予定調和

 地球は滅亡の危機に瀕していた。きっかけは、太郎が町の図書館で見つけた一冊の魔道書。興味本位でそこに書かれていた呪文を唱えてしまったことが原因で、地球は他の惑星と共に正常な軌道を離れて刻々と太陽を目指し始めた。日に日に気温が上昇していき、それに気付いた科学者達は必死に打開策を見出そうとしたが、結論が出ず、情報漏洩でその事実が一般民にも伝わり、世界は混乱の渦に呑まれた。

 太郎は自分の犯した過ちを正そうと、持ち帰った魔道書を捲り、現状を打破する呪文を探す。時計の絵が描かれたページで手を止めた太郎は、閃いたようにそこに書かれていた呪文を読み上げた。すると、周囲の景色が波打つように歪む。しばらくして波が収まると、呪文を唱える前に比べて過ごしやすい室温に変わっていた、いや戻っていたのだ。部屋のカレンダーを確認すると、丁度太郎が図書館で魔道書を見つける日だった。タイムスリップの呪文に成功したのだ。太郎はこの時間の自分が魔道書を見つけないようにと、急いで図書館に向かい、この時間の本を見つけて回収した。時間になって図書館に現れたこの時間の自分と遭遇しないように図書館を抜け出し、学校へと向かった。休日で校舎内に居る人間はほとんど部活か職員室なので、侵入は容易だった。太郎は焼却炉に向かい、もう一度呪文を覚えてから魔道書を焼却炉に放り込んだ。一旦学校を出てから、物陰で呪文を唱えると、再び辺りはグニャリと歪み、しばらくして自分の時間に帰ってきた。過去世界と同じような気温であることを肌で感じ、惨劇を回避できたことを実感した。念のため近くのコンビニで新聞を購入して開いてみる。一面に大きく書かれるほど騒がれていた地球滅亡の記事は何処にも見当たらなかった。日付も確認したが、ちゃんと今日のものになっていた。世界を救えたことに確信を持てた太郎は、安堵の息を吐いて、軽快な足取りで家へと帰っていった。


 世界の外からそんな太郎の様子を見て鼻で笑う者が居た。それは万物を創造した最高神。全ての時間軸、世界を見続けている神には太郎の足掻きが滑稽なものに見えて仕方なかった。神は全てを知っている。太郎が初めにタイムスリップの呪文を唱えた破滅寸前の世界は実は救われていないことを。太郎は過去を変えることで現代も変えられると思っていたようだが、それは間違いであった。太郎の居た世界線では、「彼が過去に飛び、魔道書を処分して救われた今に戻る」までも決められた運命にあった。そして、彼が戻った現代は、「太郎がいた破滅寸前の世界に瓜二つの何も起きていない世界」。元々の世界のすぐ隣に並んだ類似の異世界だったのだ。世界は生まれた時から既にその歩み方が決定されている。それ故、神の生み出した生産物である万物がいくら足掻いても、変えることは決して出来ないものなのだ。つまり太郎は決して世界を救っては居ない。この世界線では、太郎が過去に飛ぼうが飛ぶまいが、地球は滅亡することに決まっていた。過去に飛んだ太郎は生きながらえる事ができるが、滅亡世界の人類は完全に絶滅する。

 世界の外から作り出した箱庭を眺める神はいつまでも、愚かな万物の滑稽な足掻きを目を細めて嘲笑うのであった。


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