ウロボロスの尾を断つ神剣ー連理の枝の巫女ー

バイブルさん

1章 始まりの物語

プロローグ

 新年祭、2日目の昼に砂漠をラクダに似た動物に引かせたソリで走る男2人の姿があった。


 ソリを走らせるのは60近い髭を蓄えた老人ではあるがドワーフ特有のガッシリした体で今でも現役だと感じさせる生気を放っている。


 その老人の後ろで辺りを見渡す見た目では30になったかどうかにしか見えない鍛え抜かれた体、そして自信に溢れた笑みを浮かべる男ではあるが、その目力は明らかに老練な熟練の戦士を彷彿させる。


 2年程前まで死に場を求めるような目をしていた男とは思えない程、生きる事の喜びに溢れさせているのが全身から発しているの良く分かった。


 ドワーフの老人がソリを操縦しながら背後にいる男に声をかける。


「旦那様よ、新年祭の2日目から仕事しなくても良かったのではないか? しかもコミュニティ代表だけが働かなくても?」

「1人じゃないだろう? 爺が俺に付き合ってくれてる。それにいつヒースが嫁を連れてくるか分からない以上、最善を尽くさないとな」


 男、ヒースの父親のノースランドは「ユウイチのとこから来る嫁が都落ちと言われないようにせんとな」と言葉だけでは負けん気溢れる言葉のように聞こえるが声音が弾む様子が否定していた。


 ここ2年の間でノースランドが楽しげに話す内容の筆頭で耳タコになっている老人、ザバダックは苦笑いを浮かべ、鼻で嘆息する。


「また旦那様の長い話が始まりそうじゃな。もうザガンで1番のコミュニティに返り咲いたじゃろ?」

「まだまだ、こんな僅差では意味はない。知っているか? ユウイチのコミュニティは追随させるコミュニティなどない程に勢力を誇ってるんだぞ?」


 ヒースの嫁についての話から矛先を変えさせようとしたザバダックであったが、今度はその父親といつか酒を飲み交わしたいと酒を飲む度にする長話に移行してしまい、頭をガリガリと掻いて溜息を吐く。


 その様子に気付いたノースランドは最近、自覚症状が出始めた『同じ話を何度もしてしまう』という老いを感じさせる状態になっていた事に苦笑して話の矛先を変える。


「偵察だけなんだから爺は家で酒でも飲んでてくれても良かったんだぞ?」

「ふん、ワシはボンが連れて帰ってくる嫁が生んだ子の世話をしながら老後を過ごすつもりじゃ。その時に旦那様だけを働かせて酒を飲んでたと言われとーないのでな?」


 苛立ちげに鼻を鳴らすザバダックを見つめるノースランドは苦笑を浮かべ、「爺も人の事言えんだろう?」と言うが、あっさりと無視される。


「しかし、本当に偵察だけじゃからな?」

「分かった、分かった。帰ったら一緒に酒を飲もう」


 うむ、と口を真一文字にして頷くザバダックに肩を竦めるノースランドの視界に流星のようなモノが飛ぶように大きな岩肌の向こうに向かって落ちるのを見つける。


「爺、あれは!?」

「むぅ、隕石の類じゃないのぅ……」


 とりあえず、ソリを停めたザバダックはノースランドの言葉に答えた。


 顎に手をやり、考え込むノースランドが決断する。


「確認しにいくぞ」

「おい、今、ワシ等2人だけというのを忘れておらんか!?」


 ザバダックはモンスターの類であれば、あんな現れ方をするのがまともとは思えず「思い直せ」と告げる。


 そう言われたノースランドも危険な香りを嗅ぎ分けていたが、放置しておくべきじゃない、という想いが背中を押す。


「爺、頼む。確認するだけだ……」

「約束じゃからな?」


 ノースランドに頼むと言われて渋々、ザバダックはソリを再始動させて飛来したモノの落下ポイントを目指して走らせた。





 地面に叩きつけられるように落ちてきたのは頭まで覆える黒ローブを羽織る男であった。


 はだけるローブの下から見える胸には大きな傷で×に斬り裂かれ、そこから溢れるように出る出血から助かるように見えない。


「く……くそぅ、化け物か、半神半精のユウイチは……力で無理矢理塞いだ傷も開いたか……」


 無駄としか見えない手での止血をする胸の×の片方の傷口は確かに元からあった傷痕が開いたようである。


 そう、苦痛と死期を感じさせる顔色を見せる男、雄一と対決したアリアとレイアの実父、ムゥであった。


「もう、この体はもたないか……体を替えないと死んでしまうが、この体でないとアリアが使えん……」


 アリアを使うのに特殊な才能を必要とするムゥはこの体の傷が塞げないかと必死に思考を走らせる。


 この才能は魂にではなく、肉体に宿る力なので体を移した時に持っていけない。


 移すのであれば、同じ才能を持つ体に乗り移らないといけないが、ムゥがいた世界でこの能力を持っていたのは過去の歴史を含めても片手で余る人数で当然のように今はムゥだけである。


 この世界に同じ能力を持つ者がいるかどうかすら分からない。


 だから、必死に傷を塞ごうとするが塞がる気配すらない。


「これほど力を送っても塞がる気配もないか……ッ!!」


 手で押さえながら、食らった神『ホウライ』の力をフルに使っても改善しない状態にムゥは苛立ちげに舌打ちする。


「まだだ……私は目的を達していない……ティアに……んっ?」


 悔しさから奥歯を噛み締めるムゥは自分に近寄る存在を捉える。


 そちらに意識を向けたムゥは驚愕の表情を浮かべた後、口を三日月のように弧を描く笑みを浮かべる。


「どうやら命運はまだ尽きてなかったようだ……くっくく」


 水道が壊れたように噴き出す血も気にせずに立ち上がるムゥは高笑いしながら、こちらに向かってくるソリを目掛けて空を駆った。



 そして、1年という月日が流れる。

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