックを背負っている。

 というか、かわのよろい? なにそれRPGでしか見たことないよ、おれ?

 ちょっと小太りのおじさんで、あきらかに日本人じゃない彫りの深い赤ら顔をしている。

 それはまあいい、気合の入ったコスプレの外人さんがうっかり入ってくることも、ないことではないのかもしれない。

 しかしまずいのが、おじさんが手に持っているものである。

 服装と同じく土埃に汚れ曇っているが、たしかにぎらりと不穏な輝きを見せるそれは、あきらかに刃物だった。

 60センチぐらいの刃渡りの、両刃の、片手剣。

 というか、はがねのつるぎ? なにそれRPGでしか見たことないよ、おれ? ワーオ。

 おじさんはびくびくと得物を握った手をびくつかせながら、きょろきょろと店内を見回す。おじさんの視線が、店内、おれ、いずみさん、の間をせわしなく行き来する。つかやっべ、目あっちゃった、やっべ。

 おれはあわてて目を逸らす。

「いずみさあん、なんかすごい人きちゃったよ」

 いずみさんに向かって、間抜けなことを言う。

 カウンターの向こうのいずみさんは無表情にじっとおじさんのほうを見つめていたが、グラスとそれを拭いていたクロスをカウンターの陰に下ろすと、きゅっと口角だけ上げるいつものアルカイック・スマイルを浮かべ、まっすぐそちらに向き直る。

 そして、両手を体の前で組み合わせて、腰から30度曲がる精密な挨拶をキめた。

「いらっしゃいませ」

 えぇ……。

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